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第十五話「第一関門突破!」


 父の許可が下りたから急いでヘルムートを探す。丁度俺の部屋から出て来たイザベラと一緒にヘルムートも居たので二人を連れて再び部屋へと入ってもらった。


「ヘルムート!お願いがあるのです。カタリーナの治療のために我が家で生活してもらうことは出来ませんか?」


「フローラお嬢様!?一体何を?」


 俺の言葉に意味がわからないとばかりに困惑していた。最近のヘルムートはこういうことが多い。妹のこととなると取り乱してばかりだ。最初の頃はクール系ハンサムかと思ったけど妹想いの優しいお兄ちゃんなのだとわかってきた。


「私が考えた治療法を試したいのです。そのためにはこの屋敷で一緒に暮らしてもらわなければなりません。私のような子供が何を言っているのだと思うでしょう。ですがどうか少しの間だけでも良いので私に任せてもらえませんか?」


 普通なら八歳そこそこの子供が何を言っているんだと思うことだろう。医者や治療魔法使いがお手上げだというのに一回会ったことがあるだけの子供に何がわかるというのかと思うのは普通のことだ。だけどここは何としてもヘルムートを説得してカタリーナを我が家に迎えなくてはならない。


 他に病を抱えていたら俺にはお手上げかもしれないけど栄養失調と虚弱体質なら俺でも治せる可能性が高い。そして栄養失調を治すためには俺の監修のもとで食事を改善しなければならないだろう。


「妹の病は医者も匙を投げたもの……。おすがり出来るのならばどのようなものにでもすがりたいと思っています。ですがどうしてフローラお嬢様がカタリーナのためにそこまで?」


 ヘルムートの疑問は尤もだ。前回初めて会っただけのカタリーナに何故そこまでしようとするのか。それを疑問に思わず受け入れるような馬鹿ならばヘルムートを欲しいとは思わない。だけどそれが出来るからこそヘルムートが欲しいのだ。


「正直に言いましょう……。カタリーナとは前回初めてあったばかりでそれほど思い入れもありません。私の目的はヘルムート!貴方です!」


「ちょっと……、フローラお嬢様……。その言い方では誤解を招きますよ……」


 一緒に聞いていたイザベラがヤレヤレという感じに突っ込みを入れてくる。誤解でも何でもないはずだけどとりあえず言葉足らずではあるだろうから補足説明はしておこう。


「将来のことはまだわかりませんが可能性として私も十五になれば王都の学園とやらに通わさせられることになる可能性が高いでしょう。その時に私はヘルムートとイザベラにも同行してもらいたいのです。どういう経緯で兄が二人を残していったのかは知りません。ですが私は必ず二人を連れていきます。その時にカタリーナを残してヘルムートは王都には付いてきてくれないのでしょう?ですから私は私のためにカタリーナを治したいのです」


「…………」


 ヘルムートは黙ってじっと俺を見詰めている。俺も目を逸らさずに見つめ返す。


「そして……、カタリーナも我が領民なのです。領民を救うのは領主の一族の務め。それにカタリーナが私の治療法で改善すれば同じ症状で苦しむ者達の助けにもなるでしょう。言葉は悪いかもしれませんがカタリーナは私の治療法の臨床試験に付き合ってもらうということです」


 ヘルムートは何も言わない。ただじっと俺を真っ直ぐに見詰めていた。やっぱり駄目かな……。言葉も悪かったしな。まるで人体実験の被検体になれと言っているようにも聞こえる。そしてこの世界の者からすれば俺の治療法なんてまさに人体実験そのものだろう。


「……わかりました。フローラお嬢様……、妹を……、カタリーナをよろしくお願い致します」


 あれ?やっぱり無理かと思っていたのにヘルムートは俺に向かって頭を下げた。それからはトントン拍子に話が進みヘルムートがカタリーナや両親を説得したそうですぐに我が家で暮らす準備が整ったのだった。




  =======




 カタリーナが我が家にやってくる日の朝、俺はソワソワと玄関でカタリーナ達がやってくるのを待っていた。


「フローラお嬢様、そんなに慌てずとももうすぐやってきますよ」


 イザベラに宥められるけど俺は落ち着かない。ヘルムートやカタリーナがどうこうというよりは本当に俺の治療法で効果があるのかと思うと不安なんだ。これだけ大掛かりなことになって大勢の人間を巻き込んで結局効果がありませんでしたじゃ済まない。これは何としても結果を出さなければならない事態になっている。


「お待たせいたしましたフローラお嬢様」


「お姫様こんにちは!」


 玄関の前に停まったうちの馬車からヘルムートとカタリーナが降りて来て挨拶をしてくる。ヘルムートがうちの馬車でカタリーナを迎えにいったのがついさっきだ。ヘルムートの実家まですぐそこだからヘルムートが出た時からここで待ってたけどようやく到着したらしい。


「御機嫌ようカタリーナ。こちらは?」


 そしてヘルムートとカタリーナの他にもう一人付き人がいる。メイドの格好をしているし前回ヘルムートの家に行った時にも居たからカタリーナ付きのメイドだということはわかっている。そもそもカタリーナの世話をするためにメイドを一人付けて来るという話は聞いていた。ただ自己紹介してもらったことはないから名前はわからない。


「私はカタリーナ様付きのメイドをさせていただいていますクラーラと申します。フローラ様どうかカタリーナ様のことをよろしくお願いいたします」


「よろしくねクラーラ」


 くそぅ!カタリーナにはもうすでに若いメイドが付いているだと!俺には未だに若いメイドさんなんていないってのにうらやましい!


