第十三話「ようやくヒロイン登場!?」
ヘルムートとイザベラが俺付きになってから半年ほどが過ぎている。二人は有能だし性格も大体わかった。まず上の兄フリードリヒは失敗しただろう。ヘルムートは超有能で頭を下げてでも近習として連れていくべきだった。
ヘルムートには病気の家族がいるらしく王都に出て行くフリードリヒには同行しないつもりだったらしいけど、そもそもフリードリヒの方が連れて行く気がなかったのだからヘルムートの気持ちや考え以前の問題だ。
確かに何でも出来るクール系ハンサムで同じ男としてはヘルムートは少々鼻につくかもしれない。でもそれを補って余りあるほどに有能で絶対手元に置いておくべき人材だ。俺ならば三顧の礼をもってしてでも必ず王都に連れて行く。病気の家族のために王都まで行けないというのならその問題を解決してでも必ずだ。
イザベラも単にベテランというだけではない優秀さを見せている。ただのベテランだったならば年齢的に衰えてくる頃だから後進に譲って引退している頃かもしれないけどイザベラは違う。兄達が何人ものメイドを抱えてやらせている仕事をイザベラなら一人で事足りてしまう。
まぁ尤も……、この二人が優秀すぎて他の人間など必要ないから俺に他の人員が付かずに若い見習いメイドとキャッキャウフフとかいうチャンスが巡ってこないわけですが……。
それでもこの二人は優秀すぎる。この二人を手放したフリードリヒは馬鹿だな。どういう経緯があったかは知らないけど俺ならこの二人は手放さない。
そしてフリードリヒとヘルムートのことから父の考えの一端が窺える。恐らく父はわざとフリードリヒに同い年のヘルムートを付けた。幼い頃から共に育って信頼関係を築いた腹心を持たせようと思ってのことだろう。
もし父の狙い通り二人が幼い頃から打ち解けて真の友として育ってくれていれば将来フリードリヒを心の底から信頼して支えてくれる有能な腹心が出来上がったに違いない。
だけど残念ながらそうはならなかった。フリードリヒはヘルムートを重用せず、ついには手放す選択までしてしまった。もし二人が固い友情で結ばれていればヘルムートの問題を解決して王都まで連れて行くことが出来ただろう。それをせず用済みとばかりに捨てて行ったフリードリヒは本当に何も見えていなかったんだと思う。
フリードリヒとヘルムートの関係がうまくいかなかったことから父は方針を変えてゲオルクと俺には同世代の付き人を付けなかったのだと思われる。もし成功していれば順調にいけばやがてフリードリヒの家臣になるはずのヘルムートにも腹心として同世代の付き人をつけて育てさせていたはずだ。
じゃあ俺はというとヘルムートを手放すつもりはない。多分だけど将来俺も王都に行って学園とやらに通わさせられるだろう。その時俺はヘルムートとイザベラを連れて行きたい。ただ初めて出来た付き人だからというわけじゃなく本当にこの二人は優秀だからだ。
ならば俺のすべきことは一つ。将来ヘルムートが王都に出る際にこの辺境伯領に残す病気の家族がいては俺が誘っても付いてはきてくれまい。だから今のうちにその問題を解決しておく。
周囲は俺がイケメンのヘルムートに惚れて夢中だから、みたいに思ってる節があるけど間違ってもそうじゃないからな……。俺は確かに今生では女だけど心は男だから……。男同士で抱き合ったり、ましてや子……、子作り……、なんてするつもりはない。まぁしなければならないだろうけど……。
このままルートヴィヒ第三王子と結婚させられたら絶対跡継ぎを産めって言われるよな……。愛はなくても良いから正妻の産んだ世継ぎだけは必ず産めと言われるはずだ。ルートヴィヒ第三王子が王位を継ごうが継ぐまいが家は残るはずだから……。王位に就かなくとも公爵くらいに任じられて新しい家を興すかどこかの高位貴族の養子にでもなるか。何にしろ跡継ぎは絶対だ。
いや、それは今はいい。忘れよう……。あまりにおぞましい……。いつか乗り越えなければならない時が来るとしても今はただ可愛い女の子達とキャッキャウフフ出来る未来を夢見ていないとやってられない。
そんなわけでヘルムートの家に行って病気の家族という人物と会ってみたい。会った所で俺にはどうしようもない可能性も高いだろう。何せ俺は別に医者でも治療魔法使いでもないからな。だけど多少なりとも現代知識がある俺ならばヘルムートの家族の病気にも何か有効な手立てを知っているかもしれない。
