第百三十話「一件落着?」
ナッサム家でアレクサンドラの母ガブリエラを乗せてカーザース邸へと戻ってきた俺はようやく少しは肩の荷が下りたと腕を伸ばした。
「う……ん……、はぁ……。ようやく肩の荷が下りました……」
「私達のためにお手を煩わせてしまって申し訳ありません」
そんな俺を見てガブリエラが頭を下げる。そういうつもりで言ったわけじゃないけどガブリエラからすればそう受け取れたのかもしれない。
「いえ、決してそのようなつもりで言ったのではないのです。リンガーブルク家はカーザース家の寄子なのでカーザース家が手を差し伸べることは当然のこと。そして何よりもアレクサンドラは私の友なのです。友を救うことは当然ではないですか」
そう言ってアレクサンドラに視線を向けると少し赤くなってモジモジしていた。可愛い……。前世の俺は別に悪役令嬢とかを応援するタイプじゃなかったけどアレクサンドラのせいでこれからは悪役令嬢側を応援する属性が追加されてしまったかもしれない。
もちろんアレクサンドラは悪役令嬢とは正反対というほど、むしろ内面的には正統派ヒロインと呼んでも差し支えないほどのご令嬢なんだけど……、だけど……、その意地悪そうと言ったら失礼かもしれないけど悪役令嬢顔だけはどうしようもない。目つき等のせいだろうか。どうしても性格がきついような印象を受ける。
「ただ今回は失敗するわけにはいかなかったので……、無事にアレクサンドラとガブリエラさんを助け出すことが出来てよかったです」
「はい、ありがとうございました。今後娘は一生フローラ様に誠心誠意お仕えするよう申し付けておきます」
おいおい……、だからそういうことじゃないだろう……。
「先ほども申し上げた通りアレクサンドラは私の友人なのです。そのような堅苦しい付き合いなどしたくありません。それからガブリエラさん?私とガブリエラさんの仲もそんな堅苦しいものではなかったはずですよね?フロト・フォン・カーンとして訪ねていた頃のように接してください」
俺がカーン騎士爵としてリンガーブルク邸を訪ねていた時はガブリエラももっとラフな感じだった。今まで長い年月の距離があるとしてもこんな態度で接されたら悲しい。
まぁこの親娘が大変な時に俺は自領でのうのうと暮らしていたわけで思う所やしこりくらいはあるかもしれないけど……。それでもやっぱり昔のようにして欲しいというのは俺のわがままだろうか。
「そんな恐れ多い……、などとは申しませんよ?一度でもそうなれば今後私はフローラ様に対して娘の友人として接します。それでもよろしいのですか?」
「ええ、もちろんです」
俺がそう言うとようやくガブリエラはリラックスした表情を見せてくれた。
「それでは娘ともども今後ともよろしくお願いしますね」
ガブリエラの言葉に俺も応える。リンガーブルク家は王都に屋敷がない。本来であればカーザース家臣団の王都勤務の者達が利用する施設があるけど今のリンガーブルク家の状況からしてそんな場所に行かせるのもまずい。
いくら何でもすぐにリンガーブルク家の者に危害を加えようとする者がそうそういるとは思えないけど安全とも言い切れない。最低でも身の安全が確保されるまではカーザース邸で預かることになった。
「さぁ、それでは行きましょうアレクサンドラ」
「はい、フロト……。それともフローラの方が良いのかしら?」
「私生活ではどちらでも良いわよ。でも学園ではフローラでお願いね」
この屋敷内でならば一応どちらで呼んでいても問題はない。ただ公式な場ではきちんと使い分ける必要はある。特に学園では俺はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースでなければならない。学園でフロトとして振る舞うのは駄目だ。
その辺りのことは少し説明すればアレクサンドラもすぐに察してくれる。高位貴族であり常識人でもあるアレクサンドラなら詳しい説明は不要だ。
「それよりもこの屋敷にはアレクサンドラに見せたいものがあるの。さぁ行きましょう」
「何かしら……?」
俺はこの後のイベントを想像してニヤニヤが止まらない。何も知らないアレクサンドラは俺に促されるままカーザース邸へと足を踏み入れたのだった。
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屋敷の中を軽く案内した後で俺は目的の場所にやってきていた。そこはかつて庭だった所に増設された新しいスペースだ。まだ本設は完成していないので仮設のものだけどそれでも目的は十分に果たせる。
「ここがお風呂よ」
「お風呂……」
そう。俺がアレクサンドラを連れてきたのはカーザース邸でも自慢のお風呂だ。そもそもお風呂があまりないこの国に比べたら仮設でも十分すぎるほどのお風呂が備わっている。ここでお風呂の入り方や道具類の使い方を説明しつつ一緒に組んず解れつ、お互いに洗いっこしたりなんかしたりして!ムフフッ!
