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第百七十三話「茶畑!」


 空いた時間の予定を決めて今からさっそく動こうと思う。招待した客を放ったらかしにしてどこへ行くのかと言われるかもしれないけどすぐそこだから問題はない。


「それでは招待客の方々に休んでもらっている間に私は温室と造船所へ行ってきます」


 ビニールハウスと造船所はカーンブルクの東の端、ディエルベ川沿いにある。カーンブルクは南北に走る大通りと東西に走る大通り沿いには町が並んでいるけど少し裏に入るとすぐに森だったりして未開発の地域も多い。


 東西や南北の端から端までの距離というか全長というか、町の長さは長いけど厚みがないとでも言えば良いだろうか。もちろん順次大通りを通して追加していく予定で建設が進められているけど上下水等の地下埋設物の敷設が先だから中々進まない。そもそもただ無闇に町を広げても住む人間、人口が伴わなければ空き家だらけになるだけだ。


 そんなわけで現在は主要道沿いに建物が並んでいるばかりだけど、その長さはかなりのもので東に向かえばディエルベ川までずっと町が続いている。馬車で走っても結構な距離があるけど今から向かっても今日中には視察して帰ってこれる。


 開拓中の村の村開きとかを予定しているけどそういう大掛かりな行事は今急に予定を変更しにくい。アインスの開発の実射試験もそうだ。事前に準備が必要な予定の日程というのはそう簡単に変更出来ない。でもちょっとビニールハウスや造船所の視察をするくらいならすぐに入れられる。


 本当なら現場に上役の視察が来るって連絡して段取りして受け入れ態勢や警備が~……、と問題が出て来るはずだけどそれは現代のVIPの視察の話だ。大統領や首相じゃないんだからそこまで気を使う必要はない。偉いさんがふらっとお忍びで視察にやってきた、くらいのノリで考えてもらえば良い。


 ディエルベ川まで行って帰ってくるだけでも結構距離はあるけど街道も整備されているし今から出ても夕食までには帰れるだろう。


「それでは護衛は私の隊から……」


「ちょっと待ってもらいましょうか!フロト様の護衛は俺の仕事でしょう!」


「オリヴァー……」


 イグナーツが俺の護衛を選ぼうとしているとオリヴァーが肩で息をしながらやってきた。どうやら相当急いで来たようだ。王都から戻る道中でオリヴァーは俺達の護衛としてついてくるはずだったけど途中からやや遅れることになった。


 馬車をぶっ飛ばして駆け抜けてきた俺達だけど揺れがひどかったりして酔う者もいたために、途中から隊を分けてゆっくり向かってくる人員とそのままぶっ飛ばしてくる者に分かれていた。オリヴァーは後続の者達の護衛につくように指示しておいたから俺達より遅れて到着したというわけだ。


 ちなみにさらに遅れて向かってきている部隊も存在する。残りのオリヴァー隊と色々荷物を運んでもらった輜重隊とダミアン達料理人などだ。そちらはゆっくり移動しているからこちらに到着するまでにまだ日数がかかるだろう。


 輜重隊やダミアン達はカーン領、カーザース領に残ることになるから完全なる引き上げだ。王都にはオリヴァー隊の一部が残っている。そして俺が再び王都に行く時にはこちらに戻ったオリヴァー隊が再び王都についてくるつもりらしい。


 こちらの人手が足りているのなら別に良いけど大丈夫なのか?王都は一応王様のお膝元であってそんなに治安も悪くない。確かに前期の間にオリヴァー隊が居てくれて助かったことも色々あったけど無理にいなくても何とかなる程度ではある。領地を空けておく方が俺としては不安なんだけど皆は俺の身の安全の方が大事だと考えているようだ。


「それではフロー……、フロト様、同行は私とオリヴァーで良いですか?」


「いえ、カタリーナには残ってもらいます。カタリーナはお客様達を町にご案内して差し上げて。あぁ、ヘルムートも一緒にね」


「…………はい」


 う~ん……。明らかにカタリーナがしょんぼりしている。しかも返事も遅かった。相当な葛藤があったんだろう。俺に言われたから従うしかない。だけど俺について行きたい。そんな葛藤が垣間見えた。だけどちょっとディエルベ川沿いまで視察に行くだけだから大した用事でもない。そんなに四六時中ずっと一緒にいなくても良いだろう。実際王都でも別行動はあったわけで常にカタリーナが一緒だったわけじゃない。


「視察にはイザベラとオリヴァーだけで良いです。あとはカーン家の馬車を出してください」


 カーン家の紋章は鷲ということになった。割とありきたりなデザインだからそれほど目立つものでも特異なものでもない。それより馬車だ。いくつか俺が出したアイデアを元に馬車の改良が行なわれているけどまだまだ十分とは言い難い。


