第百六十話「もうすぐ試験!」
昨日はあのあとカンザ商会がバイエン公爵家を訴える訴状を提出して簡単な聞き取りが行なわれただけで帰って来た。本来裁判なんてのは証拠集めや双方の意見を聞いてから行なわれるものであって、俺達みたいに逮捕同然に連行されてその場ですぐに裁判が行なわれるなんていうことはあり得ない。
カンザ商会とバイエン家の争いについては先の裁判で事実関係はほとんど明らかになっているから、訴状に関しての確認だけで再び事実関係で争う可能性はほとんどないだろう。バイエン家が訴えに対して事実関係と違うと言えば取調べも行なわれるだろうけど、先の裁判の事実を覆すだけの証拠や証言があるとは思えない。
そんなわけで俺達もちょっと聞き取りされただけでそんなに長い時間拘束されたわけでもないし、もう一回裁判に参加したわけでもない。
捜査や裁判で長時間拘束されるわけでもないので今日は普通に学園へとやってきた。いつも通り俺が一番最初に来て待っていると皆がチラホラとやってくる。
クリスタは今日から学園に来ていた。学園では相変わらず俺と親しげに話すわけにもいかないからお互い視線で挨拶しただけだけど一応平気そうだ。ちなみにヘタレのヘルムートは結局ただ送っていっただけで何も手を出さなかったらしい。クリスタはヘルムートになら襲われても受け入れただろうにヘタレな男だ。
ゾフィー達三人はいつも通りやってきているけどヘレーネは来ていない。バイエン公爵家の投資詐欺事件も追及されているからゾフィー達の一家も大変なことになっているはずだろう。だけど三人は普通に学園に来ている。ただし態度や雰囲気が普通じゃない。自分達はなるべく普通にしているつもりだろうけど浮き足立っているのが丸わかりだった。
そしてヘレーネ……。ヘレーネやアルトは取調べや裁判はあるけど別にまだ犯罪者として拘束されているわけじゃない。特にヘレーネはまだ子供の上に直接的に裁かれているのは夜会関連のことばかりだ。今後捜査の進展次第ではヘレーネやゾフィーのような子供達も詐欺事件で罪に問われる可能性はあるけど、今のところは大人達がメインで捜査されているからすぐにどうこうということはない。
それなのにヘレーネが学園に来ていないのは到底来れるような状況じゃないからか。それともただ単に本人の気持ちとしてこんな時に学園になんて来ていられないと思っているからか。
もしかしたら数日のうちにゾフィー達も捜査が大変なことになって学園に来れなくなるかもしれない。今日来ているのはまだ何の捜査でどの程度追及されるかわかっていなかったからという可能性もある。昨日は時間も遅かったしバイエン家以外のバイエン派閥の者達の取調べが本格的に行なわれるのは今日からだろう。
まぁそれは俺には関係ない。ジーモンの借金がなくなることと、クリスタにはあまり飛び火して欲しくないとは思っているけどそれも個人的なことだ。俺は国政にも中央政界にも関わる気はないから直接俺に関係していること以外はヴィルヘルムとディートリヒが勝手に何とかすれば良い。
そんなつもりでお気楽に席に着いていると女子生徒達の会話が聞こえてきた。
「来週から試験ね」
「そうね~。早くお休みになって欲しいわ」
「私は休みの間実家に帰るの。貴女は?」
「私はね~……」
…………あ゛っ!
ヤヴァイ!ツヴァイ!そうだった!来週からテストだ!
