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第百五十四話「開廷!」


 静かな昼下がりに、貴族のご夫人やご令嬢達で混み合う煌びやかな店には似つかわしくない鎧姿の兵士達が押し寄せていた。


「全員動くな!この店には特許権利侵害及び窃盗の嫌疑がかかっている!責任者をひっ捕らえろ!」


 突然乗り込んできた兵士達に貴族のご夫人・ご令嬢達は何事かと恐れて縮こまる。


「やれやれ……、乱暴なことですなぁ……。私が王都店舗の総責任者ですが?」


「貴様か!連行する!捕らえよ!」


 隊長格の兵士がそう命令すると部下の兵士達がその相手、壮年から初老にかかろうかという男に迫る。


「店を荒らすな!」


「うおっ!」


 ドカドカと店を荒らしながら近づいて来る兵士に向かって総責任者の男は一喝した。それを聞いて近づいていた兵士は驚きうろたえる。


「貴様!抵抗するか!この場で斬り捨ててやっても良いのだぞ!」


 兵士の隊長は総責任者の男に向かって剣を抜く構えを見せながら凄む。しかし男は一切動じなかった。


「私がいつ抵抗したというのです?言いがかりはやめていただきたい」


「なっ!貴様今さっき大声を出しこちらを威嚇したではないか!これだけの証人がいて言い逃れ出来ると思うなよ!」


 男の物言いに隊長は青筋を立てながら憎憎しげに視線を向ける。


「何を勘違いされておられるのか知りませんが当店に『嫌疑』がかかっているのでしょう?『嫌疑』であれば捕縛命令ではなく出頭命令のはずであり私が貴方がたに捕縛される謂れはありません。そしてこの店も営業停止処分を受けているわけではない。これは王国法によって保障されている私達の権利です。にも関わらずお客様にご迷惑をかけ営業を妨害し店や商品を損壊させれば立派な犯罪です。我々と致しましても損害賠償請求等、法的措置も辞さない覚悟がありますが貴方がたにその覚悟がおありですか?」


「ぬっ……、へっ、屁理屈を!」


 屁理屈でも何でもなく正当な権利と扱いを主張しているだけだが『犯罪者を捕まえに来た』程度の認識しかないこの隊長には理解が及ばない所だった。しかし……。


「そうよ!この野蛮人!このお店がそんなことをするはずないでしょう!」


「そうよそうよ!どうせ少し調べたらすぐに無実が証明されるのにこんなことをしてタダで済むと思わない方が良いわよ!」


「私も夫に言ってきちんとした捜査をしてもらうわ!」


「なっ!なっ!?」


 周囲の客達が……、兵士達に向かって鋭い視線を投げかける。客観的に事態を眺めていた客達からすればどちらが悪いかは一目瞭然だった。そしてこの店には貴族のご夫人やご令嬢がたくさん通っている。たかが一介の兵士と貴族のご夫人達とではどちらの方が立場が強いかは考えるまでもない。


「まずはこのことを当商会の会頭に連絡させていただきます。よろしいですね?」


「うっ?うむ……?」


 周りのご夫人方に責められてたじたじの兵士達はそう答えた。総責任者の男が店員に合図を送ると店員は頷いて裏口から出て行った。最初の勢いであれば兵士達もその会頭とやらの所に案内しろと言ってついて行き一緒に捕縛したことだろう。しかし最早そんな雰囲気ではなくそのようなことが言える状況ではなかった。


「お客様、お騒がせして申し訳ありませんでした。お詫びとして本日はこちらの商品の試供品をお持ち帰りください。こちらは当商会で新しく発売予定の顔パックというものでございます。顔の肌を整えきめ細かく張りのある肌を保つパックです」


 男がそう言って合図を送ると奥から店員がワゴンを出してきた。そのワゴンには新商品の顔パックの試供品が載せられている。


「きゃー!本当?」


「お肌がプルプルに?」


「私も是非試してみたいわぁ」


 混乱しかけていた店内だったが客達は最早兵士達のことなど忘れてワゴンに殺到していた。兵士達による混乱を見事に抑えたというべきか、新たに別の混乱を起こしただけというべきかは判断に迷う所である。


