第百六十一話「試験終了!」
試験一日目……、政治と歴史の試験が終わった。
自分の手応えと自己採点ではほぼ百点満点だと思う。問題用紙はもらえるわけじゃないようで回収されてしまったから最早確認のしようはない。ただ自分の中ではほぼ完璧な出来だったと思っているだけだ。なので自己採点とは言ったけどあまりあてにはならない。
午前中で試験が終わったんだから帰って明日の試験勉強でもしなければならない所だと思うけど生憎帰れない。俺はこれから王城の練兵場に行って近衛師団の打ち合わせと訓練に参加しなければならないからだ。
普通試験中の学生にこんなことをさせるか?せめてもうちょっと配慮して欲しいものだ。まぁそもそも学園生で近衛師団員というケース自体が初めてのことだしそういう備えはなかったんだろうけど……。俺という前例も出来たことだし俺での教訓を活かしてせめて次からはどうにかしてあげて欲しい。多分その心配はいらないだろうけどね。
まず俺達くらいの歳で近衛師団に抜擢されるのは異例のことらしい。俺とクラウディアという二人もいるじゃないかと思うかもしれないけど俺達の方こそが例外だ。
本来であればクラウディアが史上最年少で近衛師団に大抜擢される一人目となるはずだった。それでも俺より年上だったし俺が抜擢された時よりももっと後で抜擢される予定だったし実際にそうなっている。だけどそこで俺がさらに異例中の異例としてクラウディアより年下でありながら先に近衛師団に抜擢されてしまった。
近衛師団の歴史上俺が最年少で入団した団員でありその次がクラウディアだ。俺達二人が特別であって他に同レベルの年齢で抜擢された例は存在しない。
さらに学園に通うレベルの高位貴族で近衛師団に所属したことがあるのも俺が史上初めてだ。普通は高位貴族の子息ならお坊ちゃま騎士団と名高い親衛隊に所属するものであって、泥臭く叩き上げばかりの実戦向け騎士団である近衛師団に所属する高位貴族の子息は存在しない。
だからこれからも相当特殊な例を除いてまずほとんど学園生で近衛師団員というケースはあり得ないだろう。そもそも俺だって近衛師団の所属を断れるのなら断りたかった所だ。今なら王様に『いやどす』くらいは言ってやっただろうけど当時はまだ王様達との距離感もわからなかったからな。
それはともかく練兵場へとやってきた俺はさっそく自分の班の下へ向かう。班員は、班長のリヒャルト、俺、クラウディオ、新兵のフベルトの四人だ。
班長のリヒャルトはそこそこいい年で経験豊富なベテランであり、クラウディオも勤続年数はそれなりにある。本来なら所属してからの年数は俺の方がクラウディオより長いけど俺はほとんど近衛師団の活動に参加したことはない。フベルトは今年入ったばかりの新兵だから俺並に何もわからないだろう。
「やぁフロト。来たね。それじゃ打ち合わせを始めようか」
「お疲れ様ですフロト先輩!」
俺が練兵場に行くとすぐにクラウディオが声をかけてきた。フベルトも立ち上がって挨拶をして頭を下げる。リヒャルトは机に向かって座ったままだったけどお互いに挨拶をしてから俺達も机の周りに座った。
「それじゃあ昨日の続きだ。昨日の打ち合わせでも話した通り俺達の担当はここだが……」
全員が席に着くと早速リヒャルトが説明を始める。一応昨日も俺達の担当地域や仕事内容について大雑把には打ち合わせをしたけどそれはあくまで俺達の隊についての打ち合わせだ。今日はそこからさらに班としての詳細を詰めることになる。
地名で説明されたり地図上で場所を示されても俺にはいまいちピンとこない。リヒャルトとクラウディオは把握しているようだけど初めての経験である俺とフベルトはふんふんと聞いているだけでついていけていないのが現実だ。
「そして我々の役目はあくまでどうしても学園生達が対処出来ない事態に陥った時に動くことだ。必要以上に特定の学園生に対して手助けしたりすることがないように。しかしそれで学園生が怪我でもしたら大変だからな。その見極めは慎重に行なえ」