もうずっと病気で苦しんでいるというヘルムートの家族を救えるのならば救いたい。例え家族の病気を取り除いたからと言ってヘルムートが俺の王都行きに同行してくれるとは限らないけどそんな打算とは関係なく、この領に住む領民として領主の一族である俺が救えるのなら救いたいと思う。
「父上……、外出したいのですが駄目でしょうか?」
「…………」
俺は今父の執務室にいる。ヘルムートの家族の病状を知るためにお見舞いと称して出かけたいからだ。俺は生まれてからこれまで八年半近くの間、一切敷地の外に出たことがない。屋敷の裏には広い練兵場があり、さらにその奥には森や湖があるから狩りでも実戦訓練でも何でも出来る。敷地外へ出る必要もなく出されたこともない。
俺も最近では少しおかしいなとは思うようになった。最初の頃は貴族というのはそういうものかとも思ったけど生まれた娘が八歳を過ぎても一度も家の敷地外に出たことがないというのは少々おかしい。そもそも他の家族は普通に外に出ている。俺だけ出してもらえないというのは何かおかしい。
「何故だ?どこへ行くつもりだ?」
お?だけど一応話は聞いてくれるみたいだな。問答無用で駄目だとか言われるかと思ったけど父も一応は俺の言うことに筋が通っていれば聞いてくれることもある。書斎での一件などがそうだろう。普通ならあんな幼い子供が本を読みたいからと言って高価な本が置いてある書斎に入る許可を、同伴者付きとはいえ、認めるとは思っていなかった。
何でもかんでも頭ごなしに駄目だ、禁止だというのではなく聞くべきことはきちんと聞いてくれる。父親としてはどうなのかとも思うことは多々あるけど、領主や統治者としては良い姿勢なのかもしれない。
「ヘルムートの家族の方が長い間病気だと聞いています。是非お見舞いに行きたいと……」
「執事の家族が病気だからとわざわざ見舞うのか?」
俺の言葉の途中で父が言葉を挟んでくる。確かに言っていることはわからなくもない。もし父のように辺境伯家当主ともなれば家臣は山ほどいる。執事、メイド、秘書、政務官、武将、兵士、ありとあらゆる職の配下がいる。その家族が病気だからといちいち見舞いに行っていては風邪が流行る季節など見舞いだけでワンシーズンが終わってしまうだろう。だからと言って病人に対して引見してやるから会いに来いなどと言えるはずもない。
「確かに父上のお立場で配下の者の家族が病気だからといって全てに見舞いをすることは出来ないでしょう。ですが私にとってはたった二人しかいない付き人の大切な家族なのです。何よりもヘルムートは家族の世話があるからと辺境伯領から出るつもりはないそうです。私は今後もヘルムートを重用したい。いつか私が外へ出る時にヘルムートが病気の家族がいるからついてこれないと言われては困ります」
「初めて接する年上の頼れる男性に依存するのはわかるが……」
「違います!」
この馬鹿親父は俺がヘルムートに惚れたから手元におきたがっているとでも思ったのか?笑えない。可愛い女の子ならそれもあり得たかもしれないけど俺が男にそんな感情を持つなんてあり得ない。
「ヘルムートを異性として意識したことはありません。ヘルムートとイザベラはとても優秀です。これはあまり言いたくなかったことですが……、二人を選ばず首を切ったフリードリヒ兄上は人を見る目がありません。どういう経緯で二人の首を切ったのかは詳しく知りませんのでこれ以上は言いませんが私ならば二人は必ず王都に連れて行きます。そのためにはヘルムートの家庭の事情を解決しておかなければ王都に連れて行くことは出来ません。だから見舞いに行きたいのです」
「…………」
黙って俺を見詰める父に俺も強い意思を込めて見詰め返す。ここで目を逸らしたりしたら俺の本気が伝わらない。結局ただヘルムートに惚れているから傍に置きたがっているだけなんだなんて思われたら解決出来なくなってしまう。
「……わかった。マリウス、送り迎えの手筈は任せる。フローラ、ヘルムートにはまだ家を訪ねて良いか聞いていないのだろう?ヘルムートが良いと言えばマリウスと三人で日程を相談しなさい。そしてマリウスの言うことは全て必ず聞くこと。良いな?」
