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第百二話「異論は認める!」


 あ~怖かった!今でもまだドキドキしている。さすがにあれは言いすぎだったかなぁ……。俺としては穏便に俺とルートヴィヒの婚約を破棄してヘレーネとでも結婚してくれたらなぁと伝えたかっただけなんだけど……。


 まぁ今更ウジウジ悩んでも仕方がない。もう言ってしまった言葉はなかったことに出来ないんだからこれからのことを考えよう。


 まずはイグナーツへの手紙だな。リンガーブルク家の事件についてどんなことでもいいから調べなおしてもらうことにしよう。


 それから俺はこれから学園の帰りは王都の町を見て周ってある人物を探す。直接会ったことがある俺の配下と言えばヘルムートとイザベラくらいだろうか。他の者で当時から知っている者はいないな。もしカーザーンを脱出して隠れているとすれば人の多い王都にいる可能性もある。とにかく虱潰しでも探すしかない。


 王城から逃げるように馬車を走らせながらこれからのことについても色々と考えを巡らせていたのだった。




  ~~~~~~~




 あれから数日、放課後は目的地もなくあちこちを走り回ってみたけど結局目的の探し人は見つからなかった。そんな簡単に見つかるならそもそももっと前に見つかっているだろう。気持ちは焦るばかりだけどこればっかりはどうしようもない。


 それより今日はカンザ商会へ行かなければならない。クレープ焼き機と道具が完成したからお披露目と使い方の伝授をしに行くためだ。


 これで焼けば大きさの規格もほぼ統一出来るだろう。作業がしやすいのかどうかは俺にはいまいちわからないけどやっぱり慣れればこういう道具があった方が良いのかもしれない。


「フローラ様?着きましたよ?」


「え?あぁ、はい。今降ります」


 到着したのに俺が中々降りてこないからカタリーナが不思議に思って中を覗いてきたのだろう。リンガーブルク家やアレクサンドラのことも気になるけど、今は出来ることとしなければならないことを一つ一つしていくしかない。


「皆さん御機嫌よう」


 カンザ商会の事務所の方に来るとフーゴやレオノールの他に数名の男女がいた。どうやら彼らがクレープの製造と販売をしてくれるスタッフのようだ。俺が誰かわからないようで急に入って来た変な女の子である俺を驚いた顔で見ている。


 それはそうか。俺だって逆の立場なら急にわけのわからない貴族の女の子が入ってきたら驚く。俺がなるべく余計な情報を流さないようにしろと言ったから俺についても説明していないんだろう。


 まぁ俺がオーナーで~す、とか言う必要もない。今日はただ道具を持ってきて実際に使い方を見せようと思っていただけだ。製造係り達に焼き方さえ見せられればそれでいい。


「私も使い方に慣れているわけではありませんがこれで作業する方が均一に効率的に手早く出来るはずです」


「おおっ……」


「これは……」


 少し話をしてから調理場へと移動して皆に作ってきた特注品の道具を見せる。縁のない丸い焼き機にトンボのような生地を均す道具。お玉も専用のサイズでこれ一杯でほぼ必要な量の生地が掬える。お玉で一杯掬って焼き機の上に垂らしてトンボで広げる、ただこれだけ。これだけでほぼ均一な規格化された生地が焼けるはずだ。


「実際に使うのは初めてなのでそれほどうまくありませんが、これなら誰が焼いても同じように出来るはずです」


「なるほど」


「これは良い」


 拙いながらもなんとか試しに一枚焼いてみるとクレープ班の人達は色々と意見を出し合っていた。結局俺が誰なのかははぐらかしたままだから『この貴族は何者だ?』くらいには思っているかもしれないけど、それよりもクレープ焼きの方が興味の対象のようだ。あまり俺について追及もしてこない。あるいは先にフーゴ達がそういう風に言いくるめてあったのかもしれない。


 クレープ班が実際に焼いたり、さらなる改良案はないかと語り合っているので俺は少し離れてフーゴやレオノールと話をする。


「どうですか?クレープの種類や販売価格は決まりましたか?」


 クレープは中に包む具材によっていくらでも変化させようがある。どんなメニューをいくらで出すのかは慎重に考えなければこの企画が成功するかどうかは最初のメニューで決まると言っても過言ではない。


「価格については難しいですね。あまり高額にするわけにもいかず……、かといって使っている材料から考えるとあまりに安くも出来ないのです」


