第十一話「付き人が出来た!」
まさかあれだけ俺にコテンパンにされたルートヴィヒ第三王子が俺との婚約を受けるとは思わなかった。何か手を打たないと父が怒るとか以前に俺はあの変態ドM王子と結婚しなければならないということになってしまう。
まぁルートヴィヒはまだ九歳、そして俺はまだ八歳だ。この先婚約が破棄されるなんてことは十分にあり得る。王族との婚約を破棄されたとあってはカーザース辺境伯家にもそれなりにダメージはあるだろうけど普通の貴族同士ならば婚約破棄なんてことはザラにあるだろう。
問題はどうやってこちらに非がないように向こうから自然と婚約破棄してもらうかということだな。まだ可愛い女の子とキャッキャウフフしてないのにあんなガキと結婚させられるなんて冗談じゃない。
とはいえ婚約が決まってまだ間もないのにいきなり婚約破棄させるというのは難しいだろう。向こうの手の内もまだわかっていないしこれから少しずつでもルートヴィヒのことを調べてうまく婚約破棄させる方向に持って行くしかない。焦っては失敗の元だ。じっくり慎重にいこう。
それはともかく上の兄フリードリヒはいつの間にか王都の学園とやらに行ったようでこの辺境伯領の屋敷から出て行っていた。王都の屋敷に住んでそこから学園に通っているようだ。
俺はそんなことはまったく知らされていなかった。この家は少しおかしい。俺の日本での感覚からすれば家族でありながらまったく家族らしくない。
でもそれも別に良い。俺はフリードリヒと親しくなりたいわけでもないしそれほど親しくもなかったんだから出て行ったこと自体はどうでも良い話だ。俺に関わってくる問題なのはフリードリヒがいなくなったことでどうやら余った人員を俺に回すということになった件だろう。
これまではフリードリヒが辺境伯家の跡取りとして様々な教育を集中的に受けて専用の執事やメイドに囲まれて生活していた。もちろんフリードリヒのお気に入りの者達はお付きとして王都の屋敷に一緒に行ったようだけど、こちらの領地には今までフリードリヒに割かれていたリソースが余ることになった。その使い道として今までメイドの一人もいなかった俺にリソースが割かれることになったようだ。
「うふっ……、うふふっ!」
いかん。自然と笑みがこぼれてしまう。これでようやく俺にも専属メイドが付くことになる。ラノベの王道パターンなら今度こそ可愛いメイド見習いの女の子が俺に付くに違いない!
俺はスキップしそうなほどルンルン気分で廊下を歩いていたのだった。
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「さぁフローラ、好きなコを選んで良いのよ」
「お母様……」
俺は母に呼ばれて屋敷の一室に居た。俺の目の前には執事服やメイド服を着た者達がズラリと……、ズラリと?並んでいる。
端から順番に若い男の執事、最早老人の域に達していそうな老メイド、エマよりもさらに年上であろうメイド、以上だ。……そう。以上だ……。
あるぇ?若い女の子はどこへ行ったんだ?
「フローラの言いたいこともわかるわぁ。でもフローラもわかるでしょう?」
俺が母を見つめていると母も溜息を吐きながらそんなことを言った。
あぁ、わかりますよ……。若いメイド達は兄フリードリヒのお手付きだったんだろう。つまりフリードリヒに抱かれている情婦みたいなもんだ。当然王都へ連れて行くのはそういうお気に入りばかりだろう。こちらに残っているのはフリードリヒにとっていらないと思った者ばかりだ。
当然フリードリヒの気に入らない年寄りのメイドや男の執事が残される。さらにフリードリヒの残していった者達を俺に付けてくれるとは言っても全員が俺にまわってくるわけじゃない。下の兄ゲオルクと、言い方は悪いけどリソースを分けられることになる。
家人達は仕える相手を俺かゲオルクか選べるのならば当然兄ゲオルクを選ぶだろう。その中でもさらにゲオルクもいらないと思った者達がこうして俺にあてがわれているというわけだ。若くて可愛いメイドはフリードリヒが連れて行き、残った者の中でもマシな者は優先的にゲオルクがもらっていく。俺にまわってくる者で若くて可愛いメイドなんて残ってるはずがない。
ちくせう!ちょっとでも期待した俺が馬鹿だったよ!
まぁいい。フリードリヒの手垢塗れのお古メイドなんていらない。例え若い女の子でも兄のお古だと思うと楽しくキャッキャウフフ出来ない。俺はもっと純真無垢な天使のような女の子と下心なくキャッキャウフフしたいんだ!兄に体を売って媚を売るようなメイドなんていなくて結構!