どっ、どっ、どっ、どうしよう……。試験勉強なんて何もしてないぞ?あと三日しかない。来週、四日後から筆記試験が三日間ある。その次からは実技試験だ。
集めた情報によると実技試験は男子と女子で内容が違うらしい。男子は三学年全男子合同で野営訓練だという。女子の実技試験は作法だ。
筆記試験と言ってるけどちょっとだけ特殊で筆記試験じゃないものが混ざっているけど、歴史、政治、魔法、作法の四科目が必修、軍事か踊りが選択科目となっている。試験は午前中のみ一日二科目、三日目は選択科目のみとなる。
歴史、政治、魔法はそのままだから説明は不要だろう。作法は筆記があるのに女子の実技も作法とはどういうことか。
筆記試験の作法は男女共用というかお互い相手の作法も知っていなければならないので基本的な作法について筆記で答える。それに比べて女子の実技試験の作法は女子専用の作法を作法の先生の前で実演して見せるというわけだ。これを一日目一組、二日目二組、三日目三組四組の三日で行なうので女子の試験は来週一週間で終わる。さらに言えば一組の生徒は実技初日にするだけだから実質四日で試験は終了だ。
選択科目の軍事はただ軍事についての筆記試験なので他の科目とそう違いはない。踊りの方は言葉通りダンスをするのでこれも実は実技試験と変わらない。実際に先生の前で踊って見せることになる。俺は軍事を選択しているから五科目筆記、実技で作法、となる。
ちなみに女子でも軍事は選択出来るけど俺以外に軍事を選択している女子はいなかった。逆に男子で踊りを取っている者はそれなりにいるから軍事の方が受けている生徒は少ない。
女子は最長でも来週一週間で試験が終わる。それに筆記の三日間が終われば後は一日実技に行くだけだ。組によって実技の日が変わるだけで初日で実技が終わる俺は来週の四日目で試験終了となる。それに比べて男子の実技が面倒臭い。
男子は三日の筆記試験が終われば三学年合同で野営訓練に出なければならない。野営訓練の期間は十日間もあり再来週一杯までかかる。前線に立つのは基本的に兵士や騎士だけど高位貴族だって戦場に立つ可能性はある。高位貴族は後方で総指揮、中、低位貴族は前線指揮官という所だ。
学園に通っている生徒達も将来もしかしたら戦場に立つ可能性もないとは言えない。前線に立って兵士の真似事をする機会は滅多にないだろうけど野営はしなければならないこともある。そこで三学年合同で王都近郊で野営訓練をするというわけだ。
野営地の造成、設営は三学年合同で行い、後は各学年、各組ごとに様々な課題をクリアしていかなければならない。実際に森に入って探索や狩りをしたりもするようだ。俺には関係ないから詳しいことは知らないけど……。
そうして男子だけ二週間かけて試験を行い、全日程が終わるとさらに翌週の前半三日は休みとなる。学園に出て来る必要があるのは最後の三日だけで、その三日も午前中で終わるし授業があるというわけでもない。
成績の発表とか提出物とか配布物とかの処理や簡単な注意等で二日使われて最終日は日本で言う所の終業式で前期終了となる。あとは二ヶ月の長期休暇の始まりだ。
俺は最初の四日で試験が終わるから二週間近く丸々休みだ。それなら終業式とかもなしにして長期休暇と繋げて欲しい所ではある。二ヶ月休みと二ヵ月半休みではまったく変わってくるからね。
実際実家が遠くて移動に時間がかかる者は試験が終わったらその足で家に帰る者もいるらしい。俺はそこまでじゃないからということで終業式まで出なければならない。学園の方が許可していないとかじゃないぞ。試験が終わったらすぐに実家に帰る者も別に許可を貰ってるわけじゃなくて勝手にそうしているだけだからな。俺の場合は両親がいるし休むことを許さないと言われているからだ。
「どうしたのよフローラ。さっきからコロコロと表情を変えて」
「ミコト様……、来週から試験ですよ?」
俺の隣に座ったミコトが聞いてくるから絶望を教えてやった。さぁ、テスト勉強地獄に慌てるが良い。
「そんなの知ってるわよ。それがどうしたの?」
「え……?」
しれっとミコトが答える。気にもしていないだと?そんな馬鹿な……。
「試験勉強はいいんですか?」
「今更慌てたって仕方ないでしょ?いつもの積み重ねの問題よ」
……そうですね。それは正論ですよ……。でも俺は普段忙しくてそれどころじゃなかった……。これからだってまだ裁判関係で何かと用事がある。やばいのは俺だけか……。
くそぅ!覚えてろよ!
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早くも三日が経ち今日は地球で言う日曜日だ。明日から試験だというのに朝一番からクラウディアがやってきた。騎士の格好をして近衛師団に来いといわれたのでいつものドレスじゃなくて騎士爵の格好をする。
「一体何なのですか……」
「ほらフロト早く!」
クラウディアに急かされて着替えてすぐに家を出たけど何の用なのか教えてくれない。ただ急げ急げと急かされるだけだ。クラウディアと並んで歩いて王城の練兵場へと入ると近衛師団が勢揃いしていた。多分?
今まで見たこともないほどの人数が集まっているからこれが本来の全員かそれに近い数なんだろう。いつもはここで全員が訓練しているわけじゃない。任務や巡回に出ている者もいるからここに来たからって全員が揃ってるわけじゃないからな。
「来たか。お前らが最後だ。自分の列に並ばなくても良いから端の方に並んでろ」
相変わらず髭もじゃのホルスト師団長に言われて整列している近衛師団の面々の端の方に勝手に並ぶ。というか自分の列とか言われても本来俺がどこに並んだら良いのかわからない。こういう時普段からきちんと参加していないと肩身が狭いな。
「次の週中頃より毎年恒例の野営訓練が始まる!今年は去年に引き続きルートヴィヒ王太子殿下及びルトガー殿下も参加されるのでお二人に危険がないように特に注意するように!それでは各隊の担当地域を……」
普段おちゃらけた感じのホルストもこういう時ばかりはきちんと師団長っぽくしているようだ。それは良いけど何を言っているんだ?何かとてつもなく面倒臭いことを言っている気がするんだが?俺には関係ないよな?
