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第十四話「食材探し!」


 散々カタリーナにお姫様扱いされて色々と聞かれたお見舞いも終わり屋敷へと戻ってきている。相当物語のお姫様に憧れているらしく完全に俺をお姫様だと思っていたようだ。子供の夢を壊してはいけないと思って俺は質問の答えを何とか誤魔化しながら答えた。本当の俺の生活なんて知ろうものならイメージのお姫様像とはかけ離れすぎているからな。


 『本日は妹のためにありがとうございました』と礼を述べるヘルムートを下がらせて考える。お見舞いの最中に食事風景も観察するために一緒に昼食を摂ったけど食べた量も少なくいつもほとんど同じメニューだと言っていた。これはもう恐らくあれだろう。


 幼少の頃からずっとカタリーナを苦しめている病気の正体、それは小食と偏食による栄養失調と虚弱体質じゃないだろうか。


 下級とはいえ裕福なはずの貴族様が栄養失調になどなるのかと思うかもしれないけど地球での昔の貴族にも栄養失調による病気が普通に蔓延していた。貴族の場合は食糧も得られず飢えて栄養失調になるのではなく好き嫌いで偏食になってたくさん食べているのに栄養が偏り病気になるパターンが多かったようだ。


 現在でこそ医学や栄養学が発達してバランスの良い食事を食べる方が良いというのは誰にでも浸透している。だけど医学や栄養学が発達したのはほんの百年、二百年前の話にすぎない。こんにちでは日本人のほぼ誰もが知っているであろうビタミンですら発見されたのは明治末期頃になってからだ。


 もちろんそれ以前からおばあちゃんの知恵袋や民間療法的にどういう時に何を食べたら良いとか、これを食べたら体が丈夫になるだとかそういうものはあった。だけど迷信的なものも多く科学的根拠がないどころかまったく効果がなかったり、却って逆効果なこともたくさんある。


 当然飽食な貴族様ならば飢えとは無縁だろうけど逆に好き嫌いを言える立場でもあるために庶民なら食べられる物は何でも食べて自然と食事のバランスが取れているところを、偏食になって栄養が偏り様々な病気や体調不良に悩まされていた。


 今日のカタリーナの食事を見る限りでは食事のメニューに問題があるのは確実だ。毎食ほとんどあのようなメニューでは体調不良の原因の一つなのは間違いない。もしかしたら他にも病気等があってカタリーナの体を蝕んでいるのかもしれない。それは俺には知りようもないけど食事を改善するだけでも今よりは絶対にマシになるだろう。


 ただそうは言ってもどうすれば良いかということが難しい。ヘルムートの実家だってただ何も考えずに娘に偏食させ続けているわけじゃないだろう。最初の頃は他の物も食べさせようとしただろうし、そもそもじゃあ何を食べさせれば良いのかということがわからない。


 症状の感じからしてたんぱく質とかカルシウムとかビタミン類を摂らせた方が良いんじゃないかということは想像がつく。他にも不足している物はあるかもしれないけど難しく考えなくてもバランス良い食事を摂らせれば良いと言うだけなら簡単だ。


 問題なのはじゃあバランスの良い食事のメニューとは何だ?ということだ。ここは地球と違う。全てまったく同じ食材や調味料があるわけじゃない。成分表もなければカタリーナが不足している栄養素が何なのかもはっきりわからない。カタリーナが何でも食べてくれるのなら適当に毎日違う物を食べさせれば良いけど好き嫌いが多い偏食なカタリーナが何でも食べてくれるのならそもそも栄養失調も虚弱体質もなっていないだろう。


 そして次に仮に色々な食材や調味料を食べさせて栄養失調を改善しようと思ってもどうやって食べさせるかということだ。嫌いだから食べてくれないのに無理やり口に詰め込もうとでも言うのか。それから俺は試してないからわからないけど何らかのアレルギー等があって食べられないのかもしれない。


 無理に何でも食べさせるのではなく少しずつ様子を見て、ただの好き嫌いなのか、アレルギーで食べられないのかも調べる必要もあるんじゃないだろうか。


 そもそもこの世界は地球と、いや、超飽食だった日本と比べたら圧倒的に貧しい。侯爵家に匹敵する、あるいは上回りすらしている辺境伯家の食卓ですら並んでいるメニューは悲しくなるほど寂しいものだ。


