表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/545

第百四十一話「新しいお勉強?」


 エンマの前を立ち去った俺とミコトは再び食堂へと向かっていた。


「ほんと、フローラはお人好しよね」


「そうですか?」


 俺は別にお人好しでも良い人でもない。むしろ俺ほど好き勝手に生きている者もそうそういないだろう。俺にだってしがらみもあるし思い通りにならないこともたくさんある。だけどそれでも俺はそんなものを無視してでも好き勝手に生きている部分があると思う。


 そもそもさっき割って入ったのは何もエンマを助けようというつもりでやったことじゃない。見苦しいと思ったからやめさせようと思ったのは本当だし、あの場だけ止めたとしてもエンマが救われたとは思わない。たまたま廊下の目立つ所でわざわざいじめていたから止めただけで、また裏にいけばいじめは再開されるだろう。


「それにしてもまさかジーモンが……、ねぇ……」


「ジーモンって誰よ?」


 いかんいかん。独り言が口をついて出てしまっていたようだ。別にジーモンと友人だということを隠しておかなければならない理由はないけど、少なくとも学園で公になるようなことは避けておく方が良いだろう。ミコトにも後で説明すると言って誤魔化しておいた。こんな人の目も耳もある場で余計なことは言わないに限る。


 それにしてもジーモンめ。なかなかやるじゃないか。何だかオドオドナヨナヨしていて情けない男のように見えるけどあれはあれで案外しっかりしているのかもしれない。しかも貴族らしく結構キザなことをしていた。後でからかってやろうか。


 いや……、やめておこう。折角エンマとうまくいきそうなんだ。俺が余計なことを言ってからかって二人が気まずくなったりしたら大変だ。


 エンマもあの性格さえどうにかなればそんなに悪い相手じゃないと思う。見た目は少々ぽっちゃりしているし母親の姿を見ると将来が不安になるけど、太りすぎにだけ注意すれば特別不細工ということはない。ちゃんと貴族のご令嬢らしくそれなり以上には見える。