「はい!」
リヒャルトの言葉にフベルトが元気に答える。元気に返事をするのは良いことかもしれないけど本当にわかっているのだろうかと少し不安になってしまう。返事や威勢だけはやたら良い新人というのはどうもお調子者じゃないかと穿った見方をしてしまうのは癖のようなものだ。
別にフベルトがそうだと言うわけじゃないけど俺の中の勝手なイメージだと、先輩や上司に対しての返事や挨拶だけはやたら張り切る者というのにあまり良い印象はない。先輩や上司には何でもすぐにはいはい答えるのに同世代の者や同僚には横柄な態度を取ったり……。それなのに先輩や上司へのウケは良くてえこひいきされて可愛がられていたり……。
まぁこれはあくまで俺の勝手なイメージだ。フベルトがそうだと言うわけじゃないし世の中の全てのそういう者がそうだと言っているわけでもない。しっかりきちんと挨拶や返事をするのは大事なことだし先輩や上司の言う事を聞くのも当然だろう。ただこいつは返事は良いけど本当にわかっているのか?と思ってしまうだけだ。
かくいう俺もあまりわかっていないから偉そうなことは言えない。地形や地名や段取りを言われてもよくわからない。だからこそ同じレベルくらいであろうはずのフベルトがはいはいと答えるのが余計不信に思えるんだろうけどな……。
「それでは今日はこれからお前達の連携を確認する。三班ずつで隊を組んで模擬戦を行なうから準備しろ」
「「「はい」」」
リヒャルトに言われるがまま準備をするけど俺は皆と違って鎧がない。昨日ブカブカの鎧を無理やり着たけど今日は必要ないだろう。
「おい貴様!鎧も着ていないとはどういうつもりだ!」
そう思ってたけど相手チームのリーダー格っぽい奴からそう言われてしまった。今日もここへ来ることはわかっていたから学園で騎士爵の格好に着替えてから来ている。だけど着れる鎧はないから騎士爵の衣装の上から外套を纏っただけの姿だ。下に鎧を着ていないことはすぐにわかるだろう。
「私は普段から鎧は身につけませんし大丈夫ですよ」
「貴様っ!我々を舐めているのか!」
別に舐めてるつもりはないけどなぁ……。鎧をつけないのは本当のことだし父や母の一撃なんて鎧があったって食らえば何の意味もない。当たらなければどうということはない!とか言うつもりはないし速度は装甲と同義だ!とも思ってないけど模擬戦だしそこまでムキになることもないだろう。
それにしてもやっぱり知らない顔ぶれも多いな。普段俺が練兵場に来る時にいるような面子は近衛師団の中でも下の方の者達なのかもしれない。バリバリの現役団員なら練兵場で訓練する時間は少なくて任務や仕事や巡回の方が多いだろう。そういった面子とはほとんど会ったことがないというのも頷ける。
「ふざけやがって!痛い目を見ないとわからないらしいな!だったら貴様は鎧なしだ!後で泣きをみることになっても恨むなよ!」
そういって向こうのチームは離れていった。味方チームの他の面子からもヒソヒソと言われている。でも昨日みたいに大きめの鎧でブクブクになるよりこのままの方が動き易いし鎧を着るメリットはないんだよなぁ……。精々体を隠せるというメリットだけなわけで……。
ともかくその日の残りは色んなチームに分かれて連携を確認したり模擬戦を繰り返して終わったのだった。
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試験二日目……、魔法と作法の試験も順調に終わった。こちらも自己採点では満点に近いと思うけどあくまで俺の勝手な推測だから確実とは言えない。今日も近衛師団に行かなければならないから着替えて王城へと向かった。
「おい!あれ!」
「げっ!」
俺が練兵場に入るとざわざわと騒がしくなった。何か俺の方を指しながらヒソヒソと言っている者が多い。ちょっと不愉快だけど何かこんなヒソヒソ言われなきゃならないようなことをしたかな?
