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第百話「謎は全て解けた?」


 王様に促されて入室して席に着く。すぐに綺麗なメイドさんにお茶を出された。メイドさんがいなくなるのを待ってから口を開く。


「本日はお忙しい中、面会の時間を取っていただき……」


「待て待て待て。余とそなたの仲であろう。そのような挨拶は無用だ」


 どんな仲だよ……。王様とただの騎士爵だよ……。王様が気安く騎士爵となんて会わないだろ?だからこれは必要な挨拶だろう。


「まぁまぁ、かたい挨拶はなしにして先にお茶をいただこう。このお茶はおいしいんだ」


 ディートリヒまで間に入って取り成す。俺の立場ではこれ以上この二人にとやかくは言えない。一言二言言葉を交わしてからお茶を飲む。勧められたのに飲まないわけにもいかない。と思ったけど口に含んで驚いた。確かにおいしい。伊達に王様じゃないというわけか。良い品を選び集めているというわけだ。


 出されたお茶は日本のお茶によく似ている味をしていた。これは玄米茶だ。香ばしい玄米の味がする。玄米茶なんてものがあるとすればあの不思議な地域だろうな。そもそもあそこ辺り一帯以外で稲作自体されてなさそうだし絶対あの地域が絡んでいるだろう。


 周辺国家も含めてプロイス王国周辺は中世ヨーロッパと非常に親和性が高い。それなのにあの地域一帯はまるで日本のような文化が芽吹いている。俺からするとあまりに異質だ。


「それでルートヴィヒとの仲で相談があるのだろう?」


「……は?」


 王様の言葉に一瞬ポカンとした。何?どういう意味?


 ……あ!もしかして俺がルートヴィヒとのことで相談があるから面会を希望していたとでも思ったのか?俺はルートヴィヒとのことで相談なんてないぞ。勝手な思い込みだ。


 いや……、待てよ。これはこれで好都合か。この機会に少しばかりルートヴィヒとルトガーの馬鹿について注意しておいて貰うのも悪くない。


「実は先日宮廷料理人を連れてきたとかで昼食に誘われたことがあります」


「おぉ、そういえばそんな日もあったな」


 まぁ料理人を連れていくとなれば王様やディートリヒも知ってるだろうな。知ってるなら話は早い。


「驚かせようと思って突然誘ったのかもしれませんが事前に連絡もなく当日に急に誘いに来たあげくに色々と騒動を起こしてくださいまして……」


 俺はヴィルヘルムとディートリヒにお前らの息子共は馬鹿だぞと言ってやった。言葉はそうじゃないけど俺の言いたいことはそういうことだ。


 いくら興味がないにしてもヘレーネの名前を間違えた上に訂正されても気付きもしない。一年生の教室に来るまでにも学園中が騒ぎになっているのに気にも留めない。色々と馬鹿騒ぎを起こしてくれたので事細かに説明しておいた。


「はっはっはっ!恋は盲目というやつだな!」


「うちの息子が迷惑をかけて申し訳なかったねフローラ姫」


「いえ、迷惑というわけではないのですがあまりにそのような行動ばかりされていてはルートヴィヒ殿下やルトガー殿下の評判にも関わることかと思いますので、少しばかり気を配られた方がよろしいかと……」


 迷惑だったよ。だけど迷惑だから二度とさせるなとか言えない。これが下っ端貴族の悲しい所だ。貴族だって好き勝手に生きているわけじゃない。貴族には貴族なりの付き合いや苦労というものがある。


 少しばかり余計な話をしてしまったけど今日はこんな話をしにきたわけじゃない。そろそろ本来の用件を切り出そう。


「所でヴィルヘルム国王陛下、リンガーブルク家のことで少しお話をお伺いしたいのですが……」


 俺が用件を切り出すとヴィルヘルムは顎鬚を触りながら『ふむ……』と口を開いた。


「リンガーブルク家?ナッサム公爵家が預かることになったあの家か……」


 ヴィルヘルムの言葉にディートリヒも頷く。


「確か結婚の許可を求める届出が出されていましたね」


 貴族は勝手に結婚出来ない。貴族家同士が結託して反乱を起こしたりすると面倒なことになるために結婚には国王の許可が必要になる。って、え?何?誰の?結婚?


