表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/545

第百四十五話「外注を請ける!」


 勝手知ったる他人の……、じゃないな。自分の店だ。二号店の店員達も俺のことは知らないけど王都支店の総責任者であるフーゴや二号店の店長であるビアンカのことは知っている。その二人が黙って俺を通しているのだから何も言ってこなかった。まぁちょっとジロジロ見られたけどいちいちそんなこと気にしてたらキリがない。


 開店してからは店員達にバレてしまうから二号店の奥には入っていないけど開店前は内装の指示や確認もしていたから構造はよく知っている。迷うことなく応接室に向かって勝手に入る。


「良いんですか?フーゴ店長。あの人勝手にあんなことしてますが……」


「おいおい。店長は君だろう?いつまで一号店で働いていた時の気分なんだい?」


 ビアンカとフーゴのヒソヒソ話が聞こえてくるけど気にせず応接室に入るとそのまま奥に腰掛ける。フーゴが俺の横に座りビアンカがテーブルの横、クリスタが俺と向かい合うように座った。この配置を見てビアンカとクリスタは頭に『???』を浮かべている。


「それでは……、そうですね。まずは自己紹介からしましょう。私はカーザース辺境伯家の長女、フローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースです。そしてカンザ商会の経営者、フロト・フォン・カーン騎士爵でもあります」


「「ええっ!?」」


 ビアンカとクリスタが声を揃えて驚いている。そこまで驚くようなことかな?俺達くらいの歳で爵位持ちというのも少ないけどまったくいないわけじゃない。カーン騎士爵のように自力で叙爵されるのは珍しいとしても当主が急逝して幼い跡継ぎが爵位を継ぐなんてことはままあることだ。


 そして最近の貴族は徐々に商売に手を出し始めている。ほとんどの貴族はまずお抱えの商人と手を組んでいるし大身の貴族家ならば自分の所で商会を始めている者も多数だ。


「カンザ商会ってフロトの商会だったの!?どうして教えてくれなかったの?あっ!そうか。だからクレープの作り方を知っていたのね」


 クリスタは次々に言葉を並べる。俺が答える暇もない。質問ではなく思ったことが口をついて出ているだけなのか。


「フーゴ店長!どうして教えてくれなかったんですか!?私随分失礼なことをしてしまったかもしれませんよ!?」


 そしてビアンカはフーゴに詰め寄る。俺に丸聞こえでそんなことを言ってたら意味がないと思うけど……。それから俺はビアンカに何か失礼なことをされたかな?そんな覚えはないけど本人はそう思っているのかもしれない。


「クリスタもビアンカもごめんなさいね。私がカンザ商会の経営者だとはなるべく秘密にしたかったから知っている人にも黙っているように言っていたのよ。そして二人も知ったからにはなるべく秘密にしておいてね」


「はっ、はいっ!」


「どうしてかしら?もっと皆に言いふらせば良いのに……。あのカンザ商会の経営者だと知れ渡ればフロトに絡む人もいなくなると思うわよ?」


 ビアンカはビシッ!と立ち上がって良い返事をした。だけどクリスタは納得がいかないという顔でそんなことを言う。


「カンザ商会の経営者だと知れたら余計に面倒なことになると思うわ。店舗に行っても商品を売ってもらえないような人とかがね」


「あぁ……、そっか……。そうだね」


 クリスタも納得したのか黙り込んだ。カンザ商会は相手が高位貴族であろうとも会員でない相手には会員専用の商品は一切売らない。でも例えば学園の生徒が俺がカンザ商会の経営者だと知ったらどうするだろうか?俺に直接商品を売れと言ってくることは目に見えている。


 もちろん俺は直談判されたからといって原則を曲げて会員でない者に会員専用の商品を融通したりはしない。だけどそんな者がしょっちゅう言い寄ってきたら面倒なことこの上ないだろう。何より俺が経営者だと知れ渡り、さらにその相手が会員になれてなくて商品が買えなければ逆恨みから嫌がらせや、あるいはもっと直接的な手で攻撃してくる可能性すらある。そんな面倒は御免だ。


「それはともかくまずはプリンの感想をビアンカに聞きたいわ。カタリーナ」


「はい」


 ずっと静かに控えていたカタリーナがビアンカとクリスタの前にプリンを並べる。そしてビアンカの向かいの空席にもプリンを置いて自分が座る。あの?カタリーナさん?貴女ここに来る前もカーザース邸で皆と一緒に食べましたよね?あまりプリンばかり食べていると太りますよ?


