第百十八話「重要な仕掛け!」
良い所にヴィルヘルムが来てくれたものだ。ここで王様を捕まえて詰問し言質を取っておくのが俺にとっても都合が良い。ならばここで王様を逃がしてしまうのは愚策。なんとしても捕まえる必要がある。
「御機嫌ようヴィルヘルム様」
「おっ?おぉ、フローラ、良く来たな」
かかった!
俺は今回あえて国王陛下じゃなくて様付けで呼んだ。ヴィルヘルム国王陛下と呼ぶと余所余所しい。俺は普段あえて距離を置くためにそう呼んでいる。だけどヴィルヘルム様と呼んだことで今日は距離感が近いように演出した。それにまんまと騙されたヴィルヘルムは向こうも話し方が砕けてしまった。それはまるで子供や孫に接するかのような会話だ。
「実はヴィルヘルム様にお会いしたいと思っていたのですが、やはりどうしても面会の予約を取っても実際に会えるまでに時間がかかってしまいます。そこで本日はディートリヒ殿下に相談していたのですよ」
「そうかそうか!そんなこと気にする必要はないというのに。これからはフローラがやってきたらいつでも通すように言っておかねばならんな!」
そう言いながらヴィルヘルムはディートリヒの執務室に入ってきてソファにどっかり座った。くっくっくっ!これでもう今更逃げ出せまい。貴様はまんまと俺の罠に嵌ったのだ。
ディートリヒは片手を額において首を振っている。ヴィルヘルムがまんまと俺の罠にかかったことがわかっているからだろう。何しろディートリヒはさっき俺の用件を聞いたからな。ディートリヒだけなら適当にヴァルテック家のことも誤魔化せただろうけど王様が嘘をつくわけにはいかない。この場に座ってしまった時点で俺の勝ちというわけだ。
「ん?何だこれは?新造船の保有申請か……。許可する」
「ちょっ!陛下!」
「ありがとうございます」
ディートリヒに出していた書類を見て王様が即座に許可を出してくれた。孫に甘いおじいちゃんのようだ。ディートリヒは王様を止めようとしていたけどもう遅い。すぐさま俺がお礼を言ったことでこれはもう許可された案件だ。早速一つ片付いて俺としても都合が良い。今日帰ったらすぐに国許に建造開始の手紙を出しておこう。
「それで?余に一体何の用があって参ったのだ?」
にこやかにそう告げるヴィルヘルムが憐れなのかディートリヒはまたしても首を振っていた。でもここで俺がヴィルヘルムを逃がしてやる理由はない。折角獲物が自分から罠にかかりにきたのだから仕留めるまでのことだ。
「はい。ヴァルテック侯爵家が関わっている投資詐欺についてお話をお伺いしたいと思いまして……」
「なっ!?」
俺の言葉を聞いてヴィルヘルムが口をパクパクさせてディートリヒと俺を交互に見ている。王様もクレープカフェでの一件でヴァルテック侯爵夫人のことが聞かれるのは想定内だっただろうけど詐欺の方についてまで聞かれるとは思ってもみなかったんだろう。
「フローラ姫……、さっきのように『詐欺事件』じゃなくて『投資詐欺』と断定するということはもう何か把握しているということだね?」
「はい。もちろん存じております」
うっそで~す。本当は知らないから聞きにきたんで~す。
でも馬鹿正直に何も知らないから教えてもらいに来ましたなんて言ったらはぐらかされる恐れがある。今回のことはそんなに簡単な話じゃない。例えば詐欺の証拠があるからといってヴァルテック侯爵家を断罪してそれで終わりとはならない。
どう考えてもこの件には多くの貴族が関わっている。それらを解明し関わった者に相応の罰を与えて償いをさせようと思ったらプロイス王国貴族社会をひっくり返すかのような大騒ぎになるだろう。だからヴィルヘルムやディートリヒはこの件を公にせず秘密裏に処理するつもりだったはずだ。
例えば事件の全容を公表せずヴァルテック侯爵関係の者だけ何らかの別の罪で断罪すれば表向きのことしか知らない者にはその罪のことしか知れ渡らない。逆に処分された者達のことを知っている者達からすれば詐欺事件関係だとわかり自分達も処分されるかもしれないと思って大人しくなるだろう。
全容解明して関わった者全てを断罪すれば大変な騒ぎになるのは容易に想像がつく。そしてもしそれらの者達が処分を不服として反旗を翻すようなことにでもなれば国が揺らぎかねない。
王様や宰相としてはそんなことは望むことではない。ということで『お前達の悪事も知っているぞ』『あまりやりすぎたらお前達もヴァルテック家のように処分するぞ』という脅しだけかけておいて他の関わっている貴族家は見逃すつもりだったのだろう。
そこへ俺が『ヴァルテック家の悪事もお前達の算段もわかっているぞ』とやって来たわけだからこの二人が慌てふためくのも無理はない。
「勘違いしないでいただきたいのは私は何もそれらに関わる貴族全てを罪に問うようにと言いに来たわけではありません。ただ投資詐欺によって借金を背負わされた被害者の借金をなかったことにしていただきたい。それだけのことなのです」
