第百五話「協力者達!」
食堂に着くなりミコトはカタリーナに喧嘩を売った。いや、ミコトにとっては喧嘩を売った気はないのかもしれない。だけど傍から聞いていればあれは喧嘩を売っているようにしか聞こえない。そして言われたカタリーナも売り言葉に買い言葉であれよあれよと言う間にこんなことになってしまった。
「そもそも主人であるフローラが昼食を食べようが食べまいがメイドがとやかく言うことじゃないわ。メイドは主人が快適に暮らせるように万事滞りなく備えていればそれで良いのよ」
「いいえ、違います。メイドは主人の健康管理から生活態度まで全てきちんとすることが仕事です。昼食を抜かれては健康にも良くありません。それに私に対して一言もなかったことは構いませんが約束や予定を変更する際に相手に何も知らせないというのは常識を疑われます。そのようなことがないように注意するのもメイドの務めです」
うん……。まぁどちらも言い分も正しい。執事やメイドがでしゃばりすぎるのも良くない。家人達は主人がいつどのように行動しても不備がないように備えておけば良いのであって主人の行動にまで口を出すのは範疇外だ。
だけどカタリーナが言うように生活や健康を管理したり、主人が常識から外れるようなことをした場合には窘めるのも仕事の内だろう。
どちらの言うことも正しい。そして二人はお互いに微妙に論点がずれている。だから言葉がかみ合わず解決しない。それはわかってるんだけど俺は口出し出来ない。というか口出しするなと早々に言われてしまったので二人の間で板ばさみになるより他に取れる手段がないというべきか。
しかもこの二人は微妙に怖い……。こういう時にガーッ!と言われると俺の方が萎縮してしまう。気の強い女の子同士の口喧嘩は苦手だ。間に入って取り持つなんて俺には出来そうにない。
そんなわけで暫く二人の言い合いを聞いていたけどこのままじゃ午後の授業に遅れてしまう。とりあえず一旦ここはお開きにして続きはまた後でとならないだろうか。
「ふっ、二人とも落ち着いてください。午後の授業が始まってしまいます。とにかく今はこれくらいでまたあとでとは出来ませんか?」
「「…………」」
俺が口を挟むと二人に黙って睨まれた。正直滅茶苦茶怖い……。
「はぁ……。しょうがないわね」
「そうですね。私のせいでフローラ様に授業を休ませるわけにもいきません」
どうやら二人も一先ず休戦してくれるようだ。よかったよかった。そして出来ればこのまま有耶無耶になってもう二人が喧嘩しませんように……。
「貴女……、カタリーナだったわね。放課後また話ましょう」
「はい。わかりましたミコト様。たっぷり時間のある放課後にフローラ様も加えてじっくりお話しましょう」
「え……」
駄目だ。二人の言い争いはまだ終わっていなかったらしい。放課後までに怒りが収まって喧嘩も収まるとかそんなことが……、ないだろうなぁ……。この二人じゃそれはあまり期待出来ない……。
何とかこの場は収まったけどそれは結局問題を先延ばしにしただけで、しかも放課後は時間がたっぷりある。今回のように時間がないからまた後にしようという手は使えない。死刑宣告されているようで憂鬱な午後の授業が始まったのだった。
ちなみに俺とミコトは若干午後の授業に遅れた。ミコトも一緒だったから何も言われなかったけど生活態度とかで成績にマイナス評価がついたらどうしようかと少し気になった俺は小心者だろうか。
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そしてついに問題の放課後がやってきた。今俺はうちの馬車の中でカタリーナとミコトに挟まれている。どうしてこんなことになったのか……。どうすれば良いのかはさっぱりわからない。
「ねぇフローラ、いえ、もう学園が終わったからフロトで良いわね。フロト……、貴女もしかして他にも可愛い女の子に手をつけてるんじゃないでしょうね?」
「え?あの……?」
可愛い女の子に手をつけてるって何だ?俺はまだキスもしたことがない。事故に見せかけておっぱいを揉んだことすらないんだぞ!
