第百十四話「解禁日!」
あ~、今日は散々な目に遭った。王様達に付き合わされて余計な時間を取られたこともそうだけど、何よりあの最後に身分を明かした後で俺に声をかけてきたのがいただけない。お陰で俺まで変に注目されて帰ってくるのも一苦労だった。俺の後をつけてきている者も居たからカーザース邸に帰るまでに巻くのに色々と小細工をしなければならなかった。
まぁ過ぎたことなのでこれ以上グチグチ言っても仕方ないんだけど、それでもやっぱり多少は言いたくもなるってものだ。あの二人が暴れる将軍やご老公みたいなことをしたいのなら勝手にすれば良いけど俺まで巻き込まないで欲しい。俺はこっそり町を見て回りたいだけで世直しをしたいわけじゃない。
お風呂も夕食も終えてベッドの縁に腰掛けてふとベッド脇に目を向けてみればサイドテーブルの上に置かれている包みが目に入った。そういえばこんなものを受け取ってきたんだったな。中身が気になるので早速目を通してみることにする。
………………
…………
……
「これは……」
ディートリヒに渡された包みの中にあった書類を見て俺は目を見張る。そうか……。ヴィルヘルムとディートリヒはこれを俺に渡すためにわざわざ今日こんなことをしたのか。
その中に記されていたことはとても重要なことだ。そして本来であればヴィルヘルムやディートリヒの立場でこれを俺に渡してはいけないものだろう。だからこそ今日はあえて王様と宰相としてではなくただの一般人として町に出てカーザース邸以外の場所でこれを渡したんだ。
もしこれを王様や宰相がカーザース邸という高位貴族の屋敷内で渡していたことが万が一にも公になれば大変なことになるだろう。それを防ぐためにあえて俺達はただの一般人で、町中にある無関係である普通のカフェでわざわざ渡したんだ。まぁカンザ商会のクレープカフェが俺に無関係かどうかは微妙なところだけど……。
ともかくこの情報は非常に助かる。この書類をそのまま証拠には使えない。もしそんなことになればこの書類の出所はどこだという話になってしまう。あくまで俺達はこの証拠を元に自分達で調べなおして証拠を集める必要がある。
それでもこの情報は非常に有効だ。ヴィルヘルムとディートリヒの心遣いに感謝しつつ俺はイザベラとヘルムートに裏付けを取ってくるように指示を出したのだった。
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翌日相変わらず俺以外まだ誰も来ていない学園で予習をしていると思わぬ人物がやってきた。
「御機嫌ようフローラ」
「ミコト……、御機嫌よう」
ミコトはいつも遅刻ギリギリくらいにならないと来ない。そんなミコトがまだ俺以外誰もいない時間にやってくるなんて珍しいこともあるものだ。
「ねぇ、昨日は一体何だったの?」
そして早速昨日のことを聞いてくる。その話を聞きたいがために今日は頑張って早くに来たんだな……。
「まぁ……、少し……」
「何よ?私にも言えないようなことなわけ?」
言えない……か。そうだな。あまり言わない方が良いだろう。もちろんこちらで調査して裏が取れれば皆にも話すつもりではあるけど、誰から情報提供があったとか、まだ裏も取れていない段階で言いふらすというのは得策じゃない。
「まだ調査中ですので……、こちらで裏が取れればまた皆さんが集まっている場でお話しますよ」
「あぁ、そういうこと。あっちの件に関わることなのね。わかったわ」
ミコトも察してくれたようだ。皆が協力してくれることになった件についてはあまり下手なことは出来ない。皆にもそれは伝えてあるし不用意に情報を漏らさないようにも言ってある。皆だってそれくらいは考えてくれている。
ミコトだって馬鹿ではない。こんなどこに誰がいるかもわからない場であの件に関する情報をホイホイ話せないのは重々承知してくれているというわけだ。
「それじゃ昨日の話はもういいから他の人が来るまで私と一緒にお話しましょ?」
「うっ!」
少し妖艶に微笑んだミコトがギュッと俺の腕を抱いてくる。右腕に押し付けられている慎ましい膨らみの感触に俺の全神経が我知らずに集中されていた。
何て顔をするんだミコト……。これが本当に俺と同い年の十五歳か?体つきだって皆の中で一番子供っぽいというのにこの色気は何だ……。もしここが前世の俺の部屋で二人っきりだとわかっていたらそのまま押し倒してしまっていたかもしれない。
