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第百五十八話「決着!」


「なっ!貴女は……、クリスティアーネ!」


 入廷してきた少女の姿を見てヘレーネが驚きの声を上げた。対するクリスタはただ真っ直ぐに穏やかにヘレーネを見詰めるだけで何も発することはなかった。


「貴女!やっぱりあの時の気が狂ったような姿は演技だったのね!よくもまぁぬけぬけと私の前に姿を現せたものね!」


「静粛に!」


 ヘレーネはここがどこかも忘れてクリスタに罵声を浴びせる。最初から居たアルトの息がかかった裁判官の他に途中から数名の裁判官がやってきて一緒に裁判を行なっている。そのうちの一人に注意されてヘレーネは歯軋りしながらも一応口を噤んだ。しかし反省している様子はなくその視線はヘレーネに注意した裁判官に鋭く向けられている。


「こちらはクリスティアーネ・フォン・ラインゲン嬢です。本日彼女に来ていただいたのは他でもない。カンザ商会が夜会に人と食器を出しクレープとプリンを提供したのは彼女の尽力によるものだからです。そのことについてご説明願えますか?」


「はい……」


 ディートリヒにそう振られたクリスタはぽつぽつと語り始めた。


 バイエン家が準備していたヘレーネの夜会では必ず盛り上がりに欠けた夜会になる。それがわかっているからヘレーネは自分を含めた側近の者達に夜会を盛り上げるための意見や協力を求めた。だからクリスタはクレープと、そして当時自分が偶然知ることになったプリンを夜会に出せば盛り上がるに違いないと提案した。


 しかしその案を聞いたヘレーネは激怒し却下した。クレープなど下賤のお菓子であり格式あるバイエン家の夜会で出すなど言語道断であると……。


 そこまで聞いて傍聴人達や証人達は気まずそうな顔でお互いに顔を見合わせた。自分達もそう思っていたという感情からだ。中にはすでにクレープを食べておいしいものはおいしいと認めていた者もいただろう。しかし高位貴族が庶民のお菓子を喜んで食べるなど世間体が悪いと思ってわかっていても黙っている者が大半だった。


 クリスタの言う通り下賤のお菓子という偏見さえなくせばクレープはとても素晴らしいお菓子だった。ただそれを知るまでのヘレーネの言動も理解出来てしまう。それだけではヘレーネを責めることは出来ないと感じている者が大半だった。


 ただクリスタは別にそれでヘレーネを批判しているというわけではない。ただ淡々と、いや、どちらかと言えばクリスタは事ここに到ってもまだヘレーネを責めることなく寄り添うように発言している。それだけは傍聴人にも証人達にも裁判官達にも理解出来た。クリスタの話はまだ続く。


 ヘレーネに提案を却下されたクリスタではあったがこのままでは夜会が失敗に終わると思い無許可のまま独自に夜会の準備を進めることにした。


 当時クリスタが一人で独自にあちこちに協力を要請していることは裏付けが取られている。それらの証拠もディートリヒが万事抜かりなく提出した。


 結局誰にも協力してもらえないとわかったクリスタは一人でクレープカフェを訪ねる。そこでクレープカフェの経営者や責任者達と会いカンザ商会に夜会で協力してもらう契約を取り付けた。


 カンザ商会との契約を取り付けたクリスタは夜会当日に裏口付近の場所を借りられるようにヘレーネに頼み込んでいる。そこでもバイエン家の家人達と一悶着はあったが無事に裏に場所を借りられたカンザ商会はクレープとプリンを提供することが出来た。


 そこからはこの場にいる者全員が知っての通りだ。その時に出されたプリンの権利をバイエン家が奪おうとした。そしてさらにカンザ商会が提供してくれたヘクセン白磁を騙し取ろうとした、ということである。


「そんな話は出鱈目だわ!このバイエン公爵家のヘレーネ・フォン・バイエンとたかが侯爵家のクリスティアーネ・フォン・ラインゲンのどちらの言うことを信じるというのですか!」


 クリスタの話を聞いてヘレーネははしたなくわめき出した。これほどまで思い通りにならないことがかつてあっただろうか。ヘレーネは今まで全て自分の思い通りに物事を進めてきた。それが……、バイエン公爵家のヘレーネに対して何故こうもどいつもこいつも逆らうというのか。周囲の無能者など黙って自分に従っていれば良いのだと全周囲に向かって視線を飛ばす。


「ほう!出鱈目?それはクリスティアーネ嬢が嘘をついているということですね?どの辺りが嘘なのですか?」


 まるで悪魔のような笑顔を貼り付けているディートリヒに気付くこともなくヘレーネは言葉を捲くし立てる。


「どこ辺り?どの辺りも何もありません!全てです!私はクリスティアーネに夜会に協力するようになど言っていません。裏口付近の場所を貸すとも言っていません。何もかも出鱈目です!」


