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第十七話「事業を始めよう!」


 何か妙なことになって料理長のダミアンに料理を教えることになってしまった。この世界は調味料や食材が少なくて現代日本に比べれば食事が貧しいのは間違いないけど本物の料理人に教えられるほど俺は料理に詳しくない。


 おぼろげな現代知識でそれらしく作っているだけで試行錯誤しながら数々の失敗を重ねつつ何とかそれらしく作っているだけだ。俺が作っている料理も決して完全に再現されているとは言えずむしろ欠陥だらけで、この食卓の貧しい世界だから珍しく濃い味で食えるだけで日本の料理に比べたら食えたものじゃない。


 そんな失敗の中の一つに魚醤がある。魚醤は地球でも日本を含めた東アジアや東南アジアだけじゃなくて古代ローマ時代くらいから地中海沿岸でも、イギリスでだって作られていたものだ。だからこの世界にも沿岸部に行けばあるんじゃないかと思ってヘルムートとイザベラに探してきてもらった。


 結果的にはあった。沿岸部の港町で作っている独自の調味料として魚醤は確かにあったけど問題は臭いだ。独特の強烈な臭いがあってそのまま食べることは出来ない。刺身醤油のように魚醤をそのまま何かにつけて食べようものなら臭くて吐き出してしまいそうになる。


 尤もそれは俺の味覚が変わっているからというのもあるだろう。例えば地球でも子供は単純な甘いお菓子や塩味のものを好んだりする。甘いチョコレートや塩味のポテトチップスが大好きなことからもわかるだろう。


 大人になるにつれて味覚が発達して昔は苦手だったものや嫌いだったものも食べられるようになったりした経験が誰にでもあるだろう。煮物や野菜や魚なんてそうじゃないかと思う。もちろん子供の頃からそういうものが好きだった人もいるだろうけど……。


 ともかく大人になって味覚が成長すれば好みも食べられるものも変わってくるのは地球でもこの世界でも同じだ。この世界で子供の味覚になっている俺が大人が好むような味が食べられないというのは体のせいもあるだろう。大人が酒のともに塩辛を食べるけど子供はああいうのが苦手な場合が多いのと一緒だ。


 ただそれを差し引いても独特の臭いがきつい。魚醤と聞いて醤油のようなものかと勝手なイメージをして食べればひっくり返りそうになる。火にかけて煮込んだりすれば臭いはマシになるから煮物に入れたりから揚げの味付けにつけるなら熱して臭いがとんで食べられるけどそのままじゃ俺は口に出来ない代物だった。


 同じようなケースでチーズもそうだ。俺は日本に居た時は別にチーズは嫌いじゃなかった。特別好きということもないけど嫌いではない。パンとかピザとかにのせて食べるとおいしいと思ったし様々な料理にのせてあったのもおいしかったと思う。


 だけどこの世界のチーズはそうじゃない。もちろん地球のチーズもだけど本当のチーズというのは臭いがきつくて食えたもんじゃない。現代日本用に臭いの少ない改良されたチーズだから普通に食えていただけで昔ながらの製法で作られたチーズは臭くて食べられない。


 これは何もチーズだけの話じゃなくて発酵食品全般に言えることだろう。現代日本で納豆が大好きで毎日納豆を食べているという者でもそれはあくまで臭いを抑えた現代の納豆であって昔ながらの納豆を食べようと思ったら臭すぎて食えないと思う者も大勢いることだろう。もちろん臭いのが好きな人もいるだろうけど……。


 この世界のチーズも一部の畜産が盛んな地域で作られているローカル食材であって全国的に流通しているなんてことはない。そういう地域出身の者が知っているくらいで辺境伯家の者ですら食べたことがない地方の特産物だ。


 醤油やチーズが手に入ればと思って探してきてもらったけどこのままじゃ俺はおいしく食えない。加工したり調理したりすれば食えなくはないけど地球でのそれらをイメージして食えば味や臭いの違いに驚いてしまう。


 そして致命的なのが食材不足だ。俺とカタリーナの分だけならヘルムートとイザベラが用意してくれていた分で何とか足りたけど家族全員に振る舞われることになってから食材が圧倒的に足りない。特に砂糖などの調味料や牛乳や卵が品不足だ。


 その問題を解決するべく父にお願いをしようと思って執務室を訪れた。いつも通り執事長のマリウスもいる。


「父上、度々申し訳ありませんが再びお願いがあって参りました」


「言ってみなさい」


 俺の言葉に父は頷いて先を促した。これだけ何度もお願いに来てわがままな娘だと思われているかもしれない。比較的何でもお願いを聞いてもらっているけど俺ってかなり手のかかるわがまま娘だろうな。それに相当お金もかかっているに違いない。


