第百二十七話「決着!」
カスパルの自白は続いていく。アレクサンドラに先に暴露されていたとはいえ何故悪人はこうも自分の犯罪をしゃべりたがるのだろうか。多分だけど人は秘密や後ろ暗いことを話したくなってしまうのではないだろうか。俺は心理学とかに詳しくないけどもしかしたらそんな心理とかが働くのかもしれない。
現代地球に居た頃に某大国の犯罪の疑惑があった者がテレビのインタビューを受けて犯罪をしらばっくれていた。だけどトイレに入って鏡に向かって自分の犯罪をベラベラとしゃべったのがマイクに入っていて自白の証拠となったということがあった。人はどうしても秘密というものをしゃべりたくなってしまうものなのだろう。
カスパルも自分の犯罪をまるで自慢するかのように語り続けていた。そして全てを話し終えた時、突然立ち上がりアレクサンドラに襲い掛かった。ソファに押し倒し圧し掛かりその手をアレクサンドラの体に伸ばそうとする。それを見た瞬間俺の頭は沸騰していた。
………………
…………
……
次に気がついた時俺は母に腕を掴まれていた。目の前には半分壁に減り込んだカスパルの姿がある。意識のない間の俺が何をしたのかは一目瞭然だ。
「駄目よフローラちゃん。こんな力で殴っちゃ普通の人は死んじゃうのよ?こいつは生ゴミ以下の下衆野郎だけどここで殺しちゃ駄目よ」
「……お母様」
お母様?貴女はいつも私以上の力で私をぶん殴っていませんか?『普通の人は死んじゃう』ってどういう意味ですか?私だって死にますよ?それなのに私以上の力でいつも私をぶん殴っているんですか?
はぁ~~~…………。ともかく落ち着いた。危うく俺は自分で自分の計画を台無しにする所だった。カスパルにはまだ公の場での裁きを受けてもらわなければならない。ここで俺が殺したらアマーリエ達に『この茶番はフローラが仕組んだことで仕込みだった犯人役を早々に殺して口を封じた』と言われかねない。
「フロ……、フローラ様っ!」
「あぁ、アレクサンドラ!大丈夫でしたか?」
俺が冷静になってそんなことを考えているとアレクサンドラが俺の胸に飛び込んできた。俺の大きめの胸とアレクサンドラの大きな胸が押し合いへし合いムニュムニュと形を変える。
もっとアレクサンドラを慰めてあげたいけどいつまでもこうしているわけにもいかない。アマーリエ達の方を睨むと俺は追及を開始した。しかしアマーリエとナッサム公爵がそんな簡単に認めるわけがない。わかっていたことではあるけど平民の犯罪者の証言など関係ないと強弁し始めた。
「はぁ……、そうですか……。あくまで証拠はないと言い張りますか……。ご自身で責任を取られれば少しは罪も軽くなったでしょうに……。それでは仕方がありませんね」
俺がそう言っても二人は余裕の笑みを崩さなかった。カスパルの証言だけでは二人が関与したという証拠にはならない。そもそも二人は自分達が直接カスパルに指示したわけではないという自信があるんだろう。手下達に命令してカスパルに命令を届けさせていたとしても自分はカスパルには直接指示していない。だから家人達が口を割らない限りは自分達は関係ないと言い張れば済むと考えているんだろう。
「カタリーナ!」
「はい」
俺が呼ぶと部屋の外で待機していたカタリーナがある書類を持って入ってきた。俺はそれを受け取るとアマーリエやナッサム公爵、その他この場にいた要職に就く者や高位貴族達の方に向けて広げて見せる。普通の書類に書いてある小さな文字だから貴族達の方へ向けて広げて見せても文字は見えていないだろう。だけどこうして高らかに証拠を提示することに意味がある。文字が見えていないから意味がないとか言わない。
「これはナッサム家が経営するナッサン商会貸金業部門の帳簿です」
俺がそう言うとアマーリエとナッサム公の顔色が明らかに悪くなった。何か言おうとしていたけど俺が先に続ける。
「この帳簿にはリンガーブルク家当主ニコラウス伯暗殺に関わった実行犯三名、カスパル、ヒッグス、ムルギへの借金が記されています。三人を借金漬けにし借金の肩代わりを餌にして命令を聞かせていたのが誰かは明白でしょう」
「そんなものが何の証拠になる!ナッサン商会に金を借りている者など掃いて捨てるほどおるわ!」
まだ俺がしゃべってる途中だけどナッサム公が割り込んできた。だけど俺は慌てることなく続ける。
「さらにこちらをご覧ください。ヒッグスはカーザース領にてその身柄を確保し王都に移送しております。またカスパルがこの場にいることは皆さんがご承知の通りです。それに引き換え医者のムルギは事件後カーザーンの診療所をたたみ行方不明になっております」
ここまで説明してもまだ誰もピンと来ていないようで『それで?』という雰囲気が漂っている。なので俺は続きを説明する。