「だっ、誰の結婚の許可ですか?」


「リンガーブルク家の娘アレクサンドラが結婚して名跡を継ぐための許可を求めているよ」


「………………は?」


 ディートリヒの言葉を聞いて俺の頭は真っ白になった。


 ……何?アレクサンドラが結婚?何で?誰と?意味がわからない。


「何でもリンガーブルク家の娘はナッサム公爵家の威を笠に着て学園でも分を超えた振る舞いをしていると……」


「違います!アレクサンドラはそのような娘ではありません!」


 ディートリヒの言葉を遮って俺は声を荒げていた。アレクサンドラが後見人を吹聴しているナッサム公爵家の後ろ盾を笠に着て威張り散らしている?そんなわけがない。アレクサンドラはそんな娘じゃない。


 周りがどう思ってるかなんて俺は知らない。ただ一つわかることは例え周りがアレクサンドラをそうやって神輿にして担ぎ上げていたとしてもアレクサンドラ自身はそんなことを望んでなんていないということだ。そしてアレクサンドラはそんな態度も取りはしない。これだけは何年経っていようとも、アレクサンドラが変わっていようとも絶対に断言出来る。


「リンガーブルク家はカーザース家の寄子だったね。すまない。配慮が足りなかった」


「いえ……、私の方こそディートリヒ殿下に対して許されざる態度でした。申し訳ありません……」


 駄目だな……。今の俺は冷静じゃない。今もまだお昼休みに見たアレクサンドラの泣きそうな顔が頭から離れない。


 落ち着け……。敵はヴィルヘルムでもディートリヒでもないだろう……。少なくとも現時点ではこちらに好意的な相手に無意味に噛み付いてどうする。もっと冷静になれ。事を成したいならば非情と言われようとも冷静、冷徹に事を運べ。今回だけは絶対に失敗は許されないんだ。


「それでリンガーブルク家の何を聞きたい?」


 俺がディートリヒに感情的に噛み付いてしまったから場の空気が悪くなっていた。それを察してヴィルヘルムが助け舟を出してくれた。やっぱり俺はまだまだ子供だ……。記憶がある前世との合計年数で言えば俺もヴィルヘルムもディートリヒもそう年齢に違いはないはずだ。それなのに俺の精神の未熟さはどうだ。


 所詮は前世では現代日本という温室で育ち、今生もカーザース家のご令嬢としてぬくぬくと育てられてきた。海千山千の貴族達を相手に立ち回ってきたヴィルヘルムやディートリヒとでは精神的に大きな差がある。


「まず……、どうしてナッサム公爵家がリンガーブルク伯爵家を預かることになったのでしょうか?」


 予想はついている。ジーゲン侯爵家はナッサム公爵家の傍流、つまり親戚関係だ。第二王妃のアマーリエの実家はジーゲン侯爵家でありナッサム公爵家と繋がっている。そしてアマーリエからすれば王位継承権を争う第三王子のルートヴィヒは自分の息子達にとっての邪魔者だろう。


 俺はそのルートヴィヒの許婚だ。当然アマーリエからすればルートヴィヒの許婚の実家、カーザース辺境伯家がルートヴィヒの後見につけば面倒になる。王位継承権争いをしているのならば少しでも敵の力を削いでおきたいだろう。


 そこでリンガーブルク家をナッサム公爵家が預かることでカーザース家臣団に楔を打ち込む。リンガーブルク家がナッサム家側に靡けばよし。靡かなくとも利用方法はいくらでもある。


 アマーリエが権勢を握りその息子達が王位に就けばナッサム公爵家にとっても大きなメリットがある。つまりリンガーブルク家が……、アレクサンドラが巻き込まれているのは王家のいざこざだ。そんなことに巻き込まれてアレクサンドラがあんな顔をしなければならないなんて許せない。


 だけど何より許せないのは俺自身だ。俺はどこかでアレクサンドラは王都でうまく暮らしていると楽観していた。自分でアレクサンドラの後を追うこともなく、調べもせず、ただ何の根拠もなく父が何も言わないから大丈夫なのだろうと安心していた。


 自分が情けなくて許せない!


