第百七話「手掛かり見つけた!」
その日王都の下町はある一団の話題で持ちきりだった。
「おい!すげー可愛い子達の集団が歩いてるぞ!」
「シッ!聞こえたらどうするんだ!」
美少女ばかりの五人組を見て興奮した一人が連れに大声で話しかける。そう言われた連れの方は声のトーンを落とせとジェスチャーしながら連れを注意した。
「何だよ?何か問題あるのか?」
「ばっか!よく見ろ!あの真ん中の……」
「ん~?……あぁ、そういうことか。こりゃ確かに迂闊に声はかけられないな」
最初は興奮して大声を出していた男も連れの態度の理由がわかって声を潜めた。もし下手なことを言って誰かに聞かれでもしたら命に関わるかもしれない。それがわかったので大人しくすることにした。
その話題の五人組、もちろんフロト達の一団である。そして連れが注意した真ん中の人物とはフロトのことだ。フロトを見てもう一人の男も声を潜めた。もし余計なことを言って機嫌を損ねでもしたらどんな目に遭うかもわからない。
五人組は皆美少女だ。五人組を見ている庶民達はその素性や名前など知らないがすれ違う者達も皆が振り返って五人をぽ~っと眺めている。
ルイーザはとても庶民的な感じではあるが町の看板娘というような言葉が良く似合うタイプの愛嬌のある少女だ。確かに飛びぬけて美人ということはないが町で評判になりそうなタイプであり庶民への受けも良い。
クラウディアは今日は女装……、ではなく普通に女性の格好をしている。それでも出てしまういつもの凛とした雰囲気やそこそこ長身で細身の綺麗なスタイルをしているクラウディアは男性はもとより女性にも受けそうな雰囲気を醸し出している。
ミコトも良く見れば所作の中に高度な教育を受けたことがわかるものが混じっているが、普段のガサツな性格のお陰か庶民の格好をしていればただの勝気な女の子に見えなくもない。ちょっと勝気な庶民の美少女と言い張れなくはない。
カタリーナは物静かで儚げな美少女にしか見えなかった。物静かなのはともかく本来の内面は儚いなどという言葉とは無縁そうな気もするが見た目だけではそこまでわからない。病弱で儚げな世間知らずの豪商の娘などという想像をする者が多数だろう。
問題なのはその四人に囲まれて真ん中を歩くフロトだ。手を揃えて静々と歩くその姿はどこからどう見ても相当高位の貴族、いや、もしかしたら王族並かもしれないとすら思える雰囲気を纏っていた。
着ている服はどこかの豪商の娘という体だろうか。確かに格好だけを見ればそうだ。少し裕福な家の娘が着ているような格好をしている。しかしその格好だけを見て額面通りに受け取る者は皆無だった。
庶民の格好をしているから庶民なのではない。貴族の格好をしているから貴族なのではない。どんな格好をしていようとも貴族は貴族であり王族は王族だ。庶民が貴族の服を着たからといって貴族になれないように、貴族もまた庶民の服を着たからと庶民になれるわけではない。それを今目の前でまさに見せ付けられている気分だった。
フローラは十年以上にも渡ってオリーヴィアの厳しい教育を受けてきた。何十万回、何百万回と繰り返してきた所作は最早フローラの体に染み付き、ただ歩くだけでもその高い教育水準をまざまざと見せ付ける。その所作の優雅さと美しさはそこらの貴族どころか高位貴族すら上回り、もしかしたら王族ではないかとさえ思わせるだけのものだった。
どこからどう見てもやんごとなき血筋のお方がお忍びで町を歩いているようにしか見えない。そんな相手に不用意に余計なことを言えば……、もしナンパでもしようものなら……、そんな想像をした庶民達はブルリと体を震わせて極力関わらないようにしようと心に固く誓っていた。
ただし遠くから眺める分にはとても素晴らしい景色なので心に焼き付けようと必死で目を見開き、今まで使ったことがないほどに脳を酷使し、集中してその一団の様子を見守っていたのだった。
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今日がオープンだと宣伝していたカンザ商会王都支店二号店は開店前から多くの客で賑わっていた。まだ店を開ける前だというのにすでに長蛇の列が出来ている。こういう事態も想定していたので想定通りに店員達が客を誘導して並ばせる。
新店舗の接客係主任に任命されたビアンカは混乱しながらも一生懸命に今日のために準備してきた。まだまだ一人前とは言えず補佐役という名の監督役をつけられて日々叱られながら勉強の毎日だった。