「なるほどなるほど。それではそれらの証拠及び証人を呼びましょう。あっ、もちろん御存知とは思いますが裁判で偽証した場合は相応の罪に問われます。最初に宣誓しましたよね?もちろんそれはどのような身分の方でも同じです。高位貴族だから嘘をついても見逃されるなどということはありません。さぁ、それではクリスティアーネ嬢の証言が嘘なのか確かめてみましょう」


 ようやく……、ようやくディートリヒの顔を見たヘレーネは『ヒッ!』と短く息を飲んだ。その顔はいつもの温和そうな宰相のいつもの笑顔でありながらまるで恐ろしい怪物のように感じられた。


「まっ、待て!あっ、いや、お待ちください。娘も初めての裁判で少し興奮しているのでしょう。少し落ち着かせますので少しお待ちください」


 そこで堪らずアルトが口を挟んだ。ヘレーネを睨みながらゆっくり言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「いいかヘレーネ。裁判では偽証は罪に問われる。黙ることは良くても嘘をつくことは許されない。ましてや誰かと意見が対立してかみ合わずどちらかが嘘であるとなればそれは徹底的に追及されることになる。わかるな?」


「――ッ!」


 ギュッと両肩をアルトに握り締められたヘレーネは痛みに顔を顰めながらもようやく少し冷静になった。今言われたことまで理解出来ないほどヘレーネも馬鹿ではない。


「先ほどの私の発言は撤回します……」


「先ほどの、と言いうと?具体的にどのことですか?」


 ヘレーネが発言を撤回すると言ってもディートリヒは手を緩めない。具体的にどの発言のことか全て追及する構えを崩さなかった。


「全てです!クリスティアーネが出てきて以来私が言った発言は全て撤回します!」


「ほう!それはつまりクリスティアーネ嬢の証言が本当であったと認めるということですね?」


「…………」


 ディートリヒの追及にヘレーネは黙秘した。父アルトに言われたことを忠実に守る。これ以上余計なことを言えばさらに立場が悪くなると言われたのだ。だったら黙るより他に術はない。


「まぁいいでしょう。それでは証拠と証人を出します」


 そう言ってディートリヒが招き入れた証人達はバイエン家の家人達やバイエン派閥の貴族達だった。その者達は嬉々として当時のことを語りクリスタや商会の『悪行』を並べ立てる。


 証言に立った家人や貴族達はこれがどういう意味の裁判であるかわかっていなかったのだ。被害者側にバイエン家が座っているのだから被告人側の悪口を言えば良いとばかりに嬉々として証言してくれたのである。


 ヘレーネの私室で行なわれていた夜会への協力の話、クリスタがあちこちに迷惑も顧みず協力を要請してまわっていた話、ヘレーネが裏口付近を貸すと約束していた話、にも関わらず当日他の家人達と場所で揉めて商会側が譲歩し借りる場所を縮小した話。


 次々と明るみになる話にアルトは最早椅子にもたれかかり天を仰ぐことしか出来なかった。ヘレーネは俯きブルブルと震えることしか出来ない。


 そして出て来たのは夜会を成功へと導いたクリスタへの暴行の話だった。クリスタは自分がされたことを何一つ話していなかった。それなのにクリスタをラインゲン家の門の前に捨てていった家人の一人がそのことを証言台で話してしまったのだ。


 夜会の後ヘレーネ達が寄って集ってクリスタを暴行し、荷馬車に放り込んで家まで運び門の前に捨てて行った。それらは全てヘレーネの指示であったと……、暴露されてしまったのだ。


「暴行……。間違いありませんか?」


「…………はい。これは当時カンザ商会にお借りしていた衣装です。私のこの傷はその当時受けたものです」


 クリスタは出来ることならそのことは黙っておきたかった。言えばヘレーネ達が大変なことになるとわかっていたからだ。


 しかしクリスタが秘密にしていたというのに何故かバイエン家の家人が嬉々としてそのことを話してしまった。まるでそれが誇らしいことかのように証言台で堂々と、クリスタを見下しながら……。


 暴露されてしまったからには最早黙っていることは出来ない。切り裂かれ破かれた衣装を証拠品として出し、腕を少しだけ袖捲くりして見せた。そこには生々しい痣があちこちに出来ていた。


