第百十話「言ったそばからすれ違う!」
ルートヴィヒに誘われたので四人で学園の中庭に座りながら話をしている。流石に王子で許婚の誘いを毎回毎回断るというのも難しい。それに昨日あれからどうなったのか、どうしてこんなに仲良くなっているのか俺も興味がある。
もしジーモンがこの二人に酷い目に遭わされるというならせめて弁明くらいはしてあげなければ寝覚めが悪い。こんな世界だから本当に場合によっては物理的に処刑される恐れだってあるからな。俺が手を尽くした後でも処刑されたならやむを得ないけど何もせず見捨てるのはさすがに可哀想だ。
「それで……、昨日は随分な剣幕でしたのに今日は随分と親しげに話しておられますが何かあったのですか?」
「ははっ!相変わらずフローラは真っ直ぐに聞いてくるね。普通の貴族ならもっと遠まわしに聞いてくるだろうに……」
悪かったな、貴族らしい気の利いた言い回しが出来なくて。俺だって一応そういう言い回しも出来なくはないけどそれはあまりしない。何故なら変な言い回しをすればお互いにすれ違うことが多々あるからだ。俺はそれで散々苦労してきた。特にカタリーナ達をはじめとした女友達関係で……。
だから俺はそういう誤解やすれ違いの余地がない確実な方法で聞く方が良いとはっきり思うようになった。それはルートヴィヒやルトガーに対しても同じだ。ヴィルヘルムやディートリヒに対してだってそうやって質問してきた。余計な誤解は両者に悲劇を齎すだけだ。それならいっそはっきり聞く方が良い。
「面倒な言い回しをして余計にお互いの誤解が広がることもありましょう。それならばはっきりお聞きした方がまだしも両者のためです」
あまり下手なことを言うと不敬罪とかで罰せられる恐れもあるけどある程度はズバッと聞いてしまわないといつまで経っても問題が解決しないなんてこともある。一応俺なりに筋や理由があってそうしているんですよと伝えておこう。こうして予防線を張っておけばよほど怒らせない限りはいきなり不敬罪とか言われることはないはずだ。
「そうだな……。昨日の僕の態度も悪かったと思う。すまないフローラ。何の話も聞かずに一方的にあのような態度をとってしまった。フローラが怒るのも当然だと思う」
お?何か知らないけどいきなりルートヴィヒに謝られてしまった。ジーモンめ、一体ルートヴィヒとルトガーに何を言ったんだ?どうすればこんな簡単に殿下二人の怒りを抑えられたのかコツを聞いてみたいものだ。
「ジーモン様?一体お二人に何をお話になられたのでしょうか?」
「えっ!いやぁ……、僕は別に何も……」
俺がジーモンに話を振るとジーモンはしどろもどろになっていた。何か余計なことでも言ったのか?挙動が不審すぎる。
「いやいや!ジーモン君が何も悪いことをしていないと聞いただけだよ。むしろ良いことをしてくれているんだ。感謝こそすれ責めるなんて筋違いだとわかったのさ」
何だこのルートヴィヒのキャラは?こいつこんなキャラだったか?昔はもっとこう……、表面は取り繕ってるけど中身はひねたガキだったはずだけど……。何か今は下手な爽やか王子みたいになってる。
「ジーモンは田舎娘の信者なんだろ?」
「はぁ!?信者?」
ルトガーの言葉にジーモンがギョッとした顔をしていた。俺も今きっとかなり変な顔をしていることだろう。信者って何だ?全然意味がわからない。
「フローラがジーモン君を救ってあげたと聞いている。その時に受けた恩を返すためにジーモン君はフローラの腹心として仕える覚悟が決まったのだと。だから二人は男女の関係や恋愛感情ではなく救いの女神とそれを信じ守る信者の関係だと聞いたぞ」
はぁっ!?何じゃそれ?全然意味がわからない。というわけでもう少し詳しく聞こうとジーモン達を問い詰める。そこから出て来た話はまったく意味不明だった。
何でも俺がジーモンを助けて、助けられたことを恩に感じたジーモンは俺に仕える騎士とか信者とかそういうものになったらしい。そしてジーモンは俺のために手となり足となり、目となり耳となり働くために尽くしていると……。だから俺達は男女の仲でもなければ恋愛感情もなく主君や神に対する忠誠心のようなものだと説明されたそうだ。
まったくもって作り話も甚だしい。よくもまぁジーモンもそんな作り話を咄嗟にでっち上げられたものだ。ジーモンはもっと嘘のつけない正直なタイプかと思っていたけど、こんな嘘の作り話を咄嗟に作れるなんてその手の才能もあるのかもしれない。
俺とジーモンはただの友達で恋愛感情とかがないのは本当だけど俺を崇めている信者とか仕える騎士だとかまったく意味不明すぎる。
「学園内に蔓延る不正を暴くために優秀な魔法使いであるジーモン君を配下に加えて内部調査をさせて報告を受けていたんだろう?あの時も報告を聞くために人目を忍んで話をしていただけだと聞いてね。僕としたことが嫉妬に駆られてひどい勘違いをしてしまった。改めてフローラもジーモン君も許してほしい」
再びルートヴィヒが頭を下げる。お前騙されてんぞ……。こんなのが王子でこの国は大丈夫か?
