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第百十七話「飛んで火に入る!」


 ヴィクトーリアの話を聞いてから数日が経っているけど未だに俺は悶々としている。とにかくホーラント王国とナッサム公爵家と敵対するにしろしないにしろ新造船の建造許可は貰っておく必要がある。王国への申請書の作成と、アインスに任せている新兵器開発の進捗状況の確認と、警備隊長のイグナーツに兵員増強と訓練の指示を……。


 あ~~~!やることが多すぎる!何も解決していないのに次から次に問題がやってくる!何だこれは!俺はトラブル体質なんかじゃなかったはずだ!一体誰がこんなにトラブルばかり運んでくるというのか!


 はぁ~……、はぁ~~……。ちょっと落ち着こう。吸って~、吐いて~……、ヒッヒッフー……、ヒッヒッフー……。よし、落ち着いた。


 落ち着いた所で少し状況を整理しよう。まずヴィクトーリアが王都にやってきたのは俺に面倒事を持ってくるためじゃない。どうやらあと二週間ほどに迫ったアマーリエ第二王妃主催の夜会に呼ばれたので出席するためだそうだ。


 そのついでに俺にルーベークやハルク海のことについて教えてくれて、ルーベークと俺の間の渡りをつけようと奔走しているということになる。


 まぁ本当に夜会に出席するのがメインで俺への厄介事のなすりつけがついでなのかどうかはわからない。むしろ俺からすると逆じゃないかという気もする。夜会に呼ばれたという口実で王都にやってきてルーベークの件をこっそり俺に教えてくれたんじゃないだろうか。


 どちらが目的でどちらが建前にしろヴィクトーリアも夜会に出席するということでそれまではずっと王都にいるということだ。


 そしてハルク海の状況だけどカーン騎士爵家にとっては非常にまずい。うちはようやく大型船を運航させて海運業に乗り出したところだ。そのメインの舞台となっているハルク海がホーラント王国とナッサム公爵家に海上封鎖されてしまったら商売上がったりになってしまう。


 カーン家ではキャラベル船やキャラック船という大型の船で大規模輸送を行なっている。快速な新型船のお陰で一度に運べる荷物が増えて輸送期間も短縮されている。結果として輸送コストが下がり商品の値下がりや今まで販路が届かなかった場所への輸送が可能になり商圏が大きくなっている。


 とはいっても今の所、カーン家が貿易しているのはルーベークの東側五十キロほど先にあるウィスマーという港町だけだ。何故そんな近い場所の航路しか開拓していないかというと色々と複雑な事情もある。


 まずうちは海運業に新規参入したばかりの新参者だ。そんな業者がいきなりあちこちの仕事を奪って盛んに海運業に乗り出したら既存勢力はどう思うだろうか?当然新参者が破格の値段で仕事を取っていったら商売上がったりになって潰れることになる。


 そうなればカンザ商会やカーン騎士爵家が周辺の都市や商会から睨まれ、いや、恨まれることになるだろう。ルーベークも干上がり経済が死んでしまう。そこで遠方の儲かる航路は既存の海運業者に任せたまま、まずは近場で新規開拓から始めているというわけだ。


 今まで俺達が獲得した海運の仕事は全て新規の仕事であり、すでに他所の業者がしていた仕事を横取りしたわけじゃない。具体的に言えばカンザ商会やクルーク商会の新しい商品を運ぶ新規事業などの輸送業者として仕事を請け負っている。これなら今まで仕事をしていた他の業者の仕事を盗ることなく共存出来る。


 これから徐々に遠方の航路を開拓しながら新しい仕事を取っていこうと思っていたのにハルク海を封鎖されてしまったら全ての予定が狂ってしまう。うちはまだこれから仕事を取っていく立場だから仕事がなくなっても今までと変わらないけど、現時点でそれらの仕事で成り立っている所は大問題だ。


 何故そんな大変なことを今まで俺が知らなかったのか。もちろん俺がカーンブルクを離れて王都に来てから本格的に海上封鎖が行なわれたからというのはある。だけどそれだけじゃなくてうちの船が狙われずに被害がなかったから連絡が来なかったというのが大きい。


 もしうちの船が沈められたり略奪されていればすぐさま連絡が来て俺の知る所となったことだろう。所が今までうちには何の被害もない。カーン領の者達や業者も噂として周辺海域に海賊やら海上封鎖の船がいると聞いていても自分達が遭ったこともなければどの程度のものなのか実感もないだろう。うちに被害がなく誰も実感がなかったために今まで放置されていたというわけだ。


 じゃあ何故うちの船だけ被害がなかったのか。それはうちの船がキャラベル船とキャラック船という大型快速の船だからだろう。


 この世界の海戦はまだ衝角という体当たり用の杭を船の先につけて相手の船に穴をあけたり、網やロープを相手の船にかけて渡り白兵戦を行なうのが主流となっている。


 地球の歴史でも船に大砲を装備して相手の船を沈めるまでに到るのは相当長い期間が必要だった。中国で発明されたとされている黒色火薬が世界的に広まるきっかけになったのはモンゴル帝国だ。ユーラシア大陸を東の果てから西は一部のヨーロッパまで支配したモンゴル帝国が火薬を利用した兵器を使ったことで世界中に火薬兵器が知れ渡ることになった。


