大きな獣
現実というのは残酷なものです。
《ワオオオオオォォンッ》
吠えた。
2メートルは軽く超えてそうな大きな四足歩行の獣は、口元からダラダラと涎を垂らし、明らかに殺意剥き出しにして僕の後ろを陣取っていた。
気配はこの距離になるまで気付かなかった。
もちろん、僕は気配に敏感ではないし直感も鋭くないのだが、この距離なるまで気付かないというのは、この獣はそれほどまでに無音で近づいたってことで……殺意があるということは僕を殺すつもりで、きっと食べられてしまうだろう。
僕の人生は、こんなんばかりなのだろうか。
《グルルルルゥ…》
警戒してまだ襲って来ない。
僕が何かすると思っているのだろうか。狼は兎を狩るのに全力を尽くすという。
僕の行動を見て、完全に隙があるとわかれば肉を噛み千切り胃の中に飲み込まれるだろう。
僕はこいつのご飯ということだ。
《グワウッ》
「ーーひぃっ」
獣が動き、噛みつかれそうになった瞬間、僕は避けて立ち上がり走り出す。
食われるーー脳が警鐘を鳴らす。こればヤバイと。
僕は本能で逃げることを選択し、その場を必死に離れる。
《グワゥッ、ガルゥッ》
後ろから追ってくる。
当たり前だ。僕は目の前にしたご飯だ。
すぐに追い付かれる。
当たり前だ。僕はただの人だ。
「うわぁっ」
林の中に入ったから不安定な足場に躓き、転んだ。
早く、早く逃げないとーーっ!
そう思うが腰が抜けて立ち上がれず、すぐに獣に追い付かれた。
《ガルルルルーーガウッ》
「うがぁっーー!」
容赦なく脇腹を噛みつかれ、激痛が走る。
そのままブルンブルンと顔を振って肉を引き千切ろうとする。
血は腹からにじみ、段々と意識が薄くなる。
力が入らなくなってくる。握った手は緩み、何かが手から落ちそうになる。
ーー手?
いつの間にか、木の枝を手にしていた。
噛まれるとき、無意識に掴んだのか……いや、それはいい。
今はとりあえずこの状況から脱しないと!
《ウグルルルルッ》
まだ体力がある内になんとかしなければならない。
そう思い手に力を入れ、頭を振っている状況を利用して勢いを付けて一気に目に向かって枝を突きつけた。
《ーーウガグルルルァッッ!!》
「がはっ」
目を潰されたからか、噛みついたキバから振り落とされて地面に転がる。
獣はその場でグルグルと暴れ、痛みから逃れるようにしてどこかへ走り去っていった。
「はぁ、はぁ……っ」
勝った。
噛まれた脇腹からは血がドクドクと溢れて止まないが、ひとまずは難を逃れた。
意識は朦朧とし、何も考えられなくなる。
痛い、つらい、苦しい。
そんな感情が目を瞑るまでずっと脳内に渦巻いていた。