アレクサンドラのあのたわわに実った大きな膨らみをこう……、下から手を差し入れたり、深い谷間を冒険したり、山頂に実る果実を目指したり、想像するだけでもう堪りません!
「さぁ!それでは入り方や道具の説明をしつつ一緒に……」
「アレクサンドラ様とガブリエラ様には私からお風呂についてご説明いたしましょう。今夜は親娘水入らずでお風呂に入られてゆっくりお休みください」
「ありがとうございます。それではアレクサンドラ、フローラ様のご好意に甘えて一緒にお風呂をいただきましょうか」
「はいお母様。それではフローラ、少し失礼しますね」
そう言ってアレクサンドラはガブリエラと二人でカタリーナに連れられてお風呂に入って行った。もちろん服を着たままカタリーナに色々と説明を受けるためだ。これでもう今更俺も一緒に入りますなんて言えない……。
おいぃっ!カタリーナさんっ!?何てことをしてくれたんだ!?俺のこのリビドーはどうすれば良いというのか!
「あぁ、それからフローラ様、フローラ様の私室で訪ねて来た人達が待っていますのでそちらの対応をお願いします」
雑!おかしい!カタリーナの俺の扱いが雑すぎる!一度入って行ったお風呂場からひょっこり顔だけ出してさっさと部屋に行けとばかりに言うこの態度は何?俺何か悪いことした!?
まぁカタリーナに逆らうと後が怖いしこんな時間に俺の私室に通してあるということは相手が誰かもわかるというものだ。人達と言っていたから恐らくあの二人だろう。もうここに居てもパラダイスは拝めないと理解した俺は未練を断ち切って部屋へと向かったのだった。
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自室に着いた俺を待ち受けていたのは予想通りの人物達だった。
「おかえりフロト」
「おかえりなさい」
「はい、ただいま戻りました、クラウディア、ルイーザ」
カタリーナが俺の私室に通していた時点でいつもの四人のメンバーのうちの誰かしかあり得ない。他の者をカタリーナが勝手に俺の私室に入れることはないからだ。そしてミコトとは別れたばかりなのだから残るはこの二人しかいないということになる。
恐らくアレクサンドラ救出作戦のことが気になって訪ねてきたのだろう。この二人は夜会には参加出来ないし色々協力はしてくれたのに何も知らせないままというのも酷というものだ。
「夜分遅くにごめんね。でもやっぱりどうしても気になっちゃって……」
ルイーザが謝りながら上目遣いにそう言ってくる。これは破壊力がやばい。女の子にこういう風にされたら何でも言うことを聞いちゃう男の気持ちが今更ながらに理解出来た。こんな風に言われたら何でも許しちゃう!