 ジーモンがしっかり手綱を握ってエンマの性格をコントロール出来るならばきっと良いカップルになれることだろう。


 相手がエンマだとあまり羨ましいという気にはならないけど俺も陰ながら応援することにしよう。




  ~~~~~~~




 学園も終わって屋敷に帰って来た俺は自室で寛ぎながら色々と処理しなければならないことを考える。書類仕事や領地や商会関連の仕事が終わっても俺にはしなければならないことが山積みだ。


 領地開発も商会の運営も順調に進んでいる。開拓中の新しい村は着々と開拓が進んでいるようで今度の長期休暇で領地に戻った時に村開きが出来そうだ。


 それから商会は利益が上がりすぎていて少々やばいかもしれない。うちが儲かる分には問題ないように思うだろうか?でもそうじゃない。市場の購買力には限りがある。プロイス王国国民の収入も物を買うのに回せるお金にも限りがあるというのはわかるだろう。その収入額が増えない限りは消費に使える金額は変わらない。


 それなのに今まで買っていなかった商品を買ったりサービスを利用したりするのにお金を使うということは元々使っていた商品やサービスにお金を使わなくなったことを意味する。


 何が言いたいかと言うと、パイが大きくなったわけでもないのにうちの取り分が増えたということはその分他の所の取り分が減ったということだ。プロイス王国国民の所得が増えてその分消費が増えているのなら良い。だけどそんな急激に所得が増えているわけでもないのにうちの商品やサービスばかり売れているということは他の商会や店の売り上げが激減して潰れる可能性もある。


 今はまだそこまで極端に偏っていないけどこのままうちの売り上げだけが伸びすぎれば周囲の同業者達を圧迫することになる。


 そんなの資本主義による自由競争なら当たり前で淘汰される方が商品やサービスや価格に問題がある、と思うかもしれない。それはある程度その通りではあるけど正論がいつも正しいとは限らない。


 うちが同業他社を全て駆逐してしまったら流通や小売が壊滅してしまう。当然うちだけでプロイス王国中の流通や小売を管理出来るはずもなく、またそんな独占状態になってしまったら後が怖い。


 仮に俺が生きていて俺が管理している間は良いとしよう。でも俺が死んだりして俺の跡を継いだ者がきちんと公正公平な商売を続けていくと断言出来るだろうか?カンザ商会だけがプロイス王国の商売全てを握ってしまったとしたら、そして俺が死んだ跡にカンザ商会を止めたりコントロールしたりする者がいなければ、大変なことになるのは想像に難くないだろう。


 そもそもうちが独占しすぎて他が潰れたら周りから恨まれる。今くらいのペースで多少客足が遠のいたくらいならばまだしも周りの店が全て潰れるくらいに独占が進めば逆恨みにしろ何にしろこちらが襲撃されたりする危険が増す。何事もやりすぎは良くない。


 今のところそこまで極端には進んでいないけど今後このペースのまま推移すればそういう未来もあり得る。いや、それどころかこちらが積極的にそういう風に展開していけば簡単にそうなってしまう。俺が扱っている商品は異世界や未来の商品だ。うちと商品開発をして他の商会が勝負になるとは思えない。何しろこちらはカンニングして答えを事前に知っているも同然だからな。


 今までも注意はしていたけどこれからはさらに注意して独占しすぎないようにコントロールする必要があるだろう。ある程度は周囲も儲かるようにしておいて共存共栄可能な形を考える必要がある。


 それからアインスに作らせていた新兵器が完成しているという報告も入っている。学園の長期休暇の間に領地に戻って実射試験の視察と問題点の洗い出し、生産体制と配備計画の策定をしなければならない。ハルク海の海上封鎖を破るためには絶対必須とも言えるものだ。これが成功して配備出来るかどうかで今後の展開に大きな違いが出てしまう。


 ちなみに学園は前期・後期、各四ヶ月間の二学期制になっている。学期間は二ヶ月間の長期休暇だ。一、二月と七、八月という真冬と真夏は休みとなりその前後四ヶ月間が授業期間となっている。


 日本風に言えば冬休みと夏休みの年二回の長期休暇ということになるわけだけどそれには理由がある。日本のように三学期制にして短い休みで分けると生徒が里帰りできない。


 学園は王都にあって国中から高位貴族達が集まっている。俺の領地も王都からみればかなり遠方にあるわけで普通の馬車で移動すれば一ヶ月前後はかかる大移動になってしまう。俺より領地が近い者の方が大半だろうけど中には俺よりもさらに時間がかかる場所に領地がある者もいる。


 そんな中で長期休暇が二週間とかしかなければ何もしようがない。王都で滞在してその間の時間を潰す以外になく里帰り出来ない遠方の領主貴族が大勢出てしまうというわけだ。


 だから出来るだけ多くの貴族が長期休暇で実家に帰れるようにという配慮から四ヶ月授業、二ヶ月休暇、というわかりやすくなるべく纏まった休みが取れるように二学期制となっている。


 アマーリエ主催の夜会があったのが学園が始まってから二ヵ月半後、ヘレーネの夜会が予定されているのが三ヵ月後、つまりヘレーネの夜会が終わればあと一ヶ月ほどで長期休暇ということになる。もちろんその前に学園では日本でもお馴染みのテストがあるわけでテストの成績が悪ければ色々と都合が悪いことになる。


 王立の学園であり高位貴族は家格さえクリア出来ていれば他は無条件で通えるので退学とか留年とかはない。ただし学園での成績というのは卒業してからもずっとついてまわる。その他大勢の中間層ならいちいち何位だったのどうのというのはほとんど言われる心配はない。問題なのは上位と下位だ。


 俺達は女だから別に学園の成績がどうこうというのはあまり影響しない。ほとんどの高位貴族のご令嬢達は卒業後は政略結婚でもして家に入り他のご婦人方と社交場に出向いて交流するだけで良い。むしろそれが女の仕事と思われており社交性や交友関係こそが重視されるのは前にも言った通りだ。


