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第百四十三話「ヘレーネのために!」


 ヘレーネは焦っていた。アマーリエ第二王妃の夜会が終わってからすでに一週間が経過している。ヘレーネの夜会まであと一週間しか時間は残されていない。それなのに準備は到底終えているとは言い難い。


 そもそもの始まりが自分の派閥の者だけを呼んで、その中にフローラだけ呼び出し恥をかかせて笑い者にしてやろうと思って企画したものだ。そんな目的で始めた夜会に中身などあるはずもない。そしてそれだけならば別に簡単な料理や飲み物を並べてある程度の格式と体裁さえ整えておけばよかった。


 バイエン公爵派閥のみの夜会も度々催されておりそれに準じる程度の夜会ならば準備するのも簡単だ。いつも通りのそれなりの夜会を用意すれば良い。自分より格下のいつもの派閥の者しか来ないのならば適当にバイエン家で飲食されている程度の物を出しておけば何の問題もないはずだった。それなのにまさかルートヴィヒ第三王子まで出席するという話になるとは予定外も良い所だ。


 ルートヴィヒとフローラだけ呼んで後はバイエン公爵派の者しか呼ばれていなければおかしいということがすぐにバレてしまう。フローラだけならばバレようがどうなろうが関係ないがルートヴィヒにそれがバレるのは非常にまずい。ならば王家の面々をはじめとした相応の者や他の派閥の者達にまで招待状を出さなければならない。


 王族や宰相一家、有力公爵家から現在王都近辺にいる有力侯爵家まであらゆる者に招待状を送らなければならなかった。しかもアマーリエ第二王妃の夜会があったばかりであり有力貴族家がかなり多く王都に滞在している。そんな中でバイエン公爵家からも夜会の招待状が届けばアマーリエ第二王妃主催の夜会に出ていたほとんどの貴族達は参加してくるだろう。


 他派閥の有力者達がやってくる夜会となれば気の抜けた夜会を開くわけにはいかない。下手につまらない夜会を開くくらいならば最初からしない方がマシであり、夜会の質がどれほどであるか、どれほどの夜会を用意出来るかが力の見せ所なのだ。他派閥に侮られるような夜会を開こうものならば自派閥から離反者を出しかねない大事になってしまう。


 幸い夜会の開催理由は出来た。元々夜会の開催目的も理由もなかったがアマーリエ第二王妃の夜会にてルートヴィヒの立太子が公表されたお陰で立太子のお祝いという名目で開ける。


 もちろんヘレーネが招待状を送った時点ではルートヴィヒの立太子など知る由もなく夜会の理由は招待状には明記されていない。


 しかしアマーリエ第二王妃の夜会にてルートヴィヒの立太子が公表されたお陰で『バイエン家はアマーリエ第二王妃の夜会で公表される前から立太子を知っていた』という体を装える。


 バイエン家とて本当は知らなかった、というよりもそもそも本当はアマーリエもヴィルヘルムもあの場で立太子を宣言するつもりなどなかったが流れでそうなっただけに過ぎない。だがそれが公表される前から夜会の招待状を送り、開催時にルートヴィヒの立太子を祝うための夜会だと言い張ればバイエン家の面目は保たれる。


 それどころか自分達が知らなかった情報をバイエン公爵家は事前に知っていたのだと思わせることも出来るだろう。実際には王家ですら予定していたわけではないのでそんな体を装ってもわかる人間にはわかるが、王家とて立太子は後付けで発表しただけだからバイエン家が知っていたはずがない、などと言えるはずもない。


 丁度この夜会を利用してバイエン公爵家の情報収集能力の宣伝や王家やその関係者との緊密な連絡や機密情報を流してもらえているというフリが出来る。


 バイエン公爵、アルト・フォン・バイエンはその点だけはヘレーネを褒めた。ヘレーネの夜会のお陰でバイエン家の情報収集能力や王家との繋がりを大々的に宣伝出来るのだ。多少の出費などお釣りがくるくらいの効果が期待出来る。


 ただしそれは夜会が成功すれば、の話でしかない。もし万が一にも王族や有力貴族達を招く夜会がつまらない夜会であったならば……、『これだけの面々を呼び出しておいてこんな夜会しか開けないのか』という悪評が広まってしまう。そうなったら折角のルートヴィヒ立太子の祝いの効果や出費に見合わない。そのことをきつくアルトに言い渡されているヘレーネはとても焦っていた。


「もうあと一週間しかないというのに……、一体どうすれば良いというのです!」


 先週行なわれたアマーリエ第二王妃の夜会ではここ数年貴族達の話題をさらっているクッキーやドーナツやパウンドケーキなどが出された。それらが登場したのはもう何年も前のことではあるが未だにその製法は王家の秘伝となっており他の場では再現されたり似たような物が出されたことはない。