「さぁ、それでは参りましょうか」


 カンザ商会王都支部総責任者の男、フーゴはそう言って堂々と兵士達を引き連れて王城へと向かったのだった。




  ~~~~~~~




 お昼を過ぎた所で食事目的の客が捌けたため混雑は少し解消されていたがそれでも大勢の客で賑わうクレープカフェにも鎧を着た兵士達がやってきていた。


「この店の責任者を出せ!この店は特許権利侵害と窃盗の嫌疑がかかっている!大人しく従わない場合は斬り捨てることもあるぞ!」


 脅しも込めてそう叫ぶ。客達は兵士達に迷惑そうな顔を向けるだけで特に道を譲ったりはしていない。兵士達は気付いていないが明らかに歓迎されていない雰囲気だった。


「この店の責任者は私ですが?」


 店のカウンターから若い女が出てくる。確かに格好は他のクレープを焼いたり接客している従業員達とは違う。しかしどう見ても責任者になど見えない。


「お前のような若い女が責任者なわけあるか!隠すとためにならんぞ!さっさと本当の責任者を呼んで来い!」


 当然兵士もそんな若い女を見てこの店の責任者であるなどと思うはずがない。本当の責任者を庇ってこのように言っているのだろうと思って声を荒げた。尤も……、最初から大声で叫んでいたが……。


「ですから私がこの店の責任者です」


「いい加減にしろ!そんな嘘が通ると思っているのか!」


 再び自分が責任者だという女に隊長格の兵士がさらに大声を張り上げる。あまりのうるささに女は顔を顰めた。


「ビアンカちゃんがこの店の店長だって言ってるだろ!」


「この国の兵士はついに言葉も通じなくなったのかぁ?」


「ちょっと調べりゃ誰が店長かなんてわかってるはずだろう?な~んでそんなことも知らないで逮捕だ捕縛だってやってきたんだぁ?」


「若い女の子に向かってあんなに大声で脅して……、いやぁねぇ……」


「ほんとほんと……。兵士なんて偉そうにするばっかりで好き勝手に暴れて……、何かの役に立ったことなんてあったかしら?」


「なっ!きっ、貴様ら!」


 周囲のクレープカフェの客達がヒソヒソと話し始める。完全にアウェーであることに気付いた兵士達が若干うろたえていた。


「私がこの店の店長です。登記を調べてこられたならば当然御存知のはずですが?」


「うっ……」


 それは暗に自分達が調べもせずに偉そうに捕縛するなどとやってきたということを証明していることになる。相手のことを調べもせずに逮捕するなどあってはならない。捜査も調査もなしにそこらにいる人を勝手に逮捕、捕縛出来るのならば兵士の暴走が起こるからである。


「私は逃げも隠れもしません。どこへでも行きましょう」


「ビアンカちゃんには俺達がついてるぜ!」


「てめぇらビアンカちゃんに何かしてみろ!王都中の市民が黙ってないぞ!」


「ほんとにきちんと調べてくれるのかしら?」


「そうよねぇ……。最初からあれだし……、濡れ衣を着せるためにきたんじゃない?」


「うっ……、ぬっ……。ええい!見世物じゃないぞ!どけどけ!」


 黙って従うビアンカを連れて兵士達は王城へと向かったのだった。




  ~~~~~~~




 王城内にある厳かな建物の一室、法廷で待たされていたフーゴは背後の扉が開く音を聞いてやっと来たかと振り返った。


「フーゴ店長」


「おいおい……、店長は君だろう……。このくだりは何度目だ?いい加減自覚を持ってくれよ?」


 フーゴにもビアンカにも緊張した様子は見られない。そんなやり取りを見ていたアルト・フォン・バイエン公爵は面白くないとばかりに鼻を鳴らした。しかしそれと同時にその余裕がいつまでもつかと思うと嗜虐的な笑みを浮かべた。


 この場にやってきた時点でアルトの勝ちが確定しており被告人席に立った時点でそこにいる男女の負けは確定しているのだ。後はもう一人やってくるという者を待つだけでありその者がやってきた瞬間に自分の勝ちが宣言される。


 そのことを思うと平民共が多少騒いで余裕ぶっている姿など可愛いものだと自分の心を静めた。


 そして若い女が入廷してから暫くして再び扉が開いたかと思うと頭まですっぽり外套で覆った小柄な者が入って来た。その三人が被告人席についたのを確認して裁判官が声をあげる。


「それではこれよりバイエン公爵家の特許権利を侵害及びその家財を窃盗した罪に関する裁判を開廷する!」


 この時点で色々とおかしい。まず被告人席に立たされている者達はそもそも取調べすら受けていない。連れてこられてすぐにそこに立たされている。捜査も取り調べもなくこれから裁判だということすら告げられてはいない。これは最初から仕組まれた裁判だった。


