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第百九話「確認は大事!」


 家に帰った俺はベッドの上でゴロゴロと身悶えていた。


「う~~っ!」


 放課後のことを思い出すとじっとしていられず何度もゴロゴロと転げ回る。


「あ~~~っ!」


 バンバンと布団を叩くけど俺のこのなんともいえない感情はどうやっても消えてくれない。一体どうしたら良いんだ……。


「フローラ様?一体何があったのですか?」


「ひゃぁっ!カッ、カタリーナッ!?いつからそこに?」


 いつの間にかベッドの脇にカタリーナが立っていた。声をかけられるまでまったくその存在すら気付かなかった。カタリーナは忍の術か何かを体得しているのだろうか。


「はぁ?ノックをして声をかけてから入りましたが?」


 『入りましたが?』じゃないだろう。前々から思っていたけどカタリーナはよくそういう。確かに中で主人が倒れていたり体調不良で答えられないのかもしれないから確認する必要がある場合もあるんだろう。だけど何ていうかカタリーナは普通にしれっと俺の部屋に入ってきている。俺が答えていないのに勝手に入ってくるというのならノックの意味も声をかける意味もない。それなら勝手に入っているのと同じことだ。


 まぁいいか……。今はそれどころじゃない。この落ち着かない気持ちをどうにかしたい。いや、しなければゆっくり眠ることも出来ないだろう。そのためには何故こんな気持ちになっているのかを考える必要がある。


 まずこれがどういう感情なのかはよくわからない。パンティを見られたかもしれないから恥ずかしい?いや、それは違うだろう。俺は前世で学生時代に他の男子生徒達と一緒になってパンツ一丁で体操服に着替えたりしていた。ちょっとくらい男に下着を見られたからってどうにかなるはずはない……、はずだ?


 じゃあ何だろう……。わからない。ただやっぱり下着を見られていたかもしれないというのがネックになっているような気はする。いや!俺は断じて気にしてないはずなんだけどね!男だし?皆だって体育の着替えの時に同性に半裸で下着姿を見られてもどうとも思わなかっただろう?


 あっ……、でも体育の時は皆が着替えるよな。自分だけが見られるわけじゃない。例えば公衆浴場とかもそうじゃないか?銭湯とかに行った時に皆がお風呂に入るために裸になっていれば自分の裸も見られても何とも思わない。だけど皆が服を着て普通に生活している場で自分だけ裸だったらどうだ?それは恥ずかしいと思うんじゃないか?


 そうか……。そういうことだな。つまりジーモンに下着を見られたかもしれないと思って恥ずかしいんじゃなくて、皆が着替えているわけでも下着を晒しているわけでもない状況で自分だけが下着を見せていたかもしれないことが恥ずかしいんだ。


 だったらこの感情を取り除く方法は簡単だ。俺も下着を見られていなかったということを証明すれば良い。つまりジーモンの姿勢から俺の下着が見えなかったとはっきりすればこの気持ちは消えるはずだ。


「そうと決まれば早速……。これならカタリーナが来てくれたこともむしろ僥倖ですね」


「はい?……え?あの?フローラ様……?」


 俺がにじり寄ると何かを察したらしいカタリーナがじりじりと後ずさる。だけど逃がしてやるはずがない。


「ふっふっふっ、カタリーナ……。ちょっとこれに着替えてください!」


「えっ!こっ、これはフローラ様が今日着ておられたドレスではないですか?私が着れるわけが……」


「カタリーナの方が小柄なのです。着れないはずがないでしょう?さぁ!着なさい!」


「いやぁ~~っ!」


 嫌がるカタリーナに無理やり俺が今日着ていたドレスを着させる。そう、カタリーナに俺と同じ格好をさせて俺がジーモン役として床に這い蹲る。それでカタリーナの下着が見えるか見えないか確認するんだ。そうすればこのモヤモヤもすっきりするに違いない。


「……あれ?どうして入らないのでしょうか?」


「シクシクシク……。フローラ様のサイズのドレスが私に入るはずないではありませんか……」


 どうしてだろうか?カタリーナは子供の頃に栄養失調だったせいか少々小柄だ。もちろん成長不良というほどではないけど同世代の子達と比べても少し小さく感じる。俺の方が大きいんだから小柄なカタリーナに俺の服が着れないというのはおかしいだろう。


 胸やお尻は俺の方が明らかに大きいから余ると思う。丈も寸法も大きい分には入るのは誰にでもわかる自明の理だ。それなのに何故かカタリーナは俺のドレスが入らない。


「どうして小柄なカタリーナに入らないのでしょう……。私は普段から鍛えているから手足も女性にしては太いはずなのに……。あっ!カタリーナの方が胸やお尻や手足以外の部分が太……、ムグッ!」