「なっ!何ですかこれは!?甘くて柔らかくて溶けてなくなるようです!」


 初めてプリンを食べたビアンカは驚いているようだ。クリスタとカタリーナはもくもくとプリンを食べている。皆本当にプリンが好きなんだな……。あの柔らかくてほろほろと崩れる食感が良いのだろうか?ただ甘いだけなら他にもお菓子はある。プリンがこれだけ大ウケなのはその辺りじゃないかと思う。


 プリンを食べ終わった後に色々と感想等を聞いていく。やっぱり皆大体同じようなことをいうものだ。甘さと食感がポイントのようでこれまでにない新食感がウケているようだとわかる。俺はせめてここにバニラの風味をつけたいけどないものは仕方がない。


 プリンの詳しい製法や素材や価格についてはクリスタがいるためにビアンカと相談出来ない。ただこれを会員専用店で一日数量限定で売ろうと考えているということだけは伝えておいた。その際にビアンカからも色々聞きたいから考えておいて欲しいと注文をつけておく。


「それではクリスタの方の問題に入りましょうか。まだ詳しく聞いていませんがヘレーネ様の夜会でクレープとプリンを出してもらいたい。そういう依頼ということで良いですか?」


「ええ、ほぼその通りよ」


 なるほどな。一応簡単な経緯を聞いたけどやっぱり想像通りの展開だった。クリスタはカンザ商会に夜会でクレープを出せないかと相談に来たわけだけど誰に言えば良いのかもよくわからない。とりあえず誰か上役と繋いでくれる人がいるかもしれないとクレープカフェに直接出向いたということらしい。


 ビアンカではそれを決めることは出来ずどうしたものかと思っていた所に丁度俺とフーゴがやってきたというのが俺達が目撃した現場というわけだ。


 店舗の運営に関しては補佐役をつけているとは言っても二号店とクレープカフェの店長であるビアンカに結構な権限は与えてある。だけど他所に出向いてうちの商品をそこで作ったり販売したりする権限はビアンカにはない。


 出張サービスというわけじゃないけどその手のことを店長が勝手に決めてやっても良いことになると収拾がつかなくなる。店舗の方を放ったらかしにして貴族の家や夜会に出張していくようなことが横行する可能性もある。また貴族の家や夜会に出て行くということは揉め事や問題が発生することも考えられる。それらの責任も取れないのに一店長が勝手にそういう仕事を取ってこれる体制はまずい。


 店長の一存でそんなことが決められるのなら店長が貴族から賄賂を貰ったり脅されたりして特定の相手にだけ融通を利かせるなんてことが罷り通る可能性もある。それに相手が貴族であれば揉め事になった時に安易なことをしていればこちらに非がなくともこちらが悪いことにされかねない。その辺りの対応が出来るのは今の所俺だけだ。


 俺としては夜会でうちの商品を出すとかはしたくない。もし今回バイエン公爵家の夜会にカンザ商会が商品を出したということになれば同じような依頼が来る可能性もある。その時に断れば何故バイエン公爵家だけに便宜を図ったのかと言われてしまうだろう。かといってこれから全てのそういった依頼を請けるというつもりもない。


 だけど……、クリスタは助けてあげたい。同級生で初めて出来た女の子の友達だ。その友達が困っていて、俺が助けてあげることが出来るのに、このまま黙って見て見ぬ振りをするのは出来そうにない。


 名目……。そうだな……。何かバイエン公爵家の夜会でだけカンザ商会が商品を出しても筋が通る名目さえあれば……。多少こじつけでも無理やりでも良い。あの時はこういう理由があったからだ、と言えるだけの何かさえあれば今回だけ特例で手を貸すことも出来るかもしれない。


「何か……、名目があれば……」


「う~ん……」


 俺の言葉に皆も考える。クリスタはわかっていないかもしれないけどフーゴとビアンカはカンザ商会の原則や理念がわかっているから俺の言っていることもわかっているだろう。今回だけ手を貸せる口実があれば……。


「こういうのはどうでしょうか?今後プリンは会員専用で販売するんですよね?その宣伝のためにヘレーネ様?という方の夜会で試供品を出すという形でどうでしょうか?」


「なるほど……」


 ビアンカの意見は悪くない。プリンは食べてみれば皆が虜になってくれているけど最初の一口は中々勇気がいるらしい。見た目や色が変わっているから慣れない人には不気味に見えるんだろう。そこで会員に入っている人が大勢いるであろう夜会で一度試食に出して宣伝するためにバイエン公爵家の夜会に協力して出したということにすれば一応筋が通る。


 確かに少々無理やりではある。それなら他にも新商品が出来る都度どこかの夜会で試食を出すのかという話にもなるだろう。こちらはそんなつもりはないわけで今回だけの特例だ。今後同じような依頼が来る可能性はあるけど一応これで無理やり押し通すか?


「それでは今回はそういうことで押し通しましょう。あとは用意する数や人手、材料の搬入や費用についてですね」


 俺の鶴の一声で決まる。こういう時ワンマン社長だと決断から実行まで早いから良い。ただしそのワンマン社長が失敗すれば会社自体が吹っ飛ぶかもしれない危険はある。一長一短であってどれが一番優れるということはないだろうけどワンマンで決められてフットワークが軽いのは中小企業の強みであり弱みだろうな。


 やると決まればあとは早い。フーゴとビアンカもいるので段取りはあっという間に決まっていった。クリスタからは夜会の規模や招待客の人数。こちらで用意する必要なクレープやプリンの数を聞いていく。