「明日には結果がわかるとはわかってたんだけどね。どうしても少しでも早く知りたくてさ」
「お二人にも協力していただいたことですし知りたい気持ちもわかります。またお二人には知る権利もあるでしょう。それでは少しお話しましょうか」
夜分遅くとは言うけどそれはこの世界基準での話だ。元の世界でならば今の時間くらいなら外を出歩いている者だってザラにいただろう。明日の生活に差し障る可能性はあるけど二人の気持ちもわかる。
俺だって別に二人に秘密にするつもりなんてないわけで先ほどまでの夜会での出来事をある程度掻い摘んで二人に聞かせた。
俺の感覚からすると夜遅いというほどではないけど一応夜だからカフェインが含まれていないタンポポ茶を飲みながら三人で話しているとカタリーナもやってきた。どうやらアレクサンドラ達にお風呂の説明を終えて戻ってきたようだ。
カタリーナが戻ってきたのでさらに四人で話を続ける。別に隠し事をしようと思っているわけじゃないけど機密上クラウディアやルイーザに言えないこともあるからその辺りはカタリーナと認識を共有しておく。俺があえて話していない部分はカタリーナも理解しているだろう。それだけでカタリーナは察してくれるはずだ。
そうこうしているとあっという間に時間が過ぎたようでイザベラに連れられてアレクサンドラとガブリエラがやってきた。ガブリエラは俺に挨拶してこの場に揃っていたメンバーがリンガーブルク家救出に協力してくれたのだと知ると皆にも礼を述べていた。
それが済むとガブリエラは部屋を出て行き父や母の下へ向かったようだ。アレクサンドラも父や母の下へ一緒に向かうかと思ったけどどうやらもう礼は先に言ってきたらしい。それはそうか。俺より先に父や母の下へ行くのが先だわな。
そんなわけでアレクサンドラは俺の私室に残り他のメンバーと面通しが行なわれる。
「アレクサンドラ・フォン・リンガーブルクです。当家のために手を尽くしてくださったこと心よりお礼申し上げます」
アレクサンドラがそういって動くとフワリと良い匂いがした。お風呂上りの良い匂いのする女の子はどうしてこうも魅力的なのだろうか。ちょっと動いただけでプルンと揺れる双丘が素晴らしい。
「うわぁ……、うわぁ……。これはフロトがメロメロになるのも頷けるよ」
わかるかねクラウディア君。君とは良い酒が飲めそうだ。だけどあれは私の物だから君には譲らないよ?そんな物欲しそうな顔で見てもアレクサンドラの双丘は渡さない。
「むぅ……、私だってまだ成長するはずだし……」
そしてルイーザは俺の周りにいるメンバーの中で初めて自分の胸を上回る者が現れてアドバンテージを奪われたと思ったようだ。自分の胸を包むようにしながらアレクサンドラのたわわに実ったおっぱいを見ていた。
確かに皆まだ十代中盤か少し過ぎたくらいだ。まだまだこれから成長するだろう。だけど何度も言うけどどんな胸が尊いかではない。全ての胸は等しく尊い。そしてどんな胸であるかではなく誰の胸であるのかが最重要だ。そのことは忘れてはいけない。
「それよりも……、お二人も自己紹介された方が良いのでは?」
「あっ!ごめんごめん。僕はクラウディア・フォン・フリーデン。近衛師団の騎士をしているよ」
「えっと……、私はルイーザです。フロトの運営している農場で働いています」
俺に言われて二人はようやくアレクサンドラに自己紹介をした。よほどあの胸のインパクトが凄かったらしい。ルイーザはともかく貴族としての振る舞いを身に付けているクラウディアまで忘れるほどなんだから相当なものだったんだろう。
それとルイーザの言い方だと何か農婦というか軽く聞こえてしまう。実際にはもうルイーザは経営にも関わるほどの上役であってそんな軽い役職じゃない。平民だという遠慮があるのかもしれないけど俺達の間ではそういう遠慮はなしにしてもらいたいものだ。
「それでフローラ?先ほどのミコト・ヴァンデンリズセン様を加えたこの四人の方がフローラの『お友達』ということでよろしいのかしら?」
怖い……。何でアレクサンドラはこんなに怖い顔をしてるんだ?背景にゴゴゴッ!とかいう音が描かれていそうだ。それに何故か『お友達』の部分を強調していた。それはただの普通の友達という意味ではないということだろう。
「回りくどいと後で揉める元になりますのではっきりさせておきましょう。アレクサンドラ様がおっしゃられた通り私達四人とアレクサンドラ様を加えた五人がフローラ様を奪い合っております。まずはアレクサンドラ様救出と平等で公平なフローラ様争奪戦のために協力しておりましたが、こうして目出度くアレクサンドラ様が参加されるようになったということでこれからは私達は好敵手です」
「そうだね。これからは遠慮することはないのかな」
「わっ、私だって負けないから!」
カタリーナの宣言にクラウディアとルイーザも言葉を添える。アレクサンドラの反応は果たして……。
「ふふふっ……、そうですか……。ねぇ?フローラ?どうしてこんなに女の子を何人も侍らせているのかしら?」
「ひえぇっ!?」
何で俺にそんな視線を向けるんですかね!?これは予想外!?いや、いつも通り?もうわからない。ただ一つ言えることはアレクサンドラはこの場にいる三人に向かって何か言ったりすることもなく俺に向かってその怖い悪役令嬢顔を向けていたのだった。