第百四十二話「決断の時が迫る?」
こっ、これはどうしたら良いんだ?このままじゃ……、カタリーナとキスしてしまうのでは?
もちろん俺はカタリーナのことが嫌いじゃない。いや、そういう逃げみたいな言い方はもうやめよう。俺はカタリーナのことが好きだ。だけどこのままカタリーナとキスしてしまって良いのか?
俺はカタリーナのことも、ルイーザのことも、クラウディアのことも、アレクサンドラのことも、ミコトのことも、皆、皆好きだ。
五人もの女性を侍らせて皆好きだなんて随分最低なことを言っているとは自分でも思う。だけど俺にとってはそれぞれ別々の時期に、前に好きだった子とはうまくいかなかったと思った後で新しく出会った相手だ。皆それぞれに対して想いがある。
それなのに……、こんな流されるみたいにカタリーナと一線を越えてしまって良いのか?
そうは思うけど体はうまく動いてくれない。俺の頬に手を添えたカタリーナの顔がどんどん迫ってくる。このままなら本当にカタリーナとキスしてしまうというのに頭が真っ白でどうすれば良いのかわからない。
「カッ、カタリーナ……」
「そう固くなられず……、全て私にお任せください」
「――ッ!?」
もう駄目だ。抵抗出来ない。目前まで迫っているカタリーナの顔を真っ直ぐ見詰めることも出来ずに俺はただ目を瞑ることしか出来なかった。
「ちょっとお待ちなさい!」
「ひぅっ!?」
その時、扉がバーンッ!と物凄い音を立てて開かれた。
「ちっ……」
え?今カタリーナは『ちっ』て舌打ちしなかったか?
いや、それはいい。今はそれどころじゃない。それよりも扉の方だ。今物凄い音をさせて入って来たのは声からしてアレクサンドラだろう。俺はやんわりカタリーナを俺の上からどかせると体を起こしてアレクサンドラの方を見る。
「アレクサンドラ、違うのです。これは……」
「フローラは黙っていなさい!」
「はっ、はいっ!」
アレクサンドラに怒られた俺は反射的に背筋を伸ばしてシャキーンと固まった。ツカツカと歩いてきたアレクサンドラはカタリーナの襟首を掴んで俺から引っぺがす。
「ちょっとカタリーナ!フローラに無理やり迫るのはなしだと皆さんで約束したでしょう!」
「別に無理やり迫ってなどおりませんよ?フローラ様も受け入れてくださっていました」
俺をおいてけぼりにしてアレクサンドラとカタリーナがわいのわいのと言い合いを始める。内容については俺は理解出来ない。
「それが無理やりだと言っているのです!フローラはこちらが強引に押し倒したら簡単に体を開くのはわかっているでしょう!ですからこちらから押し倒すような真似はしないという約束だったはずです!」
えっ!?何それ!何かその言い方だとまるで俺はちょっと強引に迫られたら簡単に股を開くビッチみたいじゃないか。俺はそんな軽い女じゃないぞ!?
「私はこれからフローラ様が閨事で恥をかかないようにお教えしようと思っていただけのことです。そしてフローラ様もそのことに合意してくださっていました。何も約束に反することはしておりません」
いやいや!俺は別にそんなことに合意してませんけど!?さっきのはカタリーナが無理やり迫ってきただけで俺は受け入れてもいないし合意もしていない。
「ですからそれが無理やりだと言っているのです!貴女も本当はわかっていてそう言ってとぼけているのでしょう!」
「フローラ様に閨事をお教えするのはフローラ様付きである私の役目です」
駄目だ。二人とも興奮してるしこのままじゃ収まりそうにない。それから俺の部屋の扉はアレクサンドラが開けたまま入って来たからあまり大きな声で言い合っていたら外にだだ漏れになってしまう。何とか二人を落ち着かせなければ……。
「少し落ち着いてください二人とも。それに押し倒したら体を開くだなんて私はそんな軽い女ではありませんよ!?」
「フローラは黙っていてください!」「フローラ様は黙っていてください!」
「はっ、はいっ!」
二人は声を揃えて俺に黙っていろという。俺も反射的に謝って引き下がってしまった。実は二人とも息ぴったりじゃんとか言ってる場合じゃない。
っていうかおかしいな。俺が男なんだから俺が皆をリードする立場だよな?あれ?俺がおかしいのか?
