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第百二十八話「婚約発表?」


 アマーリエ第二王妃主催の夜会にやってきたヘレーネは父であるバイエン公と共に会場を歩き挨拶回りをしていた。手下である五人組も会場入りしているが一人元気のない者がいる。


 いつもなら夜会ではしたないくらいにうるさいエンマ・ヴァルテックの元気がない。そしてヘレーネもバイエン公もその理由を知っている。


 先日ヴァルテック侯爵夫人は無辜の商会に言いがかりをつけた上に国王陛下と宰相殿下にまで暴言を吐いたとして逮捕されたのだ。そこまでなら別にまだ良かった。ヴァルテック侯爵夫人が馬鹿なことをして勝手に捕まったとしても知ったことではない。しかし問題はそれ以外の所にある。


 ヴァルテック侯爵夫人が捕まったことでバイエン公爵派の派閥が裏で行なっている金儲けが露呈した可能性が高い。最近派閥の者達の周りを嗅ぎ回っている者が増えたとの報告も上がってきていた。


 バイエン公爵派は誘っても自分達の派閥に入らない反抗的な格下貴族家に言う事を聞かせるために投資詐欺を持ちかけては借金を背負わせて操り人形にしていた。周囲の高位貴族達に囲ませて『当家も投資しているから安全だ』『これまでいくら儲かった』と言って信用させたり脅したりして半ば無理やり投資詐欺に出資させている。


 当然投資話自体が嘘なので騙されて出資した貴族が儲かるはずがない。最初に騙した貴族に払わせた出資金の一部を儲けが出たといって配当金として返す。それで気を良くした出資者にもっと出資すればもっと儲かると唆し大金を出資させるのだ。


 最初のうちこそ配当金と偽って返されるお金で儲かった気がするが全出資額から考えれば投資額の方が圧倒的に多い。この段階で全投資額も戻ってくるのなら儲けになるがそうはいかない。ここから配当がストップしもっと儲けるためにさらに出資すれば良いと次々に持ちかけられる。すぐに現金がないのならば自分達が立て替えてやろうと借金をさせるのだ。


 借金の金はどうせ書類上で動かすだけで貸した金を即座に投資詐欺に出資させるから詐欺師側の懐は痛まない。最初の頃に払わせた出資金は丸々詐欺師達の儲けであり背負わせた借金は最初から使っていないのだから何の損もしていない。こうして次々に借金させて逆らえないようにしてしまうのだ。


 実際には実態のない投資話で借りたお金も投資に利用したと書類上では書かれていても実際には少しもお金は動いていない。それでも借用書や証文があるために借金だけは本物になってしまう。なけなしのお金を全額払った上に使ってもいないお金を借りたとして莫大な借金を背負わされる。


 その後は会議などで多数派になりたい時に借金を背負わせている者達に『わかっているな?』と耳元で囁けば良い。直接脅迫しなくとも言うことを聞かなければ借金を返せと言われたら困る者達は指示に従わざるを得ないのだ。


 またそんな状況から抜け出そうと無理をしてでも借金を返す者もいるだろう。しかしそれは詐欺師達にとって何の損失でもない。なにしろ貸してもいない金が返ってくるのだ。頑張って全額返済して自由になった者は払わなくても良い借金を払って大損をしているだけだった。返済されて一人操り人形が減っても大金が入ってくる。操り人形ならまた誰かを嵌めて作れば良い。


 そうして莫大な利益と派閥の賛同者を増やしていたバイエン公爵派だったがヴァルテック侯爵夫人が捕まったことで状況が一変してしまった。


 最早バイエン公爵派の利権と化していた投資詐欺には派閥の多くの者達が関わっていた。もし投資詐欺が明るみに出て罪に問われるようなことになればバイエン公爵家そのものすら危うい。事はヴァルテック侯爵家の問題だけではなく派閥の存続そのものにまで発展しかねない状況なのだ。


 バイエン公爵家当主、アルト・フォン・バイエン公爵は隅の方で小さくなっているヴァルテック侯爵家の者達を見ながら苦々しく思っていた。何とかしてこの夜会であちこちに働きかけてせめてヴァルテック家が処分される所までで手打ちにならないかと手を尽くしていた。


 そんな時突然場内がどよめいた。その声に釣られてヘレーネとアルトも入り口の方に視線を向ける。向いた先の光景に心を奪われて暫く呼吸すら忘れてしまっていた。


 特別な光沢のある薄い桃色の衣装に身を包んだ天使が歩いてくる。素材が絹であることはバイエン公爵家ほどの者ならば気付いているが、あれほど絹をふんだんに使うなど信じられない。絹の価値を理解しているからこそその難しさもよくわかっているのだ。