 調味料など塩、砂糖、オリーブオイルのような油、ワインビネガーのような酢、ハーブや香草類、あとは煮込みに使うワインくらいじゃないだろうか。俺も厨房にはほとんど入っていないから他にも何か使っているかもしれないけど出てくる料理を食べた感想ではその辺りくらいしか思い浮かばない。ソース類もなければ香辛料ですら見たことがない。


 料理や調味料が発達しているというのはそれだけ裕福な証だ。その日食べる物もないような国や世界では料理も調味料も発達しない。食えないと思われている物でもどうにかして食える工夫や保存食に関する知恵や技術は発達するだろうけど食事を楽しむということはそれだけでもとんでもなく贅沢な話だ。


 まぁそうは言ってもただない物ねだりをしていても何も解決しない。たんぱく質やカルシウムは牛乳や卵とか、ビタミンなら野菜や魚や豚肉という所だろうか。ただのイメージだから絶対に合ってるかどうかわからないけど一般人のいい加減な知識で思い浮かぶイメージとしてはこんなもんだ。


 日本でならばこれらは簡単に手に入る。それらしい食材を集めて飽きないように色々な料理をしていけばそのうち栄養失調は改善されて虚弱体質は治るだろう。問題はこの世界ではそれらがないということだ。似たような物ならある。ただまったく同じだという保証はない。


 例えば同じ地球の卵でも鶏卵かそれ以外かで成分が違うかもしれない。主成分としては似たようなものだろうけどまったく同じではない以上はそれぞれの成分がわかっていなければ栄養士だってどれが良いだ悪いだとは言えないだろう。


 そして肉や野菜はある程度何とかなる。地球と同じ物かどうかはともかく俺達が普段食べていて栄養失調になっていないんだから必要栄養素は摂れているんだろう。それよりも牛乳や鶏卵といった良質な栄養豊富な食材や魚類がほとんど手に入らないのが問題だ。


 好き嫌いの多いカタリーナに色々な食材を食べさせるには調理方法と調味料が重要だ。その中で栄養豊富で使い勝手が良い牛乳や鶏卵が使えないというのは非常に苦しい。料理の幅も限られてしまうし代わりの栄養源がわからない。


 鶏卵に似たような物があることは知っている。家の料理ですらほとんど出てこないけど確かにある。ただし利用方法は限られてしまう。現代地球でも生でも鶏卵が食べられるほど衛生が徹底されているのは日本くらいしかない。外国では生卵を食べる習慣がないのではなくそもそも生では食べられないから食べないんだ。


 生卵を食べる日本人には信じられないかもしれないけど現代地球の先進国と言われる国々ですらその有様なのに地球よりも文明的には遅れているであろうこの世界で生卵なんて食えない。生産農家の朝の取れたてならいざ知らず世間的には流通させることも出来ないような状態だ。


 俺は基本的に家から出られない。町へ出て食材探しは出来ないから町の食材集めはヘルムートとイザベラにしてもらう。俺は家の裏の森に入って自然の食材を探す。町には出られないけど森の奥なら入っても何も言われない。それどころか訓練だからと無理やり放り込まれたことが何度もあるくらいだ。


 これからの方針が決まると何だか少しだけ気持ちが楽になった。今日はもう眠って明日から頑張ろう。




  =======




 カタリーナのお見舞いに行ってから二週間、俺は、いや、俺達は色々な食材や調味料を集めまくった。厨房に勝手に入ると家の料理人に何か言われそうだからヘルムートとイザベラに色々な物を買ってきてもらって裏庭の練兵場のさらに奥に作った野外調理場で試食を繰り返す。


 別に俺が食い意地が張ってるわけじゃない。どういう食材や調味料があってどんな味なのかわからなければ調理のしようもない。だからまずは味見してからどう料理すれば良いか考える。この辺りで手に入る調味料はやっぱりほとんど俺が予想した程度のものしかなかった。


 野菜は大体地球と似た物があるからそれほど困らない。肉に関しても日本語に翻訳すればこちらで牛肉と呼ばれる物はある。ただしこちらの牛は日本でイメージする和牛やホルスタインとは違う。地球だとバイソン辺りが一番近い表現だろうか。