「カスパルとヒッグスの借金はニコラウス伯暗殺事件があった翌日にナッサム家からの支払いにより借金が返済されております。そして行方不明のムルギの借金は損失として計上されております」
「……それが?」
俺の言葉にだから何だとばかりにナッサム公が呟く。本当に意味がわかっていないのかとぼけようとしているのか。だから俺はきちんと説明してやることにした。
「もし借金を抱えた者が行方をくらませたら普通は借金をなかったことにして損失として計上したりはしません。そんなことで借金がなかったことになるのならば借金を負っている者は全て一度姿をくらませるでしょう。本人が見つかるか死亡が確認されるまでは証文も残しておき書類上貸付金として維持しておくはずです。それなのに何故行方不明になったその日に即座に借金の証文も処分し損失として計上したのでしょうか?」
「あっ!そうか……。なるほど」
俺の説明を聞いてオルデン公爵がなるほどと頷いた。普通金を貸している者が借りている者が行方不明になったからといって借金をなかったことにして損をしたと会計上に載せるだろうか?そんな馬鹿がいるはずがない。行方不明になった本人を探して金を返せと言うのが普通だ。そして行方がわかるようになるまで金を貸していた証拠も残しておく。
それなのにムルギの借金はムルギの失踪と同時に損失として計上されている。それは何故か。考えるまでもない。ムルギに貸した金が返ってこないことを知っているからだ。つまりムルギは失踪して行方不明なのではなくナッサン商会の手によって消された。だから金が返ってくるはずがないと知っているんだ。
暗殺事件があった直後に何故か無関係のはずのナッサム家が実行犯達の借金を建て替えて払ってやり、行方不明になっただけのムルギの借金はもう返ってこないものとして損失に計上している。これだけの状況証拠が揃っていれば誰が考えても同じ所に行き着くだろう。
「それがどうした!そんなものは証拠になどならん!」
「そうですね。あくまで状況証拠のみでありこれだけでは証拠とはなり得ません」
「ふっ、ふん!そうだろう!」
俺の言葉にナッサム公は満足気に頷いていた。確かにこれはあくまで状況証拠にすぎず決定的証拠にはなり得ない。だけど今の話を聞いていた者達はどう思うだろうか。これだけの状況がありながら証拠はないと強弁するだけのナッサム公やアマーリエを無関係だと思っている者はもういないだろう。そして俺はこの状況証拠だけで勝負するつもりだったわけじゃない。ここからが肝心な部分だ。
「確かにこれだけでは証拠とはなりません。ですからナッサム公爵家及びアマーリエ第二王妃様の会計を調査いたしましょう。これだけの状況証拠がありますので公開調査要求は通りますよね?」
「うっ、むっ……」
俺の言葉にヴィルヘルムは言葉を濁した。ヴィルヘルムは俺がどうするつもりか知らないから何と答えたものかと困っているんだろう。
普段貴族達の会計や帳簿は非公開となっている。表向きの会計は王国に報告している。でなければ収入が確定出来ずかける税金が決められないからだ。だけど当然ながら全員が全てを馬鹿正直に報告しているとは限らない。むしろほとんどの貴族は裏帳簿があって金額を誤魔化しているだろう。
そういった届出られている表の会計は普段は非公開だけど犯罪に関わったりしていれば公開するように要求したり、裏帳簿があるだろうと公開での調査が入ったりするように要求することが出来る。
何もない時ならばナッサム公爵家やアマーリエ第二王妃のような高位の者達の公開調査など出来ない。だけどこれだけ状況証拠があって疑惑が深い状況ならば調査は正当なものとして行なわれるはずだ。そもそもこれで調査を拒否するとなれば自ら何かあると自白しているに等しく、何もないのであれば快く調査に協力するだろう。
「まっ、待ちなさい!何故私までそのようなことをされなければならないのです!私は関係ありません!」
「関係ないのでしたら調査を受け入れられればよろしいのでは?身の潔白が証明されましょう」
アマーリエが自分だけは逃れようと口を開くけど俺が逃がしてやるはずがない。
アマーリエもナッサム公も何故こんなに慌てているのか。別に公開調査を行なったからといってカスパルやヒッグスに暗殺を指示した証拠なんて出てこない。出てくるのは精々ムルギを含めた三人に金を貸したこととチャラにしてやったことくらいだろう。その不自然な金の流れや借金をチャラにしたこともおかしいことではあるけど暗殺を指示してやらせた証拠にはなり得ない。
