第百十五話「冷静に考えてみれば?」
日が暮れる前にルイーザは帰って行った。そして次なる刺客がやってくる。
「フ・ロ・ト~、来たよ~」
「クラウディア……」
予想通りというか何というか、何の意外性もなく当然のようにクラウディアもやってきた。辺りは少し暗くなっている。近衛師団の勤務が終わった帰りなんだろう。クラウディアなら王城から家に帰るルートを変更して少し遠回りすれば毎日でも俺の家に寄ることは可能だ。ただし時間も遅いしそういつもいつも寄り道してくるということはない。
クラウディアだって騎士爵家のご令嬢なわけで一応それなりの教育は受けている。本人は勉強よりも剣を振る方にばかり頑張っていたようだからご令嬢としての教養は少しばかり足りないかもしれないけど、貴族としての最低限の振る舞いくらいはお手の物だ。
そんなクラウディアだからこそ普段は毎日のように俺の家に寄っていくなんていう無作法はしない。アポもなく毎日遅い時間に相手の家に寄っていくなんて現代人でも無作法な人だなと思うだろう。ましてやここは中世封建社会的な国であり爵位が圧倒的に上なカーザース辺境伯邸にそう毎日寄ってなんていけない。
これが俺がどこかに一人で暮らしていればクラウディアの性格なら毎日寄って帰るだろうけど……。さすがに辺境伯邸に毎日寄っていくほどの図太さや無神経さはないというわけだ。
「フロト~……、今何か変なこと考えてない?」
「いいえ?考えていませんよ?」
じとっと見てくるクラウディアにしれっと答えておく。こういう時は焦ったり視線を逸らせてはいけない。あくまで自然体で突き通すことが肝心だ。
「まっ、いいや。それじゃさっそく……」
「ちょ、ちょ、ちょっ!何をしているのですか?」
俺の執務室に来たクラウディアはパサパサと着ているものを脱いでいく。急にどうしたというのか。俺は必死で視線を逸らせようとしながらもついついクラウディアの引き締まった肢体を見てしまう。
「何って?どうせ僕が帰ってくるまでに皆と楽しんだんでしょ?今日から解禁だって聞いてたし。だから僕とも楽しもうよ」
「ちょっ!まっ!ちがっ!違います!クラウディアは何か勘違いをしています!カタリーナ!カタリーナ~~~!」
もうどうしていいかわからずパニックになった俺は扉の外に控えているであろうカタリーナを急いで呼んだ。するとすぐさま扉がバンッ!と開かれてカタリーナが飛び込んできた。
「クラウディア!一体何をしているのです!」
「え~?何ってナニだけど?」
ナニって……。クラウディアはどこかおっさん臭いことを言い放った。俺はその言葉でフリーズしてしまったけどカタリーナには効かなかったようだ。
「とにかくまずは服を着なさい!」
「え~……、何だよぉ……。僕だけ仲間はずれ~?」
「いいから早く!」
カタリーナに言われたクラウディアは渋々服を着始めた。ようやく落ち着けるとばかりに俺は肩の力を抜いて溜息を吐いたのだった。
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カタリーナがクラウディアを抑えてくれたお陰で大事にならずに済んだ。あのままクラウディアの暴走を許していたらきっと今頃……。あれ?でもそれって別に俺にとって悪いことでもないんじゃ?クラウディアと組んず解れつムフフで?むしろ俺はそういうのを望んでいたんじゃ?おかしいな……。何で拒否したんだろう?
「ですから口付けを交わしたりフローラ様の操を奪うようなことは駄目だと言ったではありませんか。しても良いのは少しの誘惑と軽く体に触れることだけです。私達だってそのようなことまでしかしていません」
「え~?そうなの?じゃあまだフロトの体は誰にも開かれていないんだね?僕が一番手になる可能性もまだあるってことだよね?」
…………何かおかしい。カタリーナとクラウディアの会話を聞いて俺は何か背筋に薄ら寒いものを覚えた。
確かに俺は女の子とキャッキャウフフしたい。だけどそれは俺が食べられるような形じゃないはずだ。もっとこう……、女の子同士の初心な触れ合いというか……、こう?なぁ?わかるだろう?少なくとも俺が望んでいるのは俺が襲われて強引に体を奪われるようなものじゃないはずだ。俺にいじめられたい属性は存在しない。
それなのにカタリーナとクラウディアの話を聞いている限りではまるで俺が皆に食べられるかのような話に聞こえる。これはどう考えてもおかしい。今生は女に生まれたとは言っても俺は元男だ。ここは俺がガツンとリードしなければならない所じゃないだろうか。
「じゃあこれならいいんだよね?」
「ひぇっ!」
俺が考え事をしていると突然左側に柔らかいモノが押し付けられて驚いた。左を見てみればいつの間に俺の横にやってきたのかクラウディアが俺の左腕を自分の胸に抱き寄せている。
「そうですね。それくらいの接触なら私達もしました。密約でもそれくらいは可であると約束しましたよね」
密約って……。その対象である俺に堂々と話している時点で果たして密約の意味はあるのだろうか?そしてカタリーナさん……、貴女は何故俺の右腕を抱き寄せているんですか?どさくさに紛れて自分も参加するつもりですか?