ようやく待ちに待ったオープンと同時に客が雪崩れ込んでくる。クレープカフェの方は店内用、テイクアウト用ともに多くの客が詰めかけ次々と注文が入る。
またクレープカフェだけではなく一般客用の商会にもすぐさま客が入った。そちらは少々想定外のことだ。一号店では貴族の客以外は中々客が入らなかったのでカフェで店内飲食した客が、ガラス越しに商会の商品を見て興味を持ってくれれば商会へも客が流れるのではないかと予想していた。
しかし実際にはオープンと同時に商会側にも限界まで客が流れ込んでいた。実は客である一般庶民達もカンザ商会には興味津々だったのだ。ただ一号店は貴族が多く出入りしている。そこで貴族と何か一悶着でもあろうものならば最悪の場合は投獄や処刑まであり得るかもしれないと思って敬遠していた。
二号店はあくまで一般客用を謳っている。もし何か商品を買いたいと思っていても高位貴族ならば意地でも来ないだろう。貴族というのは見栄で生きている。例え欲しい物があっても一般庶民向けだといわれている店舗になど入ってくるはずがない。
貴族ならば会員専用の方に申し込みに行くだろう。そこで会員になれるまでに時間がかかるからと一般用にやってきて気軽に買い物をしていくような貴族などまずいない。人を雇って買いに行かせる可能性はあるかもしれないが、その人物もどこの貴族の使いだなどと名乗るなと厳重に注意を受けていることだろう。
つまり代理で買いに来ている者が居たとしてもそれは表向きはその貴族とは関係ないことになっている。雇われている者も名乗りはしない。下手に揉めて大事になって雇い主の名前が表沙汰にでもなろうものならば一大事なので揉め事も起こさないだろう。
だから一般用のこちらの店舗には庶民達は何も遠慮することなく入れるのだ。今まで興味はあっても貴族の出入りがあるから敬遠していたカンザ商会に、何の遠慮もなく入れる。当然そんなことになれば客が殺到してくるのは当然の帰結だった。
テイクアウトも店内飲食も商会も、全てが許容量一杯一杯までフル回転しているがそれでも対応が追いつかない。うれしい悲鳴をあげながらもビアンカは今後の課題を見つけてメモしていく。
今すぐ改善出来るような簡単なことなら良いがもっと根本的な問題を解決しないと今後に活かされない。そういった修正は今すぐこの場で出来るようなものではないので今後の課題となる。すぐに解決策が浮かばないものは後日対策を考えるために思いついたことは片っ端からメモを取りながら商会とカフェの両方を駆け回っていた。
そんなビアンカはある一団がカフェに入って来たのを見て一瞬固まった。そこには見覚えのある者が二人。一人は幸運にも最後の期間限定香りつき石鹸を買えた庶民の少女。そしてもう一人は忘れるはずもない。格好だけは庶民の服を着ているが明らかに庶民とは思えないやんごとなきお方……。
そのやんごとなきお方は今日は前よりも上等な服を着ていた。確かに前回よりはまだしもマシと言えるかもしれない。しかしそれでも全然足りないのだ。今回着ている格好も所詮はそこらの豪商の娘とかが着ているような少し値の張る服という程度でしかない。そんなものでは本人が醸し出している高貴な雰囲気とはまったく釣り合わない。
それでも店員達もその一団を相手にしても教育された通りの接客を崩さない。ここで露骨に態度を変えてしまうようではまだまだ甘い。しかしここの店員達は態度を変えなかった。あくまで他の客に対する態度と同じに振る舞う。
ビアンカは心の中で皆に『よくやった!』と賛辞を送る。例えどのような相手でも平等に扱う。それはカンザ商会の大前提だ。それをあのやんごとなきオーラ全開の美少女に向かっても貫徹できた店員達を褒めてやりたい。
注文を取り終え、商品を渡して一団は席に着いた。このカフェでは日本のファーストフードのようにカウンターで注文を取り、その場で商品を渡して代金を清算する。商品を受け取り最初に決められていた席に移動して座ることになっている。
店内に案内された時点で席が決められているので席を取るのに誰かが別れて席を確保しておいたり、注文が終わって商品を持ったまま席が空くまでうろうろし続けるなどということは起こらない。
席に着いて楽しくおしゃべりしながらクレープやミルクレープに舌鼓を打つ。その様子を眺めてほっとしていたビアンカが驚いたのはそれから暫くしてからのことだった。