 カイルがそんなことを言う。やっぱりそうだよな。値段が高くなっても良いのならいくらでも良い物は作れる。肝心なのはこれが庶民向けのものだということだ。あまりに高価になりすぎたら庶民では買えない。中にはそういうメニューもあっても良いかもしれないけど……。あっ!


「参考でも良いのである程度決まっている種類と価格はありますか?」


「それでしたらこちらを……」


 レオノールが渡してくれた走り書きのされたメモを見てみる。これは俺が来るまで皆で話し合っていた内容のメモだろう。メモを見てみれば皆の苦労がよくわかるというものだ。


 おいしくしようと思えば色々な具材をふんだんに使うことになる。そうすると価格が上昇してしまう。じゃあ価格を抑えるために具材を絞ったり安い具材を使おうとなると今度はメニューがいまいちになる。もちろんいまいちとは言ってもクレープという商品自体が新商品だし十分インパクトはあるだろう。だけどリピーターになってまた買いに来るかと言えば微妙なところだ。


 皆が陥っている所はいかに安くて良い物を提供するかという所でのジレンマだろう。安くすれば品質が落ちる。品質を優先すれば価格が上がる。その落とし所が難しいとばかりに様々な具材や価格が走り書きされている。


「例えばこういうのはどうでしょうか?価格も具材も標準的な種類をいくつか用意しておいて、それ以外に高価格で具材も豪華に味も凝った物を用意するのです。その日の気分や懐具合でいくつか価格帯を選べるようにしておけば何度も買おうと思っていただけるのではないでしょうか?」


 スタンダードな価格のラインナップを決めて、その他に低価格な品や高価格な品を揃えておく。お試し感覚で低価格な物で味見してみたり、今日はちょっとリッチに高価格な物を食べてみようという選択肢があれば、次はあれを食べようとか、今日はお金があまりないから安く済ませようとかリピーターが増えるんじゃないだろうか。


 もちろん現代地球と違って保存料も入っていないし冷蔵庫もない。普通の店でもメニューなんてほとんどなくて決まった料理が出てくるだけなのが一般的だ。クレープカフェをするとしたらこれだけメニューを増やすつもりなら一日の数量限定という方法になるだろう。


 スタンダードな物は数量をかなり多くしておいて高価格帯の物は一日限定何個まで、とでもしておくしかない。無制限に材料を置いておいて保存する方法もなければ売り切れるという保証もないのだからそれくらいしないと大赤字になってしまう。


「なるほど……。無理に同じような価格帯にせずにあえて高価格帯の商品を出しておくというわけですね」


「それから新商品ですからクレープというものがどういう物かお客様にはわからないでしょう。そこでガラス製の棚を用意してそこに何種類かクレープの実物を作っておいておくのです。もちろんそれはお客様にお出しするものではなく実際のクレープというものがどういったものか見てもらうためのものですよ」


 これは日本の食品サンプルの真似だ。ただサンプルは作れないから現物を作って見せておくしかない。注意点として生のクレープを長時間サンプルとして出しているとクリームが流れたり果物が傷んだりする可能性がある。見た目が悪くなればかえって悪い宣伝になってしまう恐れもある。その辺りも調べてどれくらいなら展示しておいても見た目が崩れないかとか、そういう調査は事前にしておく必要がある。


「なるほどなるほど。価格帯を分ける。それから商品の見本ですね」


 後はなるべく低価格でその日のご飯のおかずになるようなラインナップや、女性に人気になりそうな甘いお菓子のラインナップ、プレミア価格の高級品といったラインナップを考えていく。


 店舗の方はすでに決まり買い取って改修工事中だ。店員達の教育も進んでいる。クレープ販売班は今もここでクレープを焼く練習をしている。追加で用意する物も色々とあるけど今の所は順調だ。あとはクレープのラインナップと価格をどうするか。最初にクレープが受け入れられないと大コケになる可能性がある。最初に売り出すラインナップは慎重に決めなければならない。


「あぁ、それからビアンカという子、あの子を新店舗の責任者に出来ませんか?」


「え?ビアンカをですか?」


 俺はあのビアンカという子はかなり良いと思っている。気配り心配りがよく出来ている。もちろん接客業務も向いているだろうけど全体にそういった気配りをしてもらえば色々成果を上げてくれるんじゃないだろうか。


「いきなり店長というのは無理でしょうから……、他にも補助をつけて接客係りの主任とかでどうでしょうか?」


「ほう……、それなら大丈夫そうですね」


