第百六十三話「折り返し!」
「皆聞いて欲しい」
中々意見が纏まらず紛糾しているのを見てルートヴィヒが全員に呼びかけた。全員の視線が集まり静かになるのを待ってからルートヴィヒが口を開く。
「このまま各々が自分の主張をしていていも纏まらない。まずは作戦の指揮権を集中して本部を設置しよう。そこから各隊に指示を出して全員で連携しながら課題を進めていくんだ」
この野営訓練において事前に班分けや各班の課題が決められている。四組のある班は森で狩りをすること、また別の班は森を探索して学園が事前に設置してある物を発見、回収すること、というようにそれぞれの課題もマチマチだ。これは学園側が意図的に生徒達が揉めるようにそのようにしている。
誰もが自分の成績のために自分達の班の課題を優先したいと思うだろう。例えば狩りをしなければならないのならば静かに森に入ってそっと獲物を探して狩りをしなければならない。それなのに大人数で大地を踏み均すかのように森に入っていけば獲物が逃げてしまう。
逆に探索をしなければならない者からすれば探索する範囲を決めて人海戦術でローラー作戦をする方が効率が良い。全員が横一列に並んで見落としがないように端から全て見ていけばそのうち探索も完了するだろう。少人数で運任せにウロウロするよりもよほど確実だ。
このように学園は意図的に意見が対立するように課題を与えている。そしてそれを纏め上げるのが上位クラスの役割だ。意見を調整してある程度妥協させたり優先順位を決めてそれを守らせるなど、指揮能力や命令を聞かせる能力が求められる。
「野営地に本部を設置して軍を置く。各軍はそれぞれ担当の地域を探索していくんだ」
ルートヴィヒは学園生達を実際の軍に見立てて人員を分け、各軍に指揮官を置き、担当地域を決めて同時並行で森の探索を行なうように提案する。もちろんそれに反対の者もいるだろう。狩りが課題の生徒などはそんな意見は受け入れられないと思っている。
しかしルートヴィヒは強権で強引に命令するのではなく自身の考えの合理性を説く。
「狩りが課題の班は不満があると思う。だけどまずは森の探索を行なって安全を確保しなければ各自が勝手に動き回っては危険だ。この野営訓練では誰一人脱落することなく全員で全ての課題をこなして終える!そのためにはまずは探索を行なって安全確保をしなければならない。狩りの課題を軽視しているわけじゃない。僕の指揮に従ってくれないか?」
「それは……」
「…………」
全員がお互いを見回す。ルートヴィヒの言っていることは正しい。確かに狩りが課題の班にとっては一斉に大勢が森に入り込めば獲物が逃げてしまう可能性が高い。しかしだからといって狩りの班だけでコソコソと森に入って思わぬモンスターにでも出くわせば命の危険まである。先に森の安全を確保するのは狩りの班にとっても悪い話ではない。
「狩りは探索が終わった後で必ず全員が協力して終わらせる。だからまずは探索と安全確保に協力してくれ」
ルートヴィヒの言葉で方針は決まった。ルートヴィヒが王太子だから逆らえないというだけではない。確かにルートヴィヒの言うことには一理ありそれを真っ向から否定するだけの意見は誰も持っていない。ここで『いや、狩りが優先だ!』と言ってもそれは自分勝手なだけであり全体のことを考えてそれを主張するだけの根拠を持つ者はいなかった。
方針が決まれば次は編成だ。各学年の最上位の者達が集まり『司令部』が編成された。その下に各軍が置かれ軍に人員が配置されていく。各軍には担当地域が割り当てられそれぞれ担当地域にて活動を行う。
司令部が各軍に指示を出し、それに従って各軍が部隊を動かしていく。何かあれば各軍の指揮官に伝令が伝わり各軍から司令部に情報が伝わる。
組織と分担が出来たことで各軍が一斉に森の探索に入って行った。いくらこの森がそれほど広大ではないとは言ってもそれなりの広さはある。到底学園生達だけで十日で全てを回ることが出来ない程度には規模がある森だ。毎年野営訓練の時には一定の範囲が決められて基本的にはその範囲内が訓練の対象となっている。