 それから長い時間をかけて徐々に鉄砲や大砲が発明、改良されて今の形になっていくわけだけど、それでも海戦の主役はあくまで相手に接舷して乗り込む白兵戦だった。


 船に搭載されている大砲の役目は少しでも遠くから相手に攻撃して敵の乗組員、つまり白兵戦で戦うことになる兵士を少しでも減らせれば良いというものだった。


 大航海時代の主役のように扱われるガレオン船の時代になると舷側に砲甲板を設けてたくさんの大砲を並べて相手を撃つようになる。それでも結局最後は白兵戦だ。世界的に大ヒットした『カリブの海賊』の映画でも海軍や主人公の海賊船が並走しながら舷側の窓を開けて多くの大砲で撃ち合っている場面を見たことがあるだろう。


 それでも大砲の撃ち合いでは決着はついていない。あくまで相手の勢力を弱めるために乗り込む前に撃ち合うだけであの映画でも最後は相手の船に乗り込み白兵戦をしていた。あれは何も映画を盛り上げるための演出ではなく当時の海戦がああいうものだったからだ。大砲で船を沈めるというのは非常に難易度の高いことだったというわけだ。


 やがて相手にもっと砲によってダメージを与えるためにガレオン船にたくさんの大砲を装備させた戦列艦へと進化していくことになるけどそれはおいておこう。


 この世界では今の所俺は火薬も大砲も鉄砲も見たことがない。地球の歴史でモンゴル帝国が世界各地に火薬を齎したような大帝国が現れなかったためにまだ世界的に広まっていないのかもしれない。あるいは魔法のある世界だから火薬の有用性について理解がない可能性もある。


 そこで俺はアインスにあるものを開発するように指示した。かなり前からある程度の作り方も教えて取り掛からせていたからアインスの研究自体はほぼ完了しているはずだ。これが完成していない理由はうちに金属加工の技術や製造所がなかったからに他ならない。


 そもそも俺の目的のものを作り上げようと思ったら専用の製造所で鋳型を作って作り上げる必要がある。そこらで金属加工だけしてもらえば作れるというようなものではないので金属加工業から育てる必要があった。


 それはともかくこの世界でも地球と同じように未だに相手に接舷しての白兵戦が基本となっている。じゃあうちの船に対してどうやって攻撃するのか。考えるまでもない。攻撃しようがないんだ。


 新型船は旧型船に比べて速力が高い。海賊などが使う快速の小型船ならうちの船に追いつけるだろうけど大きさが違いすぎて乗り込むのも困難だ。そして仮に乗り込めても白兵戦というのは兵の数が力になる。大型船に乗り込んでいる人員と小型船に乗っている自分達、どちらが数が多く勝ち目が高いかは考えるまでもない。


 逆に相手がこちらの船に対抗出来る大型船を出してきた場合には速力が違いすぎて追いつけない。乗組員の数で互角になれるような大型船もない上に、仮に人数を同数に出来たとしてもそもそも追いついて接舷出来なければ白兵戦にもなりはしない。


 敵からすれば追いつける小型船では乗組員の数が違いすぎて戦闘にならず、乗組員の数で対抗出来るだけの船を出してきても速度が違いすぎて追いつけない。八方塞なわけでうちの船は狙われなかったんじゃなくて狙えないというわけだ。


 だから俺達は誰もハルク海の事態を深刻だとは考えていなかった。不審な船がうろついているという噂は聞いていてもそれが他の海運業者の船を拿捕したり略奪したり海上封鎖しているなんて思いもよらなかった。逆にルーベークの者達にとっては封鎖されている海上を悠々と進むうちの船を見て驚いたことだろう。そして期待したんだ。うちの船が護衛につけば今されている海上封鎖も突破出来るのではないかと。


 そして出来ることならうちの庇護下に入りたいと思うようになった。ホーラント王国やナッサム公爵家に力ずくで従わさせられるくらいならうちの庇護下に入って対抗しようと思ったんだろう。


 もし……、俺達がルーベークを受け入れて庇護下におき、ホーラント王国やナッサム公爵家を退けたら今後うちの傘下に入りたいという者が増えるんじゃないかと思う。それは利益だけを考えれば悪い話じゃない。だけど……、俺達が争いの矢面に立つということにもなる……。


 はぁ……、結局振り出しに戻るだな。とにかく今日は王城に行って船の保有の申請と……、捕まったヴァルテック侯爵夫人のその後について少々聞きたい。ヴァルテック侯爵夫人が捕まったことでヴァルテック家の悪事が明るみに出たのならば今までの詐欺行為やロッペ侯爵家が着せられた借金についてもどうにかなるかもしれない。