「きっ、来たか。今日は現地の下見に行こうか……」
リヒャルトも何かちょっと引いてる?昨日と今日で俺に対する態度が少々違う気がする。クラウディオはいつも通りだし周りにこういう態度を取られるのは慣れてるけどあまりうれしいものではない。今日からは現地へ行って下見をするらしい。
王都からそれほど離れていないから午後からでも十分日帰り出来る。日帰りどころか歩いて行って帰ってこれる距離らしいからな。王都近郊と聞いていたから多少は行軍訓練もするのかと思っていたけど近郊と言うよりむしろ目と鼻の先くらいの距離のようだ。現地視察をして説明を受けながら野営訓練の段取りを確認したのだった。
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試験三日目……、軍事の筆記試験も終了。これで筆記試験は全て完了となり俺の手応えとしてはほぼ満点だと思う。ケアレスミスをしていなければ自分の中では五百点満点近いと思っているけど実際にどうかは結果が発表されないとわからない。
この日も一度王城に向かい近衛師団に合流して野営訓練の現地へ移動。色々な最終打ち合わせを行なって終えた。何しろ明日は俺が実技試験をしている間に野営訓練は始まってしまう。俺が合流するのはさらに翌日からで打ち合わせや訓練が出来るのは今日が最終日だ。特に問題もなく最終確認を行なって家へと帰ったのだった。
試験四日目……、女子は作法の実技試験。今日女子で実技試験があるのは一組だけなので人数は少ない。いつもなら人の息遣いが聞こえてくるような学園も静かだ。
作法の実技に関しては今更慌てても仕方がないのでいつも通りのことをするしかない。他の生徒達が実技をしている間は先生もちょくちょく口を出していた。実技試験なのにそれは良いのか?と思うけど注意されるということはそれだけ点数が引かれているということかもしれない。
俺の番になって実技を披露したけど先生の反応はイマイチだった。ただポカンと見ているだけで他の生徒達と違って何も言われない。もしかして何かまずかったんだろうか?もう取り返しはつかないんだけど筆記試験と違ってこういった実技は採点がわからないから不安だ。
ともかくこの日で俺の試験は全日程を終えて後は自由の身となった。今日から近衛師団は野営訓練の護衛についているはずだけど俺が参加するのは明日からだ。今日はゆっくり休めるから明日に備えて色々準備してから休むことにしたのだった。
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「いやぁ~~~っ!」
クリスタは悲鳴をあげて起き上がった。全身はぐっしょり汗に濡れて強張っている。
「はぁ……、はぁ…………、夢……」
自分の体を抱くようにぎゅっと力を込めながら体を丸める。クリスタはあの日以来幾度となく悪夢にうなされていた。起きている時は周囲を心配させないように気丈に振る舞っているがそう簡単に心の傷が癒えるはずもない。たった十五歳ほどの少女が信じていた幼馴染達にあれほど暴行を受けたのだ。その心の傷がこんな僅かな時間で消え去るはずもなく眠るたびに恐怖が蘇っていた。
真夜中のラインゲン邸は静まり返っている。いつもならもう少しくらいは人の気配が感じられるだろう。しかし今ラインゲン家は、否、バイエン派閥のどの家も全て大変なことになっている。それはラインゲン家も変わらず暇を出されたり自ら願い出て出て行った家人達も多い。両親も家にいないことが多く人の気配は格段に少なくなっている。
明日からは学園も休みになる。正式には学園が休みなわけではないが実質的には一組の生徒達はこれから終業式前の最後の三日間以外は休み同然だ。
学園に行けばまだ心の支えにもなっただろう。クリスタを支えてくれた心の支えであるあの笑顔にも会える。しかしこれから二週間近くもあの人達に会えないかと思うと普段は心の奥深くに押し込めている暗い感情が表に出てきてしまいそうになる。
「ヘルムート様……、フロト…………」
少しだけ窓を開けたクリスタは空を見上げながら大切な人達のことを思い浮かべてギュッと胸の前で手を握り締めたのだった。
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遡ること少し。それはまだ試験が始まる前、バイエン家が訴えたカンザ商会の裁判が終わってから二日目のことだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~~~っ!!!!!!」
