第百三十五話「真の婚約者候補!」
ルートヴィヒのお茶会に呼ばれて面倒なだけだと思っていたけど思わぬ出会いもあった。まず一つ目はこの小っちゃくて可愛い生き物だ。ルートヴィヒに『おにいたま~』とか言ってしがみ付いているこの可愛い生き物は一体なんだというのか。
エレオノーレと名乗ったこの女の子はルートヴィヒの同母妹らしい。歳の頃は三、四歳くらいかな?ルートヴィヒとは随分歳が離れている気がするけど絶対あり得ないというほどでもないだろう。
俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃないけどこのエレオノーレはとても可愛い。別に恋愛や性の対象という意味じゃないぞ。俺はロリコンじゃないからな。ただトテトテと歩いてルートヴィヒの足にしがみ付いているその姿はとても可愛らしい。もういっそ連れて帰りたい。
ルートヴィヒと結婚するくらいならエレオノーレと結婚したい。いや、だから俺は別にロリコンじゃないし恋愛や性の対象としては見てないけどね?結婚してやらしいことをしたいという意味じゃなくて連れて帰って一緒に暮らしたいという意味だけだからね?
それからもう一人。丁度俺がルートヴィヒの結婚相手にどうだろうかと思っていた一人であるマルガレーテ・フォン・グライフ。俺達より少し年上だけど同世代で有力貴族の美姫として有名だそうだ。俺はつい最近まで知らなかったけど……。
出自としてはまったく問題ない。むしろ俺なんかよりよほどルートヴィヒの婚約者に相応しいだろう。何故今まで彼女の名前が出てきていないのか不思議だ。あるいはルートヴィヒが断ってきた相手の中に彼女の名前もあるのかもしれないけどそれは俺にはわからない。
「ルートヴィヒ殿下とカーザース様のお時間をお邪魔してしまい申し訳ありません。さぁ行きましょうエレオノーレ様」
マルガレーテがエレオノーレを連れて行こうとする。だけどエレオノーレがルートヴィヒの足を掴んで離さない。
「やぁ!おにいたまといるのぉ!」
「かわいい~!グライフ様、エレオノーレ様もこう言われていることですしお急ぎでないならばグライフ様もご一緒にいかがですか?」
エレオノーレたん可愛い!って違う。いや、違わないけど、そうじゃなくて……。折角マルガレーテまで捕まえることが出来たんだ。このまま帰すのはもったいない。何故マルガレーテがここにいるのかは知らないけどルートヴィヒの婚約者に仕立て上げるためにももっとルートヴィヒと一緒に居てもらう必要がある。
「私のことはマルガレーテで良いですよカーザース様」
「それでは私のこともフローラとお呼びくださいマルガレーテ様」
よしよし。まずは親しくなって、俺はエレオノーレと遊んでマルガレーテはルートヴィヒとイチャイチャするが良い。これなら誰も損をしない。まさにウィンウィン。
「マルガレーテは母上に呼ばれて来たのだろう?ならば母上の下へ向かう方が良いんじゃないか?」
こらルートヴィヒ!余計なことを言うな!
でも王妃に呼ばれて来たんだったらここで遊んでいたら怒られるかもしれない。流石に王族相手に待たせてまでここに居てくれとは言い辛いな。
「フローラ様がそう言ってくださるのであれば少し休ませていただこうかしら。ルートヴィヒ殿下はあのようないけずなことをおっしゃいますがよろしいですよね?」
お?お?何だ何だ?元々良い雰囲気じゃないか。この二人かなりの顔見知りみたいだな。マルガレーテはチラチラと俺の方を見てくる。若干目つきが悪くなってる気がするけど目が悪いのかな?近眼だと遠くを見るのにしかめっ面になったりしやすいしね。
「さぁどうぞマルガレーテ様」
俺が席を勧めるとマルガレーテが座った。ルートヴィヒが主催者なのに俺が勝手に決めてるけどいいんだ。ルートヴィヒに任せていたらうまくいかない。俺がこの二人の間を取り持って何としても結婚させる。
バイエン家のヘレーネは少々残念な女の子だ。俺はまぁああいうのも嫌いじゃないけどちょっと露骨すぎる。せめてもうちょっと可愛げがあってあそこまで腹黒じゃなければルートヴィヒを釣ることも出来たかもしれないけど、今のヘレーネじゃ少々ルートヴィヒを釣り上げるには力不足だろう。
