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第百五十一話「強欲!」


「この馬鹿者が!」


「ひっ……」


 バイエン公アルトに怒鳴られたヘレーネは縮こまって短い悲鳴を漏らした。夜会が終わった翌日に上機嫌で部屋に訪ねてきた父アルトに『ラインゲン家の娘はどうした?』と聞かれて、事の顛末を話したらいきなり怒鳴られたのだ。ヘレーネには何が何だかわからない。


 勝手にあれだけふざけた真似をしたのだからクリスティアーネには相応の報いを受けさせるのが当然だとヘレーネは考えていた。しかしアルトの考えは違う。


「何故そのようなことをしたのだ!」


「そっ、それは……、私を差し置いてあのような演出と出し物をし、主催者の私よりも目立つ衣装を着ていたので……」


 ヘレーネの言葉にアルトは額を押さえて首を振る。もう少し賢い娘かと思っていたが親の買い被りだったかと少し評価を改める。


「ラインゲン家の娘が齎したものが一体どれほどの金になると思っているんだ!そんなこともわからんのか!?」


「え?」


 てっきりクリスティアーネを痛めつけて放逐したことについて言われているのかと思っていたヘレーネは意味がわからず頭に『???』を浮かべる。


「いいか?あの夜会で出されたクレープとプリンという物は売れる!クレープはもう売られているそうだがプリンという物はまだ売られていない。ならばバイエン家の夜会で初めて出されたプリンはバイエン家がその権利を有しているのだ!その製法も聞かずにラインゲン家の娘を放り出してどうする!」


「あっ……」


 言われてようやくヘレーネも考えが到った。一番最初に開発や発明し世に出した者にその商品やサービスの権利が認められる。特許や著作権や知的財産権にはまだ疎い社会ではあるが一応そういった優先権のようなものは存在している。


 ただし現実には実効性はほとんどなく、例えばクレープカフェで売られているクレープをどこかで誰かが製法を盗んで販売しても止めるのは難しい。しかしそれが貴族となれば話は別だ。


 貴族が最初に考えて権利を有している商品を商会が勝手に盗んで真似をして売り出しているとなれば貴族は国に訴え出ることが出来る。仮にそれで商会に販売差し止め命令が出ても貴族には何の利益もない。自分の家で商会を持っている貴族ならともかく普通の貴族が商品の権利だけ持っていても製造も出来ず販売網もないからだ。


 ならばどうするか。答えは簡単だ。商会が権利を有する貴族に所謂特許料や著作権料のようにお金を払うことで解決する。そうすれば貴族は新しい商品を開発するだけでお金が入ってくる。商会としては他人が開発した商品を正式に売ることが出来る。


 しかし実はこの制度には大きな欠陥がある。貴族が商品の権利を主張する場合にかなりの事例で虚偽が含まれているのだ。


 本当は自分達が開発したわけでもない商品の権利だけを自分達が先に取ってしまい、その商品を販売している商会に権利料を払えと強請るのである。


 現代地球でも特許等に関しては色々と問題点があるというのにこのような社会でそれらが解決されているはずがない。完全に何の関係性もない商品にまでそういった難癖をつけられるわけではないが条件が揃っていればそれも可能だ。そして今回はその条件が揃っている。


 大勢の高位貴族達の前で、まだどこにも出回っていない新商品が、バイエン公爵家主催の夜会で披露された。つまりこれからあのプリンを誰かが販売しようとしたならば開発者はバイエン家であると強弁してお金をせしめることが出来るのだ。


 ただしそれにはまず自分達が先にプリンの製法を王国に報告し開発者であると登録しておく必要がある。もちろん高位貴族ならばそのような正規の手続きを踏まなくとも役人への賄賂でも脅しでもいくらでも方法はあるが、正規の方法で登録出来るのならばその方が手っ取り早い。


 ラインゲン家の娘にプリンの製法を吐かせてバイエン家の名で登録してしまえば後は寝ていても勝手にお金が入ってくるはずだったのだ。


 あのプリンは間違いなく売れる。夜会での反応や評判からもそれは間違いない。その金の卵を産む鶏を逃がしてしまったとあってはアルトがヘレーネに怒るのも当然だろう。


 それからあの大量のヘクセン白磁だ。ラインゲン家の娘が一体どうやってあれほど大量のヘクセン白磁を集めたのかはわからない。


 バイエン公爵家でもヘクセン白磁は所有している。しかしそれはバイエン公アルトよりもさらに高位の客を持て成す時のためのとっておきだ。普段使いなど出来るはずもなく、ましてや割られたり欠けたりする可能性が高い夜会になど到底使用して良いような物ではない。それがあれだけ大量に用意されていたことに驚きを隠せない。