「ふぅ……、それでは貴方達はどうして私を選んだのですか?私付きにするかどうかはその理由を聞いてから考えます」
この家の執事やメイド達は無理やり働かさせられているわけじゃない。当然仕える主もある程度は選べる。とはいえ簡単に言えば日本の就活と同じようなものだ。
何十社と面接を受けてとりあえず適当に良さそうな会社を選んでいるだけで、実際に志望動機とかを聞かれて明確に理由のある者なんてほんの一握りだろう。ほとんどはそれらしい理由をとってつけているけど、仕事内容がマシそうだから、とか、給料が良いから、とか、通勤に都合が良さそうだから、とか、片っ端から面接を受けているうちの一つで理由なんてない、とかそんなのが大半だろう。
執事やメイドだって同じようなもので給金が良いから貴族の執事やメイドをしているだけでそこに明確な意思や理由なんて存在しないだろう。ただ変な主に仕えるよりは少しでもマシな主に仕えたいと思うくらいはあるだろうけど俺を選んだ理由なんて精々子供だから与し易いとでも思った程度だと思う。
「フローラお嬢様、私はヘルムートと申します。私にはどうしてもお金が必要なのです。そしてゲオルク様にお仕えしてもまた二年後には王都に行く際に私はこちらに残ります。それならば最初から長くお仕え出来るフローラ様にお仕えしたいと思った次第です」
おいおい、正直すぎるだろう……。ヘルムートはこの中で唯一の男の執事だ。年も若そうだし見た目もハンサムではある。だけど普通いきなりこれから仕えようって相手に『金が欲しくて長く仕えたいから選びました』なんて言うか?俺が子供だからこういう扱いでも大丈夫だろうと考えて……、ではないようだな。
ヘルムートは真っ直ぐに俺を見ている。多分何か事情があるんだろう。言葉足らずというか説明するつもりがないのかわからないけどヘルムートには今の言葉以上に大変な何かがあるんだと思う。
そもそもお金が必要っていうのが引っかかる。執事やメイドをするためには高い教養が必要になる。そこらの庶民がポッと出来るような簡単な仕事じゃない。執事になるための専門の教育を受けた高い教養を持つ人物となると教育も受けられないような貧乏人や庶民では絶対にあり得ない。
そんなヘルムートがこんなあからさまにお金が欲しいからなんて言うということはよっぽどのことがあると思われる。言葉足らずで人付き合いが少々下手そうではあるけど包み隠さず本当のことを言おうとしているのならそれはそれなりに好感が持てるというものだ。
まぁまだヘルムートの人となりはわからない。俺の考えすぎなだけで子供相手なら適当に言っておけば良いだろうと思って馬鹿なことをしゃべった愚か者という線もまだ捨て切れないから要観察だな。
「私はイザベラです。本当はもう引退しようかと思っていたのですけどねぇ……。もうやんちゃな男の子のお世話にはほとほと疲れ果てたのですけど……、最後に孫ほど年の離れた女の子のお世話ならばもう少し続けられるかと思ったのです」
老メイドはイザベラと名乗った。こっちも正直すぎだろ!こいつらどうなってんだ?まぁイザベラの場合は雇われなくても別に良いかっていう思いがあるからだろうな。本人が言った通り本当は年で引退しようと思っていたんだろう。
ただ俺なら年もそれほどいってないし女の子だから最後にもう少しくらいならメイドを続けても良いかなと思っただけというのはかなり説得力がある。女性のメイドがいないと何かと不便だから誰かお付きのメイドは必要だ。若くて可愛いメイドとキャッキャウフフしたいのは確かだけど頼りになるのはイザベラのようなベテランメイドなのかもしれない。
「私はアグネスです。えっと、私は……、その……、あっ!そうです!私は幼い女の子達を守ってあげたいと思っているのです!ですのでフローラ様付きのメイドを希望しました!」
はい嘘臭い。このアグネスとやらいうおばちゃんは信用出来ない。俺が受けた印象ではただ単に俺が子供で与し易いと思って選んだだけだろう。次期当主と目されている上の兄フリードリヒに付いていれば安泰だ。だけどフリードリヒにいらないと首を切られて、ゲオルクに仕えても将来当主になる可能性は低い。
それならば最後に何年か長女である俺に適当に仕えてもうちょっとお給金を貰ってお金を稼ごうという程度の腹積もりだったように思われる。
フリードリヒが当主になればゲオルクは家臣の身分に落とされるからゲオルクに付いても後々大変だろう。家臣に落とされてから出て行く者も大勢いるだろうけどそれだと仕事が出来る年数が短い。
それに比べて俺ならば例え父から兄に代替わりしても嫁に出されるまではカーザース辺境伯家に置かれることになる。父であろうが兄であろうが当主からすれば女である俺は政略結婚の道具として使えるから嫁に出すまで利用するはずだ。
ならば将来のことを考えればフリードリヒに仕えるか俺に仕えておく方が長く無難に仕事が出来る可能性が高い。ゲオルクが家臣になったら仕事をやめて他に行くつもりの者はゲオルクを選ぶだろうけど、将来安泰を狙うならフリードリヒ、お手軽に長く仕事を続けたいなら俺、を選ぶはずだ。