 カタリーナの病気を治すためとは言ってもプロイス王国各地から珍しい特産品などを大量に買っている。輸送も難しいだろう時代にこれだけあちこちから食品を買い漁っていれば相当な浪費になっているはずだ。それでもお願いをするしかない。俺は自分で自由に出来るお金を持っていないんだから持っている人に頼む以外に手段がない。


「実は食材が足りません。私とカタリーナの分だけならば何とか買い付けてくるだけで賄えましたが家族の分もとなるとお金の問題ではなくそもそもそれだけの量が売られていないのです。ですのでどうか私に投資してください。その投資で私が農業と畜産業を興します」


 俺のお願いは俺に金を貸してくれということと農業と畜産業をする許可をくれというものだ。市場で買ってくるだけでは到底欲しい時に欲しい物が手に入らない。現代日本のようにスーパーに行けば毎日必ず主だった食品が全て揃っているということはない世界だ。


 それならばいつどれだけ出回るかわからない市場に任せるよりも自分で栽培したり牧場を拓いて生産した方が確実に手に入れることが出来る。


 問題は初期費用と人手と場所。それから俺の場合は屋敷から勝手に出られないから現場への指示や視察が出来るように自由に出られるようにしてもらわなければならない。


「ふぅ……。フローラ……、お前ならカーザース辺境伯領に豊かな農業や畜産業を興せるというのか?」


「それは……、やってみなければわかりません。必ず成功すると確約は出来ませんが出来る限りのことはしなければ何も変わりません」


 俺は前世で農業も畜産業もやったことはない。別に俺はそういう部分で技術革新を齎そうとかそんなつもりはまったくない。ただ俺が欲しい食材を作る農場や牧場が欲しいだけだ。そしてそれがなければ欲しい食材が安定供給されない。


「出資するのは構わない。だが失敗するとわかっているものに領民達の血税を出すわけにはゆかぬ。場所はどうする?労働者は?モンスターや隣国の妨害はどうするつもりだ?」


「……え?モンスター……?」


 父の言葉に首を捻っていると向こうも首を傾げていた。何か父がそういう仕草をすると可笑しい。厳しい父が可愛らしい仕草をすると妙に可笑しくて笑ってしまいそうになる。


 っていうかモンスターって何だ?それに隣国?辺境伯家なんだからどこかとの国境付近であろうことは想像していたけど俺はこの付近の情勢についてまったく知らない。というかダミアンだって隣国の料理人とは聞いてるけどその隣国ってどこだ?そんなことも知らないじゃないか……。


「そうか……。そうだったな……。フローラは何も知らぬのだった……。マリウス、少しフローラに教えてあげなさい」


「はっ、かしこまりました。それではフローラお嬢様、こちらへ」


 俺はマリウスに連れられて別室に向かう。そこでマリウスから今まで俺が教えられてこなかったことを教えてもらったのだった。




  =======




 まずカーザース辺境伯領はプロイス王国の北西に位置する。プロイス王国の四方に隣接する主だった国として南の国境の大部分に接するのがオース公国。西の国境のほぼ全てに接しているフラシア王国。そして北西に接しているのが魔族の国らしい。東にも国はあるようだけど蛮族の国としてあまり付き合いもなく詳しい情報はないようだ。


 オース公国とは度々衝突もあるようだけど基本的には協同歩調を取ることが多いらしい。基本的にプロイス王国、オース公国は共通して西のフラシア王国と敵対しているようなので利害関係の一致というやつだろう。


 西のフラシア王国はプロイス王国の仇敵であり昔からずっと敵対関係にあるようだ。ダミアンの故郷はこのフラシア王国だそうで敵対関係にあるとは言っても今は戦時でもないし人の往来全てを禁止出来るものでもない。交易もあるし人の行き来や移住は普通にあるようだ。


 東には小国が乱立しているようで蛮族として侮っていることもありそれほど詳しい情報はない。プロイス王国の基本方針としては南のオース公国と協力して西と北に対応するのが伝統的外交方針らしい。


 北西の魔族の国というのはよくわからない。マリウスも歯切れが悪くあまりきちんと説明してくれなかった。ただ魔族というのは人類全ての共通の敵だそうで魔族に対処するには仇敵のフラシア王国とも協力することもあるようだ。


 その北西の魔族と西のフラシア王国との国境を守るのがカーザース辺境伯家であり三国の国境が接しているこの地方は何かと難しい場所らしい。


 そしてこの世界にはモンスターと呼ばれる怪物たちがいる。野生の動物と違って凶暴で人を襲うために存在しているかのような危険な生物らしい。


 我が家の屋敷は後ろが北西に向けて建てられている。フラシア王国と魔族の国の国境方面が我が家の裏手の森というわけだ。向こう側から攻めてくる勢力を食い止めるためにこの地にカーザース辺境伯家がいる。