「わ~!わ~!わ~!何てことを言うんですか!」


 急に暴れ出したカタリーナが俺の口を物理的に塞いでくる。俺は普段から鍛えているからご令嬢の癖に結構マッシブだと思うんだけど……。腕や足も太いし肩幅も結構あるんじゃないかと自分では思っている。いや、他のご令嬢の裸と比べたわけじゃないからはっきりとは知らないんだけどね?ただの俺の自分なりの評価というかそういうやつだ。


 身長はもちろん胸もお尻も、そして肩幅や手足ですら俺の方が太いはずなのに俺のドレスが着れないということは俺よりカタリーナのお腹が太……。


「もうやめてくださぃ~~~!!!」


 カタリーナがポコポコと俺のおっぱいを叩いてくる。全然痛くはない。むしろ何かカタリーナが可愛い。あまりいじめたら拗ねるからこのくらいにしておこう。


「わかりました。わかりましたから……。それではえ~っと……、少しスカートを上げてください。床下からこれくらいまでです」


 何も俺のドレスを着させる必要はなかった。そもそも身長が違うんだから俺のドレスをそのまま着用したら床からスカートの端までの丈が変わってしまう。同じ状況を再現しようと思うなら俺があのドレスを着ていた時の床からスカートまでの高さをカタリーナのエプロンドレスで再現すれば良いだけの話だ。


「え?こっ、これでよろしいでしょうか?」


 何のことかわからないなりにカタリーナは俺の言う事を聞いてスカートを少しだけたくし上げてくれた。本当は前だけじゃなくて周囲全体を上げてもらいたいけど中々難しいだろう。それにたくし上げるためにスカート全周囲を掴んでヒラヒラじゃなくなったら覗き込んだ時に見えなくなる可能性がある。あくまで自然にスカートが広がっている状況を再現してもらいたい。


「いいですよ。そのままにしておいてくださいね」


「え?え?フローラ様?何故床に!あぁ!駄目ですよフローラ様!床に這い蹲っては……」


 カタリーナの制止も聞かずに俺は床に這い蹲って土下座っぽいポーズをとる。


「カタリーナ動かないで!これは大事なことなんです!この形でここから下着が見えるかどうか確認しなければならないのです!」


「えぇっ!しっ、下着を見ようとされていたのですか!?」


 カタリーナの顔が真っ赤に染まった。わかりやすい。カタリーナって案外顔に出やすいんだなぁ……。何だか慌てているカタリーナは可愛い。ついついからかいたくなってしまう。べっ、別に俺はいじめっ子じゃないぞ!


「見ようとしているというか、ここから見えてしまうのか見えないのか確認しなければ私は先へは進めないのです!ですからどうか協力して!」


「うぅっ……、フローラ様がそこまでおっしゃられるのなら……」


 諦めたカタリーナはキュッと目を瞑ってプルプルと震えている。本当に可愛い。って顔を見ている場合じゃない。ここから見上げたらスカートの中からパンティが見えるのかどうか。それを確認しなければ……。


「おっ!おおっ!おおおっ!?」


「――ッ!――ッ!――ッ!?」


 俺が声を上げるたびにカタリーナがビクビクと反応している。だけど全然見えないな。この世界のスカートの丈は基本的にかなり長い。いくら下から覗いているとはいってもこの長い丈に邪魔されて見えても精々脛か膝下くらいまで見えれば良い方だ。そして仮に上まで見えたとしても真っ暗で下着なんてほぼ見えない。これならジーモンに下着を見られた心配はまずないだろう。


「ふっ、ふふふっ、これなら何も心配いらないではないですか。ですがジーモン様が必死に見ようとしていた気持ちもわかります。この見えそうでまったく見えないのにそれでもそそるこの光景が……」


 俺は下からカタリーナの足をマジマジと眺めた。とても良い眺めだ。これなら健全な思春期男子がちょっとハァハァしちゃうのもよくわかる。実際今の俺もそんな状態だ。


「ごっほん!フローラ様?何をされているのでしょうか?」


 そんな俺に向かって声がかけられる。もちろんカタリーナじゃない。もっと年を重ねた女性の声だ。それは何年も俺に仕えてくれているとてもよく聞きなれた……。


「ふっぎゃぁぁぁぁぁぁ~~~~っ!イッ、イザベラッ!?何故ここに?いつの間に!?」


「ノックをして声をかけてから入室しましたが?」


 だから『しましたが?』じゃない!俺が良いと言う前に入ったならノックして声をかけている意味がないだろう!何でこの二人は……、いや、イザベラがこうだからそれを見習ってカタリーナもそうするようになったのか?ノックしてもそのまま入ってくる元凶はイザベラな気がしてきた。


