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第百十六話「ヴィクトーリアが来た!」


 結局昨晩は今後再度話し合うということになってクラウディアは帰って行った。カタリーナが有利すぎるというのはその通りだと思う。これからまた皆で問題点を話し合うんだろう。当事者の一人のはずの俺は蚊帳の外だけどね。


 そんなわけで学園も終わって今日こそは家でゆっくり出来ると思ったのに今日も訪ねてくる人がいた。でも別に嫌な相手というわけじゃない。いや、むしろ久しぶりに会えてうれしいというべきだろうか。


「御機嫌よう。お久しぶりですヴィクトーリアさん」


「フローラ様、お久しぶりでございます」


 今日やってきたのはクルーク商会のヴィクトーリアだ。王都にやってきて少ししてから会っていないから二ヶ月ぶりくらいだろうか。随分久しぶりという気もするしこれくらいは普通だという気もする。


 この世界では長距離移動するだけでも大仕事だ。カーザーンから王都まで移動するのに普通の馬車で一ヶ月前後。徒歩でなら歩く人にもよるけどその倍は考えておく必要があるだろう。王族やヴィクトーリアのように換えの馬を各所に用意していてかなり急いできても十日はかかる。


 一度どこか遠方にでかけると数ヶ月、場合によっては年単位で行ったっきりになる。それを考えれば二ヶ月ぶりくらいなら普通という気もする。だけど日本人の感覚からすれば二ヶ月も会っていなければ随分久しぶりだとも思うだろう。この辺りで両方の感覚を持つ俺は微妙に混乱してしまう。


 まぁどちらにしろこんな危険な世界で久しぶりに知り合いに会えたんだ。それを喜ばない理由はない。今はただヴィクトーリアとの再会を喜べば良い。


 いつもの幼馴染の四人だと執務室や私室でそのまま対応したりするけど流石に大人のヴィクトーリアにそのような対応が出来るはずもない。応接室に案内してもらっておいて俺が応接室へ出向いた。


「なんでもカンザ商会はまた新しい商売を始められたとか」


「新しい商売を始めたというほどでもありませんが……」


 この世界では存在しないファーストフード的な店を出したんだから新しい商売を始めたとも言えるんだろうか?でも俺としてはただ一般用の二号店にカフェを併設しただけで特別新しい商売を始めたという気はしない。この辺りも前世と今生の両方の感覚を持つ俺ゆえのズレだろうか。


「お店の方には後日寄らせていただきますがこちらにも噂のお茶はありますか?よければ少量でも良いので買い取らせていただきたいのですが」


 なるほど……。ヴィクトーリアの狙いはタンポポ茶、ホコウエイか。


 クレープカフェの真似をするのは簡単なことじゃない。カンザ商会だからこそある程度の無茶をして品揃えや店舗の形式を整えたのであって他の者があれを真似しようと思ったら初期投資が高過ぎる。


 多用されている板ガラス、品揃えを増やして注文を受けてから製造販売する方法、材料の鮮度を保つ設備、多少値下がりしたとはいえまだまだ高価な材料の確保。どれもこれもうちは自分の所で賄えるから成り立つ。他の店が真似しようと思ってもまず仕入れの時点で躓くだろう。そして仮に仕入れられたとしても商品価格が高くなりすぎて庶民に売れるとは思えない。


 それに比べて比較的安価で提供しているタンポポ茶『ホコウエイ』は普段庶民には手の届かないお茶の一種が気軽に飲めるとあってかなりの人気だ。あれが普通のお茶だと思われて広まるのも困るかもしれないけど少なくともうちは自分であれをお茶だと言って売り出しているわけじゃない。どこからか勝手にあれがお茶の一種だと広まっただけだ。


 誰も完全なるお茶だとは思っていないにしてもお茶の代用品としてあれだけ安価で大量に売れるということは相当な利益が見込めると並の商人ならわかっている。ただうちが独占的に販売しているし製法も漏らしていないので世間ではあれが何でどうやって作っているのかも謎に包まれているらしい。


 ヴィクトーリアの狙いはホコウエイを俺から買い付けることによって材料や製法を調べようということだろう。


「カタリーナ、ヴィクトーリアさんにホコウエイをお出しして」


「かしこまりました」


 俺の意図を正確に読み取ったカタリーナが部屋を出て行く。俺とヴィクトーリアとイザベラだけの三人が残った部屋に一瞬の静寂が訪れた。


 それにしてもイザベラとヴィクトーリアは姉妹のはずなのにあまり話さない。俺がいない所で二人で話しているのかもしれないけど少なくとも俺は二人が姉妹の会話をしているのを見たことがない。