そもそもジーモンが優秀な魔法使い?それも大間違いだろう……。ジーモンの魔法なんてルイーザの足元にも及ばないぞ。
まぁこのことについてジーモンを問い質すのは二人の殿下がいなくなってからだ。話の辻褄を合わせるためにも後で二人で話し合っておく必要がある。もし詳しい打ち合わせもなく二人別々に何か聞かれたら矛盾が出てくる可能性もあるからな。
「それで……、すまないがルトガーとジーモン君は先に帰っていてくれないか。僕は少しフローラと話したいことがある」
げっ……。何だ?何か余計なことを言われるのだろうか……。俺何かしたかな……。思い当たるとすれば……、王様とディートリヒに色々と告げ口したことか!?あれで王様に怒られたから俺に一言言おうとかそういうことだな!
「……おい、行くぞジーモン」
「え?あっ、はい……」
少し間を置いてじっと俺の顔を睨んでいたルトガーはジーモンを連れて離れていった。やっぱり……、この前王様とディートリヒの三人で会談した時に学園でのことを告げ口したからそのことを恨んでいるんだ。だからルトガーも俺のことを睨んでいったんだな。
やばい。どうしよう。あの時は王様に注意されて怒られたらざまぁみろくらいにしか思ってなかったけどこうなることは予想出来たはずだ。王様に怒られたら次は俺に跳ね返ってくるのは予想出来たはずなのに俺の馬鹿馬鹿!
「フローラ……」
「ひゃいっ!」
横に座っているルートヴィヒがこっちをじっと見詰めながら声をかけてくる。俺はルートヴィヒの方を向けない。やばい……。視線を合わせたら向こうが鬼の形相だったりしたら俺は冷静でいられる自信がないぞ。
「ふふっ、僕とフローラの仲だろう?そう固くなることはないよ」
そう言いながらルートヴィヒが俺の手に触れた。俺とお前の仲って何だよ。ただの男友達程度だろ。
「……ん?……ヒィッ!」
最初はちょっと触れただけかと思ったらそのまま俺の手を撫で回すように動かしてからキュッと握ってきた。背中がゾワゾワして毛が逆立つような感覚に襲われる。もし今俺の袖をめくったら絶対鳥肌が立っている。自信がある。絶対に鳥肌だらけになっているに違いない。
「今までは王都とカーザーンという距離が二人を隔てていた。でもそれももうなくなったんだ。僕はこれからはより二人の仲を深めていきたいと思っている。どうだろうフローラ?今度僕と……」
「待ってください!」
俺はルートヴィヒに掴まれている手を引っこ抜いて一先ず顔を背けてルートヴィヒと逆の方を見ながら気持ちを落ち着かせる。やばい。もし俺の理性がもたなかったら……、あのままだったら俺はルートヴィヒに顔面パンチをお見舞いしていたに違いない。
いくら手を握られて気持ち悪かったからと言っても王子の顔にパンチをお見舞いすれば言い訳のしようもない。握られていた手の気持ち悪い感触を忘れようと必死に手を擦りながらルートヴィヒに背中を向けて顔や手を隠す。もし今の俺の顔や動作を見られたら『僕に触られたのが汚いとでもいうのか!』なんて言われかねないだろう。
落ち着け……。落ち着け……。
「ルートヴィヒ殿下は幼い頃に早々に許婚を決めてしまったことで他の女性へ目を向ける機会がなかったのではないでしょうか?大人へと成長された今、無理に昔の婚約話に固執されずに開かれた目で他にもっと相応しい女性がいないか今一度検討されるべきです」
よし!遠まわしとはいえ言ってやったぞ!俺との婚約なんて破棄して他の女に目を向けてみろ!な?俺よりよほどルートヴィヒ大好きな女が山ほどいるはずだ。そういう相手と仲睦まじく結ばれるが良い。俺はお前とどうこうするつもりは一切ない。いい加減気づけ!