 稀に王家主催の催しで出されるだけであり有力貴族ですら数度しか口にしたことがない品々だ。そんな希少性や王家の秘伝ということでそれらのお菓子は数年を経た今でも未だに大きな効果を発揮している。


 アマーリエ主催の夜会でも当然出されておりそれらに舌鼓を打った貴族達も多い。そんなアマーリエ主催の夜会から間を置かずにバイエン公爵家の夜会が催されるということは相当な自信があると周囲には思われているだろう。


 それは当然だ。わざわざアマーリエ主催の夜会のたった二週間後に再びほとんどの有力貴族を集めて夜会をぶつけてくるというのだから、アマーリエ主催の夜会と渡り合えるだけの夜会を準備しているに違いないと誰もが考える。またそうでなければこんな時期にわざわざ夜会など開けない。


 どう考えてもたった二週間ほどしか期間が空いていなければ両者の夜会は参加者達によって比べられてしまう。ならばアマーリエ主催の夜会を超えるとは言わないまでも渡り合える程度のものは用意しなければならない。周囲の期待は普段の夜会以上に高まっておりちょっとやそっとの夜会では満足してもらえない。


 バイエン公爵家が用意出来る会心の出来の夜会を開いたところで今の周囲の期待に応えられるとは思えない。それなのにその準備期間がもうあと一週間しかないのだ。普通の夜会ですらあと一週間で準備を終えられるか怪しい所なのにさらにアマーリエ主催の夜会を超えるものを用意するなど出来るはずがない。


「貴女達も何か役に立ちなさい!」


「「「「はっ、はいっ!」」」」


 ヘレーネに怒鳴られたいつもの四人組は直立不動になって考える。元は五人組であったゾフィー達もエンマが抜けているために最近では四人組になっている。四人は必死になって知恵を絞るが良い案などあるはずがない。


 そもそも今急に言われたわけではなく夜会にルートヴィヒを招くことになってからすぐにヘレーネは五人組にも協力するように言っていたのだ。それでも未だに何も良い案が浮かばないのに今考えたからといって妙案が出てくるはずもない。


 そもそもヘレーネのバイエン公爵家よりも格下のゾフィー達の家がバイエン家以上の何かを思いついたり用意したり出来るはずがない。実はゾフィー達も考えているフリをしているだけで真剣に考えてはいなかった。どうせ考えても良い案などあるはずがないと最初から諦めている。


「あの……、ヘレーネ様……」


 しかし……、一人だけおずおずと意見を言おうとしている者がいた。


「何です?何か良い案でもあるのですか?クリスティアーネ」


 クリスティアーネ・フォン・ラインゲンは実は少しだけ考えていたことがある。言おうか言うまいか悩み続けていたがもう時間がない。他の人が良案を出せば自分は黙っておけば良いと思っていたがもう今からならば間に合うかどうかギリギリだ。だから思い切って意見を述べてみることにした。


「今更大掛かりな料理は準備出来ません。それに仕入れも確実とは言えず凝った料理が必ず予定通りに準備出来るわけでもなければ、王家の宮廷料理人達を超える料理を用意するのも不可能です」


「だから?」


 クリスティアーネの言葉にイライラしているヘレーネはさっさと言えとばかりにきつい言葉を投げつけ睨みつける。


「ですので料理はバイエン公爵家様で用意出来る物にし、お菓子で勝負をかけるべきです」


「お菓子?はっ!それこそ王家の独壇場でしょう!クッキーやドーナツを超える物を用意出来るとでも言うの!」


 クリスティアーネの提案にヘレーネはダンッ!とテーブルを叩く。普通の料理ならば味も種類も調理法もそれほど特別なものはない。高位貴族の夜会に行けばほとんど定番の物が出てくるだろう。それは王家もバイエン家も他の有力貴族家も変わりなくそこに大きな差はない。


 しかし現在では王家は特別なお菓子を出しておりそれこそが現在の王家の夜会の地位を高めている要因にもなっている。王家主催の夜会に行きクッキー、ドーナツ、ホットケーキやパウンドケーキを食べることが貴族の間でステータスになっているのだ。


 そんな王家の独壇場であるお菓子で王家並にウケるお菓子など用意出来るはずがない。そんなものがあればヘレーネがとっくに用意している。


「今流行りのクレープを!そしてもう一つ私にあてがあります!どうか私に夜会の準備を……、――ッ!」


「くれーぷですって!私が知らないとでも思っているの!そのくれーぷは庶民が食べるものでしょう!由緒正しいバイエン公爵家の夜会でそのような下賤のものを出せというの!」


 クリスティアーネの言葉を聞いたヘレーネは激昂し木製のコップを投げつけた。顔を背けたクリスティアーネのこめかみの辺りにコップが当たりうっすら血を滲ませ中身のぶどうジュースが体を濡らす。


