第百七十四話「悪巧み!」
何故と聞かれたら名前のパターンというかセンスというか、そういうのが魔族っぽいからとしか答えようがない。まぁ俺は魔族の名前なんてミコトしか知らないわけだけどそれ以外の国でこんな名前のパターンは聞いたことがないからきっとそうだろう。
「名前の感じが魔族の方のようでしたのでそう予想したまでです」
「ななな、何故魔族の名前をぉぉぉっ!」
本当に面白いじいさんだな。感情表現が豊かというか何というか。そういえばミコトも感情が激しいし魔族はこういうタイプが多いのかな?そうだとすればそこは現代日本人とは違うな。俺の周りだけかもしれないけどどちらかと言えば現代日本人は自己主張が弱くて大人しい人が多かった。魔族の国は日本との類似性も多いけど完全に同じというわけでもないということだろう。
「伊藤・茶楽斎という所ですかね……?」
「おお!そうですじゃ!イトウ・チャラクサイですじゃ!」
う~ん……?このおじいさんの発音が変だから『さらくさい』が『ちゃらくさい』に聞こえるだけなのか?それともちゃらくさいが正しいけど俺の発音が向こうに伝わっていないだけなのか?
まぁ細かいことはどっちでもいい。本人がどっちで呼んでも反応しているんだから『さらくさい』でも『ちゃらくさい』でも呼びやすい方で呼べば良いだろう。
「チャラクサイさんはミコト様がチャノキと一緒にこちらに栽培の指導に送ってくださったということですか?」
「そうですじゃ!そうですじゃ!まぁ別に頼まれとりゃしませんがの!素人が茶畑を作るというのでどうせ枯れさせるじゃろうと思って勝手に来ましたのじゃ!」
おい……、勝手に来たのなら『ミコトが送ってくれたのか?』『そうです!』じゃないだろ……。それはミコトに言われてきたとは断じて言わない。まったく話が別だ。
まぁ苗や種と一緒に入って来たんだろうし魔族もカーン領の者達も何も言わなかったということは特に問題はないんだろう。それに向こうでの専門家が教えてくれるというのならそれほど良いことはない。
「それは心強いですね……。ところでこのような場所に植えて良いのですか?チャノキは日当たりが良く、雨が多くて栄養豊富で水捌けの良い酸性土壌が適地ですよね?」
俺は適当におぼろげな知識を元にチャラクサイに聞いてみた。テレビ等で見聞きした程度の知識だからあまりアテにはならない。確かこんな感じだったよねぇ~?っていう程度に聞いてみただけだ。
「はぁ?さんせいどじょう?とは何ですじゃ?」
あっ……、あ~……。そうか。そこからか……。まぁ土地というのは放っておいても勝手に酸性寄りになっていくものだったはずだ。適正な酸性度かどうかは測定出来ないとしてもチャノキは相当酸性寄りで大丈夫だったはずだからそんなに気にする必要もないのか?
「えっとですね……」
俺は適当にチャラクサイに説明してみた。元々専門家でもなければ博識でもない俺のなんちゃって知識だからチャノキ栽培の専門家にうまく伝わったかどうかは不明だ。ただ出来る限り俺の知っていることを説明してみた。
「なるほどですじゃ!そう言われればその通りですじゃ!」
知らんかったんか~い!じゃあチャラクサイは一体何の専門家として来たんだよ!