その点マルガレーテは良い。まだ全然知らないけど正統派ヒロイン風だしルートヴィヒとも親しそうだしまさにルートヴィヒ物語のメインヒロインに相応しい。家柄、物腰、何も欠点らしきものが見当たらない。これで幼馴染とかだったら完璧だ。そして二人の感じからして恐らく俺の読みは間違いないだろう。
「マルガレーテ様とルートヴィヒ殿下は昔からお知り合いなのでしょうか?」
マルガレーテがお茶を飲んだのを確認してからそう声をかける。ニコニコが止まらない。うまくすれば婚約をなすりつけ、じゃなくて、任せられる人が現れたかもしれないと思うとどうしても勝手に顔が笑ってしまう。
「ええ、そうですね。ルートヴィヒ殿下が産まれた頃よりの仲……、とでも言えば良いのでしょうか。ねぇ?ルートヴィヒ殿下?」
マルガレーテが俺の方を見ながらそう言ってくる。やっぱりちょっと目つきが悪くなってるように感じる。目が悪いんだったら今度メガネでも作ってあげようかな。折角美人なのに目つきが悪いと印象も悪くなってしまう。こういう時目が悪いと損だと思う。
「ちょっと自分が年上だからって……。マルガレーテだってどうせ俺が産まれた時の頃の記憶なんていないんだろう?」
お~お~、良い感じじゃないか。これこそ幼馴染という感じだ。家同士の付き合いなのか相当昔から何度も顔を合わせているんだろう。でなければここまで気安い雰囲気にはならないはずだ。何だルートヴィヒの奴。俺なんかよりよほど婚約者候補らしい相手がいるじゃないか。
「お二人はお話があるようですのでエレオノーレ様は私とおしゃべりしましょう?」
「やぁ!」
ガーン……。ルートヴィヒとマルガレーテが言い合っているからその隙にエレオノーレと仲良くなろうと思ったのに取り付く島もない。そういえばここまではっきり拒絶されたのは今生になってから初めてだろうか。
今までは善意にしろ悪意にしろ俺を無視したり拒絶したりするような相手はいなかった。そういう意味ではとても新鮮な気分だ。まぁ拒絶されて喜ぶような趣味はないからうれしくはないけど……。
「んっ……、しょっ……」
エレオノーレがルートヴィヒのお茶請けを取ろうと手を伸ばしている。だけど見ていてあぶなっかしい。テーブルの下から手を伸ばしているけどお茶をひっくり返したら火傷しかねない。ルートヴィヒは気が回っていないようだしどうにかした方が良いだろう。
「失礼いたしますねエレオノーレ様」
「あぁっ!やぁっ!」
俺が抱え上げるとエレオノーレは嫌がって暴れそうになったけどすぐに椅子の上に座らせる。この椅子の上からならテーブルの上も辛うじて見えるだろうしお茶をひっくり返すことなくお茶請けのクッキーも食べられるだろう。
「はい、どうぞ」
「くっきー!あいあとー!」
俺が自分のお茶請けの皿を差し出すと満面の笑顔でそう言ってくれた。可愛い。本当に連れて帰りたい。ルートヴィヒはいらないんでエレオノーレと代えてください。
「でもクッキーだと喉が渇きますよね。エレオノーレ様にならプリンでも持ってくればよかったですね」
「ぷりん!ぷりんすきー!」
俺がプリンの話を出すと途端に食いついてきた。やっぱりヴィルヘルムは持って帰ったプリンを家族に披露したんだろう。俺が作ったものを好きと言ってもらえるとうれしいな。
「ぷりんたべるー!ぷりんー!」
「こらエレオノーレ。わがままを言うな。フローラが困っているだろう!」
「いえ、困ってはいませんよ。少々お時間をいただけて厨房をお借り出来るのでしたらプリンを作って参りましょうか?」
そうだ。これは良い。ルートヴィヒとマルガレーテを二人っきりにして俺とエレオノーレでプリンを作りに出て行けたら最高だ。まぁ王女様に料理をさせるとかは無理だろうから作るのは俺一人だろうけどね。
「え!?何故フローラ様がプリンを御存知なのですか?」
んん?マルガレーテが変な所に食いついてきた。何故って俺が作ったんだから知ってるに決まっている。それよりむしろ俺は何故マルガレーテが知っているかの方が疑問だ。そしてその答えは大体わかる。
ヴィルヘルムが持って帰ったプリンの数は八個。そして王城に住む王族の人数は七人。王様に王妃二人に子供四人だ。ではもう一つは?