「いっ、いやあああぁぁぁぁぁあああ~~~~~!!!」


 そしてカタリーナは顔を真っ赤にして両手で覆うとそのまま走り去ってしまった。俺に下からスカートを覗かれているのをイザベラに見つかったカタリーナが逃げ出す。ややこしい……。でも俺も同じような状況で逃げ出したからその気持ちは良くわかる。


「お邪魔でしたでしょうか?」


「……いえ」


 走り去ったカタリーナを見送ってからイザベラがそんな言葉を口にした。仮にそうでもお邪魔でしたとは答えられないだろう……。


「もうフローラ様の普段の行いがおかしいのは諦めましたがほどほどにしておいてくださいね」


 えっ!?俺の普段の行いっておかしかったの?それはどういう意味で?ご令嬢として?変態として?人間として?


 ……駄目だ。考え出すとドツボに嵌りそうだ。それにしてもイザベラは俺のことをそんな風に思ってたんだな……。


「……イザベラがこのような時間に来たということは何か情報がありましたか?」


「いえ……、申し訳ありません。情報というほどの進展はまだありません。ただの定期報告です」


 まぁそうか。そんなに簡単に情報が掴めるのなら俺以外の所にまで漏れているということになる。相手だって馬鹿じゃないんだからそんなだだ漏れの情報管理はしていないだろう。ある程度定期的に聞いている報告を聞きながらまだ色々と手間がかかりそうだと思ったのだった。




  ~~~~~~~




 翌日学園に来て授業を受けていると何か忘れている気がしていた。何だったかな……。


「ねぇフローラ?昨日はどうして一緒に帰ってくれなかったの?」


「え?あぁ……、それは昨日は帰りに友達に……、って、あ~~っ!」


 隣に座っているミコトに昨日のことを聞かれて思い出した。俺が大きな声を出したから周りから視線が集まる。ミコトとも学園内ではあまり親しくすると面倒事になりそうなので話すのもこっそりだ。だから周りからは俺が一人でいきなり叫び出したと思われたんだろう。ヒソヒソと変な人を見る目で何か俺について言われている。


 でも今の俺はそんなことを気にしている場合じゃない。俺は昨日ジーモンにスカートの中を覗かれているかもしれないと思ってジーモンやルートヴィヒ達を放って逃げ帰ってしまった。あの後どうなっただろうか。仮にも王子の許婚のスカートを床に這い蹲って覗いていた痴漢……。あっ、駄目だこれ。ジーモン死んだな。命は助かっても社会的に死んだわ……。


「どっ、どうしたの急に?」


「え?あぁ……、大丈夫……。ちょっと不幸な人のことを思い出しただけ……」


 ジーモン君、君の勇姿は忘れない。さようなら……。




  ~~~~~~~




 さぁ今日も放課後だ。色々と忙しいはずだけど暇だ、という誰もが感じたことのある妙な矛盾を満喫しつつ廊下を歩く。今日は人と会う予定はないから何時までに絶対どうしなければならないという縛りはない。仕事は色々とあるんだけど微妙に時間の縛りがないと暇なように錯覚してしまうという恐ろしい状況だ。


 そんな気分を満喫しつつ廊下を歩いていると奇妙な組み合わせの三人組が歩いているのが見えた。それも別にこちらに用があるわけではないらしい。俺に気付くことなく三人で仲良く歩いている。あるいは死刑執行前なのだろうか。


 前を歩いているのはジーモンを挟んで両サイドにルートヴィヒとルトガーの三人組だ。昨日あれからどうなったかわからないけどジーモンは二人に色々と詰問されたりしたんだろうか。俺は逃げ出したから全てジーモンに押し付ける形になってしまった。しかもルトガーに指摘された通りジーモンは俺のスカートを覗いていたかのような格好だった。あれはどうやって言い逃れしたんだろうか。


「おお!フローラじゃないか!フローラも一緒に話そう!」


 あれ?俺に気付いたルートヴィヒが声をかけてきたけど妙に機嫌が良さそうだ。昨日空き教室に乗り込んできた時は俺がジーモンと密会していると思って随分機嫌が悪そうだったのにどういうことだ?


「おう田舎娘!こいつ良い奴だな!俺様も気に入ったぜ!」


「え?そう……、ですか?それはよかったですね?」


 ルトガーもバシンとジーモンの背中を叩いた。どうやったのか知らないけどジーモンは随分二人の馬鹿殿下に気に入られたようだ。



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