 ともかくこうして無事にカタリーナが我が家に来たのでまずは部屋へと通す。部屋は用意してあるけど着替え等は自前を用意してもらうことになっているから馬車から降ろした荷物をヘルムートとクラーラが運んでいた。片付けが済むまで暫く俺と一緒にリビングでお茶をしていると母もやってきて混ざった。


 母もカタリーナのことを受け入れてくれたようで慈しむような笑顔で話をしている。どうやら母は女の子がもっと欲しかったようだ。まぁまだ若いからこれからでも子供くらい作れるだろうけど本気でまだ子供が欲しいならそろそろ慌てないといけない年頃に差し掛かっているかもしれない。


 一応事前にヘルムートに色々と確認していたけどクラーラにもカタリーナの偏食について確認しておく。聞いた限りではただの好き嫌いであってアレルギーのようなものはなさそうだと判断した俺は今日の夕飯からさっそくカタリーナの食事を振る舞うことにしたのだった。




  =======




 昼はクラーラに聞いたメニューをうちの料理人が作ったものだけどカタリーナの夕飯は俺が用意する。料理人達はあまり良い顔はしなかったけど俺が厨房に入って料理する許可はすでにもらっているから問題ない。まぁ本当は嫌だったとしても雇い主である父に言われれば断る方法はないだろう。


 そんなわけでまずはカタリーナの偏食を直すべく料理を開始する。断っておくけどこれより先に出てくる食材の名前は地球で一番近そうな名前を当てているだけで本当にその食材であるとは限らない。牛肉のようなものや、にんじんのようなもの、といちいち言ってられないので牛肉やにんじんと言い切るけどそのものではない。


 まず取り出したりますは野菜の数々でございます。たまねぎ、にんじん、ピーマンを原型がわからなくなるくらいみじん切りにいたします。次に牛肉と豚肉のミンチをよ~く混ぜます。合い挽き肉に野菜と今朝取れたての鶏卵とパン粉を混ぜて形を整えたらパンパンと左右の手に投げつけるように中の空気を抜きます。真ん中の方を窪ませて油をひいたフライパンで焼きます。そう、野菜たっぷりハンバーグでございます。


 ハンバーグが焼けたら取り出して焼いた時に出た肉汁に特製ケチャップとワインを入れて混ぜながらアルコールが飛ぶまで煮込むとソースの出来上がり。


 ハンバーグにもケチャップにも味を調えるために調味料は入っているけど胡椒がほとんどないから日本の料理ほど味が締まっているとは言えない。


 よくラノベなんかで主人公が日本料理無双をするシーンがあるけどあれは何も下調べもせず日本の感覚で書いているご都合主義でしかない。砂糖が高級品というのはよくあるけど砂糖だけじゃなくて塩も油も胡椒も香辛料もありとあらゆるものがほとんどないのが普通だ。


 日本は四方を海に囲まれているから塩の生産が盛んだった。だから昔から塩漬けだのつけものだのと塩を贅沢に使った料理がたくさんある。だけど世界的に見れば日本では昔から当たり前だった塩ですら超貴重品だ。日本では釜焚きや天日の塩がたくさんあって当たり前だったけど他の国々では質の悪い岩塩くらいしかない国もたくさんあった。


 現代日本では低品質の岩塩が天日塩の何倍もの値段でありがたがって売られているけど実は岩塩は混ざり物も多く雑味が強くて岩塩を普通に使っている国からみれば安物の低級品でしかない。日本以外のどこを見ても普通なら天日塩の方が圧倒的高級品であり高価なものだ。


 日本では岩塩を利用するまでもなく塩が手に入ったから岩塩がほとんど利用されず、近年外国で使われているからといって何故か高級品のような扱いを受けて持て囃されているにすぎない。岩塩は鉱物などの毒素を含んでいる場合もあって危険なものでありありがたがって使うようなものではないのだ。


 それから油もそうだ。揚げ物でコロッケやフライドポテトやポテトチップスを揚げている主人公達がよくいるけどちょっと揚げ物をするためだけに鍋一杯に油を使えるほど油なんて気安く使えるものじゃない。さらに言えば野外の焚き火で油を揚げるのは火力が足りない。まったくもってリアリティのない描写だ。


 ほとんどの熱が逃げてしまう焚き火では湯をわかすのも大変だ。それなのに百何十度、あるいは二百何十度まで上げなければならない油の温度までどうやって熱するというのか。放射熱の方が大きくていつまでたっても揚げられる温度まで上がらないんじゃないだろうか。