「失礼いたします」


 少しして戻ってきたカタリーナがヴィクトーリアの前にカップを出す。先に出されていた普通のお茶ではなくタンポポ茶、ホコウエイがヴィクトーリアのカップに注がれる。


「これは……、人気が出るわけですね」


 そうか……?正直俺は微妙な気もするけどね。多分俺は代用コーヒーとしてタンポポコーヒーのイメージがあるから余計にそう思うんだろう。ただのタンポポ茶として考えたらちょっと香ばしい麦茶のような感じで飲めなくはない。だけどそんなに大人気になるほどという感覚は俺にはわからなかった。


「気に入っていただけたのならば何よりです。それで……、この『ホコウエイ』は一体いくらで買い取っていただけるのでしょうか?」


 俺はなるべく落ち着いて余裕のある振りをしながらヴィクトーリアにそう語りかける。俺はヴィクトーリア個人としてもクルーク商会としても大変お世話になっている。だけど商売は商売だ。いくら現代風に言えば提携関係にあるとは言ってもうちの商品の秘密を漏らすというのならば相応に対価を払ってもらわなければならない。ここでなぁなぁで済ませては将来大変なことになる可能性もある。


 とはいえホコウエイは俺が最初から安い値段設定をして売り出したんだから今更高級品として売り出すことは出来ない。所詮は薄利多売の安物であり世間に浸透させるためにもうちだけじゃなくて他にも大々的に売ってもらう方が浸透しやすいだろう。


 うちだけが独占販売するよりも安物の商品を提携先であるクルーク商会に公開して恩を売っておくほうが利益がある。利益を独占しすぎたらいらぬ敵を作ることにもなるし寡占状態すぎるのも経済にあまりよくない可能性もある。


 カンザ商会が独占し、クルーク商会に情報を流し複占し、クルーク商会から関係商会へ流れ寡占化され、最終的にはそれらの商会から各地へと情報が流れていく。その過程でカンザ商会やクルーク商会が独占や寡占状態のうちに利益を回収すれば開発費や初期投資は回収出来る。そうして徐々に市場に技術や商品が浸透していけば良い。


「そうですね……。このお茶は大変素晴らしいので……、対価はルーベークでいかがでしょうか?」


「……は?」


 ルーベーク?ディエルベ川の河口にある町のルーベークか?


