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第百二十五話「カスパル!」


 夜会もそれなりに進み盛り上がってきた頃、ホールから離れた別室にて一組の男女がソファに座っていた。片方は縦ロールのドリルになっている金髪のウィッグを被り真っ赤なタイトスカートのドレスを着ている少女、リンガーブルク家のアレクサンドラである。


 その向かいに座るのはすでに中年以上に入っている脂ぎったおっさん、長年リンガーブルク家の御者を務め、他にも庭師の真似事から執事の真似事まであらゆることをこなしていたカスパルだった。


「ようやく……、ようやくこの時が来ましたなぁ、アレクサンドラお嬢様?」


「…………」


 いやらしい笑みを浮かべたカスパルの言葉にアレクサンドラは応えない。まるで感情を表に出していないと思えるほどに無表情に座っているだけだった。ただしその悪役令嬢顔で無表情だとまるで怒っているかのようにしか見えない。


「ふっふっふっ……、今日この夜会でわたくしめとアレクサンドラお嬢様の結婚が発表されればもう取り消すことは出来ません。アマーリエ第二王妃様の名の下で発表されたとあっては例え結婚を取りやめても最早アレクサンドラお嬢様は疵物としてどこにも嫁ぐことは出来なくなりましょう。またリンガーブルク家に婿入りしてくれるまともな貴族家もなくなります」


「………………」


「ですがわたくしめと結婚すればリンガーブルク家はアマーリエ第二王妃様とナッサム公爵様の庇護下に入りこれから先も繁栄することでしょう!リンガーブルク家をあのように冷遇していたカーザース家などよりも遥かに良い待遇で御家再興が出来るのです!素晴らしいでしょう?全てはリンガーブルク家のためにわたくしめが整えたのですよ!」


「……………………」


 カスパルの言葉を聞いているのか聞いていないのかアレクサンドラは一切何もしゃべることすらなかった。しかしついにアレクサンドラはその手に持っていたカップを傾けてお茶を一口含み口を湿らせると言葉を発した。


「お父様を殺した貴方がリンガーブルク家のため?はっ!ちゃんちゃらおかしくておへそでお茶が沸きますわ!」


「なっ!?」


 いきなりのアレクサンドラの豹変にカスパルがうろたえる。王都に移ってからの数年間アレクサンドラはずっと大人しくしていた。そもそもカーザーンに居た頃とてそれほど前に出て意見をするようなタイプではなかったことをカスパルは知っている。


 周りの子供達に担ぎ上げられてもアレクサンドラ自身の本性は前に出て偉そうにするような性格ではなかった。長年アレクサンドラを見てきたカスパルはその内面も良く知っている。知っているはずなのに今のアレクサンドラはまるで知らない者のようだ。


「私が何も知らないとでもお思い?カーザース家臣団を乱すために第二王妃派とナッサム公爵家が貴方を使ってお父様を殺させたのでしょう?そして何食わぬ顔で私とお母様を王都に連れてきてナッサム公爵家の手元に置いた。全ては第二王妃とナッサム公爵家の指示なのでしょう!?」


 アレクサンドラの言葉に……、一瞬驚いた顔をしていたカスパルはしかしニヤリと顔を歪めた。これまでの人の良さそうな顔ではなく醜く歪んだそのにやけ顔は人に嫌悪感を齎す。


「くっ!くはははっ!ええ、そうです!そうですよお嬢様!いや、アレクサンドラ!お前は俺のものだ!ずっと昔からそう決まっていたんだ!それなのにニコラウスの豚野郎はお前を俺によこさないと言いやがった!だからアマーリエとナッサム家の誘いに乗って殺してやったのさ!あんな豚野郎は俺に殺されても当然なんだ!俺はずっとアレクサンドラを見てきた!それこそ生まれた時から!だからお前は俺のものなんだ!」


 豹変して声を荒げるカスパルにもアレクサンドラは怯むことなく落ち着いてソファに腰掛けたまま話を続ける。


「カーザーンの警備隊員だったヒッグスと共謀した貴方はお父様を殺害。監察医も務めていたカーザーンの医師ムルギに偽の書類を書かせてお父様の死因を原因不明として証拠を隠滅。現場を目撃したメイドのアネットにも証拠隠滅を手伝わせた後で殺しましたわね?」


「……やけに詳しいじゃないか。ただの想像……じゃないな。ああ、そうさ!そこまでわかってるなら話は早い!そんなに知りたいなら事細かに全て教えてやる!よく聞くがいい!」