 ここの所ヘレーネがしょっちゅうコップを投げて割るので透明なガラスで出来た超高級なガラスのコップは与えられないようになり木製のコップを使わさせられている。アルトの判断は正しく、今回もガラスコップでなくてよかったと言えるだろう。


「もういいわ!貴女達さっさと帰りなさい!」


 イライラがピークに達しているヘレーネはそういって四人を追い払った。


 ヘレーネの部屋を出ると残りの三人はクスクスとクリスティアーネを笑う。クレープなどという下賤の食べ物を薦めてヘレーネの勘気に触れるなど馬鹿な者だと仲間内ですらこの態度だ。


 自分は本当にこんな場所に居て良いのだろうか。クリスティアーネはそう思ってしまう。しかしそれは考えてはいけない。実家はバイエン派閥であり自分がとやかく言った所で両親を説得することなど出来ないだろう。何より今更鞍替え出来る派閥がどこにあるというのか。こんな時期に派閥を鞍替えしようとすれば相当足元を見られて今よりも悪い立ち位置にしか迎え入れてもらえないだろう。


 何よりも……、例えこのような者達であろうとも幼少の頃から共に育った幼馴染達だ。幼少の頃にヘレーネにお目通りが叶い、側近に引き立てられ、他の側近達と共に育ち歩んできた。ヘレーネも、ゾフィーも、そしてエンマも残りの二人も皆共に育った幼馴染なのだ。それらを見捨てることはクリスティアーネには出来ないのだった。




  ~~~~~~~




 いつもは長い行列が出来ているその店も閉店時間となれば最早誰も並んでなどいない。外の扉は閉められこの店の特徴であるふんだんに使われたガラス部分からは中で片付けをしている店員達の様子が少しだけ見えた。


 カンザ商会王都二号店併設クレープカフェ。その店の前で閉店時間後に扉を叩く少女の姿があった。


「すみません!お話だけでも聞いていただけませんか?」


 扉をノックして声をかける。中の店員達もそれ自体には気付いているがどうしたら良いのか判断に迷いお互いに顔を見合わせていた。


 カンザ商会では閉店時間を過ぎれば基本的にどのような相手であっても何も受け付けないことにしている。一つでも例外を作れば『ならば自分も対応しろ』とか『前は対応してくれたのに今度は対応してくれない』などという声が出てきてしまうからだ。


 だから時間外なのに商品を売って欲しいとか何か不具合があったから対応しろというようなものは基本的に相手にしない。そういう教育が徹底されているために中の店員は各自の判断で勝手に迎え入れることも出来ずに迷っていたというわけである。


「はぁ……、一体どうされたのですか?時間外での販売は出来ませんよ?」


 そこへ……、騒ぎを聞きつけて店の奥から出て来た女性、ビアンカが扉を開けて外の少女に問いかけた。その少女は見るからに貴族のご令嬢の格好をしている。しかし貴族だからといって特別扱いしないのはカンザ商会の絶対のルールだ。


 そしてビアンカはその相手を一目見て気付いた。その少女は何度も平民の格好をしてクレープカフェを訪れてくれている客だ。確かクリス……、何とかと呼ばれていたなと思い出す。姿は良く見ているから覚えているが客の話に聞き耳をたてているわけにもいかないので会話の内容はほとんど聞いていない。それでもどうしても聞こえてしまう端々の会話からクリスなんとかと呼ばれていることくらいは思い出した。


「このような時間に申し訳ありません。今商品を売って欲しいというお話ではないのです。一週間後のある夜会でこちらの商品を出していただきたいのです!このようなお話はどこでどなたにすれば良いかわからず……、また日中にはたくさんのお客さんが来られているのでこのような時間にやってきました無礼はどうかお許しください」


「はぁ……?」


 ビアンカはそれだけである程度この少女の言っていることは理解出来た。夜会でクレープカフェの商品を出して欲しいというのはわかる。しかしいくら形だけとはいえこの店の責任者であるビアンカといえども勝手にそのような仕事を引き受けるわけにはいかない。どうしたものかとビアンカが悩んでいるとそこにいつもの目立つ金髪の少女が通りかかった。


 ビアンカはその少女のことを良く覚えている。二号店が出来る前から一号店で会った。長い金髪に薄いブルーの瞳。格好は庶民の格好や商人の娘のような格好をしてやってくるが到底そうは見えない不思議な少女。


「クリスタ?どうしたのですか?」


「フロト……、フロトもお願い!一週間後の夜会でプリンを!ヘレーネ様の夜会でプリンを出して!」


 クリスティアーネ・フォン・ラインゲンはヘレーネに逆らってでも、ヘレーネの許可がなくとも、ヘレーネの夜会が失敗に終わらないように独自に準備をしようとカンザ商会のクレープカフェとフロトのプリンを出してもらえないかと駆けずり回っていたのだった。



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