流石に学園の中でいつ誰が来るかもわからないのにそんなことはしないけど、逆に言えばそんな場じゃなければ押し倒してしまっていたかもしれない。そんなミコトを相手に話すだけでもドキドキして相当緊張してしまっていたのだった。
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今日は何事もなく家に帰ってくることが出来た。ヴィルヘルム達が押しかけてくることもなければ皆が家に集まってくることもない。フリーダムな時間を満喫……、は出来ないな。俺はこれでも色々と忙しい。領地運営の書類や商会の書類もどんどん送られてくるから手が空く暇もない。
アレクサンドラの件もどうにかしなければならないし、ジーモンとロッペ侯爵家のこともある。ヘレーネ達も最近は大人しいけど諦めたとも思えない。今は次の嫌がらせへの準備期間と考えるべきだろう。
書類を整理しているとふと目に入ったものがあった。それほど急ぎの書類ではないはずだけど早めに対処しておいた方が良いものだ。それは船の建造、保有申請。また船を作るのかって?もちろん作りますよ。俺は基本的に海洋民族だから海はとても重要だと思っている。さらにミコトに魔族の国の地理について少々聞いたから余計にだ。
魔族の国はどうやら半島になっているらしい。カーン領の北西の海から魔族の国を迂回していけば北東の海に出られるというわけだ。さらに魔族の国から北上していけばデル王国という国もある。これらの国との交易や海防など様々なことを考えればまだまだ船が足りない。
カーン騎士爵家だけでプロイス王国の海を守ろうとは考えていないし、俺達だけがそこまで責任を負ってお金や人の負担を背負うつもりもない。だけど少なくともうちの領地が攻められた時に身を守れるくらいの防備は必要だろう。それに他の者が進出してくる前に貿易を押さえておくというのは有効だ。
カーン領での大型船の造船所が間もなく完成するという報告書が来ている。造船所が出来ているのに乾ドックを空にしたまま使わないというのはもったいない。造船所に余裕があるのだから建造を開始したいというわけだ。
まぁそれは本当は逆だな。もっと船を作りたいからこそ造船所を増やしているわけで、造船所が空いているから職人達の仕事を切らせるわけにはいかないから船を造ります、というのは言い訳だ。
ともかくカーンブルクの小型船用造船所もキーンの大型船用造船所も間もなく新しく増設されることになる。そこで建造する船の保有について国に申請しておかなければならない。それから船員と海軍の増強だな。訓練は一朝一夕では出来ない。船を増やすからには船員達も増やして訓練も開始しなければ……。
そういえばオリヴァー隊がこちらに来ているから警備隊の増強も必要だな……。カーン領は人口に比べて兵が多すぎる気はするけどうちは農作物の税収だけで兵を養っているわけじゃないから予算的には問題はない。ただあまりに人手を兵に取りすぎたら農作業や開拓作業が滞る可能性もある。かといって今の情勢下であまり下手な入植者は増やせない。
どうにも俺には政敵が多いようで今頃入植したいなどと言ってくる者の中には他の家や勢力のスパイが紛れ込んでいると見ておく必要がある。新しい開拓村の建設やただの農作業ですらうちには秘密が多い。あまりに信用出来ない者には簡単な作業ですら任せられないというのは痛い所だ。
カーン領では開拓村の建設方法だって他の領地とは大きく違う。上下水道を先に整備してから街道も舗装して計画的に家を建てていく。それらの中で使われている技術や建築方法、効率的な作業手順等、漏らせない情報も満載だ。
また農作業でもうちだけが使っている肥料があったり、連作障害回避手段だったり、農機具だったり、とにかく農作業ですら漏らせない秘密がある。
どうしても少しずつ情報が漏れてしまうのはやむを得ない。それに永遠にうちだけが独占しておこうとは思っていない。プロイス王国が豊かになって国力や生産物が豊富になるのは俺にとっても歓迎すべきことだ。ただし俺達が利益を回収する前に広まってはこちらも困る。それに同じ国内でも俺の敵もいるわけで誰にでもホイホイ広まれば良いということはない。
色々と考えながら書類を片付けていると扉がノックされた。返事をすると入って来たのはカタリーナと……。
「ルイーザ?どうかしたのですか?」
はて?今日はアレクサンドラ救出作戦の会合がある日でもないし何か緊急事態でもあったのだろうか?