「「…………」」
俺がそう言うとヴィルヘルムとディートリヒはお互いに顔を見合わせていた。これが俺の妥協出来る最低限だ。交渉としていきなり最低限の所を提示するのはどうかと思うけど、今回は交渉して相手の譲歩を引き出そうとか少しでも有利な決着をしようという問題じゃない。
俺にとってはロッペ侯爵家の借金がチャラになってジーモンが開放されることが目的だ。事がバレれば両親には怒られるだろうけど今後ジーモンがゾフィーやエンマ達に顎で使われることがなくなればそれで良い。
ただしこれは簡単なことじゃない。ヴィルヘルムやディートリヒが最初に考えていた決着よりも格段に難しい決着となるだろう。
まず詐欺で背負わされた借金をチャラにしろということは被害者と加害者を明確にして被害額を出し、その権利を誰が持っているかを明らかにしなければならない。二人が考えていた有耶無耶のままヴァルテック家だけいくらか処分して終わりとはならなくなってしまう。
ジーモンの借金がヴァルテック家に対してのものなのか、アルンハルト家に対してのものなのか、はたまたさらに別の家に対するものなのか。それらを明らかにしないことにはジーモンの借金はなくならない。そしてそれを明らかにするということは結局今回の投資詐欺事件の全容解明をしなければならないということだ。
「関係した全ての家の罪を問う必要はありませんよ。ただそれによって不正に背負わされた借金をなかったことにしてくだされば良いのです。反発する貴族家には『借金をなくすだけで手を打つか、詐欺で罪に問われたいか好きな方を選べ』とでも迫れば良いのではないでしょうか?」
俺の要求が正確に伝わっていないことも踏まえてもう少し補足しておく。俺は別に全容解明して全犯罪者に罪を問えと言っているわけじゃない。何なら今回の詐欺事件の罪自体チャラにしてやっても良い。ただそれで背負わされた借金がなくなって借金を背負わされた者達が自由になれば良い話だ。
「…………わかった。不正に背負わされた借金は無効としよう」
「ありがとうございます。本人達が申告せずに借金が明るみに出ない可能性もありますので捜査は慎重にお願いいたします。それと……、個人的なことではありますがロッペ侯爵家の借金は必ずなくなるようにお願いいたします」
「「……」」
俺の言葉にまたしても二人は顔を見合わせる。
「うむ。必ず全容を解明しロッペ侯爵家もその被害者であれば借金は無効とすることを約束しよう」
「ありがとうございます」
王様から言質を取った俺は上機嫌でお礼を言う。その後は俺も二人のフォローを忘れない。ただ厳しいことを言ってこちらの要求を飲ませるばかりでは煙たがられたり、最悪の場合は暗殺だってされるかもしれない。よくて爵位剥奪で国外追放とかだろうか。
俺も今更この国や開発した領地や仲間達を放って出て行くという選択肢は選べない。それならばこの国が少しでも豊かで良き国になるように俺なりに力添えするだけだ。
政治の話は終わったとばかりに俺は二人に持ってきたお土産を出し、それ以降は楽しく会話してから帰ったのだった。
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カーザース邸に帰った俺はあちこちへの手紙を書きまくる。しなければならないことが山積みだ。一体いつになったら俺は女の子達とキャッキャウフフ出来るというのか。
ほとんどの手紙はヘルムートに託して送ってもらったけど一通だけはまだ手元に残っている。この手紙を出せばもう後には退けない。あの娘と和解するためにはこの手紙だけは慎重に取り扱う必要がある。
「イザベラ、貴女ならば彼女とも顔見知りで接触出来るはずです。まずは貴女自身で彼女にこちらが掴んだ情報を伝えてください。いきなり私の手紙を渡しても拒絶される可能性があります。難しい役目だとは思いますがこれも全ては彼女のため……、どうかお願い……」
本当なら今すぐにでも俺が彼女の下へ駆けつけて全てを話して和解したい。だけど下手に俺が会いに行ってもまた拒絶されてしまうだけだろう。手紙も同じだ。俺の手紙なんて素直に読んでくれない可能性が高い。そして何よりもこの手紙の内容を敵側に知られてしまったら大変なことになる。この手紙は確実に彼女本人が直接受け取って、しかも慎重に扱ってもらわなければならない。
この手紙には彼女がこれまで巻き込まれてきたことの全てや周囲の者達の罪や犯罪まで記されている。罷り間違っても敵がこの手紙の内容を知ってしまうことがあれば俺達だけじゃなくて彼女自身が危険に晒されるだろう。
それでもこの手紙を読んでもらわなければならない。その上で彼女自身にも協力してもらわなければ俺達にはこの劣勢をひっくり返すだけの手段がないんだ……。
