奴隷の女の子
奴隷って響きで良いものではないと思いがちですが、様は捉えようですよね。
出発の準備はできた。
この町ともおさらばだ。
また来ることはないだろう。僕は、旅をして死に場所を探すのだから。
今、決めた。
出る前に腹ごしらえだ。
どこで食べようか。
「ーーあっ」
「おっと」
小さな女の子とぶつかり、持っていた木材を落としばらまく。
「ごめん」
「い、いえ。こちらこそすみません」
礼儀正しいな。でも声が震えてる。
人見知りなのかな。
落ちた木材を拾うのを手伝う。
「すみません、すみませんっ」
「いいよ。ぶつかった僕も悪いから」
「本当にすみませんすみません」
何度も謝り木材を急いで拾う姿はなんだかさみしいな。
「これで全部か?」
「はいっ。本当に重ね重ねすみませんっ」
「いいよ」
僕は自然と手を伸ばし頭に乗せなでた。
「ひぃっ」
「おっと、ごめん」
怯えてるようですぐに手を引っ込める。
「おいおせーぞ!」
怒鳴り声が聞こえた。
「ぅぐっ」
「さっさと来い!」
保護者と思わしき男が腕を引っ張り、女の子はそれに怯えながら着いていく。
原因はこれか。
「あ、あのっ」
「ああ?なんだ」
「その子、怖がってるじゃないか。離してあげなよ」
「んだよあんた、こいつをどうしようと俺の勝手だろ」
「保護者だからって何をしてもいいことにはならないだろ」
「保護者ぁ?奴隷はモノだ、保護もクソもねぇだろ」
「奴隷…」
こんな子供が、奴隷。
もしかして僕が気付かなかっただけで、この町に奴隷はたくさんいるのか?
「用がねぇなら行くかんな。おら、急げ。無駄に時間くっちまった」
「は、はいっ、すみませんっ」
僕は悪いことしてしまったのか……よくわからない。
奴隷……あまり、いい気はしない。
でも、こういう世界ではよくあることなのかな。
異世界物の本で読んだことがある。奴隷であるから食事ができる、屋根の下で寝ることができる、生活ができるって。
必要悪……僕も、そうなのかな。
僕が不幸になれば、幸せになる人も…。
「奴隷、飼ってみたらわかるかな」
いや、僕はそんなことはしない。
奴隷になるつらさは僕が知ってるはずだ。
……といっても、奴隷らしい生活はしたことないんだけど。
なんだかんだ、勇者として騙されようとしていただけだし。そこまで酷い扱いはされなかったな。
それでも、奴隷を扱うなんて気が引けるし、僕が持ってもいいものなのか。一緒に居ると同じく不幸になるかもしれないし。
だけど、一人じゃつらいのも確か。この低いステータスを補う仲間か何かないと、この先もっとつらくなる。
どちらにしろ、僕自身が強くならなければならないことは確かだ。
「……あ」
気付けば足は勝手に奴隷商人が居たテントに向かっていた。
入り口前で足を止め、引き返そうと踵を返す。
「はいはいはい、お待ちしておりました」
「……特に用はないんだけど」
なぜか中に入っていた。
「わかっておりますとも。どんな奴隷がいるかだけでもご覧くだされ」
見透かされてる。
どこまでかはわからないけど、僕の行動の主導権を握られているようだ。やりにくい。
檻の中に様々な種類がいる。
下位種から上位種のモンスター、絶滅危惧種や多種との配合種など、珍しい個体をそろえているらしい。
知識のない僕には説明されてもよくわからないが、入手困難なこと多いから金額は相当なものらしい。
「あとは、親に売られた人の子もおりますが、これはいいでしょう」
「……それは、どいつだ」
「おや、興味がお有りで?」
「ないけど、一応見ていこうかな…」
「はいはいはい、自由に見てください」
興味はない。と言えば嘘にはなるけど、人に裏切られての僕にはその親に売られたという点が気掛かりでならない。
その子がどんな子なのか、見ておきたいと思った。
「これです」
「……」
暗くてよく見えないが、子供っていうのはわかる。
「この子が?」
「ええ。家が貧乏でして、親がお金欲しさに売ったのでしょう」
「……そうか」
ボロくなったシャツを身に纏い、体を抱いている。怯えてるというよりは生気を失くして絶望しているように思える。
まだ小学生くらいの幼い子供なのに、親に売られた、か……僕ならどうしてるかな。
親は殺されたが、友達には裏切られた。その間ってところか。
「おまえ、名前は?」
「……」
語り掛けてみる。
反応はない。
「ここから、出たいか?」
「(ピクッ)」
少しは反応した。
ここに居るのは退屈なようだ。
「おまえ、僕に着いて来るか?」
「……」
「はいかいいえで答えろ。できなければ首でも振ればいい」
「……(コクリ)」
小さく首を縦に振る。
「なあ」
「はいはいはい」
「この子はいくらだ?」
「金貨1枚でどうでしょう?」
「……多い、銀貨10枚」
「それは少ないですね~。銀貨50枚でどうでしょうか」
「今お金ないんだ。銀貨20」
「こちらも商売でして。銀貨40」
「売れなければ意味ないだろ。銀貨30」
「それもそうですね~。でしたら銀貨35枚で手を打ってはいかがでしょう」
「わかった」
「お買い上げありがとうございます!」
「それで、奴隷紋ってやつ、してくれ」
「はいはいはい、銀貨5枚です」
「お金取るのか」
「商売ですので!」
檻の入り口を開け、奴隷の子を外に出す。
「では、お客様の血をコレの躰のお好きな場所にこの印をお書きください」
「儀式は要らないのか?ほら、陣のやつ」
「あれは特別でして、奴隷にするのに本来あそこまで大仰なことはしません」
「そうなのか…」
腹正しく思える。
今は置いておこう。この人に当たっても何もならない。
「どこでもいいのか?」
「ええ。心臓部に近いほど効き目があります」
「そうか。胸、出せ」
「…っ」
苦虫をかみ潰したような顔をしながらも、胸まで服をはだけさせる。
親指をナイフで軽く切り、左胸に言われた印を書き込む。
「ぅ、ぁ…っ」
「くすぐったいか。我慢しろ」
「あとはこの呪文を唱えてください」
「我、汝の主なりて契約をここに刻む」
「ぁぐっ、ぅぅ…っ」
血印が光り出し、胸を抑え苦しそうに喘ぐ。
しばらくして光が止むと、悶えも治まったようだ。
「これにて奴隷契約終了しました」
「そうか。行くぞ」
「……はい」
消え入りそうな声で返事をして覚束ない足取りで着いてくる。
「ありがとうございました。またのお越しを」
もう来たくないものだ。
さっきも思った気がする。
「……」
「…はぁ」
衝動で奴隷買ってしまった。
この先どうしよう。
顔を俯かせて歩く奴隷の子を見て、僕は反省した。