 そしてカスパルは自らの犯行を事細かに説明し始めた。


 当時カスパルは多額の借金を抱えていた。リンガーブルク家の財産を手に入れれば全ての借金を返せると考えたカスパルはニコラウスに自分とアレクサンドラを結婚させるのが家のためになると持ちかける。しかし当然ながらただの平民のカスパルとアレクサンドラを伯爵家という家柄に歪んでいたとはいえ誇りを持っていたニコラウスが結婚などさせるはずがない。


 そのことを逆恨みしたカスパルはリンガーブルク家の悪評や根も葉もない噂をばら撒き家の評判を下げまくった。またアレクサンドラが孤立するように同世代の子供や保護者達にも嫌われるように様々な工作を行い、リンガーブルク家もアレクサンドラも孤立を深めていった。


 全ては順調に行っている。このまま行けばどこからも相手にされなくなったリンガーブルク家を存続させるために唯一まともに接することが出来るカスパルとアレクサンドラの結婚が決まるだろう。最初は借金返済のためにリンガーブルク家の地位と財産が欲しかっただけのカスパルはいつの間にかアレクサンドラ自身に執着するようになっていた。


 そんな時に現れたのがフロト・フォン・カーンとかいう騎士爵の小娘だった。フロトの出現によりアレクサンドラは友達が出来たと孤立から解消されてしまった。だからカスパルはニコラウスにフロトの悪評をあることないこと、いや、ないことないこと吹き込みまくり両者を引き離した。


 最初にアレクサンドラがフロトの掘っ立て小屋を訪れた時にフロトを物凄い形相で睨んだり、ニコラウスにあれこれと報告していたのはそのためだ。


 しかし一度は成功したかに思えたその策略もあっという間に失敗し結局フロトとアレクサンドラはどんどん仲良くなってしまった。


 そこでどうにかしなければと思っていたカスパルは前々から接触してきていたアマーリエとナッサム家の誘いに乗ることにした。カスパルと同じく借金で首が回らなくなっているカーザーンの警備隊員ヒッグスと医師のムルギを紹介されて三人でナッサム家に指示された策を実行に移す。


 まず三人でニコラウスを殺し証拠を隠滅する。そして警備隊員であるヒッグスの部隊が一番最初にニコラウス殺害の現場に駆けつける。あとはムルギが明らかに他殺であるニコラウスを原因不明の急死として書類を偽造する。それで全てがうまくいくはずだった。


 それなのに何故かニコラウス殺害決行のその日、老メイドのアネットが屋敷に残っていたのだ。いつもはとっくに帰っているはずの時間に残っていたアネットはニコラウスの部屋の物音に気付いて様子を見に行った。そこでニコラウスを殺害した三人と鉢合わせになる。


 逃げ出そうとしたアネットだったがすぐに捕まり殺されたくなければ部屋の片付けを手伝えと脅される。そこで渋々片付けを手伝ったアネットだったがこの三人がそれでアネットを見逃すはずがない。結局アネットも殺され死体は見つからないように処理されることになった。


 実はこの時にもう一人目撃者がいたのだ。この日残っていたのはアネットだけではなく若いメイドのハンナも居た。二人で少し遅くまで屋敷に残っていた二人は別れてハンナは帰りアネットはニコラウスの下へ報告に向かったのだ。しかし物音に気付いたハンナもニコラウスの部屋に向かったために偶然にももう一人の目撃者として全てを知ることになったのである。


 カスパルもアネットが残っていて犯行現場を目撃されるという不測の事態があったことからハンナも殺しておく方が良いとは考えていた。しかし当のハンナはニコラウスとアネットが殺されたのを見届けてからすぐに逃げ出し行方をくらませていた。すぐに王都に向かわなければならないカスパルはハンナが何も見ていないことに賭けて捜索を諦めて王都へと向かったのだった。


 その後カスパル達が王都に来ていることを知らなかったハンナはカーザーンに居ると危険だと考えてまさに犯人がいる王都に来てしまっていた。しかし幸運にもカスパルと出会うことがなかった。人も多い王都でほとんどナッサム家の屋敷にいるか、上流階級がウロウロする所にしか行かないカスパルやアレクサンドラと、下町どころか下手をすればスラム並のところをウロウロしていたハンナが出会う確率は極めて低いのは当然だろう。


 そして数年間もカスパル達に出会うことがなかったハンナは先日フローラに発見されて目撃したことを全て話したのだった。


「それで!?それを知ったからどうしたというのだ!アマーリエとナッサム家がついている大人の俺と、友達もまともにいない偏屈な子供のお前のどちらの言うことが認められると思う?お前がそのことを誰かに話しても誰も信じやしない!お前はもう俺の物になるしかないんだよ!」