指定されている範囲ならば学園生達だけでもどうにか探索可能な範囲だ。それを全て虱潰しに探索するのか、各々が好き勝手に探索するのかはその年の指揮官達による。今年はルートヴィヒが全員の意見を纏めて全員一丸となってローラー作戦を実施することになった。今までにこれほど全員を纏め上げて方針を決めて実行させた者はいなかった。学園の教師達や護衛の騎士達もその手腕を評価しこれからの展開に期待を寄せる。
「お~い!こっちに印があったぞ!」
「探索担当を呼んでこい!」
森の各所には学園が事前に探索の印を設置してある。探索担当の班はそれを確保するのが課題だ。そのルールは『探索が課題の班がその印を回収すること』としか決められていない。このアバウトなルールは学園側の罠であり揉める元をわざと用意しているのだ。
誰が発見したか、どういう方法でそれを回収したかは関係ない。ただ設置してある状態から一番最初にそれを回収した時点で課題達成となる。
例えば自分達で探索を行なわずに探索を行っている他班の後をついていき、他班が印を発見したらそれを横取りしても良い。ルール上は何の問題もなく、採点のためについている教師達もそれを認める。手段は関係なく最初にそれを回収した時点で誰が回収したかが決まるのだ。
しかしそれは何も悪いことだけではない。今回ルートヴィヒがやらせた方法こそがこのルールの真の価値が発揮される方法だった。
全員で虱潰しに探索を行い印を発見したらまだ課題未達成の探索担当の班を呼んで回収させる。全ての探索班が回収を終えるまで続けるという合意の下で全員が協力しているから見つけるのも早い。これこそがこのルールの本来の目的なのだ。
皆で協力して探索を行い、発見したらまだ未達成の班に回収させる。こうして全員をクリアさせるためにこのようなルールが決められている。それを悪用して人が見つけた印を奪って自分だけ課題をクリアしようなどとする者こそが邪道なのだ。
ではこれまでもこのような方法を試そうとした者がいなかったのかと言えばもちろんいた。しかしそれが完璧に実行されたことはない。皆裏で自分が先だと争いを起こすのだ。先に印を見つけて早く達成したいと誰もが考える。もしかしたら最後に自分達が一個だけ足りなかった場合に他の者が一緒になって探してくれるとは限らない。その信頼や保証がなければ誰でも自分の班が先に回収したいと思うだろう。
また先に回収が終わった班はもう無理に探索を行なう理由はない。探索が終わっていない者だけであとは勝手にやれば良いとばかりにそれ以上探索に協力しない者も大勢出た過去が存在している。誰でも自分を優先したいと思うし自分の分が終わればもう余計なことはしたくないと思う。それがこの課題の罠なのだ。
今年この方法でうまくいったからと今年の一年生や二年生が来年も同じ方法を提案してもうまくいくとは限らない。今年はたまたま周囲が逆らい難いルートヴィヒとルトガーがいて二人の説得に全員が協力することを約束したから成り立っているのだ。
来年はまだルートヴィヒが三年生として在籍している。しかし再来年は?その次は?果たしてその時に今年や来年この方法でうまくいった経験をした生徒達が他の生徒達をうまく纏めることが出来るのかどうか。今までそれでうまくいった試しはない。そして今年も今はまだうまくいっているというだけのことだ。
もし……、このまま順調に探索は終えたとしても……、果たして探索を終えた班が狩りの班の手伝いをきちんと最後まで行なうのか。そして協力しない班が現れた時にきちんとそれを制御することが出来るのか。野営訓練は始まったばかりだ。
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野営訓練開始から五日目の午後、日が傾いてきておりそろそろ今日の探索を終えようかという頃ついに……。
「最後の一班の探索回収が終了しました!」
「おおっ!」
司令部に吉報が届いた。野営訓練も丁度半分が過ぎている。初日は設営に一日を使ったために実質四日で探索を完了したのだ。ここまでは順調であり未だ嘗てこれほどのハイペースで課題が進んだ年はなかった。