「フローラなんてちょっと押し倒したら簡単に体を奪えてしまうのですからそのような強引な手段はとらないようにしようというのが約束でしょう!」
うぐっ!
「ですから万が一そのようなことが起こった場合に適切に対処出来るように私がお教えしようとしていたのです」
はうっ!
「そのような余計なことをしてフローラが誰にでも体を許す色狂いになったらどうするのですか!」
はっ!?
「そうならないために閨事にも慣れていただいて妙な人物に迫られてもきちんと断れるようになっていただく必要があるのではないですか」
ぬぬぬっ!
「もう二人ともいい加減にしてください!」
「「…………」」
俺が声を上げると二人は驚いた顔のまま固まっていた。ようやく落ち着いてくれたか。
それにしても……、何かさっきから俺って随分なことを言われていなかったか?しかも俺としてはまったく同意も共感も出来ないんだけど?
「黙って聞いていれば好き放題に言ってくれますね二人共……」
「あっ……、いえ……、これは……、その……」
「私はただフローラ様に……」
「黙らっしゃい!」
「「はいっ!」」
俺がそう言うと今度は二人が背筋を伸ばして固まった。俺はベッドから立ち上がるとゆっくりと扉の方へ向かい静かに閉める。二人はじっとしたまま目だけで俺を追っている。
「私だって怒る時は怒るのですよ?」
「「はい……」」
扉を閉めた俺はゆっくりと歩きながらベッドへと戻る。二人は完全にしゅんとして俯いていた。
「随分なことをおっしゃってくださいましたね?私が誰にでも体を開く?閨事も知らないねんね?それではお二人の体で確かめてみましょうか?」
「あの……」
「えっと……」
カタリーナとアレクサンドラはお互いに顔を見合わせている。だけど俺が逃がすはずもない。
「さぁ二人とも……、もうよい時間です。休むことにしましょうか」
「お、お待ちになって!」
「フローラ様っ!」
「「ッアー!」」
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朝目が覚めると……、俺の両側にはカタリーナとアレクサンドラが眠っていた。可愛らしい寝顔をしている。何でこんなことになってるんだっけ……?
ぼんやりと思い出せるのは昨晩二人が俺の部屋にやってきて……、色々と言われたから流石に俺も頭にきて……、一緒に寝たんだった。そうか。そうだったな。
一応俺の名誉のために言っておくけど別に二人には何もしていない。俺もされていない。ただ一緒に寝ただけだ。
もちろん?狭いベッド……、ではないな。三人で眠っても十分な広さがあるベッドだけどそれはまぁいい。一晩同じベッドの上で眠っていたんだからちょっとくらい体が触れ合うアクシデントくらいは発生したよ?
寝返りをうつとアレクサンドラの巨乳に手が当たったり、逆の方を向くとカタリーナの股の間に俺の足が入り込んだり、同じベッドで眠っていれば当然起こるようなアクシデントは色々と起こった。それは否定しない。
だけど俺は二人ともキスもしていないし裸で体を愛撫しあったわけでもない。そう。ただ女の子同士で一緒の布団で眠っただけだ。お泊り会とかでそういう経験くらいあるだろう?あるいは林間学校だとか修学旅行だとかそういうので同室の子同士でもそういうことくらいあるだろう。
俺は何もやましいことはしていない。ただちょっと寝返りをうって深い双丘の谷間に手を突っ込んでしまったり、臀部を鷲掴みにしたり、触れ合うほど顔が近づいたり、両腕に二人の頭を乗せて腕枕しつつ抱き寄せたり、そんな普通のことしか起こっていない。何もやましいことはなかった。良いね?