「きゃぁっ!いやぁっ!」


 立ち上がったカスパルは向かいのソファに座るアレクサンドラに襲い掛かった。無理やりソファに押し倒し、上から圧し掛かる。


「おっと……、衣装を破ってしまったらこの後の結婚発表で困るな。くくくっ!本当なら衣装をビリビリに破いてやりたい所だが今は勘弁しておいてやる。さぁ楽しませてくれよ。ひひひっ!」


 アレクサンドラに圧し掛かったカスパルがその汚い手を伸ばそうとした瞬間……。


「俺のアレクサンドラに汚い手で触るな!」


「へっ……、ぐぴゃっ!」


 カスパルには何が起こったのか理解出来なかった。ただ一瞬のうちに壁に向かって吹き飛ばされて激突してそのまま気を失っただけだ。


 カスパルがアレクサンドラの胸に触れようとした瞬間、我慢の限界とばかりに飛び出したフローラに顔面を思い切り殴り飛ばされたカスパルは部屋の壁まで吹っ飛んで行き激突した衝撃でそのまま気絶してしまった。


 しかしそれは運が良かったのかもしれない。もし意識があればフローラの拳によって潰された顔面の痛みにのた打ち回ることになっていただろう。幸運にも現在は壁に衝突したショックで気絶しているので鼻が潰れている痛みも顎が砕けているショックも何も感じずに済んでいる。


「ふーっ!ふーっ!!はぁっ!」


 そして……、壁に若干減り込んで半分立ったような姿勢で意識を失っているカスパルに近づいたフローラの拳が止めを刺そうとした時、その拳をパシッと掴んで止める者がいた。


「駄目よフローラちゃん。こんな力で殴っちゃ普通の人は死んじゃうのよ?こいつは生ゴミ以下の下衆野郎だけどここで殺しちゃ駄目よ」


「……お母様」


 アレクサンドラが襲われたことで我慢の限界に達し飛び出したフローラは我を忘れてカスパルを殺すところだった。マリアがフローラを止めなければ次の一撃で止めを刺されていただろう。尤も現状でもすでに瀕死と言えるかもしれないが……。


「フロ……、フローラ様っ!」


「あぁ、アレクサンドラ!大丈夫でしたか?」


 体を起こすとアレクサンドラはフロトと言いかけたが思い留まってフローラと呼びながらその胸に飛び込んだ。フローラもギュッと抱き締める。アレクサンドラの体は小刻みに震えていた。震えているアレクサンドラを気遣わしげに撫でながら自分が飛び込んできた扉の方を睨みつける。


「何か……、おっしゃることはありますか?アマーリエ第二王妃様?そしてナッサム公爵様?」


 我慢の限界となってフローラが飛び込んだ扉の向こうにはアマーリエ第二王妃とナッサム公爵の姿がある。そして他にも大勢の者が……。その部屋はコネクティングルームになっており隣の部屋と繋がっている。隣の部屋には大勢の者が居たのだ。


 ヴィルヘルム国王、ディートリヒ宰相の二人をはじめこの国の重鎮や大臣などの重役に就く者、あるいは有力な公爵や侯爵家の当主達、そしてアマーリエにナッサム公爵。大勢の証人の前で今さっき語られたことについて申し開きはあるかとヴィルヘルムにまで迫られる。


「ふっ、ふふふっ……。何を言っているのかわかりませんわね!そのような犯罪者の戯言を真に受けてこの私が何か罪を犯したとでも言うおつもりかしら?王族であるこの私にそのような言いがかりをつけてただで済むと思わないことね!」


 しかしアマーリエはあくまでそう言って強気の態度に出る。ナッサム公爵もアマーリエの啖呵を聞いてから口を開いた。


「そうだな……。その者が私とアマーリエ第二王妃様を貶めようとしたようだがそれがどうしたというのだ?私達が関与したという証拠は何もない。あるのはわけのわからない平民の戯言だけだ。よもやその程度の証拠でこのナッサム公爵を裁こうというのではあるまいな?」


 ナッサム公爵もアマーリエに同調してあくまで証拠はなくカスパルの狂言でしかないと言い張る。


「はぁ……、そうですか……。あくまで証拠はないと言い張りますか……。ご自身で責任を取られれば少しは罪も軽くなったでしょうに……。それでは仕方がありませんね」


 頭に昇っていた血が少しは下がったフローラはそう言って二人の黒幕を見詰めたのだった。



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