まぁいい。俺はなんちゃってとはいえこの世界から見て何百年も先の文明レベルから来たようなものだ。それは一般人の一般教養ですら天と地ほどの差もある。科学的根拠や理屈抜きにして『こうしてみたらこうなった』レベルを実践している文明レベル相手に言っても仕方がない。
そもそも俺はあくまでおぼろげな知識として知っているだけで、こちらの世界の住人達は化学式や科学的根拠はわかっていなくても経験則としてそれらを実践している。何となく知識として知っているだけの俺と、実際に経験してきている者達とでどちらの方が優れているかは比べるべくもない話だ。
「さすがはチャノキを輸入して栽培しようとしておられる領主様ですじゃ!早速相談しにいきますぞい!」
「あっ!ちょっと!」
チャラクサイは俺を強引に引き連れて事務所へ駆け込むと担当者達を片っ端から集めて緊急会議を開き始めた。俺はそんなことをするつもりはなかったのに無理やり巻き込まれて全員の前で色々と説明することになったのだった。
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予定外に長い会議に巻き込まれた俺はちょっとだけ体を伸ばした。時間も予定以上に遅くなったし急に会議で説明を求められて何の準備もしていない中でおぼろげな説明をさせられて精神的に疲れた。
合っているかどうかはわからいけど俺が知っているチャノキの栽培のポイントをいくつか皆に説明した。例えば最初に言った通り土壌の酸性度だ。でもこれはこの世界では酸性度を測定する方法がないのできちんと適正値になっているかどうかは勘や予想しか出来ない。
地球のチャノキと似た種だとすれば気温は暑すぎず寒すぎず、出来るだけ日当たりが良くて水捌けは良いけど雨が多く降り栄養豊富で深くまで耕した土壌が良い。それにチャノキは三十年くらいは生えたままになるからあとで移し変えるとか土壌改良をするのが難しい。最初にきちんと場所を選んで最適なように土壌改良しておく必要がある。
そんな感じのことを説明したら皆真剣に考えてくれていた。俺が段々畑とかのことも言ったら候補地を探して検討すると言っていたから本格的に栽培されるとしたらまだまだ先になるだろう。今の所ここで栽培しているのはあくまでプロイス王国の土壌や気候で栽培出来るかの試験のようなものらしい。
まぁ候補地の選定が済んだら順次植えてみるらしいから来年にはそれなりの収穫があるかもしれない。種や小さな苗から育てるものは育つまで数年はかかるけど植え替えや挿し木のものはある程度短時間で育つかもしれないからな。
茶畑の視察と予定外の会議を終えた俺は初期の頃から建てられている温室へ向かった。こちらではビニールハウスも温室もどちらも『温室』と言う場合があるけど一応温室とビニールハウスは別物だ。温室は俺が最初期に作ったガラス張りのものでビニールハウスと違って小規模なまま使っている。
ビニールハウスが実際に収穫を目的として栽培している場所だとすれば、温室は実験等のために少量を試験的に栽培したり品種改良したりしている研究施設の意味合いが強い。ここへ来た目的はもちろん……。
「ごぶさたしてますぅ」
「御機嫌ようアンネリーゼさん」
アインス博士のお嫁さんで自身も植物学の研究者で植物研究所の所長を任せているアンネリーゼに会うためにここにやってきた。
ぶっちゃけもうこの温室もアンネリーゼにとられたようなものだ。俺はもう自分でここで栽培や研究をするということはない。ほとんどアンネリーゼに任せっきりでたまに顔を出してちょっと横から口を挟むくらいだ。
「研究の方はどうですか?」
「はぃ。カーン騎士爵様のお陰で日々素晴らしい研究に打ち込めていますぅ」
俺は研究の進展具合を聞いたんだが……。まぁ一言で言えるようなものでもないだろうしこれで良いのか。一応成果があったり行き詰った研究があれば報告は受けている。俺がアドバイス出来ることは積極的にしているし今は特に困っていないということだろう。
それにしても何度見ても信じられない……。こんなぽやぽやしたお姉さんがあの爆発頭のアインス博士のお嫁さんとは……。見た目や年齢だけが全てではないんだろうけどこの何とも言えないモヤモヤした気持ちは何だろう。
今日はたまたまアンネリーゼも温室に居たけど普段はヘクセンナハトに作った植物研究所の方に行っていることもあるので、ここに来たからといって必ずしもアンネリーゼがいるとは限らない。訪問する予定を入れていたわけでもないので今日会えたのは本当にたまたまだ。
折角会えたのだから色々と研究の成果や行き詰っている所を聞いてアドバイスしたり、次の研究についてアンネリーゼと話し合った。特にカンザ商会の女性向け商品はアンネリーゼの研究に頼っている部分が多いからかなり重要だ。俺が精油を作って!って言ったら作ってくれたのも随分助かった。