 ヴィルヘルム国王に会うのが一番かもしれないけど流石に王様に会うのは時間がかかる。気軽に訪ねてすぐ会えるような相手じゃない。なら面会はディートリヒで良いだろう。宰相も暇じゃないけど実務に関わることだと言えば王様よりは早く会える可能性が高い。


「御機嫌よう。面会の予約を取りたいのですが……」


「はい。どなた様への面会でしょうか?」


 王城の受付に声をかけると何の確認もされずにすぐに相手を言えといわれた。こんなので良いのか?もし俺が不審人物で善からぬことを企んでいたらどうするというのか。まぁこの受付の人達とは何度も会っているから俺が誰かもう覚えているなだろうけど……。


「フローラ姫?今日はどうしたんだい?」


「ディートリヒ殿下」


 俺が受付で面会の予約を取ろうと思っているとその相手が廊下の向こうから現れた。どうやらディートリヒは外へ向かっていたようだ。ということはこれから出かけるか帰るのだろう。これはまた後日だな。どうせ今日言って今日会えるとは思っていなかったから約束だけ取り付けておこう。


「ディートリヒ殿下と面会の約束を取り付けようと思って参りました。不躾ではありますが折角お会いできましたので今度お会い出来る日がありましたら……」


「いやいや、そんなに畏まることはないよ。私とフローラ姫の仲だろう?」


 俺の言葉を途中で遮ったディートリヒは満面の笑顔でそういった。どんな仲だよ……。ただの宰相と騎士爵の仲しかないぞ……。


「今日はもう帰るだけだったんだ。何ならこれからでも良ければ空いているよ」


 それは俺にとってはありがたいけどもう仕事が終わって帰ると言っている者に今から仕事をさせるのも気が引ける。だけど結局押し問答の末に俺が折れてそのままディートリヒと会談することになったのだった。




  ~~~~~~~




 遊びやプライベートな話ではなく仕事関係の話なので王城の中に戻ってディートリヒの執務室で向かい合って話をすることになった。ディートリヒはクレーフ公爵家の家に招こうとしやがったけど迂闊にクレーフ公爵家に行くわけにはいかない。あそこにいればまたルトガーの馬鹿が帰って来て鉢合わせになる可能性もある。


「それで早速で申し訳ないけど仕事の話というのは?」


「まずはこちらを……、新型船の建造及び保有に関する申請書類です」


 俺はまずすぐに終わる申請から済ませることにした。これは本来ディートリヒに渡すような書類じゃない。もっと下の方の部署に申請書類を提出すれば良い仕事だ。だけどディートリヒかヴィルヘルムに渡した方が手っ取り早いし許可までの時間も短縮されるから少しばかり二人に会える立場を利用させてもらっている。


「まだ船を持つのかい?……ん?私の目がおかしくなったのかな?キャラベル船三隻にキャラック船三隻?」


「ディートリヒ殿下の目は正常です。各三隻の建造、保有申請です」


「ちょっ!一体何隻船を持つつもりだい?新型船が一気に倍増以上じゃないか!?」


 そうだな。旧型船を除けば、建造中も含めてキャラベル船二隻、キャラック船三隻しか保有していない。そこへきて一気に各三隻ずつとなれば倍増以上だ。


「ディートリヒ殿下ほどのお方ならばハルク海の現状も御存知のはず……。我が領が自衛のための船を確保するのは喫緊の課題だということはご理解いただけるはずです」


「ん……」


 俺の言葉に困った顔をしたディートリヒは視線を泳がせた。海千山千の貴族達を相手に渡り合ってきた大貴族で宰相であるディートリヒがこんな露骨にわかりやすい反応をするはずがない。これは暗に俺の言い分を認めてくれたというサインだろう。


「では申請書類についてはこれで終わりということで、もう一つ……、ヴァルテック侯爵家の詐欺事件についてですが……」


「ちょっ!ちょっ!ちょっと待とうかフローラ姫……。先日のクレープカフェでの一件じゃなくて詐欺事件?」


 俺が侯爵夫人がカンザ商会二号店で暴れた件で経緯を聞きに来たとでも思っていたんだろう。だけど生憎俺はそんなことには興味がない。俺の目的はあの一件で捕まったヴァルテック侯爵夫人から裏の商売が露見しただろうことを聞きにきたんだ。


 ロッペ侯爵家のジーモンも嵌められた投資詐欺にはヴァルテック侯爵家も相当深く関わっているに違いない。そして先の一件で侯爵夫人が捕まったことによってヴィルヘルムとディートリヒもヴァルテック侯爵家の裏の商売に気付いたはずだ。


「我が義娘が来ているというのは本当か!?」


 俺がディートリヒを追及しようと思ったその時、執務室の扉が開かれて髭のおっさんが乗り込んできた。ディートリヒは頭に手を置いて溜息を吐いていたけど俺にとってはカモが葱を背負ってやってきたようなものだ。ディートリヒだけではなくヴィルヘルムにもヴァルテック侯爵家のことが聞けると思った俺はニヤリと笑ったのだった。



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