 その裏の森にはモンスターは出ないらしい。理由はわからない。一説にはモンスターは魔族が操っているために魔族の国のある北西方向の森には勝手な動きをするモンスターがいないからだ、という説もあるようだ。


 もちろんその説の信憑性は定かじゃない。そもそも本当に魔族がモンスターを制御出来ているのなら相手国を荒らして国力を落とすように仕向けるんじゃないだろうか?ただ戦争の時に組織だってモンスターを運用してきたという話があるようで魔族がモンスターを使役している可能性はあるのかもしれない。


 何にしろ偶然にも俺が鶏を飼育していた森の中には滅多にモンスターは出ないそうで今まで鶏に被害は出なかったというわけだ。だけど町の周囲ではモンスターが出るために牧場など営もうものならばすぐにモンスターがやってきて家畜を襲ってしまうらしい。


 この世界の牛が凶暴なのはモンスターから身を守るためにそのように進化したからなのかもしれない。そして畜産業が妙に未発達なのはモンスターの影響なのだろう。


 と言っても俺は諦めるつもりはない。農業と畜産をしなければ俺の望む食事は賄えない。何も俺が好きな食事をするためだけに固執しているわけじゃないぞ。栄養の偏りはカタリーナのような病人を生み出すことになるし食事が豊かになるというのは国力の豊かさに直結する。食事が貧しければ多産多死になり人口も増えないからだ。


 マリウスの他にヘルムートとイザベラも呼んで俺の計画を伝える。三人に協力してもらって試験的にでもやってみようと思う。


 まずは場所の確保だ。北西の森には滅多にモンスターが出ないらしい。だから牧場は北に作ることにした。北西の森に面している西側はそれほど守る必要はないというわけだ。東側だけ守れば良いし家の練兵場からそれほど遠くないから領主軍も駆けつけやすい。


 農場はまず最初はテンサイを栽培するつもりだから栽培に適した土地を探してもらうしかない。農作物にはそれぞれ適した場所というものがある。俺が思いつきで場所を選んでも作物が育たなければ意味がないのだから一線から退いた老農夫などを雇って指導してもらう。働き手はカーザーンにいる孤児や貧しい家の子供を中心に集める。


 普通の家庭ならば自分の家の仕事を子供達も手伝っているはずなのですでに働いている者を無理やり連れて来ても意味がない。仕事がなかったり貧しくて困っている者に新しく仕事を与えることで経済を活性化させることも視野に入れているから経済対策としてそういう者を雇うというわけだ。


 すでに普通の農場では労働力として期待されない老農夫に指導してもらい貧しい子供達にテンサイ栽培をしてもらう。


 畜産に関してはある程度仕事に慣れた指導者がいなければ出来ないだろうからどこかからベテランを連れてくるしかない。労働も重労働になるだろうからこちらは若くて元気があって力もある者を雇う必要がある。


 鶏の飼育は俺でもある程度は出来たしそれほど重労働でもないので子供達もある程度入れて働いてもらう。牛の世話は難しいだろうから年齢がそれなりにいっている者を中心にする。もちろん将来を担う子供達も一部は入れて仕事は覚えてもらうけどあまり幼い子供や体力のない者は別の仕事にまわってもらってのことだ。


 そして一部の本当に信用出来る者達には重要機密の仕事を任せる。それはテンサイから砂糖を作る仕事だ。テンサイ栽培だけなら家畜の飼料と思われるだけだから栽培していても何も問題ない。実際牧場も作ろうとしているんだからその家畜達の飼料だと誰もが思うだろう。


 実際にテンサイの搾りカスは家畜達の飼料にする。ただしその前に搾って甜菜糖を作ってからだけどな。砂糖が貴重なこの国でうちが大々的に砂糖を作って専売すれば相当儲けられるだろう。その利益で農場をさらに拡大。栽培する種類も増やして牧場も広げて家畜も増やす。


 資金繰りの最初の主力商品だからすぐに他所に真似されたら困る。というわけで砂糖作りは信用出来る者にしか任せられない。いつかは漏れてあちこちで甜菜糖が作られるようになるかもしれないけどうちの資金に余裕が出来るまではもってもらわないと困る。でなければ初期費用すら回収出来ない可能性がある。


 そういう諸々の計画を三人に話すと三人は驚いたように頷いていた。北の牧場に近寄ってくるモンスターは俺も狩りに行こう。そうすれば実戦訓練にもなって一石二鳥だ。


 こうしてきちんと計画書を提出して父に許可を貰い資金を出資してもらって俺の最初の事業は開始したのだった。



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