「良いか?あのヘクセン白磁は当家の夜会で出された物だ。夜会に参加していた貴族は皆挙って当家の皿に間違いないと証言してくれることだろう」


「それはっ!」


 そう。皿などどれが誰の物であるのかなどわからない。名前でも書いてあるのならばともかくバイエン公爵家の夜会で出されたと大勢の貴族達が見ているのだ。当然その皿の所有者はバイエン公爵家であると主張しても誰も反論出来ないだろう。


「わかったか?あのヘクセン白磁の皿はバイエン公爵家の物であり夜会が終わると同時にラインゲン家の娘が引き入れた商会が勝手に持ち去ったのだ。その商会についても問い質さねばならん。バイエン派閥への復帰を餌にラインゲン家の娘を篭絡しプリンの製法を聞き出し、当家の皿を持ち去った泥棒の商会を突き止めるのだ。良いな?」


「はっ、はい!すぐにそのように……」


 ようやくクリスティアーネの計り知れない利用価値を理解したヘレーネは急いで準備に取り掛かったのだった。




  ~~~~~~~




 ゾフィー達三人を呼び出したヘレーネはラインゲン侯爵家の屋敷へと向かっていた。憂鬱な気分になりながら馬車に揺られる。


 まさかバイエン公爵家のヘレーネともあろう者がたかが侯爵家の屋敷を訪ねていかなければならないなど思ってもみなかったことだ。それも放逐して昨日の今日でその相手の家に訪ねていかなければならないなど屈辱でしかない。


 本来であれば自分の立場ならば相手を呼びつけて訪ねて来させるのが普通のはずだ。それなのに何故ラインゲン侯爵家如きの屋敷に自ら訪ねていかなければならないというのか。先ほどからずっとそのことを考えてはイライラしたり、父に怒られるからやむを得ないと憂鬱になったりを繰り返していた。


 そんなことをしている間にすぐに到着したラインゲン家の屋敷で応接室に通されるとラインゲン家の当主カール・フォン・ラインゲン侯爵とその妻マリアンネ・フォン・ラインゲンに出迎えられた。


「クリスティアーネはどうしました?」


 カールの挨拶もそこそこに適当に遮って不遜にそう問いかける。いくら公爵家と侯爵家の差があるとは言ってもただの令嬢でしかないヘレーネと侯爵本人であるカールとではカールの方が身分は上だ。にも関わらずそのような扱いを受けてもカールはただただ頭を下げて媚び諂う。


「娘は少し療養しておりまして……」


 カールもマリアンネも昨晩のクリスティアーネのことについて当然知っている。自分達も呼ばれた夜会が終わってからかなりの時間が経っていたにも関わらず中々帰ってこない娘を心配して家人達に探しに行かせたのだ。そして探しに行くまでもなくすぐにその所在を知ることになった。


 何故娘が衣装をビリビリに引き裂かれて体中痛めつけられて門の前に転がされていたのか。カールもマリアンネも誰がそれをしたのか当然わかっている。


 主催者であるヘレーネとは比べ物にならないほどに美しい衣装を身に纏い、夜会の途中であのように目立ち盛り上げたのだ。そんなことをすればヘレーネがどうするかなど手に取るようにわかる。


 自分達の娘の服を引き裂き、うら若い乙女をそのような姿で門の前とは言え外に放り出し、暴行を加えて傷だらけにされて……、それでもなおカールとマリアンネはヘレーネのご機嫌を窺うことしか出来ない。


 クリスティアーネがあのようにされたということはラインゲン家がバイエン派閥から放逐されたということだ。もしこのまま派閥から追い出されてしまえばラインゲン家は単独では生き残ることは出来ない。だから娘を差し出そうとも誇りを捨てて小娘に対して額を地面にこすりつけようとも媚び諂い派閥に復帰させてもらうより他に生き延びる術はないのだ。


「そう……。私はクリスティアーネに用があります。部屋へ案内しなさい」


「わかりました。こちらです」


 カールとマリアンネは一瞬も迷うことなく即答した。ここで娘に会わせてさらに何か酷いことをされるかもしれないということくらいは当然考えている。しかし逆らう気などなかった。例えここで娘の部屋に案内したら娘がもっと酷い目に遭うとしてもカールとマリアンネはヘレーネの言うことに逆らうことはない。


 ゾフィー達を引き連れたヘレーネをクリスティアーネの部屋へと案内する。カールが声をかけて部屋に入ってもクリスティアーネはベッドに上半身を起こした姿のまま焦点が合っておらずどこを見ているのかもわからなかった。


「何とか言ったらどうですか?クリスティアーネ。この私が直々に訪ねてきたというのですよ?」


「…………」


 ヘレーネが声をかけてもクリスティアーネは微動だにしない。ベッドに近づいても視線すら動かすことなくまるで人形のようだった。


「ちょっと!ヘレーネ様が声をかけてくださっているのよ!何とか言ったらどうなの!」


 ピクリとも動かないクリスティアーネにズカズカと近づいたゾフィーがその頬を叩く。すると突然それまでまったく何事にも反応しなかったクリスティアーネが飛び跳ねてベッドから転げ落ちた。


「ヒィッ!」


「ちょっと!あんた動けるんじゃない!ヘレーネ様の質問に答えなさい!」


「ヒイィッ!許してください!許してください!許してください!」


 ベッドから転がり落ちたクリスティアーネは部屋の隅まで這いずり頭を抱えると震えてそんな言葉を繰り返すだけだった。とてもではないがまともに話が聞けるような状況ではない。


「仕方がないわね。カール侯、貴方は何か知っているんじゃありません?クリスティアーネはどこでどうやってあのような人や物を見つけてきたのですか?知っていることは全て話さないとこのまま派閥から放逐しますよ」


「そっ、それは……、私共も娘が知らぬ間に勝手にしていたことでして……、詳しいことは何も……」


「使えませんわね!このまま何もわからないというのであればラインゲン家の扱いについても考えなければなりませんね」


 要領を得ないカールの言葉にイライラしたヘレーネはさらに高圧的にカールに迫る。


「あっ、あの……、娘は、クレープカフェのお店と何かしていたようです。恐らくあのプリンという物の出所も同じクレープカフェではないかと……」


 このままでは家が危ないと思ったマリアンネは慌てて関係ありそうなことを片っ端から話していった。その話を聞いてヘレーネは大体の予想がついた。


 夜会でクレープを出したのはそのクレープカフェで間違いないだろう。そして同じお菓子系統であることからプリンもクレープカフェが関わっているものと思われる。つまりそのクレープカフェに行けば何かわかるはずだ。


「そう……。まぁいいわ。お父様には今日のことは全てお話しておきます」


「よろしくお願いいたします!」


 ヘレーネは別にラインゲン家のことについて何も言っていない。復帰させてやるとも庇ってやるとも言っていないがカールとマリアンネは一縷の望みをかけてヘレーネに頭を下げたのだった。


 ラインゲン家を出たヘレーネは今日は帰ることにした。このままクレープカフェに向かうという手もあったかもしれないが面倒臭くなっていたからだ。父には一応進展があったと報告出来るから今日はこれで良いだろうと考えてその日は引き上げていったのだった。