「そうですね……。フローラ様?まだ他にも私の知らない女性が出てくるのではないですか?正直に話してくださいね?」
「えっと……」
何だろう……。確か昼に無断で昼食をすっぽかしたことでミコトとカタリーナが言い争っていたはずなのに何故こんなことになっているんだろう……。
「とにかくまずは手をつけている女の子を全部正直に白状しなさい!」
「はいっ!」
ミコトにそう言われた俺は背筋を伸ばしてはいと答えるので精一杯だった。あれぇ?おかしいな……。昔はもっとこう……、ねぇ?ミコトも俺に甘えてくる可愛い娘だったはずなのに久しぶりに再会して以来何か俺の方がミコトにあれこれ言われている気がする。
「私もお聞きしたいのでルイーザとクラウディア以外の人のことも全て正直に話してくださいね?」
「え?ルイーザとクラウディアって誰よ?もう早速他の女が出てきてるじゃない!」
「待って!待って!とりあえず落ち着いて!話を聞いて!」
また興奮しだした二人を何とか抑える。何で浮気がバレた旦那みたいになってるんだ?それともあれか?二股以上がバレた男か?何でもいいけど何故俺だけが一方的に責められているのか。世の理不尽を感じずにはいられない。
「まずは順番にお話しますから!」
俺は二人にカタリーナとの出会いから順番に説明していった。カタリーナと出会い、カタリーナが出て行き、ショックを受けていた所でルイーザと出会い……、クラウディアと、アレクサンドラと、ミコトと、それぞれ出会い別れ今に至る。その経緯を掻い摘んで説明する。
「なるほど……、つまりまだ私の知らないアレクサンドラという女性がいるわけですね?」
「うぅっ……」
カタリーナが怖い。確かにカタリーナにはアレクサンドラのことは話していないし会ったこともない。
「へぇぇっ!私の他に四人も女がいるのね!」
「ミコト落ち着いて!それに関しては私は悪いとは思わないわ!」
だって皆それぞれ別々のタイミングで出会ったわけで……。それぞれの女性達と付き合ったりしていたわけでもないし、それにうまくいかなくて別れることになったと思った後で次の女性と出会ってばかりだ。同時に粉をかけていたのなら浮気だの二股だのと言われるかもしれないけど、俺の場合は前の人とうまくいかなかった、あるいは少なくとも俺がそう判断するだけのことがあった後での話だし……。
「それはそうかもしれないけど……。でもそういう人が他にも居たのならその説明くらいはして欲しかったわ」
そんなこと言えないだろ……。過去の女性遍歴とか、まだ付き合ってもいないのに俺が実は女性好きの(少なくとも肉体的には)同性愛者ですなんて不用意に言えるはずもない。
「それではこうしましょう。一度五人全員を集めた上できちんと話し合いの場を設けるべきです」
「そうね。それが良いわ」
こんな時だけ二人揃って意見を合わせて……。でもそれは無理だろうな。少なくともアレクサンドラは呼んだからといって来てくれるような状況にはない。
「それは難しいですね。アレクサンドラについてはそのような状況ではないので……」
「どういうことよ!」
「そのアレクサンドラ様という方だけ特別だとでも言われるおつもりですか?」
だから怖いよ二人とも!きちんと説明するから落ち着いてもらいたいものだ。
「アレクサンドラは今非常に厄介な状況にいます。私はそれをどうにかしたいとは思っていますがすぐにどうこう出来る状況ではありません」
俺は順番にアレクサンドラのことについて二人に語って聞かせた。ニコラウス暗殺からこれまでの経緯と現在の状況。それから不確定ながらも出て来た情報やそこから推測されることなども……。二人には先入観なしに判断してもらって意見を聞いてみたかったけど一応不確定情報も話しておいた。
俺が主観を持って説明したら結局同じ意見に流れる可能性はあるけど、それでも知りうる限りの情報は伝えておくべきだろう。
「「…………」」
「あの?二人共?」
俺の説明を聞き終えた二人は黙ったままだった。もっと何か言うとかさっきまでのように怒るかと思ったけど険しい表情のまま黙っているだけだ。
「許せないわね!」
「そうですね……。まずは私達五人が公平、平等にフローラ様を奪い合うためにもアレクサンドラ様の状況をどうにかしなければならないようです」
いつの間にか……、二人はお互いに頷きあっていた。何か知らないけどうまく意気投合出来たのだろうか。
「とにかくまずは四人だけでも集まりましょう。それからそのアレクサンドラという娘をどうやって救い出すか皆で話し合いましょう」
「そうですね。それではルイーザとクラウディアには私から連絡しておきます。ミコト様の都合の良い日はいつでしょうか?」
何か二人で勝手にどんどん話を進めてしまう。俺の意見なんて微塵も聞かれない。
「あぁ、私のことはミコトで良いわよ。私もカタリーナって呼ばせてもらうから。私はいつでもいいわ。私の全てはフロトのためにあるんだからね」
「わかりました。それでは残り二人の都合を聞いてからまた連絡します」
本当に俺を置いてけぼりにしたまま二人だけで全てを決めてしまった。もう何も言うまい。俺はただ二人の会話を聞きながら全てを流れに任せたのだった。
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今日カーザース邸には四人の女の子達が集まっている。カタリーナ、ルイーザ、クラウディア、ミコト。それぞれ自己紹介が終わって席に着いた状態だ。
「フロト……、どうしてこんなに可愛い女の子ばっかりいるの?」
ルイーザの視線が痛い……。でもここにアレクサンドラを加えた五人だけが俺の友達の全てなんです。どうして可愛い女の子ばっかりこんなにって言われてもこれで全てなんですよ?
