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第百二十九話「させるか!」


 崩れ落ちるナッサム公爵と呆然としているアマーリエ第二王妃を置き去りにしたまま事態は的確に進んでいく。実行犯のカスパルはもちろん自分が指示してやらせたと名乗り出たアンドレという執事も逮捕されて連行されていく。


 またこの部屋を飛び出した兵士達が各所に伝令を送り次々に実行されていく。今頃証拠を隠滅したり逃亡したりされる前にあちこちに踏み込んでいることだろう。


 今回の件は元々こうなる手筈だった。やり方は説明していなかったけどここでナッサム家やアマーリエの罪を断罪し裁きを与えることは王様達にも連絡済だ。そして証拠隠滅や関係者の逃亡を防ぐために事前に各所に乗り込む部隊が用意されており最後の伝令が届いた時点で即座に乗り込むことになっていた。


 もちろんアマーリエ第二王妃やヨハン・フォン・ナッサム公爵本人を逮捕したり罪に問えるとは思っていなかった。だけど執事のアンドレという者が一人で単独でやらせていたとするのは無理がある。アンドレが自供した以上はジーゲン侯爵家とナッサム公爵家は家宅捜索され関係者達も逮捕されることになる。


 家宅捜索とはいっても本格的なものじゃない。いやまぁ、家宅捜索の本格的とか違うとかはどこがどう違うんだって話だけど……、別に裏帳簿とかまで調べて余罪を洗い出したりはしない。あくまで今回の事件に関係ある書類を押収したり関係者を逮捕するだけだ。


 それだけでもかなりのダメージだろうけど裏帳簿の不正が出てくることに比べたらまだしもマシというものだろう。そして叩けば埃が出てくるのがわかっているからこそ王様達もそこまで追い詰めるようなことはしないようにしている。


 俺やアレクサンドラとしては思う所もある。こんな奴らがこれから先ものうのうと生きていくのかと思うと許せないという気持ちだってある。俺はニコラウスとそれほど絆があるわけじゃないけどアレクサンドラにとってみれば唯一無二の父親だ。もし俺が父をこいつらに殺されていたら俺は怒りを抑えられる自信がない。


 それなのに黙って様子を見ているアレクサンドラは凄いと思う。俺なら絶対ナッサム公やアマーリエ第二王妃に恨み言を言っているだろう。もう何年も前のことだとしても悔しさはなくならない。


 ちなみにもう一人の実行犯であるヒッグスの身柄は王都のカーザース家が預かっているけどこれで王国の者達に引き渡されることになる。捜査するのはあくまでプロイス王国であって俺達じゃない。だから俺達が犯人の身柄を預かったままというわけにもいかない。


 ムルギは行方不明ということになっているけど恐らくもう消されているだろう。それらについても取り調べがあるはずだから何かわかれば俺達にも知らせが来るはずだ。


 王様と歓談しに来たと思ったら思わぬ事件の目撃者になってしまった貴族達は表情が固い。


 それはそうだろうな。第二王妃と公爵の不正や暗殺事件の真相まで見てしまったんだ。ここに居る者は全員アマーリエもヨハンも真っ黒だと思っているに違いない。ただ王様の恩情によって明確に殺人教唆で罪に問われることがないだけで明らかに犯罪を暴かれて多少とはいえ罰まで受けることになる。これは一種の政変とすら言える大事件だ。


 控え室での後始末に兵士や王家に仕える人間が奔走している間俺達も勝手に動くわけにはいかないので暫く待機する。その時にヘルムートが教えてくれたことに驚いた。


 どうやらあのアンドレという執事はナッサム家においても相当重要な者だったらしい。他に代役がいなかったとはいえこの場でそれほど重要な者を犯人に仕立て上げて切らなければならなかったということだ。俺が思っている以上にナッサム家のダメージは大きいらしい。


 アンドレが引っ張られるということはアンドレ子飼いの者達も相当数連座させられるようでナッサム家の家人達は壊滅状態は免れないという。


 もし時間があったり他の者がいる場だったなら絶対にアンドレの首は切らなかっただろう。そういう意味ではナッサム家に思わぬダメージを与えられたのは幸運だった……、だろうか?むしろ俺は余計な遺恨を残した気がする。


 他の切り捨てても良い捨て駒なら逮捕されてもナッサム公も腹を立てるだけで済んだだろう。でも今回のように重要人物が逮捕されて外に出られる可能性もほぼないとなればナッサム公の恨みは相当なものだと思われる。今はショックで呆然としているけどこのまま大人しく終わるだろうか?俺はそうは思えない……。