 絹は東方との交易でしか手に入らない。金を積めば手に入るというものではなく時の運や巡り合わせ、外交力や交渉力といった様々な要因をクリアしなければ手に入れることは出来ない。プロイス王国で絹を手に入れるのは運の要素が強く金や権力があるからいくらでも買えるというようなものではないのだ。


 そんな絹で作られた衣装は腰から下がとても膨らんでいて見たこともない形状をしていた。さらに何段にも襞が縫い付けられており全体に細かい刺繍が施されている。


 あの衣装一着を用意するためには一体どれほどの費用がかかるだろうか。そして単純な費用だけではなく絹を手に入れる伝手や幸運にも絹が回ってきている時に手に入れられる運もなければならない。


 他の全てのご令嬢もご夫人方も皆が伝統に則った髪型をしているというのに一人だけ長い金髪を結い上げることもなく下ろしている。主催者であるアマーリエ第二王妃ですらそんなことはしていないというのに一招待客でしかない者がそのようなことをして良いものなのか。


 長い金髪を靡かせ、薄いブルーの瞳が全てを見透かしているかのようだ。悠然と、まるでこの場を支配する支配者のように歩いてくるその姿に全ての者の視線も意識も釘付けになっていた。


「フローラ……、シャルロッテ・フォン・カーザースッ!」


 ヘレーネは憎憎しげにその怨敵を睨みつける。一瞬でも見惚れてしまった自分が許せない。確かに綺麗な衣装ではあるがあのような田舎者に見惚れてしまったなど断じて認めるわけにはいかない。


「ぬぅ……、あれが……、カーザースの娘か……」


 しかし父アルトはあれがフローラであると娘の言葉から察して言葉を濁した。あまりに華がありすぎる。あれほど華がある者が王族となって虎視眈々とプロイス王国を狙う周辺国との外交に顔を出せばさぞ強い影響力を発揮出来るだろう。


 自分にとっては喜ばしいことではない。アルトはあくまで自分の娘を王妃にしてこの国の実権を握りたいと考えている。


 しかし、ただ一人のプロイス王国の貴族として国のことを考えるならばフローラを王妃にしないという選択肢はあり得ない。フローラを遊ばせておくなど国の損失だ。そのことに思い至って周囲がフローラを推す理由がわかってしまった。これからは自分もあまりフローラに対して否定的にはなれないだろう。あの姿を見てまだ『田舎者が王妃など相応しくない』などとは言えない。


 そして……、今日は夜会に来ないはずだった国王陛下と宰相殿下が突然現れた。そのことにほとんどの参加者達は驚きをもって迎えていたというのにフローラをはじめとしたカーザース家だけは平然としていた。


 最初から知っていたのだ。カーザース家は国王陛下と宰相殿下がおいでになられると最初から知らされていた。だから周囲が驚いている中でも驚いていないのだ。カーザース家だけが知らされているということがどれほど特別であることかまざまざと見せ付けられている気分だった。


「国王陛下、本日はおいでになられないと伺っておりましたがお会い出来て望外の喜びです」


「うむ、アルト公も息災でなによりだ」


 バイエン公、アルト・フォン・バイエンが話しかけたにも関わらず交わせた言葉はたったこれだけ。国王陛下は次々に群がってくる者達と挨拶を交わしながら一部の高位貴族や大臣達だけを誘って歓談しに控え室へと引き下がった。そのメンバーにアルトは呼ばれていない。


「くっ!」


「お父様……」


 王に誘われて一緒に出て行く者達を見送りながらアルトは拳を握り締める。家格で言えばバイエン家以下の家もたくさんあった。それなのにバイエン家は歓談に誘われず格下の者達は誘われて控え室へと向かう。


 惨め……。あまりに惨め。


「くそっ!それもこれもヴァルテック家が馬鹿なことをしたせいで!」


 だからアルトは今の自分の状況をヴァルテック家のせいだと思うことにした。本来であればバイエン家ほどの者ならば重用されて然るべきだ。それなのにサプライズで現れた国王陛下に歓談にも誘われないのはヴァルテック侯爵夫人が捕まって裏の商売がバレてしまったからに違いない。