 俺の案をフーゴも真剣に考えてくれているようだ。いきなり責任者として店長とかには流石にさせられない。そういう経験やノウハウもないだろうしこちらとしても信用の問題もある。ただそういうのは他の部下に任せれば良いことでもある。店長や責任者に必要なのは他の能力だ。


 店を適切に管理し店員達をうまく働かせて成果を上げる。在庫管理だの会計だの発注だのは別に店長の仕事じゃない。そんなものはそういうことに向いた部下にやらせればよいことだ。店を管理し従業員をうまく配置して店を回す。そういうことが出来るのはやっぱりビアンカのように気配りが出来る人間だろう。まぁ俺の勝手な想像だけどな!


「クレープカフェの方も一般用商会の方も両方の接客係りの主任を任せたいですね」


「折角良い部下が出来たと思ったのにもう取られてしまうのですか。こちらとしては少々残念ですね」


 フーゴの言葉にレオノール達が笑う。新店舗構想を立ててからまた人も募集してるだろうしカンザ商会で働きたいという人は多い。倍率もとんでもなく高いからまた良い人が見つかるだろう。もしかしたらフーゴのことだからもう次の人も決まっているのかもしれない。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


「ありがとう」


 丁度話に一区切りついた所でカタリーナがお茶を出してくれる。狙って待っていたのだろう。そしてこのお茶にも狙いがある。


「……ん?これは?普通のお茶とは違いますね」


 フーゴはすぐに気付いたようだ。これはチャノキ種の葉などから作られた普通のお茶とは違う。実はこれはタンポポコーヒーだ。俺はタンポポコーヒーをコーヒーの代用だとは認めない。コーヒーの代用だと思って飲んだら到底許せないようなものだ。


 だけどものは考えようで、これをタンポポ茶だと思って飲むとこれはこれでありかなという気もする。あくまでコーヒーの代用だと思うと納得がいかないだけでこういう飲み物だと思えば飲めなくはない。むしろ普段お茶なんて飲めない人からすれば安価な飲み物として定着させることも出来るかもしれない。


 俺はこれをカフェの飲み物として出してはどうかと思っている。カフェなのに出す飲み物がエールだのワインだの果物を絞った果汁だのというものばかりではカフェだと思えない。そこでコーヒーや紅茶の代わりはないかと思ったわけだ。


 ただ前述通り俺はタンポポコーヒーをコーヒーの代用品だとは認めない。ただタンポポコーヒー自体はこういう飲み物だと思えば飲めなくもない。コーヒーの代用だと思うから駄目なだけだ。


「これはタンポポ茶です。どうですか?」


「おいしいですね」


「タンポポからお茶が作れるんですか?」


「これは一体どれほどの価格で販売出来そうですか?」


 皆の質問に答えていく。タンポポコーヒー自体は比較的安価に作れる。入手も簡単だ。普通のお茶と違って価格も安く入手も容易となればすぐに真似される恐れがある。だからタンポポ茶という名前は避けた方が良いだろう。名前がそのままだとタンポポを使えば良いのかとヒントを与えていることになる。適当にタンポポを加工している間に誰かが同じ製法に辿り着く可能性は十分あり得るだろう。


「う~ん……、それではフロト様が名前をお与えください。この新しきお茶に良き名を」


 おいおい……、俺はそういうのを考えるのが苦手なんだって……。名前ですぐにバレないようなものを考えなければ……。でも何の縁も所縁もないようなものじゃなくて一応タンポポと関係ありそうな名前で……。


「……それではホコウエイで」


「ホコウエイですか?」


 まぁプロイス王国の人が聞いても意味がわからないだろうな。漢方ではタンポポのことを蒲公英という。ただそこから取っただけだ。漢方のことがわからない人が聞いても意味がまったくわからないだろう。


「それではこのお茶はホコウエイですね!」


「原価も抑えられそうですし良い新商品になりましょう」


 レオノールとカイルも太鼓判を押してくれた。これでクレープカフェもうまくいきそうだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ビアンカ、お忍びで来たトップに見出されて取り立てられる。いい商会ですね。 [気になる点] 今更ながらこの世界に不動産的な店があるという商業的発展に驚いている。世界観的には中世末以降に相当す…
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