 まぁそれももう過ぎてしまったことだ。今更なかったことには出来ないしナッサム公が今後どうするかは予想でしかない。何の手も打たずに反撃されてやられるつもりはないけどだからって俺だけが考えても意味はない。相手のあることなのだから相手がどう動いてくるかを見極める必要がある。


 すっきり一件落着とはいかなかったけどそれでも一応これでニコラウス暗殺事件は一つの区切りを迎えた。俺の隣にはアレクサンドラがいる。こうしてアレクサンドラの身柄を取り返せただけでもよしとしよう。


 ようやく後始末も終わり皆でゾロゾロと夜会の会場へと戻る。いつまでも主催者や王様が不在のまま放っておくわけにもいかない。


 会場の近くまで来た時に俺は何故か王様達と一緒に上階へ連れて行かれた。他の貴族達は元の会場へ戻っている。何故俺だけ王様やディートリヒに加えてアマーリエまで居る二階へ連れて行かれるというのか。


 しかもなぜか王族達と一緒になって並んで貴族達に見上げられている。何だ?何故俺はこんな場所で晒し者にされているんだ?何か良くないことが起こりそうな予感がする。


「今夜集まってくれた皆に知らせがある!」


 ヴィルヘルムが声を上げると参加者達が静まり返った。今回の夜会ではまだ開催の名目が公表されていなかった。そしてアマーリエはアレクサンドラの結婚をぶち上げるつもりだったけどそれは失敗に終わりなくなった。


 その結果今日の夜会の名目はなくなってしまったわけだけど、なくなったからありません、じゃ通らない。ここまでしてしまっている以上は嘘でも間に合わせでも何でもいいから名目をぶち上げる必要がある。それを今から王様が発表しようというのだろう。何を言うのだろうかと俺も緊張しながら意識を集中する。


「まずはルートヴィヒ第三王子を王太子とすることをここに宣言する!」


「「「「「おおっ!」」」」」


 …………え?


 ルートヴィヒを立太子?何で?ルートヴィヒは第三王子だよな?第一王子や第二王子は?というかルートヴィヒは王位を継がないからカーザース家と血縁を結ぶのに丁度良いと選ばれたんじゃなかったのか?王位に就くような者が俺なんかと婚約してたら駄目だろ……。


 おいおいおいっ!どういうことだ?王家とカーザース家を縁戚にするための婚姻だっていうのはわかる。だけどいくら辺境伯家の中では一番家格が高いとは言ってもカーザース辺境伯家はプロイス王国中の貴族で見ればそれほど突出して高いということもない。そんな家と次期国王を結婚させるなんて政治的にまずいだろう。


 俺とルートヴィヒの婚約にも色々と反対があることは知っていた。でもそれは所詮王位を継がない第三王子と辺境の田舎者だからまだ許されているのだと思っていた。だけどそうじゃなかったんだ。ルートヴィヒは元々立太子最有力候補だった。そのルートヴィヒが辺境伯家の娘である俺と婚約している?どう考えても周りが黙っているとは思えない。これ以上の厄介事は御免だぞ!


「そしてルートヴィヒ王太子の婚約者も正式に発表したいと思う。それはフロー……、い゛っ!」


「「「「「おおっ!…………お?」」」」」


 ヴィルヘルムの馬鹿が余計なことを言いかけたから俺は慌てて耳たぶを掴んで引っ張っていった。幕の後ろまで連れて下がる。貴族達が若干ざわついているけど知ったことか。俺は今それどころじゃない。


 こいつは今何を言いかけた?絶対フローラって言おうとしただろう?これは俺の自意識過剰とか勘違いとかそんなもんじゃない。というか仮にそうだったとしても絶対に阻止するべきだろう。罷り間違ってあんな場で俺の名が出ようものなら取り返しがつかないことになる。


 ようやくアレクサンドラが結婚発表されるのを阻止した所なのに俺が同じ目に遭っていたら意味がない。


「へ・い・か?今何と言おうとなさったのですか?」


「痛いではないか……。当然ルートヴィヒの婚約者は其方であろう。フローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースを婚約者とすると正式発表しようと思ったのだ」


 ばっかっやっろっうっ!そんなことしたら大惨事じゃないか!今はまだ許婚とは言っても非公式というか大々的には公表されていない。それなのにこんな場で立太子と同時にそんなこと発表しようものならどえらいことだ!


「陛下……、今後もし私の知らない所で勝手にルートヴィヒ殿下と私の婚約発表をされるようなことがあればそれは私への宣戦布告と受け取ります。良いですね?」


「わかった……。わかったからそう怖い顔をするでない……」


 誰のせいで怖い顔をしなければならないと思ってるんだ……。俺だって毎日笑って過ごしたいよ……。だけど誰かさん達があれやこれやと問題を次から次に持ってきてくれるから困ってるんだろうが!