「ごめんねフロト。来ちゃった」
え?何?ルイーザがほんのり赤くなりながら俺の方へと寄ってくる。
「あっ、この香りは……」
「わかっちゃった?」
俺に寄り添ってきたルイーザからフローラルな良い香りが漂ってくる。どうやらあの時に買ったうちの石鹸を使ってきたようだ。
「何かあったのですか?」
「……何かなきゃ来ちゃ駄目なの?」
うっ!悲しそうな顔で俺を見てくるルイーザの様子がおかしい。ルイーザはこんな子だったか?ミコトといいルイーザといい一体どうし……。
「あっ!」
「え?」
急に声を上げた俺にルイーザは驚いた顔をしていた。でもそれよりも……。
「ルイーザ?もしかしてミコトと何か密約でもしたのではありませんか?」
「え?え~っと?何のこと?」
怪しい。明らかに怪しい。ミコトも急に俺にベタベタしてきていたし、その日の午後にルイーザが急に訪ねてくるというのも変だ。ルイーザは普段俺の家に来るのを躊躇うくらいに遠慮していた。
そりゃそうだろう。ルイーザは自分が貧民だと思っている。すでに普通よりも多くの収入を得ているルイーザが貧民かどうかはおいておくとしても、ただの一般市民が辺境伯ほどの高位貴族の邸宅に気軽に遊びになんて行きにくいという気持ちはよくわかる。
そんなルイーザが今日は急にやってきたかと思うといきなり俺にぴったりくっついてくるなんてあからさまにおかしい。二人揃って今日急にこんな態度なのには何かあると思うのが普通だろう。
「フローラ様は妙な所だけ勘が良いですね。何も考えずにただ感じてくだされば良いのですよ?」
「カッ、カタリーナ……?」
ルイーザと逆の腕にカタリーナがくっついてくる。駄目だ。押し付けられている膨らみに意識がいって思考が散漫になる。でもここで流されたら駄目だ。二人をやんわりと遠ざけてから真っ直ぐその目を見て口を開く。
「意図も理由もわからず迫られてただ女性を弄ぶようなことは出来ません。きちんと話してください。何かあったのですか?」
俺は出来るだけ真剣な顔をしてそう聞く。本当ならすぐにでもデレッと鼻の下が伸びそうだけど堪えるんだ。ここで欲望に流されちゃいけない。何か大変な理由があるのなら聞いてあげなければ……。
「えっとね?ミコトがそろそろ我慢の限界だからちょっとだけフロトに迫っても良いことにしようって言うから……。今日から皆でちょっとだけ迫っても良い日になったから来たの」
…………はい?
「えっと?」
「ですから、アレクサンドラ様救出まではお互いにフローラ様には手出ししないということで合意していたのですがそれも我慢の限界だということです。ですので少しだけ、ベッドに押し倒したり唇や操を奪うことは禁止して軽い接触なら良いということになりました。その解禁日が今日なのです」
え~っと……。俺は禁漁期間が決められている魚か何かですか?それともワインですか?解禁日が決められているとか……。
でも意味はわかった。アレクサンドラを救出してから五人同時に俺に迫ろうねって言ってたけどやっぱり我慢出来ないからちょっとだけ先に迫っても良いよね、それを今日からにしようね、と四人で約束していたと……。だから今日はやけにミコトが俺に迫ってくるわ、ルイーザがうちに訪ねてくるわ、カタリーナが俺の腕を抱いているわといつもならあり得ないことが起こるというわけだ。
ということはもしかして近衛師団の訓練が終わったらクラウディアもうちに来るのかな?王城からフリーデン家の家に帰るまでの途中でうちに寄っていけるもんね。クラウディアのことだから多分寄って帰るだろうね。
な~んだ。別に物凄い理由とか重い秘密とかあるわけじゃないんだね。よかったよかった……。ってよくあるか!何だそれは!
「そういうことですので諦めてくださいフローラ様」
「うん。ちょっとだけだから、ね?フロト……」
「アッー!」
今日は何もないと思ったのに……、俺が一人で平穏な時間を過ごせる日はなくなったようだ……。