「ふ~ん。ルイーザにミコトね。いいじゃない。僕は全然構わないよ」
クラウディアだけは何故か一人テカテカしている。何故だ……。まぁ気持ちもわからなくはない。クラウディアも女の子が好きな同性愛者だ。ここにいる娘達は皆可愛い。見た目が美しいというだけじゃなくてそれぞれに個性や長所があってそれぞれの魅力がある。
「ルイーザにクラウディアね……。本当にフロトは節操なしなんだから……」
ミコトはプクゥッ!と頬を膨らませてそんなことを言っている。可愛いけど割りと洒落にならない。何か俺が浮気性みたいに言われているけど、何度も言うけど皆出会った時期はそれぞれ別だし他の娘達とうまくいかなかったと思った後に出会ったんだ。決して俺が二股三股していたわけじゃない。
「そしてここにアレクサンドラ様が加わると……」
「「えっ!他にまだいるの!?」」
ルイーザとクラウディアが驚きの声を上げて俺を見る。ルイーザは信じられないとばかりにジロリと、クラウディアは何かを期待するかのように爛々と……。
「はい。ですがそのアレクサンドラ様については少々面倒なことになっているようです。その辺りも含めて話し合いたいと思って今日お集まりいただきました」
カタリーナが司会進行役のように話を進めていく。別に俺がでしゃばる必要もないしカタリーナに任せておこうかと思ったけど、俺に前にカタリーナとミコトにした説明をルイーザとクラウディアにもしろと催促された。
また同じ話をするのも面倒なんだけど俺が自分の口で言う方が良いというので二人にも説明する。カタリーナと出会ってからの俺の各女性達との出会いや別れ。そしてアレクサンドラの今の状況。嘘を言ってもほとんどの当事者がいるんだから話がおかしければすぐに突っ込まれることになる。だから俺はなるべく正確に話したのだった。
「そっか……。私だってフロトを傷つけて振ったようなものだもんね」
「ルイーザ……」
確かにルイーザとはそういうことがあった。だけどあれは俺も悪かったわけで……、ってこれは前にも言ったことだな。気にするなと言ってもルイーザは気にしているようだけど何度も蒸し返しても意味はない。
「まぁねぇ……。僕も完全にフロトを振ったわけだからね」
「まぁ……、それはそうですね……」
俺はクラウディアに一度は振られた。それは紛れもない事実だろう。だけどだからって皆の前でまた傷を抉るようなことを言わなくても良いじゃないか……。
「それはともかくそのアレクサンドラさん?アレクサンドラ様?の状況は許せないわよね」
「そうだね。僕もまずはそのアレクサンドラ嬢をどうにかしなきゃいけないと思うよ」
「はい。ですので今回皆様に集まっていただきました。まずはフローラ様がどうしてこのような状況になったのか。そしてアレクサンドラ様を取り返した上で改めて五人によるフローラ様争奪戦を公平、平等に行なうためです。アレクサンドラ様救出が成ったあかつきには私達は再び争うことになるでしょう。ですがまずは全員に均等に機会があるべきです。それまでは協力しましょう」
う~ん……。俺が聞いている目の前で言うことなんだろうか……。というか皆俺と恋人同士になりたいと思ってくれていると思って良いのかな?何かそういう風にしか聞こえない。
ともかくこれで俺の数少ない同世代の女友達五人のうち四人が揃ってアレクサンドラ救出に力を貸してくれることになったのだった。