「ルーベークとはディエルベ川の河口の町のルーベークですか?」


 考えたこととほとんど同じことを口に出して聞いてしまった。でも他に言いようがない。


「そうです。そのルーベークです」


 もう一口ホコウエイを飲みながらヴィクトーリアがしれっとそう答える。まったく意味がわからない。町は売り物じゃないしヴィクトーリアの持ち物でもないだろう。


「少し話を聞いていただけますか?」


 カップを置いて真面目な顔で俺を見詰めてくるヴィクトーリアに俺もしっかりと目を見て頷いたのだった。




  ~~~~~~~




 ヴィクトーリアが帰った後に自室で少し考える。ヴィクトーリアはまた面倒な話を持ってきてくれたものだ。


 カーン騎士爵領とルーベークは縁が深い。カーンブルクとキーンを結ぶ陸路の他に水路も確保されている。その水路の途中にあるのがルーベークだ。カーン領開発の初期には職人や資材等をカーザーンやルーベークから仕入れた。そういったことで経済的な結びつきも強いと言える。


 また河口は次第に流れてきた石や砂で埋まってしまう。水深を確保するために定期的に川底をさらわなければならないわけだけどそれは経済的に重い負担となる。うちではガラスを製造するために川底の珪砂が欲しい。そこで川底をさらって余った珪砂をうちが買い取ることで河口整備の費用が多少なりとも捻出されている。


 今までは川底をさらっても利用価値がなく邪魔なだけの砂が溜まるだけで全額費用を負担しなければならなかったものが、うちが珪砂を買い取ることで河口整備の費用の足しになるくらいにはなるようになった。また余って山積みになっていた砂も消えてくれるようになってルーベークにとっては一石二鳥だったはずだ。


 もちろんうちとルーベークでは商売敵になっている面も存在する。特にうちが造船業を盛んにしているから河口で海にも面している港町であるルーベークの主要産業と重複している。


 ただこちらもルーベークが作る旧式の小型船とうちが作る新式の大型船では需要が異なる。独占的に造船業を営んでいた頃に比べれば利益は落ちているだろうけど致命的というほどではなかったはずだ。というより俺がそれくらいに調整しているのだから……。


 俺の目的はルーベークを潰すことでも主要産業を乗っ取ることでもない。近い地域に存在するもの同士共存出来れば良いと思っての役割分担だった。事実俺が王都にやってくるまでは大きなトラブルもなくうまく共存出来ていたはずだ。


 だけど今ルーベークは存続の危機に立たされているらしい。理由は貿易封鎖だ。ルーベークは元々海に面していることから北方や東方との貿易や海運業で利益を上げていた。その流れで造船業も盛んだったわけだけど前述通り造船業の独占はうちが参入したことで崩れている。とはいえうちの大型船は他所には売っていないし旧来の小型船には大々的には手を出していないのだからそちらの需要は十分にあるはずだ。


 ルーベークの経済を支えていた海運や貿易だけど何でもカーン領、カーザース領から西方にあるホーラント王国がプロイス王国北東の海、ハルク海を封鎖しているという。


 ホーラント王国というのはうちからさらに西方にありフラシア王国の領土に囲まれた海沿いにある小国らしい。この国や地域については色々とややこしい経緯がある。


 ホーラント王国の周辺は元々プロイス王国の領土だったという歴史的経緯がある。そしてホーラント王国もプロイス王国系の諸侯が治めていた土地だ。そこからオース公国と婚姻関係が結ばれてオース公国の王族所縁の者が治める地となった。


 だけどもしプロイス王国やオース公国がホーラント王国の領域まで支配していれば北西の魔族の国と国境を接する国がプロイス王国だけになってしまう。当然そうなれば対魔族の防衛の負担は全てプロイス王国だけが担わなければならなくなる。


 周辺国家が協力してようやく対抗している魔族の国に対してプロイス王国一国で対抗しろというのは無理な話だ。そこにつけ込んだフラシア王国が魔族の国に接するまでの領土を割譲するように迫ったらしい。これはそこそこ前の話であって今代の国王陛下が決めたことじゃない。もっと前からこうなっていた。


 その割譲案を受け入れた結果ホーラント王国はプロイス王国と国境を接することがなくなり飛び地となってしまった。オース公国の影響力も弱まり今ではかなりフラシア王国寄りになっているとのことだ。そしてそのホーラント王国にナッサム公爵家が接近しているという。


 ルーベークは自由都市と呼ばれるものでありどこかの領主の支配下にあるというわけじゃない。魔族の国の半島より東側、うちから見て北東にあるハルク海と呼ばれる海で貿易を行なうことで成り立っている。北方や東方各国、各都市とハルク海貿易を行なっていたルーベークにとってハルク海を封鎖されることは死活問題だ。


 ホーラント王国と手を結んだのか、中に入り込んだのかはわからないけど、ナッサム公爵家とホーラント王国がハルク海貿易を牛耳ろうと海上封鎖を行い各国各地の貿易の妨害を行なっているというわけだ。


 これで被害を受けるのはルーベークだけでなくハルク海貿易に関わる全ての商会や各都市全てが困ることになる。そしてもしハルク海貿易を一手に引き受けることが出来れば莫大な利益を生み出すだろう。ナッサム公爵家とホーラント王国はハルク海貿易を手中に収めようと動いているというわけだ。


 ヴィクトーリアが持ってきた話は俺がナッサム公爵家とホーラント王国によるハルク海貿易掌握を阻止し、カーン騎士爵家がハルク海貿易を取り仕切る立場になれという話だ。そうしてルーベークを救ってくれるのならばルーベークはカーン騎士爵領に入りカンザ商会も受け入れるという。


 確かに物凄く魅力的な話ではある。もしハルク海貿易をうちが掌握出来れば莫大な利益が上がるだろう。ルーベークはうちにとっても重要な地点にある。万が一にもルーベークが敵対勢力に占領されればキーンからカーンブルクやカーザーンへの水路が遮断されてしまう。うちが押さえて自由に防衛出来るというのならそれほど助かることはない。


 だけどその代わりにホーラント王国とナッサム公爵家と事を構えることになる。うまく行けば利益は計り知れないだろうけど失敗すればカーン騎士爵家が吹っ飛ぶかもしれない。


 うちにとっても海路を押さえられるのは避けたいし海上封鎖されては今後の活動にも響く。どちらにしろホーラント王国とナッサム公爵家との対決は避けられないのかもしれない……。


 それはわかってるけど皆を戦争に巻き込むかもしれないと思うとその決断が中々出来ない。悶々としたまま更けていく夜空を窓から眺めていたのだった。



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