 それに比べて男は学園での成績が仕事に影響してくる。あまりに成績が悪かった者は卒業後に仕事に就こうと思っても学園での成績を引っ張り出されていつまでも低く見られてしまう。逆に学園での成績が良ければ良い役職に就けたり仕事が大して出来なくても優遇されやすい。


 もちろん王城に勤めたりする気がなければあまり関係ない。在地領主として領地を引き継ぎ領地運営を行なうのならば学園での成績がどうこうと言われる筋合いはない。自分の領地だけきちんと治めていれば良い話だ。


 ただ次男、三男などの跡継ぎにはなれそうにない者や法衣貴族や官僚、役人になりたい者などは学園で好成績を修めておく必要がある。そういう者ほど頑張って勉強しているはずだ。


 俺は女だし在地領主としてすでに領地も賜っているわけだから学園の成績でとやかく言われる筋合いはない。そもそも勤め人にはならないんだから誰に評価されたり判断されたりするというのかという話でもある。


 だけどだからって最下位の成績でも良いという話にはならない。カーザース辺境伯家の名を背負っている以上は無様な成績では許されない。少なくとも家名を汚さない程度には良い成績をとっておく必要がある。


 ヘレーネの夜会が終わったら間もなくテストが始まる。最近何かと遊んで……、るわけじゃないな。色々と忙しくて学業が疎かになっているし少し勉強もしておく必要がある。まぁ授業で聞いている範囲はもう十年以上も前に習ったものばかりだし忘れてもいない。


 高度な教育を受けている貴族の子弟達が通う学園だからもっと難しい授業に発展するんだと思っていたけど今の所はそんな兆しもなくとても簡単だ。油断するのはよくないけど今の授業内容程度ならほぼ満点は確実……。いや、待てよ?


 俺がほぼ満点を取れそうだということは他の生徒達も全員がほぼ満点くらい取って当たり前なんじゃないのか?


 日本の学校に通っていた時は高得点の者もいれば赤点の者もいた。点数には相当な振り幅があって成績の差は一目瞭然だった。だけどこの学園のテスト方式はもしかしてほとんどの者がほぼ満点で当たり前のテストなんじゃ?だとすればどこでどうやって成績に差をつける?日頃の態度?提出物?わからない……。


 それにテストは座学と実技となっている。実技って何だ?座学はわかる。日本のペーパーテストと同じだ。でも実技って何?日本では実技のテストなんてなかった。今まであまりテスト対策を真剣に考える暇がなかったから放置してたけどこれってまずいんじゃ……。座学がほぼ全員満点で当たり前だとするとその実技とやらで成績に差がつく可能性が高い。


 やばい!やばいぞ!俺は今までテスト対策を何もしてきていない。そもそも実技というものについても調べもしていなかった。これは非常にまずい。どんな科目のどんな実技試験があるというのか。試験の傾向と対策は?それくらいは調べて準備しておかなければ……。


 俺が今更ながらにテスト対策で焦っていると私室の扉がノックされた。ここはいくつかある私室の中でも寝室だ。こんな時間に俺の寝室に訪ねて来る者は珍しい。イザベラに秘密の任務を任せている時ならこっそり報告に来たりするけど今は特に急ぎの任務も任せていないはずだ。


「はい、どうぞ」


「失礼いたします」


「カタリーナ……?」


 一体誰が何の用かと思ったらカタリーナが静かに入って来た。カタリーナがこんな時間に俺の寝室にやってくるのは非常に珍しい。絶対にないとは言い切れないけどイザベラが来るよりも珍しいくらいだ。何かあったのだろうか。


「どうかしましたか?」


「はい、フローラ様も良いお歳になられましたのでそろそろこちらも習われるべきだと思いまして……。僭越ながらわたくしめがお相手を相務めさせていただきます」


 一体何のことだ?俺が何を習うって?


「カタリーナ?何を言って?」


「良いのです。良いのですよ。さぁフローラ様、こちらへ」


「あっ、あの?」


 何か妖しく微笑んだカタリーナはテーブルに向かって座っていた俺を立たせるとベッドに連れて行った。そして俺をベッドに座らせるとカタリーナもその横にそっと腰掛ける。


 一体どうしたというのか。メイドのカタリーナが俺と並んでベッドに腰掛けるなんてことは今まで絶対になかったことだ。これは一体……。


「さぁフローラ様、体の力を抜いてください」


「え?え?あの?」


 カタリーナがそっと俺を押し倒す。あの……?これって何かそういうことを『致す』時みたいじゃないですかね?


「カタリーナ?これは……」


「フローラ様は何もご心配なさる必要はないのですよ。全て私にお任せください。これからフローラ様に閨事をお教えいたします」


 ねっ、閨事!?それってつまり……。


「それでは参りますね」


「ちょっ!待っ!んっ!」


 俺を押し倒しているカタリーナの手がそっと俺の首筋に触れる。それだけで鳥肌が立つようなゾクゾクとした感覚が背中を駆け抜けて体が硬くなる。静かに首筋に触れていた手が徐々に上に上がってきて俺の頬に触れた。


「フローラ様」


「カッ、カタリーナ……」


 俺の頬を愛おしむようにそっと触れるカタリーナの手は少し冷たい。俺に圧し掛かったカタリーナがじっと上から俺を見詰めてくる。その瞳は熱に浮かされたように潤み頬は赤く上気している。十五歳とは思えない艶やかな表情をしたカタリーナの顔が徐々に俺に迫ってくる。だけど俺は動くことも出来ずにキュッと体を硬くしていることしか出来ないのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] ん?なんで急にこんな展開になったんだ?? ご機嫌取りかな? いいぞもっとやれ [気になる点] 勘違いがひとつ溶けたと思ったら新たな勘違いが………
2023/10/27 05:32 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