最近の研究の成果として顔パックの完成というものがある。あれも植物等から成分を抽出したりして配合しているからアンネリーゼの働きは大きい。試供品が大評判だったことなどを話して温室を出た。
最後に向かうのが造船所だ。これからは海の時代になると思って造船には特に力を入れている。大型船はキーンに任せるとか言いながら実はカーンブルクにも大型船用の造船所を作ってるんだよなぁ……。
「おや。ここはキャラック船を建造中ですか」
覗いてみた造船所ではキャラック船が建造中だった。俺も何度も見ているから建造中でもある程度見れば船の見分けがつくくらいにはなってしまった。
元々俺はキーンでキャラック船、カーンブルクでキャラベル船を中心に建造や修理を行なう、という風に分担を考えていた。だけどこれからキーンではさらに大型の別の船を造ることになる。だからカーンブルクでキャラック船まで造れるようにしてキーンはもっと大型の船を中心にしていく。
そのためにカーンブルクの造船所は相当増設されているしキーンでも次々に建設中だ。これからの時代、俺の狙いは海洋進出。そして世界貿易だ。
「誰だ!勝手に入っては駄目だろう!」
あぁ……、またこのパターンか……。そりゃまだ少女と言えるくらいの年齢の女の子がウロウロしてたらどこでも怒られるわな。視察だと事前に告げていれば相手だって受け入れ態勢で待ってるだろうけど今日のように事前連絡なしに抜き打ちで来ればこうなるってものだ。だからこうなるのは俺の落ち度だ。
「お久しぶりですね棟梁」
「こっ、これはフロト様でしたか。申し訳ありません」
「いえ、突然来た私が悪いのです。さぁ、頭を上げて」
この棟梁とは何度も会っているから俺の顔を見ればすぐに話は通じる。職人の大半も知っている者ばかりだ。王都に行っている間に増えた者がいれば知らないけどそれ以外なら最低でも一度以上は顔を合わせている。
カーン領には秘密にしなければならない施設や技術が山ほどある。だからそこで働いている者達にも厳しい決まりがあるし雇う前に徹底した身辺調査も行なわれている。俺も直接顔を合わせて最後に確認もするしうちの重要施設で働くというのは存外ハードルは高い。
棟梁に話を聞きながら造船所を視察していく。俺が少し前に王都で王様達に船の建造、所有申請をしたのはキャラベル船、キャラック船各三隻ずつだったけどそれは全てここだけで建造されている。そして他にもまだ多数の船が建造中だ。
実は今視察しているこの造船所がある辺り一帯はカーン騎士爵家の所有する造船所であり、ここで建造されるのはカーン家が保有するためのものか、もしくはカーン家がどこかに売るためのものしか建造されていない。そんなの当たり前だと思うか?
そしてこのカーン家所有の造船所の隣にはカンザ商会の所有する造船所群がある。くくくっ。俺の言わんとしていることがわかったかな?そう、カーン家は確かに王国に申請しているだけの船しか所有していないし建造もしていない。だけどカンザ商会は別だ。カンザ商会はカンザ商会で独自に造船所を持ち船を所有している。
さらにカーン騎士爵領造船組合が存在し造船組合が独自に持っている造船所がある。名目上はな……。その造船所も実はカーン家のものだ。造船組合も組合所有の造船所もカーン家が全て管理している。だから名目上は別でありながら実質はカーン家が全てをコントロールしている。もちろん組合所有の船も別である。
さらにキーンではキャラック船よりもさらに大型の『あいつ』を建造可能な造船所が建設されている。そこではすでに『あいつ』が建造中だ。当然王国には『新型船の試作』としてしか申請していない。だけど実は試作はほぼ完成していて試作からそのまま実用に転用される予定の同型船が何隻も建造中だ。
そして今回の里帰りの目玉の一つ。アインスの研究成果である『あれ』の試射試験がうまくいけば……。くくくっ!夢が膨らむ!
今回の里帰り中の大型イベントの中でいくつか重要なものがある。例えば開拓村の村開きが行なわれるし、アインスの研究成果のお披露目もそうだ。そして……、今回の里帰り中に俺はルーベークの問題を解決するつもりだ。
ハルク海が海上封鎖されているのはルーベークだけの問題じゃなくて俺達にとっても面白くない。カーン家の船に直接被害は出ていないけどそれは向こうがこちらの船を襲えないからというだけだ。うちにとっても邪魔だしいつまでもうちの海でウロウロされていたら周辺に示しがつかない。
大増員して訓練を施した海軍……、おっと、間違えた。うちは海軍なんて物騒なものは持っていない。カーン家商船団がちょっとばかりハルク海で行動を開始することになる。
「くくくっ!」
「ゴホンッ!フロト様?」
イザベラに注意されてしまった。危ない危ない。帰りの馬車の中だから良いけど人前で本性を出してはいけない。これからのことを考えながらカーン邸に急いで帰ったのだった。