俺は自分が情けない。守りたい者を危険に晒して矢面に立たせなければこの状況を覆すことも出来ない自分の力の無さが恨めしい。でも今はそんなことを言っている場合じゃない。後二週間ほどに迫った夜会で決着をつける。そのためには急いで準備しなければ……。
「お任せくださいフローラ様。このイザベラ、命に代えましても必ずや成功させてご覧に入れます。僭越ながらあのお方は私も古くから知るお方です。今の状況から救い出したいと思っている気持ちは皆同じです」
「ありがとうイザベラ。ですが貴女の命を失うようなことは許しません。命に代えても、ではなく必ず生きて成功させてください」
「はい……。フローラ様のお心遣い感謝いたします」
仕掛けはいよいよ大詰めを迎えようとしている。ここで彼女との接触が失敗すれば全ては水の泡だ。この手のことに関しては最も信頼を寄せるイザベラに全てを託して俺は結果を待つことにしたのだった。
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フローラが退出した後、ヴィルヘルムとディートリヒは執務室でソファに身を預けていた。
「ふぅ~~~…………、本当に底が知れぬ娘だ……」
「まったくですね……。一体どこから投資詐欺の情報を掴んできたのでしょうか……」
ヴィルヘルムやディートリヒの情報網を持ってしても今までヴァルテック家達が行なっていた投資詐欺の情報は掴めていなかった。今回たまたまクレープカフェの件でヴァルテック侯爵夫人を引っ張ったお陰で偶然その証拠が出て来ただけのことだ。
だというのに自分達がつい最近知ったほど巧妙に隠されていた組織的犯罪をどうしてフローラが知っているというのか。本当にその情報網は一体どうなっているのか薄ら寒いものすら覚える。
しかも自分達は完全に全容を解明するつもりも、他の者達を捕まえる気もなかったことまで見透かされてこうして釘を刺しにきたのだろう。
『全容を解明して関わった貴族達の弱味を完全に握ってしまえ』
今回のフローラの話はつまりはこう言ったのだ。
全容を解明した上で一部の者達だけを捕まえて裁く。そうすれば他の者達はいつその件で自分達も罪を裁かれるかわからないと怯えて暮らさなければならなくなる。かといって表立って反撃も出来ないだろう。何しろ犯罪を犯していたのは自分達の方なのだ。弱味を握られた関わっていた他の貴族達は大人しくなるしかない。
全員を同時に処分すれば処分を不服として結束して反乱を起こされるかもしれない。だからヴィルヘルム達は全容解明をすることなく有耶無耶にしようと考えていた。しかしフローラが言うように全容解明をした上で見逃しておけば関係者達が結束して反乱を起こすメリットは少ない。そんな余計なことをすれば自分達の犯罪を自白するようなものだ。
ヴィルヘルムやディートリヒが考えている今後のこの国のあるべき姿。今の各地に権限の強い領主が存在し緩い結束でしか纏まっていないプロイス王国を、中央に強い権限のある一つに纏まった国家へと変化させる。その二人の思惑ですらフローラには見透かされている節がある。いや、確実に見抜かれているだろう。
フローラはこれまでも王権が強く、中央に力が集中するように手助けしてくれている。各地の領主達が緩い結束で結ばれている今のこの国の体制では早晩他の国に後れを取ることになるだろう。そうなる前に手を打とうと必死だった二人の政策はフローラの陰からの力添えのお陰でどんどん進んでいる。
今回の件もそうだ。これを口実に領主貴族達の力を弱めることが出来る。二人はいきなり事を進めて領主貴族達にソッポを向かれないようにと配慮しようとしていたがフローラの言う通りにすればむしろ領主貴族達の頭を抑えることが出来る。
さらに急に出て来たロッペ侯爵家だ。二人の耳にもロッペ侯爵家は素晴らしい領主だという情報は入ってきている。それに次男は類稀な魔法の才能を持つ者だとも……。そのロッペ家を今回の件で救い自陣に引き入れよと言われたのだ。
何という慧眼。とても十五歳の少女とは思えない。一体何手先まで読んでいるというのか。
そして船の増強だ。最近敵対関係が進んでいるホーラント王国の船をカーン騎士爵家が矢面に立って防いでくれるという証だろう。これはつまりフローラは王国に逆らうつもりもなく王国のために働くという忠誠も表している。
ここでされた忠言や献策は全て王国と王家のためでありフローラは王国のために働くという意思表示なのだ。
もちろん二人はフローラの反乱など疑ってはいない。しかしそれでもあくまで王国への忠節を尽くし示すフローラには稀代の武人としての気質すら垣間見える。
「これほどフローラに依存してしまってはそのうちフローラやカーザース家に逆らえなくなってしまうな」
「笑えないのであまりそういうことは言わないでください……」
ヴィルヘルムの呟きに本当にそういう未来が来るのではと思ったディートリヒは再び首を振ったのだった。