 カーン領、カーザース領の街道が整備されているから速く走れたのもあるけど馬車の性能自体もそれなりには上がっている。だけど俺から言わせればまだまだだ。せめてゴムタイヤとリムスポークとサスペンション。これらがあれば今より劇的に乗り心地が向上すると思う。


 ただゴムはまだ未入手で手に入る予定もない。リムスポークも細さや強度や弾力や構造と、様々な課題があって簡単にはいかない。サスペンションもそうだ。俺自身あまりサスペンションの構造を理解していない。というと少し語弊があるから訂正しておこう。


 まず単純な構造なら俺でもわかる。ただしそれを開発しようと思ったら実際には多くの問題があるということだ。


 例えば一言でサスペンションといっても様々な構造形式が存在する。どれがどういう用途に適しているのか。それぞれの長所短所や何に使えば良いかの使い分けまで完全に理解しているわけじゃない。


 さらにそれを人に説明しようにも俺自身が完全に理解しているわけでもなければ現物があるわけでもない。俺の中途半端な知識で現物があるわけでもなく人に説明したり、俺自身で試作品を作るというのは無理がある。


 加えて工業的な問題だ。構造や精度や強度といった生産面や運用面での問題が山積みでありちょっと試しに作ってみようかなんて気軽に言えるようなものじゃない。


 もちろんそれでも俺の伝えられる限りの知識は伝えて職人達や研究者達が日々研究と試作、試用を繰り返している。そのお陰で一応多少なりとも馬車の性能は向上しているわけだけどまだまだ俺の満足するレベルには達していない。


 ゴムタイヤでサスペンション付きが完成して馬車の速度が向上すれば流通などに相当革新が起こせるんじゃないだろうか。現在はこういった工業面での生産能力や精度を上げるための投資を行なっている。ただ実際に形になってくるにはまだあと何年もかかるんじゃないだろうか。


 そんなことを考えながら馬車に揺られていると街道の先にディエルベ川が見えてきた。ようやくカーンブルクの東の端、ディエルベ川沿いの船着場近くまでやってきた。


 ただし俺の目的はここじゃない。さらに川沿いに北上してまずはビニールハウス等が並ぶ農場へと向かう。普通のビニールハウスでの仕事振りはちょっとだけこっそり視察していくだけで済ませる。別にこの辺りで作っている物には何の問題もない。


 綿花栽培を行いながら品種改良も行なわれているようでこの辺りの気候にも強い品種を生み出そうとしているようだ。


 植物の品種改良なんて何か難しいことのように聞こえるかもしれない。現代っ子ならDNAを操作して……、とかそういう難しいことを想像してしまうかもしれない。だけど実際にはそんな難しい話じゃない。いや、やることは難しいというか中々成功しなくて大変なんだけど品種改良は遥か昔から行なわれていたことだ。


 別に現代科学の力がなくても遥か昔から人間は動植物の品種改良ということを行なってきた。極端に言えば交配可能な別の種同士を人為的に交配させて両方の特性を持っているとか、別の特性を持った新種を作り出すというのが昔ながらの品種改良だ。そう聞くと別に難しい現代科学なんて必要ないことがわかるだろう。


 ただしそれは簡単なことじゃない。交配がうまくいかなかったり、そもそも交配出来るかどうかも未確定だ。


 例えば寒さに強い種と繁殖力が強い種を掛け合わせたら寒さに強くて繁殖力も強い種が出来上がる!と決まっているわけじゃない。仮に掛け合わせがうまくいっても病気に弱い種になるとか、思ったほど寒さに強くならなかったとか、とにかく失敗の連続になる。ひたすらトライアルアンドエラーの繰り返しだ。


 様々な掛け合わせを試して、しかも出来上がったものもちゃんと思った通りの特性を持っているのか確認しなければならない。ひたすらに手間と時間がかかる大変な作業で研究者達には頭が下がる思いだ。


 そんな栽培や品種改良の成果を軽く視察しつつ俺はさらに新しく拓かれた農場に向かう。そこに広がるのはあまり背の高くない木々だ。これは日本でも良く見た覚えがある。そう、俺がミコトに頼んで用意してもらったチャノキの畑だ。


 どうやら魔族の国にあったチャノキ種は日本のチャノキ種に近いらしい。カーン領で栽培可能かどうかはまだ未知数だ。木のまま持ってきて植えたもの、苗、挿し木、種、様々な形で結構な量が運ばれており栽培が試されている。まだ数ヶ月しか経っていないから最低でも一年経って気候に耐えられるかどうか確認しないことには何もわからない。