ヘレーネはガジガジと思い切り頭を掻き毟る。掻き毟ったあとの指にはびっしりと抜けた毛が絡み付いているがそんなことを気にする余裕すらない。鏡に映るヘレーネの姿はまさに異様だった。
疲れるまで暴れては眠りに落ちるが眠ってもすぐに目を覚ます。寝不足のために目は血走り隈が出来ている。肌はボロボロになり顔にはあちこちに吹き出物が出来ていた。あまりに頭を掻き毟るために髪の毛は抜けてあちこちの地肌が見えている。
少し前まで学園中の憧れと羨望を集めていた少女と同じ人物とは到底思えない。知らぬ者がその姿を見れば鬼女か悪魔かと思うことだろう。
「ヘレーネお嬢様、裁判所より通知が届いております」
老齢の執事がそんなヘレーネの部屋に入って机の上に通知の束を置いてさっさと出て行く。最早家人達ですらヘレーネに構う者はなく事務的な仕事を淡々とこなすだけだった。アルトは重要参考人として身柄を拘束されているためにバイエン家そのものが最早立ち行かないほどにガタガタだった。
「う゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~っ!」
執事が持って来た裁判所からの通知を投げ散らかしさらに暴れる。内容は見るまでもない。カンザ商会から訴えられた内容の通知や取調べの日程の通知、出頭命令などそういったことに関する様々な通知が何度も来ている。ヘレーネはそれらをまともに読むこともなく怒りに任せて破り散らかし暴れまわるのみだった。
「荒れてますねぇ」
「誰っ!」
いつの間にそこに人がいたのか。バルコニーに出る窓が開いておりそこに一人の人物が立っていた。体の線は細くそこそこ長身だが逆光のために顔はよく見えない。声は男とも女ともとれる。比較的若そうな声には聞こえたが声だけでは年齢も判断出来ない。
不意にそんな人物から声をかけられたヘレーネは血走った目でそこに立つ者を睨みつけた。ヘレーネも荒れてはいるが気が狂っているわけではない。言葉も発することは出来るし多少の判断能力は残っている。
「いやなに……、ある方が少しばかり貴女のお手伝いをしたいと思っているのでそのことを伝えにきたまでです」
「…………」
もうすでに日が落ちている時間でありこの世界のこの国では十分夜に含まれる。そんな時間にバイエン公爵家の屋敷に勝手に忍び込み年頃の娘の部屋に上がりこんでいる相手など到底信用出来るものではない。ヘレーネも胡乱げにその相手を睨みつけてすぐには言葉を返さなかった。
「貴女をこんな目に遭わせたカンザ商会、そしてフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザース、この者達に目に物を見せてやりたいでしょう?貴女が飼っている王都の外のアレを解き放ちなさい。あそこに私達からの贈り物も運んでおきました。贈り物と貴女の愛玩動物達を放てばカンザ商会とカーザース家に目に物を見せてやれるでしょう」
「どこでそれを!」
ヘレーネは自分が密かにモンスターを飼っていることを知っているその相手にますます不信感を募らせた。この世界では誰もが考える。モンスターが暴れまわるこの世界ではモンスターに襲われて命を落とす者も多い。ならば自分の気に食わない者が偶然にもモンスターに襲われて命を落としても何ら不思議ではない。
だからどうにかしてモンスターを操り気に食わない者が『偶然にもモンスターに襲われて命を落とす』ようなことがないかと試行錯誤している者は大勢いるのだ。ヘレーネもその一人でありバイエン家もそのような研究を行なっていた。
そこに届けられた贈り物ということはより強力で思い通りに操ることが出来るモンスターが送られているということだろうと判断出来る。しかし……、このような者を信用して良いのかと僅かに残っているヘレーネの理性が冷静に計算する。
「貴女は何も気に病む必要はありませんよ。ただ偶然事故で貴女の愛玩動物達が逃げ出してしまう。それだけで良いのです。そうすれば貴女をこのような目に遭わせた者達が不幸な目に遭う。ならば何を迷うことがありますか?」
「くっ……、ぐぐっ!あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」
そうだ。何も迷う必要はない。カンザ商会もカーザース家も何もかも壊してやる。自分をこんな目に遭わせた全てを破壊してやれば良い!そう覚悟を決めたヘレーネは月に向かって咆哮を上げたのだった。