だったら何故この二人は慌てているのか。理由は簡単だ。もし会計を調べられたら暗殺事件に関わった可能性がある程度の疑惑とは比べ物にならない不正が山ほど出てくるからに他ならない。俺がディートリヒに渡された書類の中にはそういう不正がたくさん載っていた。
もし公式に国の監査が入って全てを調べ上げられたらニコラウス暗殺事件に関与した疑いなんて小さなことになるほどの大事件に発展する。そうなればお家お取り潰しくらいじゃ済まない。一族郎党処刑されるくらいのことになるだろう。それほどやばい案件がゴロゴロ埋もれてる。
ならばアマーリエとナッサム公はどうするか。答えは簡単だ。目の前の軽い罪を認めないために後ろにある大きな罪が発覚するよりは、今目の前の小さな罪を認めて後ろにある大きな罪は隠し通す。だからこの後の展開は……。
「お待ちください!この一件はわたくしめがカスパルやヒッグス、ムルギに命令してやらせたことでございます!旦那様や第二王妃様の与り知らぬことでございます!」
「アンドレ!?」
ナッサム公の隣に控えていた執事が急にそんなことを言い出した。まぁこうなるだろうなとは思っていた。あくまでナッサム公やアマーリエは知らぬ存ぜぬで通し、監査が入ったら困るからニコラウス暗殺についても誰かが勝手にやらせたということで手打ちにする。その犯人としてアンドレと呼ばれた執事が名乗り出ただけのことだ。
これが精一杯だろうな。これ以上追及しようと思っても決定的証拠が足りない。またさっき言ったような会計の公開調査となれば他の不正があれこれと出てきてしまってナッサム家とアマーリエが失脚することになる。そうなれば死なば諸共とやけくそになって内戦に発展するだろう。
このまま執事が勝手にやったことになって落ち着いてもナッサム家やアマーリエが無関係だからと何のお咎めもないままとはならない。それに今日のやり取りを見ていた有力貴族達は額面通りには受け取らないだろう。アンドレをトカゲの尻尾として切り捨ててナッサム公が罪から逃れたと思うはずだ。
直接ニコラウス暗殺に関わった罪は問えないとしても王様からそれなりの罰や謹慎は与えられるだろうし名声としても大きな傷が残る。これからナッサム家やアマーリエが他の貴族家を抱きこもうとしても今回の件で敬遠する貴族家が増えるだろう。与えられるダメージと落とし所としてはここらが限界だ。これ以上追及しようとすればヴィルヘルムとディートリヒは逆に俺を危険と看做してこちらを潰しにくる。
「ごめんなさいアレクサンドラ。今の私の力ではこれが限界だわ……」
「いいえ、フローラ様。フローラ様はお父様の仇を討ってくださいましたわ」
俺がそっとアレクサンドラに謝ると首を振ってそう言ってくれた。本当ならもっときちんと追及して相応の報いを受けさせてやりたい。だけど今いきなりそこまで踏み込めば国を割っての大戦争に発展しかねない。これがギリギリの落とし所だ。
「さぁ!それじゃこれで一件落着ね!今回の件で今後双方報復しようとしたりしないことね。今回の件はこのミコト・ヴァンデンリズセンが見届けたわ。もし今回のことを不服として報復に出ようとすればこの私が相手になるわよ!」
ようやく出番がまわってきたミコトは張り切ってそんなことを言っていた。そんなものに何の効果があるのかと思うかもしれない。でもアマーリエはハンカチを噛みながら俺とミコトを交互に睨んでいた。他国の王族が見届けて決着させたのだ。これを覆そうとするということはヴァンデンリズセン、つまりデル王国の仲介と見届けを否定することになる。そうなればデル王国との戦争だ。だからこれを破ることは王様が絶対に許可しない。
ナッサム公爵家のアンドレという執事はニコラウス暗殺事件の首謀者として取調べられることになった。ナッサム家とアマーリエは直接指示した証拠はないものの監督不行き届きとして一先ず謹慎が言い渡された。
謹慎程度では直接のダメージはないだろう。だけど今回この場で多くの貴族家がナッサム公とアマーリエの態度を見届けた。あれだけ状況証拠がありながら調査も拒否して関係ないと強弁していた姿を見て貴族達はどう思ったか。そしてこれから先どう行動すれば良いと判断したか。少なくとも第二王妃派に未来はないと理解したことだろう。
「ヨハンよ。其方ならきっとこの国を良くしてくれると思っておったがな……。このような結果になって残念だ」
「――陛下!これは何かの間違いでございます!私は何も……」
「黙れ!この状況でもまだそのようなことを申すというのか!」
ヴィルヘルムの一喝でナッサム公は黙った。この状況とはつまり本当はお前が指示していたことはわかっているがここで手打ちにしてやっているのにまだ言い訳するつもりか、という意味だ。それを聞いてヨハン・フォン・ナッサム公爵はただ静かに項垂れたのだった。