 それでも俺が視察した限りでは今の所順調に育っているような気がする。これでカーン領でチャノキの栽培が可能となれば緑茶だけじゃなくて紅茶も飲めるようになるかもしれない。現在はプロイス王国には紅茶は伝わっておらず俺は今生でまだ飲んだことがない。コーヒーがない今せめて紅茶くらいは手に入れたい所だ。


「くぉらぁ~~!勝手に入っちゃいか~ん!どこの子供じゃ~~!」


「あっ、ごめんなさい……」


 茶畑を見ながら歩いていると怒られた。日本のイメージだと茶畑は酸性土壌の段々畑になっているようなイメージがある。だから俺はそういう場所に植えた方が良いのかもしれないとはアドバイスしておいたけど、チャノキを譲ってくれた魔族側からも色々と栽培方法を聞いているだろうから俺が余計なことを言う必要もないかなとも思う。


 実際ここは平坦な場所に植えられていてビニールハウスにも覆われていない。ここより緯度が高い魔族の国でも栽培可能ならば魔族の国よりは低緯度なこの国でも普通に栽培出来る可能性は十分にある。


「どこの子供じゃ!ここは領主様の畑じゃ!勝手に入ったらいかん!」


「すみません……」


 俺の前までやってきた老人に怒られたので謝る。確かに視察するとは伝えていないし勝手に入って来た。作業をしている人には良い迷惑になるだろう。チャノキが順調に育ってそうだったからうれしくて入ってきてしまったけど一言伝えておくくらいはすべきだった。俺が悪いので素直に謝るしかない。


「ここは情報も管理されておるんじゃ!勝手に入ったとあっては衛兵に突き出さねばならん!そもそも周囲は囲まれて衛兵が守っておったはずじゃ!衛兵は何をしておったというのか!」


 随分声の大きなおじいさんだ。元気なのは良いけど高血圧でぽっくり逝ったりしないか心配になる。


 確かにこの辺りの農場はただの農場じゃない。重要機密も含まれる最先端の研究施設でもあるわけで簡単に情報が盗まれないように厳重に管理されている。普通なら勝手に誰かが紛れ込むなんてことはまずあり得ない。カーン領の少ない兵士を何とかやり繰りして常時配置している施設の一つだからな。


「ここの管理者の方に一言伝えることもなく勝手に入ったことは謝ります。ですが衛兵を呼ぶ必要はありません。私はきちんと許可を貰って入り口から入ってきました。貴方はこの茶畑の責任者の方ですか?」


「お前のような小娘が?何故ここに入れるんじゃ?それに茶畑と言うたか?何故これが茶畑だとわかるんじゃ?」


 質問に質問で返すとは……。それも一つじゃなくて次々質問してくる。話がかみ合わないご老人と話している気分だ。まぁまさにその典型みたいな感じになってるけど……。


「それは私がミコト様からチャノキを譲ってもらいここに植えるように指示したからですよ」


「ミコト様……、何故そのお名前を……?指示をした……、この小娘が……?」


 どうやらこのおじいさんは俺が誰だかわからないようだ。まぁ俺もこんなおじいさんは知らない。普通こういう重要機密を扱う場所に入れる人間は全て俺に情報が入ってくるはずだけどこんなおじいさんがここで働いているとは聞いていない。


「私がこのカーン領の領主、フロト・フォン・カーンです」


「りょ、領主様じゃったかぁ~!へへぇ~!わしはイトウ・チャラクサイと申しますじゃ!数々のご無礼平にご容赦くだされぇ~!」


 俺が名乗るといきなり土下座して頭を地面につけて両手を前に出していた。すごい土下座ポーズだ。オーバーリアクションというか何というか。見ていて面白いけどいつまでも土下座させていても話が進まない。


「頭を上げてくださいしゃらくさいさん」


「チャラクサイですじゃ!」


「チャラ臭い?」


「発音は同じですじゃが何か悪意を感じますじゃ!」


 面白いじいさんだな。まぁからかっていても話が進まない。起き上がったチャラクサイをマジマジと見てみる。


「イトウ・チャラクサイさん……、魔族の方ですか?」


「にゃ!にゃぜしょれを!」


 俺がそう聞くと明らかに挙動不審になった面白おじいさん、イトウ・チャラクサイは両手を上げて目を見開いていた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 紅茶はまだ入って来ていなかったらしい。つまり“チャノキ”の葉(と前の感想では言いたかった)はまだ入って来ていないということであろう。しかし102話でタンポポ茶が出てきた時にフーゴが「普…
[気になる点] この世界で鷲の紋章がありきたりとは限らない( ˘ω˘ ) [一言] 仮にいい感じに形質が出てもそれが安定して次の世代や孫の世代に出るとは限りませんもんね。
[良い点] 伊藤茶楽斎 お茶への愛が伝わって来る素敵な名前だと思います
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