 父はリンガーブルク家の結婚について何も言っていなかった。父はそんなことをわざわざ秘密にするタイプではないから寄親であるはずのカーザース辺境伯家に何も言っていないということだろう。


 それはそうだよな……。アレクサンドラが王都でも大変なことに巻き込まれている間、カーザーンやカーンブルクでのうのうと暮らしてアレクサンドラに連絡も取らなかったような俺のことをアレクサンドラが信頼するはずもない。そんな俺や父に連絡を寄越してくるはずがないんだ……。


 例えアマーリエやナッサム公爵家に唆されたり利用されているとしてもそれだけじゃない。俺やカーザース家が頼るに値しない間抜けだからだ。


「それはまぁ……、大人の事情というやつだよ……」


 ディートリヒも言い淀んだ。この場ではっきり言えないということはやっぱり第二王妃派との継承権争いに絡んだ話ということだろう。


「つまり第二王妃派が王位継承権争いのためにカーザース家の足を引っ張ろうと画策したことというわけですね?」


「いや、それは……」


 もう腹の探り合いはたくさんだ。そんなことをしている場合じゃない。俺はカーン騎士爵家やカーザース辺境伯家を戦に巻き込むことになってもアレクサンドラを取り戻す。もう二度とあんな顔はさせない。


 ディートリヒが答えを濁しているというのは答えを言っているのと同じだ。それくらいはプロイス王国一頭が切れる宰相だと言われているディートリヒだってわかっている。腹黒い貴族達と渡り合っているディートリヒが俺のような小娘相手にそんなミスをするはずはない。これはディートリヒなりに俺に情報を教えてくれているんだ。


「それではアレクサンドラの結婚相手は誰ですか?」


 一番手っ取り早いのはナッサム公爵家の血縁者とかを送り込むことだな。ナッサム公爵家の血縁者にリンガーブルク家を乗っ取らせれば一番確実だ。アレクサンドラから家の実権を奪いカーザース家臣団に入り込みながらナッサム公爵家に情報を流す。何なら他のカーザース家臣団も取り込み切り崩す工作もするかもしれない。


「確か~……、準男爵を取得したカスパルという男だったかな」


「…………は?」


 カスパル?リンガーブルク家の御者の?


 いやいやいや、あり得ない。騎士爵家くらいなら家人と親しくなって結婚したり愛人にしたりすることくらいはある。だけど伯爵家ともあろう家が、それも当主が殺されて不在になっているリンガーブルク家の状況で平民の御者であるカスパルと結婚する理由がない。それならどこかの貴族家と結びついた方がまだしもマシだ。


 さっきディートリヒは『準男爵を取得した』と言った。今のカスパルは一応準男爵なんだろう。だけど言っておくけど準男爵は貴族じゃない。一言で言えば金で買える名誉的な称号というだけのものだ。騎士爵ですら貴族だけど準男爵は貴族じゃない。


 プロイス王国で貴族と認められるのは上から公爵、侯爵、伯爵(辺境伯も伯爵に含まれる)、子爵、男爵、そして騎士爵だ。ここに準男爵は入らない。準男爵は平民が国に寄付という名目でお金を払うことで与えられる名誉な称号というだけにすぎない。


 平民のカスパルが伯爵家のアレクサンドラと結婚すると言えばあまりに身分が違いすぎる。そこで形だけでも少しでも整えようと準男爵を買ったんだろう。それでも身分差も甚だしいけど……。


 どういうことだ?もし俺がナッサム公爵家だったら自分の血縁者か子飼いの者と結婚させるはずだ。今回の結婚騒動はナッサム家の差し金じゃない?


 いやいや……、違うだろ。冷静になれ。俺の考え方が間違っているんだ。ナッサム家がアレクサンドラとカスパルの結婚を後押ししている。だからこそこれほどの身分差なのに特に問題にもならずに話が進んでいるんだ。もしナッサム家が何の根回しもしていなければもっと貴族連中が騒がしいはずだ。貴族社会というのはそういうことにうるさい。


 平民が何の理由もなく高位貴族と簡単に結婚出来るなんていう前例を作らないために貴族連中が行動を起こすはずだ。それがないということはナッサム公爵家が根回ししているからに違いない。


 じゃあ何故ナッサム家はアレクサンドラをカスパルと結婚させる?普通なら血縁者か子飼いの者を……、つまりそれはナッサム家にとってはカスパルと結婚させても目的が果たせる。逆説的に言えばカスパルはナッサム公爵家の手の者……ってことにならないか?


 待て……、待て待て待て……。俺は今とんでもないことを考えているぞ。証拠もないのにそうだと決め付けるのは危険だ。だけどもし俺の考えていることが当たっていれば全ての謎は一つに繋がる。


 リンガーブルク家の当主ニコラウスの暗殺から始まる一連の出来事の謎が全て……。



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