「じゃあフロトの方が我慢出来なくなって押し倒してくれるように頑張って誘惑し~ちゃお。フロトの方から襲ってくるのは良いんだよね?」
「そうですね。それは止むを得ません。フローラ様が我々を求めているのに断るということは出来ないでしょう。その場合は良いと密約でも決めましたよね」
クラウディアとカタリーナがますます俺に自分の胸を押し付けてくる。今日皆に押し付けられた胸の大きさから大体全員のプロポーションがわかった気がする。
ミコトは普段からサラシで胸を潰しているからサラシを解いた時は普段よりはまだもう少し胸があると思う。だけどそれでも一番貧相な体型なのがミコトだ。胸もお尻も小さくてツルペタロリ体型と言っても良いかもしれない。ただしたぶん標準的日本人くらいには胸もお尻もあるからまったく何もないロリ体型と言うほどではない。
次に凹凸が少ないのはクラウディアだろうか。クラウディアはそれほど胸も大きくないしお尻も大きくはない。そして腰も太い。ただし太っているわけではなく筋肉質で引き締まっているからであって胸やお尻が目立たないのも同様の理由からだ。俺達の中では長身なこともあって長身スレンダースリム体型に見えなくもない。まぁ実際にはそこそこ筋肉もついているし胸もあるからスリムやスレンダーは少々違うのかもしれないけど……。
三番手はカタリーナだ。カタリーナは幼少期に栄養失調だったこともあって成長不良というほどではないけど貧相な体つきと言えなくもない。ただ栄養失調の名残かお腹は少々ぽっこりしている。その分胸やお尻もポヨポヨプニプニしている感じだ。
四番手、この四人の中で一番胸が大きいのが意外にもルイーザだった。ルイーザも普段農作業をするためにサラシのように胸を潰していたのか脱いでみると案外大きかった。二歳年上で俺達の中では一番上だというのもあるだろう。何しろ俺達はまだ十代中頃なんだからこれからまだまだ成長する余地はあるはずだ。
まぁ……、でも実は俺は知っている。この四人は確かに誰が大きい小さいはあるけど体格差もあるし胸囲の違いもあるから厳密に誰が一番だの誰がビリだのと一概には言えない。カップとして考えた際の順位が上の順であってトップのサイズという意味ではまた順位が変わってくる。クラウディアなんかは胸囲としては大きいからね。
そんな小さな争いと違って確実に他の四人よりバストサイズが大きいのが何とアレクサンドラだ。学園で見かけたアレクサンドラの胸は大きかった。真っ赤なドレスの開いた胸元からたわわに実ったアレクサンドラのおっぱいが零れそうになっていたくらいだ。胸囲でもカップでも確実にアレクサンドラが一番だろう。もしかしたら俺よりも大きいかもしれない。
ちなみに俺もアレクサンドラと同じくらいのサイズがある。他の四人と比べたら相当大きい部類だと思う。まぁ俺は母があれだけグラマラスな体型をしているんだからその血を引いている俺も似たような体型になる可能性はあるだろう。
「フローラ様!今よからぬことを考えておられますね!?」
「なっ、何のことですか?」
急にカタリーナにそう言われて声が裏返ってしまった。明らかに怪しいと自白しているようなものだ。
「僕達の胸が小さいとか考えていたのかなぁ?」
「えっ!?なっ、なぜ……、あっ……」
しまった!これはもう自白したも同然だ。だけど何でそんなことがバレたんだ?まさか心の中を読む方法でも?
「フローラ様がブツブツと口に出しておられたんですよ……」
「……え?私が?独り言を言っていましたか?」
「うん。誰の胸が何番だとか言ってたね」
…………そうか。どうやら時々俺の考えていることを的確に指摘されると思ったら考えていることをブツブツと声に出していたようだ。気をつけよう。考え事に夢中になっているとつい口から出てしまう。そんなことってありますよね!