「クラウディア……、私には関係ない話ですよね?」
「フロト、ここではクラウディオで頼むよ」
「あぁ、ごめんなさいクラウディオ」
コソッと前に立つクラウディアに声をかけたら注意された。クラウディアは相変わらず近衛師団ではクラウディオのままなのか。俺も自分でフローラとフロトを使い分けてくれと言う割りには不用意だったな。気をつけよう。
「それで……、フロトも近衛師団なんだから関係あるに決まってるでしょ?班は僕と一緒だから心配しなくて良いよ」
いや……、別に班の心配とやらはしてないけど……、って、えぇっ!俺も参加すんの!?
「私も試験があるんですけど?」
「最初から四日で終わるんでしょ?野営訓練もどうせ一日目は大したことないから五日目から合流してくれば良いよ」
えぇ……、これってもう完全に逃げ場なしな感じじゃない?普通学生の俺にそんなことをさせるか?その後適当にホルストの言葉を聞き流しながら色々考えたけどどうやっても逃げられそうにないと理解して諦めた。
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ホルストの話が終わると隊で分かれてまた各隊の隊長の話を聞かされる。そして班に分かれて班での打ち合わせに移る。俺達の班は俺とクラウディオの他にベテランそうなおっさんと新人っぽい若い騎士だった。
「変な編成だね。こんなに若者ばっかりで良いの?」
「何言ってるんだよ?フロトも僕も古参だろ?各班に新人は一人か二人は普通でしょ?」
あっ……、あ~……。そうか。俺達は歳も若いし俺は滅多に近衛師団にやってこないから忘れがちだけど所属してからの年数で言えば五年以上も経過してるのか。それなら普通なら一番働き盛りくらいだわな。新人ほど仕事が出来ないわけでもなければベテランほど上役でもない。一番現場でバリバリやらなければならない頃じゃないだろうか。
「私は普段から近衛師団に顔を出してないし野営訓練の護衛についたこともないから何もわからないんだけど……」
「指示は僕らが出すから大丈夫だよ。そのためにホルスト団長が僕と一緒の班にしてくれたんだからね」
なるほど。頼りにしてますよクラウディオ先輩。俺の方が先輩だけど訓練や活動には参加してないからな……。どうせもう逃げ出せないとわかったから覚悟を決める。いくら王都近辺で簡単な野営訓練とは言ってもそれなりに危険も伴う。高位貴族の子息達に訓練で怪我をさせたら大事だから毎年近衛師団が護衛としてついているらしい。
「それで……、当日の格好って?」
「それは当然鎧で……、あっ!」
俺の質問の意図に気付いたらしいクラウディオが慌てた顔で俺の方を見る。そう。近衛師団には専用のお揃いの鎧があるわけだけど俺は近衛師団の鎧なんて持ってない。しかも誰かのを借りようにも胸が大きすぎて普通の男性用の鎧が入るわけもなく、またカップがついている鎧を着たら俺が女だとバレてしまう。
今はまた全身を覆う外套で体を隠しているけど野営訓練中ずっと外套だけで隠せるとも思えない。クラウディオが普段どうやって誤魔化しているのかわからないけど、クラウディオは胸も俺に比べればまだ小さいからサラシで潰せば何とかなっているんだろう。でも俺はサラシで潰したくらいではどうにもならない。
「出っ張ってる胸をへこますことは出来ないから……、他を膨らませるしかないね……」
「他を膨らませる……?」
嫌な予感しかしない。そして俺のその予感は当たることになった。
………………
…………
……
「ぶはははっ!何だそれは!」
ホルストが俺の姿を見て笑う。各班の打ち合わせが終わった俺はクラウディオに連れられて一度更衣室に連れて行かれた。そこで鎧を着せられたわけだけど……。
「うぷぷっ……、こっ、これしかしようがないんだ。我慢してねフロト」
俺にこの鎧を着せたクラウディオまで笑っている。更衣室から出て来た俺を遠巻きに見ている他の師団員達もクスクス笑っているのがわかる。
俺は今かなり大きめの鎧を着ている。それは普通に俺の体格に合うサイズだと胸が入らないからだ。そしてでかい鎧だと胸は入っても当然他は余る。だからお腹の部分に詰め物をして無理やり着ているわけだけど胴体部分だけやたらでかくて太っている変な体型の人にしか見えない。俺だって鏡で自分の姿を見た時は笑ってしまった。
「こっ、こんな格好で野営訓練に参加しろって言うんですか!?」
「鎧を用意していない自分の責任だろ」
ホルストの無情な宣言のもと、俺はこのヘンテコで不恰好なまま野営訓練の護衛に参加することになったのだった。