「そうか。フローラの気持ちはよくわかった」
えっ!マジで?わかってくれたのか!?それなら早々に婚約破棄をだな……。
「……え?」
「これからはフローラの言う通り他の女性のこともよく見てみるよ」
何だ?振り返って見てみれば何か全てわかったと言わんばかりの爽やかな笑顔でルートヴィヒがそう言っている。こいつは本当にわかっているのだろうか?何か妙な不安が頭をよぎるけどこれ以上追及しても藪蛇になりそうなので曖昧に濁したままその場は退散することにしたのだった。
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ルートヴィヒに席を外せと言われたルトガーはじっとフローラを見詰める。そうだ。フローラはルートヴィヒの許婚であり自分が横恋慕して良いような相手ではない。それでも……、それがわかっていてもルトガーの気持ちは抑えられない。忘れようと思えば思うほどに想いが募る。
じっとフローラを見詰めるとフローラもルトガーを見詰め返してくれていた。もしかしてフローラも自分のことが好きなんじゃ……。だけどルートヴィヒ第三王子という婚約者がいる以上は自分と結ばれるわけにはいかない。お互いに想い合っていながら届かないこの想いよ……。
そんなことを思いながらルトガーはフローラの熱い視線を振り切るかのようにクールに立ち去る。きっとこれでフローラの自分に対する好感度もうなぎのぼりに違いない。
ルトガーとジーモンが立ち去ったのを確認したルートヴィヒはフローラの手を握る。ようやく許婚らしく触れ合うことが出来た。今までフローラと触れ合ってきたことなどほとんどない。フローラは普段の度胸はとんでもないくせに男女のことになると途端に初心になってしまう性格のためだ。それでも今日は思いきってフローラの手を握ってみた。
その感触はとても柔らか……、くはない。サテングローブの下の掌は貴族のご令嬢とは思えないほどに硬い。それでもこの胸の高鳴りは抑えられない。ようやくフローラと手を握っているのだと思うとそれだけで幸福の絶頂だった。
手を握られたフローラは顔を逸らしてプルプルと恥ずかしそうに顔を赤く染めている。何て可愛らしい姿だろうか。もしここが人目のない場所であったならばルートヴィヒは今すぐフローラを抱き締めていたかもしれない。
さすがにここは学園であり、放課後とはいってもまだそれなりに生徒も教員達も残っている。こんな場所でそんなことをしようものならばフローラにも迷惑をかけてしまうので何とか自重した。
「ルートヴィヒ殿下は幼い頃に早々に許婚を決めてしまったことで他の女性へ目を向ける機会がなかったのではないでしょうか?大人へと成長された今、無理に昔の婚約話に固執されずに開かれた目で他にもっと相応しい女性がいないか今一度検討されるべきです」
自分の手から離れたフローラは顔を真っ赤にして振るえながらこちらに顔を見せるのも恥ずかしいとばかりに背を向けてそんなことを言い出した。耳まで赤くなっていることから相当恥ずかしかったのだろう。そんな可愛い姿を見ながらフローラの言っていることを考える。
フローラは恐らく自分がルートヴィヒの婚約者に相応しくないのではないかと悩んでいるのではないか。確かに一部の貴族の間では辺境伯家の娘如きがという声も未だにある。また男女のことについては初心なフローラはそういう面では自信がないのかもしれない。
さらにこれは自分への気遣いだとルートヴィヒは理解した。前回ヘレーネの名前も覚えておらず間違えてしまったことに対する忠言だろう。他の女性にも興味を持ってきちんと対応しろという忠告だ。
それに加えてもし他にもっと良い女性が現れたらいつでも自分を捨ててそちらへと乗り換えて欲しいと言っているのだとも思う。
しかしフローラ以上の女性など存在しない。他にどれほど高位貴族のご令嬢を紹介されようともフローラへの想いが揺らぐことなどないのだ。
「そうか。フローラの気持ちはよくわかった」
そう告げるルートヴィヒを驚いた顔で見ているフローラを安心させるように柔らかな笑顔を向けて続ける。
「これからはフローラの言う通り他の女性のこともよく見てみるよ」
そう。フローラの言葉に素直に頷いたのは決してフローラ以外の女性と男女の仲になろうと思ってのことではない。例え他にどれほどの女性が出てこようともフローラへの気持ちは変わらないという想いを込めて、そして前回指摘されたような愚かな失敗はもう二度としないように、きちんとフローラ以外の女性のことも覚えておくという意味を込めてルートヴィヒはフローラに微笑みかけたのだった。