「狩りの班の進捗状況は?」
「三割少々です」
「う~ん……」
微妙な答えに司令部の空気も何とも言えないものになる。
全員で大規模な探索を先に進めたとはいえ偶然獲物を発見することもある。その場合は印の回収と同じく狩りの班を呼んできて狩りをさせていた。狩りも印の回収と同じで誰が見つけたかや狩る方法については特に決まりはない。ただし回収と違って狩り担当は自力で狩らなければならない。人が狩ったものを最初に拾ったら良いというほど甘くはない。
五日で回収完了と狩りが三割超完了というのは十分良いペースではあるがここから先の狩りが難しい。探索は範囲内を探せば絶対に班の数以上に学園が設置してあるが獲物は絶対にそれだけの数がここにいるとは限らない。
訓練の指定範囲外に出てはいけないという決まりもないのでどうしても獲物がいなければ範囲外まで足を伸ばしても良い。ただそれはそれで危険も伴う。どういう方法を取るかも司令部や指揮官達の手腕の見せ所ということになる。
「よし。とりあえずまずは今日は各軍を撤収させよう。伝令を出してくれ。僕達はこれからどうやって狩りの班を支援するか考えよう」
ルートヴィヒの言葉で伝令が各軍に向けて走る。子供のごっこ遊びではあるが中々堂に入っている。
ルートヴィヒ達が今後について話し合っている頃、本陣の天幕の前に立っている学園生達は暇だった。まるで本物の軍隊のように本陣に護衛を置いているわけだが別に護衛のためだけにいるわけではない。各軍への伝令用に待機している生徒達であり、今日はもう各軍とも引き上げてくるので伝令もほぼ終了であり残った者達は暇が確定しているのだ。
「あ~あ、最後の伝令からあぶれたから暇だな」
「いいじゃないか。わざわざ走りたいか?」
「まぁそうなんだけどな……」
伝令は公平になるように順番制になっている。今から突然緊急の伝令の指示が出る可能性は低い。各軍の指揮官の下まで走るのも疲れるから嫌ではあるが、これから各軍が引き上げてくるまでただここで突っ立って待っているのも暇なものだ。
「お?見ろよ」
「あ?あぁ……」
体だけ異様に太い騎士が歩いている。歩くために足を出すが太腿が上げられないのか腰を捻って足を出している。そして腰を出すということは鎧が捻られないために肩まで全て同じ方が前に出る。トランプでも箱でも何でも良いがそういったものを右に左に前に出して動かしているように両手と両足の同じ方が出てのっしのっしと歩いていた。
「もう見飽きたよ……」
最初の頃こそクスクスと馬鹿にして笑っていたが相棒の伝令役は流石に五日も見ていればもう飽きたと興味もなさそうに答えた。しかし先に声を出した方の学園生は悪い顔をして石を拾い上げた。
「おい……。お前……、どうするつもりだよ」
「ヒヒッ、こうするんだよっ!」
何を思ったのかその学園生は騎士に向かって石を投げた。鎧に兜で完全武装だから小石が当たったくらいでは怪我もしないだろう。しかし仮にも相手は本物の近衛師団の騎士だ。いくら学園に通っている生徒達の実家の方が格上でもして良いことと悪いことがある。
待機していた伝令の相方は焦ったがもうどうしようもない。すでに投げられた石を止める方法などあるはずもなく体だけ異様に太い変な騎士の頭に石が当たると思った瞬間……。
「「…………え?」」
どう考えても絶対に当たる軌道だったはずのその石は太い騎士に当たることなく前に飛んで行った。しかしおかしい。軌道が悪くて逸れたわけではない。『絶対に当たる軌道だったはずなのに何故か当たらずに石は前に飛んでいった』……。
「おい……、今……」
「石がすり抜けた?」
絶対にあのヤカンのような兜に当たったはずだ。それなのに……、石が兜に当たったと思った瞬間、太い騎士が一瞬揺らいだように霞んで見えた。すると石は騎士に当たることなくすり抜けて前まで飛んで行ったのだ。
「まさかあの騎士……」
「霊……、霊じゃないだろうな!おい!」
伝令役の二人は目の前で起こった不可解な現象に理解が追いつかずパニック寸前になりながら他の伝令達にその話をしたが、誰一人その話を信じてくれる者はいなかったのだった。