 その時、ビアンカは隣で『ギリッ!』という音がしたことに気付いて視線を向けた。そして『ヒッ!』と短く息を飲んだ。ポタリ……、ポタリと隣に立つ外套を纏った人物の足元に何かが垂れている。それは真っ赤な血だった。顔を完全に隠すように被っているフードの陰からチラリと見えた顔はまさに鬼の如くでありその口からは食いしばりすぎたために血が流れていた。


 フロトは血が流れるほど両拳を握り締め、口が切れるほど歯を噛み締めて怒りに耐えていた。


 もし……、ここが法廷でなければ、クリスタがヘレーネを庇っていなければ、今すぐにでもバイエン家の者を皆殺しにしていたかもしれない。それほどまでに怒りに染まり頭に血が昇っていた。しかしそれは出来ない。何よりもそれは被害者であるクリスタの望みではないのだ。だからフロトはただひたすらにその怒りに耐えていた。


 傍聴人も他の証人達もクリスタの腕の傷痕を見てヒソヒソと言葉を漏らす。少し捲くった腕ですらあれだけの傷なのだ。全身に相当酷い傷を負っているだろう。何よりも顔にまで傷を負わされている。年頃の若いご令嬢の顔にまで暴行を加えるなど、ましてやそれを行なったのが同じ年頃のご令嬢で立場を利用して逆らえない相手を私刑に処するなど言語道断である。


「これはカンザ商会がクリスティアーネ嬢と交わした契約書の商会側の控えです。クリスティアーネ嬢側の控えもありますね?」


「はい」


 少しして場が落ち着いてからディートリヒは最後に契約書を出して見せた。そこにはクリスティアーネ個人とカンザ商会の契約であるとはっきりと明記されていた。夜会での協力はバイエン家やヘレーネへの協力ではなくクリスティアーネ個人との契約に基づくものである。


 もちろんバイエン家の屋敷で行なわれた夜会なのにバイエン家の許可なく参加していたということにはなるかもしれない。しかし裏口近辺の場所を借りる約束を取り付けているということはカンザ商会が夜会に参加する許可が出ていると解釈することも出来る。


 クリスタが勝手に他所の商会を夜会に招き入れた。その批判を避けることは出来ない。それは事実であり間違いない。しかしそれはカンザ商会には関係なく、あの場で契約通りに人手や物を提供することはカンザ商会としては当然のことだった。


 代金もクリスタ個人が負担しておりバイエン家にもラインゲン家にすら口を挟まれる謂れはない。それらの証拠を示し全ての弁護を終えたディートリヒは一歩下がった。


「あの……、最後によろしいでしょうか?」


 全ての検証や証言が終わり、最後にクリスタが声をあげた。後からやってきた裁判官達は顔を見合わせてから頷いた。


「どうぞ」


「ありがとうございます……。ヘレーネ様……、今回は私が余計なことをしてしまったために大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ただ……、私は……、ヘレーネ様や、ゾフィー様や、エンマ様……、皆で、皆でまた一緒に静かに過ごしたかっただけなのです……。私は……」


「黙りなさい!」


 しかし……、クリスタの言葉を遮ってヘレーネが顔を上げて立ち上がっていた。


「貴女の……、貴女のせいで私がこのような目に……。クリスティアーネもラインゲン家も今後どうかるか覚悟しておきなさい!」


 シーンと静まり返る法廷内。バイエン家の息がかかっていた裁判官や検察官ですら溜息を吐いて首を振る。最早処置なしである。


「それでは今回の裁判の判決を!」


「被告人とその商会を無罪とする!」


 今回の裁判はあくまでバイエン家が訴えた特許侵害と食器の窃盗についての裁判である。だからその罪が無罪であるとしか言い渡すことは出来ない。


 例えば商会側がこれを理由にバイエン家を訴えることは出来るがそれはまた別の裁判として行なわれるものでありこの裁判においてバイエン家の罪を責めることは出来ない。


 プロイス王国の裁判において爵位を持たぬ被告人は証言や弁明することは許されていない。聞かれた質問に答える義務はあるが弁護は弁護人が全て行なわなければならないのだ。フロトは騎士爵を持っているので発言することは許されているが被告人として立たされていた三人は最後まで聞かれた質問以外には答えなかった。


「この一件については片付いたな。それではここからは余が次なる裁判を行なわせてもらおう。バイエン家及びその派閥による巨額投資詐欺事件についてな」


「なっ!?」


 完全に沈んでいたアルトは仰いでいた天から顔を戻してヴィルヘルムを見詰めた。


「何を驚くことがある?まだまだ余罪があろうが」


「…………」


 今度こそアルトは完全に崩れ落ちた。しかしそれは先に終わった裁判の関係者達には関係がない。フロト達はようやく解放されてアルト達バイエン家派閥の者を尻目に法廷の外へと出たのだった。



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