 傍聴人と証人は普通にバイエン公爵家の夜会に参加していた無関係な貴族達だ。バイエン派閥の貴族を証人にしても疑われる可能性があるのでまったく派閥に関係ない者を呼んでいる。しかしそれでも十分だとアルトは考えている。


 ここは真実を明らかにする場ではない。初めから決められているシナリオ通りに被告人席に立つ者達を断罪するための場なのだ。


 裁判官も検察もアルトの息のかかったものが担当している。そして裁判の流れも判決も全てもう決まっているのだ。あとはただ傍聴人や証人達の前でいかに説得力があるように被告人達を断罪するかのショーでしかない。


 本来であればプロイス王国の法に従えば嫌疑がかけられたものは罪状認否を行い、取調べを受けて、裁判になるのならばいつ裁判にかけられるかが知らされ、裁判に向けて弁護人や証人を用意する機会が与えられなければならない。


 しかし今回そのようなプロセスは一切取られることなく全て省かれている。捕らえられてそのまま法廷に放り込まれたのだ。そのような状況でまともに捜査や取り調べ、被告人の弁護や抗弁が出来るはずがない。


 だが傍聴人達やバイエン家側の証人達はそのようなことなど知る由もない。ただありのままに証言して欲しいと言われているだけの証人達は質問を受けたらその部分に関して自分が見聞きしたことをしゃべるだけである。また傍聴人達はただ裁判を聞いて公正であったかどうか見守るだけで捜査手法や捜査の過程、裁判官や検察の裏の取引等についてはまったく知らないことだ。


「被告人フーゴ、ビアンカ、フロト、前へ」


 呼ばれた三人が前に出る。被告人席とは呼んでいるが席があるわけではない。被告人は裁判中ずっと立たされっぱなしである。


「そこの端の……、外套を脱ぎなさい」


 前に出た三人のうち頭まで外套を被っている者が前に立っても外套を脱がないのを見て裁判官が脱ぐように促す。しかし隣の女性に何か耳打ちするだけで外套を脱ごうとしない。


「諸般の事情により脱げないと申しております」


「なぁっ!そんなものが通じると思っているのか!すぐに脱ぎなさい!」


 まさか拒否されるとは思っていなかった裁判官は驚きながらも脱ぐように命令する。


「脱がさずともよい。そのまま続けさせよ」


 しかしその時傍聴人席からそう声がかかった。法廷に居た者全ての視線がその人物に集まる。


「こっ、国王陛下!?」


「何故このような場所に陛下が……」


 周りの傍聴人達も今頃気付き動揺が走った。裁判官や検察も慌ててバイエン公に視線を送る。しかし今更やめるわけにはいかない。アルトはこのまま続行するように顎をしゃくる。


「余がいてはおかしいか?本来司法権は王権に含まれておる。全ての裁判を余が行なうことは出来ぬから裁判官に委任しておるだけのことだ。その裁判を余が傍聴してはならんと申すのか?」


「いえ、そのようなことは……」


 傍聴人や証人達は思わぬ人物の登場に驚きはしたが別に反対でも何でもない。慌てたのはまさかいるとは思っていなかった国王が居たことに驚いたためであり他意はない。バイエン公や裁判官や検察はもう合図を送りあって腹を決めたので動揺は収まっていた。


「それでは……、被告人フーゴ、ビアンカ、フロト、及びこの三名が経営する商会はバイエン公爵家が開発し特許庁に登録しているプリンという商品を無断で作り販売している。またバイエン公爵家主催の夜会にてとある関係者を抱きこみバイエン家に無断で勝手に夜会の搬入業者として入り込み、バイエン公爵家所有のヘクセン白磁多数を持ち去った。被告人達はすでにこの事実を認めており本日はそれらを証明する証言を聞き判決を下すものとする」


「ん~……、それはおかしいですねぇ……。それでは私はこちらの弁護をさせていただきましょう。裁判というからには弁護人も必要でしょう?」


 裁判官が読み上げるとすぐにそう言って割って入ってくる者がいた。何者かと思って全員が視線を向けるとそこにいたのは……。


「ディートリヒ宰相殿下っ!?」


「ディートリヒ殿下が弁護人だと!?」


 三人の被告人の前に立ったのは宰相のディートリヒだった。



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