 また胡椒などをバカスカ使いすぎだ。俺だってあるのなら香辛料をふんだんに使いたい。だけどほとんど手に入らないのだからどうしようもない。大航海時代のヨーロッパだって胡椒と言えば同量の金と同じだけの価値があると言われていたほどのものだ。そこらの冒険者の設定の主人公が料理にバカスカ使えるのは何か特殊な設定がない限りはおかしい。


 もちろんこの世界にもそれらの調味料や何かはない。ケチャップだって当然ない。だから俺が作った。とは言っても俺は料理なんてそれほど出来ないからケチャップも味を調えてトマトを煮込めば出来るんじゃね?くらいの感覚でいい加減に作ったものだ。日本のケチャップとは比べるべくもないおいしくない仕上がりになっている。


 だけどこれだけ食の貧しいこの世界ならば俺が作った欠陥ケチャップだろうが見様見真似ハンバーグだろうが画期的で十分濃い味であることに変わりはない。受け入れられるかどうかは微妙だけどヘルムートとイザベラに試食してもらった限りでは大丈夫そうだった。


 バターやクリームがないから山羊乳を入れたミルクシチューも作る。具材はじゃがいも、にんじん、たまねぎ、ブロッコリーだ。ブロッコリーはこの世界ではほとんど食べられていなかった。というか連作障害が起こるそうであまり盛んに栽培されていないというべきか。


 でも確か栄養豊富だったはずだからカタリーナに食べさせるのに良いだろうと思って手に入れてきてもらった。具材も大きくカットしているとカタリーナが食べてくれない可能性があるので小さめにしておく。


 うちの料理人達やクラーラが俺の料理を食い入るように見詰めている。少なくとも俺はこの世界に来てからこんな料理は食べたことがない。兄や父ならばもしかしたら料理人が手の込んだ料理を出していたのかもしれないけど、俺が食べる料理と言えば薄い塩味の野菜スープや塩を振って焼いた肉とか魚とかそんなものだった。


「とてもおいしそうだとは思いますけど……、カタリーナ様がお嫌いなものをこれだけ入れて食べていただけるでしょうか……」


 やっぱりカタリーナの嫌いな具材だらけのようだ。だけど普段ほとんど塩味で茹でただけの野菜と違ってこれだけ濃い味付けをしていれば食べられるんじゃないだろうか。日本の子供だってハンバーグに細かくして入れた野菜なら気付かず食べる……、という番組を見たことがある。本当かどうかはこれからのカタリーナを見ればわかるだろう。


「ともかく行きましょう!」


 ビビッていても始まらない。折角出来立ての料理が冷めてしまう。この世界でも地球でも温かい食事を摂る所は数少ない。日本なら出来立ての温かいご飯というのは当たり前だけど世界的に見ればそちらの方が珍しいだろう。この世界でもあまり出来立て熱々の物は食べないけどそれじゃおいしくなくなってしまう。急いでカタリーナの部屋に行き料理を並べた。


「さぁカタリーナ、夕飯にしましょう」


「うっ……、はい……」


 明らかに俺の料理を見てカタリーナが尻込みしている。特にミルクシチューの方には青々としたブロッコリーと赤いにんじんが入っているから見た目からして駄目なのだろう。俺の手前『こんな料理食べない!』なんて言い出せないだけだろうけど実家だったら泣いて喚いていつものメニューを出すまでダダを捏ねたに違いない。


「こちらの料理はフローラ様がカタリーナ様のために手ずから作ってくださったものなんですよ」


「お姫様が……?」


 料理に中々手をつけようとしないカタリーナにクラーラが説明を加える。普通なら俺直々に作ったとは思うまい。俺がカーザース辺境伯家の娘だからというだけではなく、普通なら俺とカタリーナほどに身分差があれば手料理を振る舞うなんてことはあり得ない。


「おいしく出来たかわかりませんのでまずは私が毒見をいたしましょう!」


 そう言って俺の前に並べられたハンバーグを切って口に運ぶ。どうやって食べたら良いかわからない可能性もあるし見本を見せておけば食べやすいだろう。食べる順も気にする必要はない。ここで食事をしているのは俺とカタリーナだけだし、まずは好き嫌いの多い子供でも食べやすそうなハンバーグを食べて勢いをつけてもらいたいところだ。


「うぅっ……、それでは……、いただきます……」


 目の前で俺が食べたというのに俺の作った料理を食べないという選択肢はとれない。それくらいはわがままで世間知らずなカタリーナでもわかることだ。覚悟を決めたようにソロリソロリと小さく切ったハンバーグを口に運んでいく。そして……。


「おいしい!何ですかこのお味は?」


 一口食べると後は簡単だった。俺の料理を気に入ったらしいカタリーナはミルクシチューまで全て飲み干して今日出した料理を完食してくれた。どうやら一先ず俺の料理を食べてもらうという第一関門は突破出来たようだった。



 いつも読んでいただきありがとうございます。


 ログイン制限なしで感想を書けるように設定していますのでどしどし感想等ください!

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