 ヴァルテック家が私怨で余計なことをしたために派閥全体が国王陛下から軽く見られてしまうようになった。いや、もしかしたら犯罪者集団としてそのうち罪に問われるかもしれない。そのために根回ししようと思ってやってきた夜会でも思うように成果が上がらない。


 それどころか国王陛下直々にあちこちと挨拶していったのに自分は一言言葉を交わしただけだ。これでは周囲からもバイエン公爵家は国王陛下にとって軽い相手でしかないと映っただろう。全ては悪い方にばかり転がる。それもこれもヴァルテック侯爵夫人が馬鹿なことをしたせいだ。


「ヘレーネ……、ヴァルテック侯爵家との付き合い方は考え直しなさい」


「――!……わかりましたわお父様」


 アルトの言葉にヘレーネは醜悪な笑みを浮かべて頷いた。もともとフローラの顔を焼くのを失敗したのもエンマのせいだ。人を大事にしたり労ったりするということがないヘレーネにとっては自分の足を引っ張る足手まといは例え自分の派閥の者であってもいらない。ここにバイエン家親子の考えは一つになりヴァルテック家の運命は決まったのだった。




  ~~~~~~~




 暫くして、歓談を終えたらしい国王陛下達が控え室から戻ってきた。ほとんどの者は気付いていないが明らかにアマーリエ第二王妃とナッサム公爵に元気がない。後ろの方で小さくなっているので目立たないがわかる者が見れば一目瞭然だった。


「今夜集まってくれた皆に知らせがある!」


「「「「「…………」」」」」


 上階に立って声を上げる国王陛下にこの場にいた全員の視線が集まった。いよいよ今日夜会が開かれた理由が明かされるとあって皆はそれぞれ予想し合いながらその答えを待つ。


「まずはルートヴィヒ第三王子を王太子とすることをここに宣言する!」


「「「「「おおっ!」」」」」


 あちこちで『やはり……』とか『予想通りだ』などという声が聞こえてくる。ルートヴィヒが立太子されること自体は規定路線だ。正妃であるエリーザベト王妃が産んだ嫡男なのだからほぼそうなるであろうことは誰もが考えていた。ただいつどこでそれが発表されるかの問題だっただけに過ぎない。


 それがアマーリエ第二王妃主催の夜会でお披露目されるということは第二王妃派は最早王位継承権争いは諦めたと内外に示すことになる。これまで第二王妃派だった者達もこれからはルートヴィヒ王太子の下でプロイス王国のために尽くすことになるだろう。実際決着がついたからと早々に派閥の鞍替えを考えている者も多数だった。


「そしてルートヴィヒ王太子の婚約者も正式に発表したいと思う。それはフロー……、い゛っ!」


「「「「「おおっ!…………お?」」」」」


 次なる発表を聞いていよいよかと思った貴族達の声はどよめきに変わった。途中で言葉が止まり国王陛下が一度奥に引き下がられたからだ。


 そこまで言いかけたヴィルヘルム国王は後ろに居たフローラに耳たぶを引っ張られて後ろに引き摺られていった。それが見えていたのはたまたま国王達が立っていた場所の側面側に立っていたヘレーネだけだった。他にも似たような位置に立っている者も居たが誰も気付かなかった。


 ヘレーネだけが見てしまったのだ。明らかにフローラがヴィルヘルム国王の耳たぶを引っ張って後ろに引き摺っていった姿を……。


「なんなのあれは?国王陛下にあのようなことをして許されるとでも言うの?」


 ヘレーネは自分でも今見たことは本当にあったのかと疑わざるを得ない。普通なら国王陛下にあのようなことをしようものならば王族であろうとも相当重い処分を受けるだろう。それが配下の貴族程度であろうものなら処刑されても文句は言えない。今見たことは本当にあったことなのか。ヘレーネが混乱するのも無理からぬことだった。


 そして後ろに引き摺られていった国王陛下とフローラが戻ってきた時、会場はまたざわついた。一体何があったというのか。何故発表が途中で止まったのかと思いつつもその謎も語られるだろうと固唾を飲んで見守る。


「あ~……、そろそろルートヴィヒの婚約者も正式に決定したいと思っている。王太子の伴侶に相応しい者が決まり次第追って発表するものとする」


「「「「「あぁ……」」」」」


 今日この場で誰か指名するというわけではないのかと会場のボルテージは一気に下がった。もし今夜立太子と婚約が発表されていればそれはプロイス王国中を揺るがす大ニュースになっていたはずだ。しかし結局婚約者はまだ選考中ということでその日は決定的情報は流されなかったのだった。



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