カーザース辺境伯家で仕えるべき主は次期当主候補であるフリードリヒ。そしてフリードリヒからクビにされた者達はまだもしかしたら何らかの事情で次期当主になる可能性があるゲオルクを選ぶ。フリードリヒが当主になってゲオルクの執事やメイドが減らされたらその時に再就職出来る自信があれば俺よりもゲオルクの方がまだ可能性がある。
俺は結婚させられてカーザース辺境伯家を出て行くまでは誰が当主になろうともこの家で養われるだろう。ただ長く安定して雇われたいならゲオルクより俺の方が安定はしている。ただし俺は確実に嫁に出されるだろうからその時に俺と一緒に追い出されるかクビになる可能性が高い。
他の二人も同じような理由で俺を選んでいる。そして正直に話している。それに比べてアグネスは上辺だけの綺麗事で誤魔化した。お金が欲しくて働きやすそうだからというのならそう言えば良い。それなのにとってつけたような綺麗事の嘘を並べて誤魔化そうとするやり口が気に入らない。
「わかりました。ヘルムートとイザベラは私の下で働いてもらいます。アグネスはお疲れ様でした」
「なっ!何故ですか!?」
俺が不採用を告げるとアグネスは驚いた顔で言葉を漏らした。流石にメイドの態度としては失礼すぎるけどどうせ最後だ。理由くらいは教えてやっても良い。
「全てを話したわけではないでしょうけれども二人は紛れもなく本心の一部を語りました。それに比べて貴女は嘘で取り繕いました。そんな者を信用して身の回りにはおけません。それが理由ですがまだ何かありますか?」
「わっ、私は嘘など……。そうです!私は嘘など言っていません!私は世の中の少女達が救われるように活動しているのです!」
もう何言ってるかわかんねぇなこれ……。アグネスも言っているうちに段々おかしな方向に進んでいる。言い訳を重ねているうちに本人も次第に自分で考えた設定を本当のことだと思いこむようになるのは地球でも良く見た。今のアグネスはまさにそれだ。
「そうですか。それでは私は困っていませんので貴女は世の他の少女達を救ってあげてください。それでは御機嫌よう」
もうこれ以上アグネスと話すのは嫌だ。こういう輩は話が通じない。俺は母を見てる。母も頷いていたので俺は部屋を出た。こうして俺には執事のヘルムートとメイドのイザベラが付くことになったのだった。
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イザベラは年のせいか機敏な動きはしない。だけど仕事に慣れている分、先回りしてこちらの望む準備をしてくれているので遅いだとか思うことはない。自らの不利な点を理解した上で最善の対策をして行動している。さすがベテランだけあって仕事そのものはきちんと出来ている。
そしてヘルムートは口下手というか口数が少なくて誤解されやすそうだけど仕事に関しては非の打ち所がない。有能で若くてハンサムな執事……。恐らくフリードリヒがヘルムートを王都に連れていかなかったのは出来過ぎなヘルムートを傍に置くのが嫌になったからだろう。
そう思っていたけどどうやらそれだけじゃないらしい。もちろん口下手なヘルムートがフリードリヒに取り入れなくて疎ましく思われていたとか、嫉妬されていたとかそういうのもあるようだけどもっと重要な理由があった。
そもそもヘルムートは連れて行かれると言われても残るつもりだったようだ。結局フリードリヒはヘルムートに王都まで来てくれとは言わなかったようだけど、次期当主候補に言われても断るつもりだったというのは相当なことだろう。
何故断るつもりだったかというと……、ヘルムートには病気の家族がいるらしい。お金が必要だと言っていたのも働けるのは自分だけで病気の家族の治療のためにお金がかかるからお給金の良い仕事をしなければならなかったようだ。
同情をひいて雇ってもらうのは嫌だったのかもしれないけどこの辺りのことだってきちんと説明すればよかったのに俺の面接の時もあんな誤解されるような言い方をしてとことん不器用な男だと思う。
執事としてそれはどうなんだと思うこともある。執事は主人に代わって来客の相手をしてもてなしたり、場合によっては仕事の代理をして人と会ったり打ち合わせしたりもしなければならない。そんな執事が口下手で他人とうまく交渉出来ませんじゃ話にならない。
だけど俺はそんな不器用な男も嫌いじゃない。ヘルムートは仕事そのものはきちんと出来ているし言い訳も同情を買うようなことも言わない。ただ愚直に仕事に没頭する姿は好感が持てる。
今はまだフリードリヒが残していった者の中から二人付けてもらっただけだけど、これからまだもっと俺に執事やメイドを付けてくれる約束になっている。追々可愛いメイドさんを付けてもらえる可能性はまだ捨て切れない。
とりあえず俺は執事のヘルムートと老メイドのイザベラに身の回りを任せることにしたのだった。