「それでは費用は凡その見積もりですがこれくらいということになります」


 フーゴがクリスタに見積もりを渡す。クリスタはそれを見て目を見開いていた。


「こっ、これほどかかるのですか……」


 ん?俺も気になって見積もりを確認する。別におかしな点はない。今まで話していたのとほぼ変わらない。別にフーゴが高く吹っ掛けたわけでもなくどちらかと言えばかなり安いくらいだろう。


 当日に調理するスタッフ、接客に回るスタッフ達の給金、材料費、機材の持ち込み撤収費用、事前の準備費用等を考えればむしろ安すぎる。今回はプリンの試供品の提供という名目だからむしろ安くなっている。これがもしプリンを今後販売する予定の価格くらいで見積もればもっと高くなるだろう。


 そもそもバイエン公爵家の財力から考えればこの程度の出費は軽いものだ。夜会全体の費用から考えてもこれくらい上乗せした所でどうということはない。


「これは……、その……、後払いでも良いのかしら?」


 ん~?それは別に構わないけど手付金も前払金もなしでこの規模の取引を行なうのは普通はあり得ないだろう。相当取引を繰り返して信用がある相手ならともかくバイエン家との取引はこれが初めてだ。普通そんな相手にいきなり全額後払いとはならない。それくらいはまだ経済が未発達のこの世界でも当然の話だ。


 うちはこの程度の出費なら前払金がなくても持ち出しで何とでもなる。だけど普通の小規模商会なら人手に対する費用や材料の調達費用だけで会社が潰れかねない。それも初取引で信用もない相手ならば前払い一切なしでとは普通はいかないだろう。


「これだけの金額の取引で初取引の方となればこれくらいの前払いが慣例かと存じます」


 フーゴがさらに書類を書き上げてクリスタに見せる。それもまぁ妥当な所だ。別にぼったくりでも何でもない。むしろ安すぎるくらいだ。


「わっ、わかりました……。こちらの前払金は用意いたします……」


 おかしいな……。明らかにクリスタの様子がおかしい。さっきまではクレープとプリンが出せると大喜びだったのにお金の話になった途端に元気がなくなった。


 ヘレーネに予算について何か注文でもつけられているのか?その予算をオーバーしているとか?


 でも普通に考えて外注しなければならないほど切羽詰った状況だったならばこの程度の費用をバイエン公爵家ほどの家がケチるとは思えない。もう目前に迫った夜会が失敗することに比べたらこの程度の額は安すぎるくらいだ。


「それでは……、私の無理を聞いてくれてありがとう、フロト。それからフーゴさんとビアンカさんも、どうもありがとう」


 一応話は纏まりクリスタが帰ることになったので見送る。高位貴族であるクリスタがフーゴやビアンカに対してですら頭を下げる。普通ならあり得ないことだ。だけどクリスタはそれが出来る子だということがよくわかった。ヘレーネが頼みに来ていたならば絶対に頭は下げなかっただろう。そしてこちらも引き受けることはなかった。


「気にしないで。お友達を助けたいという私のわがままで決めたことよ。私のせいでフーゴとビアンカには迷惑をかけるけど……。二人ともごめんなさいね」


「いえいえ、フロト様のことで振り回されるのはいつものことですから。はっはっはっ」


 おい……、フーゴも言うじゃないか。場を和ませようと思ったのかもしれないけどビアンカはオーナーである俺にそんなことを言うフーゴにハラハラしているようだぞ。


 ともかくクリスタは帰っていきそれを見送った俺達は場所を変えてカンザ商会の事務所で話を続ける。プリンについてはビアンカにも相談する必要があるので事務所にいる幹部達に加えてビアンカも混ざってもらう。


 頭の切れるトップや実務者が集まっているからプリンの製法や製造を任せる人員、販売価格等の事務的な話はサクサクと決まっていった。そして話題はクリスタの件に移る。


「お金の話になった途端にクリスタの様子が変わりましたね」


「そうですね……。バイエン公爵家ほどの家ならばこの程度の出費が出来ないとは思えませんが……」


 俺の言葉にフーゴも首を傾げる。本来ならこの倍を吹っ掛けても良いほどの値段だ。うちは利益が出ないどころか持ち出しで損をするのがわかっていてこの値段を提示している。それは宣伝のための試供品だと割り切っているからだ。それでも最低限の人件費や材料費は向こうに出してもらおうと提示した金額に過ぎない。


 それなのにあれだけうろたえるということは相当予算が少ないのか?クリスタは前払いの約束をしたけどまだ予断を許さない状況だと思っておいた方が良いだろう。最悪の場合はバイエン家が払わないとか言い出すことも考えておく必要がある。


 うちはこの程度の出費ならどうということはないけど、もしバイエン家が支払いに応じないなどということになればそれなりの措置も考えておいた方が良いだろう。貴族が商会に対して支払いを踏み倒すのを許してしまったら経済が成り立たない。


 どうしたものかと考えながらも手を打っておかなければならない。本当に面倒なことになったものだ。クリスタを助けるのは吝かではないけどこの先余計な揉め事にならなければ良いなと願わずにはいられなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