「はいっ!ありがとうございます!」
「かしこまりました」
父の方が折れてくれたようで俺は生まれて初めて敷地の外へと出られることになった。執事長のマリウスが送り迎えの段取りをしてくれるようだ。マリウスの言うことを聞けというのは恐らくマリウスは俺の監視役なのだろう。俺が余計なことをしたりどこかへ勝手に行ったりしないように監視させるという意味だということくらいは俺にでもわかる。
父の部屋を出た俺はヘルムートを探しに行く。最初に父に俺の外出許可を貰いに行ったからまだ当の本人であるヘルムートには何の相談もしていない。父の言う通りこれからヘルムートに訪ねて良いか確認して日取りを決めなくちゃ……。
「あっ!ヘルムート!」
「……フローラお嬢様、あまりレディが大きな声を上げるものではありませんよ」
廊下の向こうを歩いていたヘルムートを少し大きめの声で呼び止めると注意されてしまった。だけど俺の方が背が小さくて歩く速度が遅いのだからあのまま声をかけなければ俺が追いつける道理はない。
「ここで逃がせば次はいつ話せるかわかりませんからね。ヘルムート、貴方のご家族のお見舞いに行きたいのですが良いですか?」
「……は?……え?……私の家族の、……見舞い?」
何を言われているかわからないという顔でヘルムートが呆ける。こんな顔のヘルムートは初めて見た。普通なら家臣の家族の見舞いになど主が行くようなことはまずない。例えばその怪我や病気が主が原因であるならば見舞いの一つも行くかもしれないけど、それでも普通は代理人を送ったり見舞いの品を贈る程度だろう。直接見舞いに行くなど滅多にない。
「そうです。貴方のご家族は長らく病に臥せっていると聞いています。一度お見舞いに行きたいのです」
俺の言葉に驚いて固まっていたヘルムートは何とか断ろうとしていたけど俺が絶対に折れない態度を見せたので最終的には折れてくれたのだった。こうしてヘルムートの許可を貰い執事長マリウスと日取りを確認してお見舞いに行くことになった。
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初めて乗った馬車に揺られてすぐに目的地に到着した。ヘルムートの実家はカーザース辺境伯邸からすぐの場所だった。執事やメイドというのはただの一般市民が簡単になれるような仕事ではない。高い教養を備えてなければならず、子供にそれだけの教育を施せるということはその家は相当裕福でなければならないというわけだ。
ヘルムートの実家もカーザース辺境伯家に仕える下級貴族の家系であり、ここカーザース辺境伯領、領都カーザーンの中心部に住んでいる。プロイス王国では各領主の住む町を領都と呼んでいる。カーザース辺境伯領の領都はカーザーンという名前だ。
そして中心とは言ったけど町の作りの中心という意味じゃない。政治の中心というだけでカーザース辺境伯邸や貴族街というのは町の一番奥にある。ただし奥というのは王都からやってくる街道に対して奥というだけで逆の見方をすればカーザース辺境伯邸は国境側に最も近い位置にありそれに続くように貴族達の邸宅が並んでいる。
この町の設計はあえてカーザース辺境伯家と貴族家が国境に対して一番最初に面するように作られているというわけだ。それは辺境を守る辺境伯家の心とプライドの表れであり家訓と領地経営の基本にもなっている。
昇降台を用意してもらいヘルムートに手を取られて馬車を降りる。マリウスは俺を降ろして一度屋敷に帰るらしいのでここで一度お別れとなり帰る頃にまた迎えに来てくれるらしい。
ヘルムートの両親はほとんどいつも仕事で不在だそうで俺が訪ねた今日もいなかった。本当なら仕事を休んででも来ると言ってたんだけど子供がお見舞いに来るくらいでそこまでしなくて良いと断った。
俺を出迎えてくれたのはヘルムートの家に仕える執事やメイド達だった。俺に付いている執事やメイドより数が多い……。まぁ今の俺は付き人は二人しかいないから当たり前と言えば当たり前だけど……。
病気の家族の世話をしてもらうためにメイド達が常に家にいる。ヘルムート自身が執事なのに家にそういう者達がいるのかと思うかもしれないけどそれは地球でも割りと普通のことだ。