これは俺の想像だけどマルガレーテは前から王城に滞在しているんじゃないか?そして食事も王族達と共にしている。だからマルガレーテの分も含めて八個欲しかった。そう考えればヴィルヘルムが八個持って帰ったのもマルガレーテがプリンのことを知っているのも説明がつく。
そして何よりも素晴らしいのがマルガレーテが王城に滞在して王族と一緒に食事するような仲だということだ。これはもう王様や王妃様公認の仲というやつじゃないですかね?
「プリンは私が作った料理だからですよ。ね?ルートヴィヒ殿下、エレオノーレ様もこうおっしゃっていますしお願いします」
「う、む……。……はぁ、仕方が無いな」
ルートヴィヒが口添えしてくれたお陰で俺は厨房を借りることが出来た。ただし毒を入れないように監視するためか宮廷料理人達が俺の調理を見張るという条件付きのようだ。しかもルートヴィヒの口添えだけじゃ無理だったようで王様にもこのことがバレたので俺はまた大量のプリンを作る羽目になった。
その代わりと言っては何だけどルートヴィヒのお茶会は有耶無耶になって抜け出せることになったし、マルガレーテとルートヴィヒをくっつけられそうだという良い情報も手に入った。
いつもなら大量のプリンを作らなければならないと愚痴の一つでも言ったかもしれないけど今日はルンルン気分で調理出来たのだった。
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プリンは熱したり冷ましたりしなければならないから調理の工程が少ない割には時間がかかる気がする。それでもあっという間に二十個の仕込みが終わり俺お手製の即席冷蔵庫で冷やしている最中だ。
まぁ冷蔵庫と言ってもそれほど凝ったものじゃない。ただ魔法で出した氷の冷気で冷やしているだけという単純なもので、冷やし方だって上に氷を置いて冷気が下に溜まるのを利用して冷やしているだけに過ぎない。
昔の上に氷を入れる冷蔵庫も考えたけど俺以外に中々定期的に氷を魔法で作って入れられる者がいないから諦めた。市販しても氷の補充がネックになる。うちで使うにしても俺が不在の時は氷を作れる魔法使いもいないから役に立たない。というわけで結局考えただけで実用化には到らず冷やしたい時は棚状の物の上に氷を置いて下に冷やしたい物を置いて周囲を囲い下に溜まる冷気で冷やす程度に留まっている。
それでもこの世界では冷蔵庫がないために冷えている物というのは非常に珍しい。こんな冷やし方でも十分に驚くべき温度まで冷やされているというわけだ。
最初に作ったものはもう十分に冷えているのでプリンを四つ持ってサロンに戻る。結構時間がかかったからエレオノーレがプリンプリンと相当騒いだらしいけど俺はその場にいなかったから知らない。
「お待たせいたしました。さぁどうぞ」
「ぷりんーー!」
俺がお皿の上でプルプル揺れるプリンを持っていくとエレオノーレはすぐさま食いついた。そしてサロンには当初の三人以外にも人が増えている。一人は御存知髭面のおっさんヴィルヘルム。もう一人は綺麗なお姉さんだ。
「あの……、こちらの方は?」
俺がおずおずと尋ねると今更気付いたかのようにヴィルヘルムが応えた。
「おお、フローラは初対面だったか。妻のエリーザベトだ」
「エリーザベトよ。よろしくねフローラさん?」
「……は?」
一瞬頭が真っ白になって呆ける。妻?国王の妻のエリーザベトさんと言えば正室で元シュヴァーヴェン公爵家のエリーザベト王妃様でしょうか?
「あっ、私はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースと申します。本日はご拝謁賜り……」
「待ってちょうだいフローラさん。今日はそのように畏まることはないのよ。フローラさんがプリンを作ってくださっているというからやってきたの。公の場ではないのだからもっと普通に接して欲しいわ」
そう言ってエリーザベトはにっこり微笑んだ。綺麗だ。到底十六の息子がいる歳には見えない。とても若くて綺麗で気が利く良い奥さんだということはわかった。第二王妃との落差がひどすぎる。
「ありがとうございます。……あっ!申し訳ありません。持って来た数が足りませんでした。すぐに持って参ります」
俺は四個しか持ってこなかった。俺の分はいらないとしても五人分必要だ。マルガレーテの分も後回しということになり一先ず持って来た四個は王族達の前に並べられた。そして持って来た直後からすぐに食べ始めていたエレオノーレは口の周りにカラメルをつけながらもおいしそうに俺のプリンを食べてくれていたのだった。とても可愛い。