 立派な角に巨大な体格、凶暴な性格でむしろ向こうから襲い掛かってくるような危険な動物だ。イメージで思い浮かぶようなホルスタインのようなのんびりのほほんとしたような動物とは断じて違う。もちろんホルスタインもイメージであって実際に世話をしてみれば案外凶暴なのかもしれないけど……。


 ただ牛乳や鶏卵らしきものはやっぱりほとんど手に入らない。牛乳の代わりの乳はあるけど必要栄養成分的に問題ないのかどうかは未知数だ。とはいえ料理には牛乳があるとないとでメニューに大きな違いが出るから成分云々関係なく使いたい。ただし量はそれほどないし常に手に入るとも限らないようだ。


 卵はあるけど飼育している所で毎朝取れたての物くらいしか手に入らない。カーザーンでも飼育している所は僅かしかなく言えば優先的にまわしてもらえるであろうカーザース辺境伯家でもそうそう手に入らない。


 そういうわけで俺は鶏を飼うことにした。これも日本語に翻訳しているから鶏と言ってるけど実際には地球の鶏とは少々、いや、結構違う。本来鶏を飼育している目的は卵ではなく肉なので卵を食べられるのなんて本当に飼育している者かその近辺の者達だけに限られる。


 俺は締められる前の生きた鶏を数羽買ってこさせて裏の森に作った鳥小屋で飼っている。本当なら牛も飼いたい所だけどさすがに世話が難しい。実は鶏の件も父には黙っているからな。いくら何でも牛を飼えば大掛かりになりすぎて絶対にバレる。


 鳥小屋の回りは上まで囲っている。その囲いの外にも上は囲っていないけど柵で囲われたスペースがあって放し飼いに出来るようにしている。夜などの人が見ていない時は小屋の方に入れて天敵や他の動物に襲われないようにし、朝になると俺達の誰かが外の柵内へと放して放し飼いだ。


 これならあまり知識がなくても鶏が勝手に歩き回って餌を食べるだろう。簡単な飼育方法はヘルムート達が買ってきた時に聞いてきてくれているけど所詮は素人だからな。


 ようやく野菜、肉、乳、卵と欲しい物は大体揃った。贅沢を言えば魚も欲しかったけど領都カーザーンは海が近くないから海魚は滅多に手に入らない。川魚ならたまには手に入るけど下流である町の近くで獲れる魚は少々臭みが強い。森の奥の上流の魚はマシなものもいるけど獲りに行く者があまりいないから滅多に手に入らない。


 たまに俺が森に入ってサバイバルさせられている時に手に入ることもあるから、機会があれば俺が自力で持ち帰ってくるのもいいだろう。何にしろ今すぐ手に入れるとか安定して好きな時に手に入れるということは無理だ。


 料理の目処が立ったから次はまた父の所へ行かなければならない。今までは俺のお願いも何度も聞いてくれたけど今度はどうだろうか……。少々難しいかもしれないお願いに内心ドキドキしながら父の執務室へと向かったのだった。




  =======




 父の執務室にやってきた俺は机の前に立つ。当たり前だけど今日もマリウスがいる。父が内緒の用件で俺を呼び出した場合は事前に人払いしているけど俺が訪ねた場合はほぼ必ずと言っていいほど誰かがいる。まぁ別にマリウスに聞かれて都合が悪いわけでもないので気にすることはない。


「父上、実はお願いがあって参りました」


「……こそこそと森の奥でやっていることと関係がある話か?」


 あぁ~……、やっぱりバレてますよねぇ……。別に俺も隠そうとしていたわけじゃないからな。臭いと鳴き声がうるさいかもしれないから離れた場所で飼っていただけで隠すつもりならもっと本気で隠そうとする。俺達三人のうちの誰かが毎日のように森の奥に入って世話をしていたんだから少し観察していればすぐに森の奥のものに気がつくだろう。