例えば王城や王宮に勤める執事やメイドは高位貴族の子弟達が多い。そしてその高位貴族達の家に勤める執事やメイドは中級貴族の子弟というわけだ。そうやって徐々に下の位の者の家から上の位の家に執事やメイドが勤めていく。
最下級の準男爵家や騎士爵家ならば貧しい家が多く執事やメイドをあまり雇えない所も多いけど、そういう所でも裕福な商家などの子弟が執事やメイドとして仕えていることがある。どんな社会でもそうやって順々にピラミッド型に権力構造や人口分布というものが自然と生まれるものだ。
そんなわけでヘルムートと若いメイドさんに連れられて二階の奥の部屋へとやってきた。病人ということだからあえて表通りから遠い部屋を宛がっているんだろう。
「カタリーナ、フローラ様がお見舞いに来てくださった。開けるよ?」
「はい」
ヘルムートがノックして声をかけてから扉を開ける。中に居たのは幼い少女だ。年の頃は俺と同じくらいだろう。ヘルムートの家族の病人というのは妹のことだというのは聞いていた。ベッドに座ったままの少女が動こうとするから止めてから挨拶をする。
「そのままで良いですよ。はじめましてカタリーナ。私はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースです。よろしくね」
見た目的にもまだ幼そうだしヘルムートの妹でこの場は公式な場じゃないから軽い挨拶にしておく。ここで畏まった挨拶をしてもカタリーナの方も困るだろう。
「わぁ!本当にお姫様が来てくれたんだぁ!」
カタリーナはうれしそうに笑顔の花を咲かせて俺に手を広げてくる。ベッドまで近づいた俺はカタリーナとハグをした。ようやく……、ようやくこの世界に来て初めて女の子同士でキャッキャウフフ出来た気がする!
たかがハグしただけだと思うなよ!俺はそういうことを一切出来なかったんだ!そういう相手もいなかったんだ!俺が抱き合ったことがあるのなんて家族か幼い頃に着替えたり抱っこしたりする時にエマに抱えられたことがあるくらいなんだぞ!
「カタリーナ!フローラ様にきちんと挨拶しなさい。挨拶も出来ないのならばもうフローラ様は来てくださらないぞ!」
「良いのですよヘルムート」
珍しくはっきり怒っているヘルムートを宥めながらカタリーナを庇う。聞いた話ではカタリーナは幼い頃から病弱でほとんど部屋から出たこともないらしい。かといって別に人に病気がうつるわけでもなく病名もはっきりしない。どんな医者や治療魔法使いに診せても一向に良くならず病名もわからず治療のしようもないそうだ。
部屋を少し見てみた限りではカタリーナは読書をして気を紛らわせているようで本が多い。お人形や本がたくさんあって内容も様々だけど一つ共通していることがある。それはカタリーナの絵本にはお姫様を題材にしたものが多くあるということだ。人形もお姫様のようにドレスで着飾っているものが多い。
どうやらお姫様に憧れているらしく俺がカーザース辺境伯家の長女ということでお姫様の姿を重ねて見ているようだ。実際にはお姫様どころか中身男のおっさんですけどね……。
それはともかく俺はお見舞いに来た目的を果たすべくカタリーナをよく見てみる。聞いていた通りの症状だ。ヘルムートと良く似たブラウンの髪に瞳で顔立ちも似ている美形であるはずなのに頬がこけて目が落ち窪み色が悪くて美人には見えない。パーツは悪くないはずなのに病気のせいで残念な感じになっている。
肌は色白とは違う病的な青白さで唇はかさかさ。ハグした感触では体も相当細い。爪は薄く、割れやヒビ、筋などが入っている。さかむけもあって手はボロボロだ。聞いた話では口内炎もよく出来るらしい。
それから下痢も多く立ちくらみなどの貧血らしき症状もあるという。体力がなくて急に癇癪を起こしたようになる時もあるそうだ。食が細くあまり食べない上に好き嫌いが多くてほとんど決まった好きな物しか食べないらしい。
専門的な医学知識がない俺じゃ難しい病気だったら検査機器もないこんな世界でどうしようもなかっただろう。だけどこの状態は俺でもなんとなくわかるぞ……。絶対に合っているとは限らないけどカタリーナのこの症状は……。俺はカタリーナの病名と治療法にあたりをつけたのだった。
ようやく女の子が出てきました……。長かった……。