  ~~~~~~~




 昨日は父に報告をし、引き続き情報を集めるようにと申し付かって終わりだった。今日は学園があるので学園の帰りにでも件のクレープカフェに寄れば良いかと思っていたが学園で思わぬ情報に触れることになった。昨日からとある商会でプリンなるものが売り出されているという情報を掴んだのだ。


 学園には高位貴族の子女達が通っているのだから夜会に参加した者も多くいる。当然夜会でプリンのことを知った者達は商会で売られていると聞いてその話題で持ちきりだった。


 ヘレーネは考える。恐らくその商会はクレープカフェを経営している商会と同じだろう。どうやら聞いている話ではクレープカフェとは店舗が違うようだがそんなことは些細な問題でしかない。帰りにプリンを売っているという商会の店舗を外から確認したヘレーネは満足して家へと帰っていった。


 父に学園で聞いた情報と帰りに店舗を確認してプリンが売られていることを確かめてきたことを告げる。ここにバイエン親娘の致命的な誤算と勘違いがあった。


 ヘレーネもアルトもカンザ商会のことは当然知っている。しかしヘレーネはカンザ商会の店舗に直接足を運んだことはない。今日自分が見てきた店舗がカンザ商会の王都一号店だとは知る由もなかった。


 ヘレーネもアルトもプリンを売り出している店は所詮庶民相手に商売しているクレープカフェを経営している弱小商会だろうと判断していた。二人がきちんと情報を集めていたりカンザ商会に足を運んだことがあればこんな勘違いは起こらなかっただろう。


 二人はクレープカフェがカンザ商会が経営している店だとは知らず、そして折角プリンを販売しているカンザ商会の店舗を確認したというのにそれがカンザ商会の店舗であることも知らなかった。


 アルトならばカンザ商会の店舗のことを言えば気付いたであろうが、そもそも庶民向けにクレープカフェなる店を経営しているような商会など弱小商会だろうと侮って最初から調べもしていなかった。


 適当にプリンの権利はバイエン家にあると言えば弱小商会など簡単に手を上げるだろうと判断したのだ。そしてどこからどうやって持って来たのかわからないがヘクセン白磁もその商会が持って行ったに違いないと考えた。それならば一緒にヘクセン白磁も脅し取れるだろう。


「そうか。よくやったヘレーネ。それではここからは私の役目だな」


 相手が何者であるか気付きもしないままバイエン親娘は自ら地獄に向かって突き進んで行ったのだった。



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[良い点] 作者の頭が心配ですわ…… いまさらハーレム要員増やす意味もあまりないけど、珍しく百合じゃない友達ができたと思ったのに [気になる点] これは王国との敵対ルートなのか、バイエンとの敵対ルート…
2023/10/27 06:35 退会済み
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