やんごとなきお嬢様が突然立ち上がったかと思うと慌てて店を出て行った。一体何事かと思って店員達にも緊張が走る。もし店の態度が気に入らなかったとか、何らかのクレームであった場合に、果たしてカンザ商会はあれほどの高貴なオーラを放つお嬢様の要求を断れるのだろうか。
いくら相手の身分など関係なく平等に扱うとは言っても、例えば仮に相手がこの国の王族であった場合本当に他の客と同じように平等に扱えるのか?そしてあの少女は本当に王族だと言われても納得してしまえるだけのものを持っている。
ビアンカを含めて店員達は不安がよぎったがそれを表に出すことなく接客を続けたのだった。
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店を飛び出したフローラ、否、フロトは人混みを掻き分けて先ほど店の外を通るのを見かけた人物を探していた。その人物を見つけられるかどうか。そしてその人物が何か情報を知っているかどうかで今後の対応に大きな違いが出てくる。
そしてそれだけではなく暗殺事件があって以来カーザーンからいなくなり消息不明だったその人達のことをフロト自身も気にかけていた。例え何の情報も知らなかったとしても関係ない。当時自分に良くしてくれていたその人達が無事であったならそれだけでもフロトにとってはうれしいことなのだ。
「ちょっ、待って!待ってください!」
「え?私ですか?」
急に後ろから声をかけられて肩を掴まれたそこそこ若い女性は驚いて振り返った。そして自分の肩を掴んだ相手を見て驚く。
「あっ、貴女は……!」
「やっぱり……、貴女でしたね……。ようやく見つけました」
その女性はフロトが探していた人物の一人だった。まるで顔を隠すように頭からすっぽり布を被って顔に巻き付けているが完全に顔が隠れているわけではないので何とかフロトにもその女性がわかった。
「貴女を悪いようにはしません。少しだけ私に付き合っていただけませんか?」
「…………」
フロトにそう言われた女性は諦めたような表情になり黙ってフロトに従ったのだった。
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その後女性を連れて皆の下へ戻ったフロトは皆にその女性のことを紹介した。そしてその女性の素性を聞いた皆もまたどうして突然フロトが飛び出したのかわかった。その女性こそがリンガーブルク家の問題を解決するのに重要な役割を担う可能性が高かったからだ。
女性を加えた五人は、六人となりながらまた暫くカンザ商会を見て周ったり下町を見て周ったりした。女性が見つかったのは想定外だったがだからと言って予定を変えるつもりはなかったのだ。いくら四人で同時にとはいっても折角フロトとデート出来る機会をみすみす捨てるほど四人は甘くはなかったのである。
そうして続けられたデートも無事に終わりカーザース邸へと戻ってきた。その女性に話は聞きたいが五人全員でいきなり聞こうとしても女性の方も話し難いだろうと判断してまずはフロト一人でその女性と向かい合う。他の者達は全員別室で待機中であり話を聞くのはフロトだけだ。
フロト達の方からすれば五人は全員リンガーブルク家のことをどうにかしようと思っているメンバーではあるが女性の方からすればフロト以外は得体の知れない少女達ばかりだ。そんな相手にいきなり重要なことを軽々しく話せるはずがない。
「まずはお茶でも飲んで落ち着いてください」
「あっ!はっ、はい……。ありがとうございます」
お茶を出して落ち着かせるとフロトは向かいから真っ直ぐその女性の目を見詰めた。
「ここに呼んだ用件はおわかりですよね?」
「…………はい」
観念したようにそう答えた女性から目線を逸らせることなく見詰めたまま続ける。
「それでは話していただけますか?あの日にリンガーブルク家で一体何があったのか……。貴女の知っていることがあれば何でも教えてください。貴女の……、リンガーブルク家に二人しか居なかったメイドのうちの一人であったハンナさんなら何か知っているのではありませんか?」
「私は……」
ようやく捕まえた手掛かり。ニコラウス暗殺事件が起こるまでリンガーブルク家に仕えていた二人のメイドのうちの一人、ハンナならば何か重要な手掛かりを知っているのではないかとフローラはその言葉に耳を傾けたのだった。