「関係はあると言えばありますが……、あれは今からするお願いのために必要だから準備していたものであってあれそのものがお願いに関係しているわけではありません」


「ほう……、ならば何だ?」


 目を細めた父がじっとこちらを窺うように見ている。内心を探られているようで居心地が悪いけど焦ったり目を逸らしては駄目だ。落ち着いて用件を述べる。


「ヘルムートの病気の妹、カタリーナを我が家で治療したいのです。ですのでカタリーナに部屋と食事を与える許可をいただきたく参りました」


「ヘルムートの妹とやらの病気をフローラなら治せるというのか?」


 良いとも駄目だとも言わず質問をぶつけてくる。ここで言葉を誤れば全てが台無しになってしまう。慎重に間違えないように言葉を選ぶ。


「必ず治せるとは言い切れません。ですが改善する可能性が高い方法はあります」


「ロイス家の者達とて娘の治療に何もしなかったわけではなかろう?医者でも治療魔法使いでも治せなかった病気を何故フローラが治せるのだ?」


 ロイス家とはヘルムートとカタリーナの家名だ。ヘルムート・フォン・ロイスがヘルムートのフルネームとなる。


「別に私の考えは難しいものでも誰も知らないものでもありません。ヘルムート達もこの方法を試そうとは思ったかもしれません。ですがある事情により断念したのだと思います。それをどうにかする方法を試したいのです」


「その娘の病気とは何だ?この家で治療するとは言うが我が家の者にうつったりはしないのか?」


 病気がうつるかどうか気にするということは引き受けた場合のことを考えているということだ。これならばもう少しで許可がもらえるか?


「病名はありません。強いて言うならば『栄養失調』とでもいいましょうか。食べ物が偏ることによって起こる体調不良のようなもので長期間続くと体が弱り他の病気にも罹るためにただの好き嫌いと思って放置して良いものではありません。本人の食べ物の問題なので他人にうつるような病気ではなく治療には長い時間がかかりますが食事の改善により徐々に治すことが出来るはずです」


「なるほど。確かにそのような言い伝えや風習は確かに存在する。しかしそれで病気が治るかと言えばそれは証明されていない。それに食事の改善で治るというのならば我が家に連れてくる必要はあるまい?ロイス家にそれを伝えて食事を変えれば良い」


 お婆ちゃんの知恵袋的なものや迷信の類として確かにこの世界でも民間療法的に食べ物にまつわる病気治療法のようなものがある。日本で言えば風邪の時に梅干が~、とか、ねぎを~、とかその手の奴だ。効果もはっきりしないどころか効果がないようなものもあって完全に信じているような者は滅多にいない。治れば良いなくらいのおまじないのようなものだ。


 それに父の言う通り栄養失調ならばわざわざうちに連れてこなくてもヘルムートがちゃんとした食事を与えれば済む話ということになる。だけどそうは出来ないからこそ俺はカタリーナを家に呼びたいと言っているんだ。


「先ほども申し上げた通りヘルムートの実家でも食事を改善しようとはしたはずです。ですがそれで絶対に治るとも限らない中で好き嫌いの激しい子がそう言われたからといって素直に食べるようになるでしょうか?ならなかったからこそ今もカタリーナは偏食が直らず栄養失調も治っていないのです」


「それを我が家に連れて来てフローラが食事を与えれば改善出来ると?」


「人間が生きて成長するためには必要な食べ物というものがあります。それを嫌いだからと食べずにいるとカタリーナのように必要なものが足りずにバランスを崩し『栄養失調』になるのです。私ならばカタリーナが必要な食材を食べさせることが出来ます」


 これは半分ハッタリだ。本当は俺が考えている物だけで栄養が足りるのか不安で仕方がない。地球の食材だったらある程度はバランスのとれた食事のメニューも考えられるけど、成分がわからないこの世界の食材じゃそれで足りているかどうかは賭けでしかない。


 でもだからこそ俺が症状を見ながら色々と足りなければ追加していかなければならないと思う。俺以外の者でこの世界でそこまで考えが到っている人物は存在しないだろう。


 そしてこの世界の料理はあまりおいしくない。ほとんど塩味だけか、精々香草やワインで煮込むくらいだ。宮廷料理ならまた違うのかもしれないけど辺境伯家の食卓ですらそんなレベルだから高が知れている。


 俺なら地球の料理を参考にこの世界にはない味付けの料理を作れる。好き嫌いの多い子供でも苦手なものを食べさせる料理は日本の親も色々と考えていた。


「いいだろう。ただしロイス家の娘の容態は私のかかりつけの医者にも診せる。長く症状が改善しないようならば途中で帰らせることもあることは覚えておきなさい」


「はい!ありがとうございます父上!」


 やった!まさかの許可が下りた!ヘルムートとカタリーナには何も言ってないけどこれから伝えに行かなければ!



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