「んんっ……」
アレクサンドラが可愛い声をあげたのでそちらを見てみる。仰向けに寝転がっている俺に向かって横向きにくっつくように眠っているアレクサンドラの顔がよく見える。とても可愛らしい。こうして見ると年相応の少女だというのがよくわかる。
「……」
逆の方がモゾモゾと動いたからそちらにも目を向けてみる。逆側にいるカタリーナもまたアレクサンドラのように俺にくっつくかのように横を向いてその手は俺の上に乗せられていた。片足も若干俺にかかるようになっている。半分くらい体を寄せて乗せているような感じだ。密着している分カタリーナの体の柔らかさや温もりがはっきり伝わってくる。
「……ぁ」
「ん?」
そんなカタリーナを見ているとうっすら目を開けてぼんやり俺を見ているようだった。
「おはよう」
「ぉはようござい……、――ッ!」
寝ぼけ眼でぼんやりしていたカタリーナは現状を思い出したらしく突然跳び上がると俺から離れてベッドから降りると頭を下げた。
「申し訳ありません。寝過ごしてフローラ様よりも後に起きてしまうなど……」
慌てて謝るカタリーナを手で制してこちらから言葉を被せる。いつもと違う状況になればいつも通りに起きれないのも当然だろう。それに昨晩はこんな状況でゆっくり休めなかったかもしれない。俺も少し体がぎこちない。
「良いのですよ。それよりも朝の準備をしましょう。いつもアレクサンドラはもう少し遅い時間に起きるのでしょう?私達はいつも通りにしましょう。準備をお願いね」
「はい。すぐに準備いたします」
これ以上遅くなると朝の訓練に差し支える。俺達があーだこーだと言い合っても意味はないので出来ることをする方が建設的だろう。
急いでカタリーナが出て行ったのを見送りながら俺も自分で出来る準備は進めておく。無事に着替えを済ませた俺は朝の訓練に向かった。訓練を終えて朝食に行くとアレクサンドラもいつも通り起きていたけど俺と目が合うたびに顔を真っ赤にしていたのが妙に可愛らしかった。
~~~~~~~
学園が終わった帰り道、何故か馬車にはクラウディアが同乗している。今日は別に用事なんてないと思っていたのに何故か馬車は王城へと向かい、カタリーナがトトトッと入って行ったかと思うとクラウディアを連れて戻ってきた。うちの馬車にクラウディアが乗り込むと一緒にカーザース邸まで帰ってきた。
カーザース邸にはすでに一台の馬車が停まっている。ミコトが使っているデル王国の馬車だ。それからカーザース家のもう一台の馬車が出されている。それは外の牧場へと行って来たらしい。目的はもちろんルイーザを連れてくることだ。
今日学園が終わってから何故かいつもの五人が俺の家に集まっている。どうやら会議をするらしい。会議の内容は昨晩のカタリーナやアレクサンドラの言葉や行動に関係することだ。
「まず抜け駆けしたカタリーナには何か罰があった方が良いんじゃないかしら?」
ミコトの言葉にクラウディアとルイーザもうんうんと頷く。もう昨晩の出来事は全員に共有されていて一番の原因はカタリーナが抜け駆けしたことが悪いという話になっているようだ。
「そうだよね。同居しているのを悪用しないって約束だったのに結局僕達がいないのを良いことに一人だけ夜這いなんてして……。それもフロトは押し倒したら簡単に受け入れるだろうからこちらから迫るのはなしだって約束だったのにそれまで破ってるもんね」
まずクラウディアもカタリーナを責め始めた。まぁ約束があったのならそれを破っちゃだめだよな。何か話の内容は到底俺も黙っていられない話な気がするけど今は話の腰を折らないようにとりあえず黙って聞いておく。
「でもフロトもフロトだよ……。カタリーナに迫られたからってそんな簡単に押し倒されて体を許すなんて……」
「うっ……」
ルイーザは俺にも批難を向けてくる。確かに最初にカタリーナに迫られた時の俺はやばかった。あのままアレクサンドラが割り込んでこなければ俺はカタリーナに襲われていたことだろう。
「とにかくカタリーナはフローラに迫るのは禁止!それからフローラももっとしっかりしてよね!私達五人から迫られたら断れないのもわかるけど不用意に一人だけ受け入れるなんて禁止だから!」
「はい……」
何故か結局俺が一番怒られていないか?
まぁでもそうか。俺がもっと毅然とした態度でカタリーナの誘いを断るなり、全員を受け入れてハーレムにするなり、何らかの決断をすべきなのか……。
俺は今までただ何となく周りに流されて五人と向き合ってきた。だけどそれだけじゃ駄目なんだ。これからは俺ももっと自覚を持って皆と接する必要がある。
今までのように五人それぞれと違うタイミングで出会ったんだからとかいう言い訳はもう通用しない。五人が揃ってしまって、これまでの行き違いも全て解けた今となっては俺も相応の覚悟を決めなければならない時が近づいていることにようやく気付いたのだった。