「しかし……、そんなにルートヴィヒとの結婚は嫌か?」


 まずい……。王様がマジな顔でそんなことを聞いてきている。さすがに露骨すぎたか。


 本音を言えば嫌だ。俺は男となんて結婚したくない。だけどそれは俺以外の者にはわからないことだろう。ルートヴィヒが好きとか嫌いとか、王家だとか辺境伯家だとかそういうことは関係ない。ただ単純に俺が男と結婚するのが嫌なだけだ。


 この気持ちがわかるとすれば一番わかってくれる可能性があるのはクラウディアだろうか。クラウディアは性同一性障害のようなものを抱えていると思う。ならばクラウディアは俺と感性や考え方も似ているだろう。


 まぁクラウディアだって本当に元男だった俺の気持ちはわからないだろうし、俺だって性同一性障害の苦しみはわからない。両者は似ているようで致命的に違う。医者とかに診断してもらったら俺もクラウディアも性同一性障害とか診断されるのかもしれないけどな……。


「私がルートヴィヒ殿下を好いているか嫌っているかという問題ではないのです。ルートヴィヒ殿下はあまりに急いで私との婚約をお決めになられました。たった一日、いえ、半日会っただけの相手をです。そんな者と結婚することが果たしてルートヴィヒ殿下のためになるでしょうか?」


 俺の言葉にヴィルヘルムは顎鬚を触りながら頷いていた。何かおじいちゃんが孫とかを微笑ましそうに見ているようなニュアンスを感じる。俺とヴィルヘルムなら精々親子くらいだろうし、前世も加えたら総年齢では俺とヴィルヘルムは大差ないはずなんだけど……。何だろうこのあまりの俺の精神的未熟感は……。


「フローラがプロイス王国のために一番よかれ、ではなくルートヴィヒのために一番よかれと思うことを考えていることはわかった。つまりルートヴィヒには急いで結婚を決めずにもっと他により良い相手がいないか良く見てから決めよというのだな」


 う~ん?そこまで考えてるつもりはなかったけど、俺より相応しい者は他にいくらでもいるだろうからもっと相応しい者を選べよ、という意味では近いのかな。


「わかった。それではフローラとルートヴィヒが納得するまで婚約は公表しないことにしておこう」


 うんうんと一人頷いて何か納得したようなヴィルヘルムは再び幕の外へと出て行った。俺も黙ってついていく。


「あ~……、そろそろルートヴィヒの婚約者も正式に決定したいと思っている。王太子の伴侶に相応しい者が決まり次第追って発表するものとする」


「「「「「あぁ……」」」」」


 王様の中途半端な発表に明らかに会場のボルテージが下がっていた。だけど知ったことか。こんな所で勝手に婚約発表なんてされてたまるか。


 何で俺が上階に連れて行かれたのかと思ったけどあのまま発表して顔見せでもさせるつもりだったんだろう。危ない危ない。とはいえ逆にあそこに居たお陰で止めることも出来た。自分の幸運に感謝しつつ会場へと戻る。


 その後暫くはミコトやアレクサンドラと一緒に夜会を楽しむ。アレクサンドラは楽しめるような気分じゃないだろうけど、いや、だからこそアレクサンドラを励まそうと二人で盛り上げた。


 こんなにはしゃいだ夜会は初めてだ。社交界デビュー以来俺はあまり社交界で良い思い出はなかった。だけど今日は人生で一番大変だったけど一番楽しくもあった夜会となった。それもこれもミコトとアレクサンドラのお陰だろう。


「それではそろそろ帰りましょうか」


「そうね」


「はい」


 夜会も終わりの時間を迎え俺達も帰ることにする。だから最後に……。


「おかえりなさいアレクサンドラ」


「――ッ!はい!フローラ!」


 俺の言葉を聞いたアレクサンドラは両目いっぱいに涙を溜めて元気良く返事をすると俺の胸に飛び込んできた。ようやく……、ようやくこの手にアレクサンドラの温もりを感じることが出来る。無事に取り戻せてよかった。


「それではガブリエラさんを迎えに行きましょうか」


「はい!」


 アレクサンドラはナッサム家の馬車に乗ってきたしナッサム家の馬車で帰る予定だった。だから俺の馬車に乗せてナッサム邸へと向かう。突入した王国兵士達に守られているから身の心配はないと思うけどアレクサンドラも早くお母さんに会いたいだろう。無事な姿を確認したいだろう。


 一部想定外のこともあって何とか綱渡りではあったけど概ね計画通りにアレクサンドラ親娘を取り戻せた俺達は笑顔で馬車に揺られて家路についたのだった。



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