「そうですか……。アレクサンドラ様は大きいのですか……。それは早急に対策を考えなければ……」
「僕達皆そんなに大きくないらしいからねぇ~。だ・れ・か・さんの言うことには」
「うぅ……」
言い訳のしようもない。でも事実だし……。それに小さいから嫌いってことないし……。むしろ俺はちっぱいも好きだし……。
大体大きくてもあまり良いことはないんだよね。動くと揺れて痛いし前に重心が傾いてしまって姿勢が悪くなりやすい。肩が凝るというのは今の所あまり感じないけどそれは若さゆえだろうか。前世でも十代までは肩凝りというか体の凝り自体感じた覚えがないのに歳を重ねる毎に体の凝りを感じるようになっていた。この胸も将来肩凝りの原因になるかと思うとあまり実って欲しくない。
そもそも自分の胸が実っても何も楽しいことがないし……。少し膨らんできた頃くらいはちょっと触ったり揉んだりしてみたけど当時はまだ成長段階で硬かったし触っても痛い方が大きかった。そんな経験をしている間に自分の胸に対して興味を持つこともなくなった。男が自分の息子さんを見てエロいとかいちいち考えないのと一緒だ。結局自分についている物だったらエロいとは思わなくなるというわけだ。
「それはそうとカタリーナはずるくないですか?他の三人は一緒に住んでいるわけではないのでそれぞれ会える場所も時間も限られています。それに比べてカタリーナは一緒に暮らしていて朝から寝るまでいつでも会えます。これはカタリーナだけずるいのではないでしょうか?抱き付いてきているのだってルイーザが来ていた夕方に続いてクラウディアが来ている今も便乗していますし……」
「……そうだね。そう言われたらその通りだ。カタリーナだけずるいね。そんなに毎日ずっと一緒に居たらカタリーナだけ有利すぎないかな?」
「うっ……、それは……」
俺の言葉にクラウディアが賛同したことでカタリーナは視線を逸らした。どうやら自分でもわかっていたようだ。むしろもしかしたらもっと積極的にその立場を利用しようとすら思っていたのかもしれない。
この密約とやらももしかしたらそうだろうか?最初に言い出したのは辛抱の利かないミコト辺りだろうけどそれに便乗して賛成して皆を丸め込んだのはカタリーナである可能性が高い。何故ならこれはカタリーナにとって非常に有利だからだ。
極端に言えば朝から晩までずっと俺に接触するチャンスがあるのはカタリーナだけということになる。そしてそうやって誘惑していれば恋人争いでも有利になりやすいだろう。
もちろん下手に接触回数が多かったり常に一緒に居るが故にかえって嫌がられるということもある。たまにしか会わない恋人の粗は見え難いものだけど同棲したりして常に一緒に居る相手のことは細かいことまで見えてしまう。そして一つのことが嫌になるとあれもこれもとすぐに不満が溜まってしまうものだろう。
長時間常に一緒に居るというのは有利でもあるけど危険も孕んでいる。ただしその危険を乗り切れる自信があるのならばこれほど有利なことはないだろう。
「ちょっと対策会議が必要だね。場合によってはフロトへのお触りの再禁止も考えよう」
「え?あっ!ちょっ、待ってください!クラウディア!落ち着いて。それでは貴女もフローラ様と接触出来なくなってしまいますよ?」
急に態度を変えたクラウディアにカタリーナが慌てて食い下がる。カタリーナがこれだけ慌てているのも珍しい。でもそれはやっぱり指摘されたことが的を得ていたからか……。
「でもこのままじゃカタリーナが有利すぎるよね。今のだって僕がフロトに迫っていたのにちゃっかりカタリーナも混ざっているし。カタリーナは他の三人の行動をフロトと一緒に見ていられるけど僕達はカタリーナの行動を常時監視は出来ない。僕が帰った後にフロトとカタリーナが二人っきりになったら誰も気付かないし止められない。これはずるいんじゃないかな?」
「うぅ……」
完全にカタリーナがやり込められてしまった。最初にその意見を出してそこまで誘導したのは俺だけど俺だったらここまでカタリーナに言い切れなかっただろう。ルイーザも他の人に対しては大人しいし貴族相手だと思って控えめだからそこまでは言わないだろうな。俺には厳しいけど……。ミコトもはっきり言うタイプだから今のクラウディアのようにはっきり言ったことだろう。
あれ?結局誰に対しても弱いのは俺だけなんじゃ?あれ?