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虚構の朝

目が覚めると違和感があった。

自分の中に小さな何か、が紛れ込んでいるような。


寝室を出て顔を洗う、少し火照った体に冷たい水が心地よい。

ささっと着替えて外へ向かうと夜の間に雨が降ったのか地面が少し濡れている。

花の中にある水の玉がキラキラと朝日を反射し、葉のからゆっくりと雫が落ち、つうと葉が上がった。

視線を上げるとそこには巨大なクモの巣の様なものが空中にまで広がっている。


「んー何だあれは? ここに侵入者なんて入って来られる筈は無いんだけど」


黒い球が辺り一面に浮いていて、そこから透明で細いパイプのようなものがそれらを繋げている。

……あの球を見る限り犯人は何となく察せるが。いや、無暗に人を疑うのは良くない、取り敢えず様子を見よう。


そうして周りを見渡すと工房の上にセラがその黒い髪を柔らかくたなびかせ、佇んでいた。

彼女は俺の視線に気づいたかのようにこちらを向き、僅かに微笑みながらこちらへ飛んでくる。

重力の枷が嵌められる肉体が無いということを、その移動方法によって思い知らせながら。


「おはよう、セラ。いきなりで悪いんだけどこれ、何?」

 

魔力を纏わせた指で黒球に軽く触れるとそれが波立ったように震える。

 

「おはようございます、マスター。これは我の分体で、術式名、千方百計です」

 

そう言うとセラは誇らしそうな顔をする。むふん、と鼻息が聞こえてきそうな程に。

そしてこの透明なクモの巣を作りだした犯人が自白によって確定した。やはり人は疑うべきだ。


「成程ね。……で、なんでこれあるの?」

 

セラは満足げだが俺には理由が分からない。クモの巣を作ったり、分体を浮かべたりする趣味は無かったと思うが。


「これは――――


「あれ、フォル外にいたのね、おはよ。ところでこれ何か分かるかしら? 消すのは簡単だけど何か分からないのは気持ち悪いわ」

 

フェリィが後ろから声を掛けてくる。疲れはすっかりとれたのか元気そうで笑みを浮かべている。


「ミス・フェリシア、これは我の分体で観測のために置いています。昨日はこの神域の外を見ることは出来なかったのですがこの透明なラインで分体同士を繋ぐことで可能となりました」


セラは軽く頭を下げつつ答える。


「貴女の作ったものなのね、セラ。でも、フォルに許可は取ったのかしら?」


フェリィは少しの威圧感を滲ませている、一々許可など取る必要は無いと思うのだが。


「いいえ、取っていません。しかし、この群体と神眼による観測術式は昨夜マスターに褒めて頂きました」

「私が寝ている間にそんなことしていたのね。駄目よ、フォル? 私以外と二人きりで話をするなんて」


――そうだわ、と彼女は手を打って続ける。小さな子供が名案を思いついたような顔で。


「私は昨日その話に参加していないからどんな能力をセラが持って居るか分からないでしょう? だからセラ、私に貴女の戦闘技能を見せてほしいの」


「了解です。しかしどのような方法で?」

「そんなの簡単よ。私と戦ってみればいいのよ、最近フォルとの手合わせもしていないしね。鈍ってしまうわ」

 

フェリィは獲物を見つけた猛獣の様に目を細めて口の端を少し上げる。 今にも舌なめずりをしそうだ。


「分かりました。しかし未だミス・フェリシアの武器は作成されていないのでは?」

「あぁ、それなら大丈夫よ。これを使うわ」


フェリィは錫杖を空中に出してそれを手で(つか)み、軽く振る。

赤と金で出来ていたそれは一転して蒼銀へと染まり、形も中心に拳大の透明な宝珠――月華玉兎――がありそれを三日月の意匠が円形に囲っているワンドへ変化した。

長さも腕と同じくらいになり、取り回しもよさそうだ。


「ふふ、どう、これなら大丈夫でしょう? それにたとえケガしてもフォルは回復や再構築系の魔術は得意だし、そもそもこの神域なら死という概念すら無くせるわ」


……フェリィが何時に無く好戦的だ。確かに最近模擬戦をフェリィとここ一年ほどやっていない。偶には体を動かしたいのだろう。

仕方ない、防御と回復の向上そして致命傷を回避する魔術を行使する。〈―――――――



「フォル、ありがとう。でもここは工房に近いから少し、離れましょう」


 銀髪を翻し、彼女は進む。踏みしめた地面に咲く花がさわさわと揺れている。


「ここでいいわね、ではさっそく始めましょうか。セラの戦闘準備が終わるまで待って居てあげるわ」


 俺の魔術の構築も完了した。もうこれでたとえ首を落とされても死ぬことは無い。……もっとも、ここまでの魔術を行使できるのはここが俺とフェリィの神域であるからだが。


「よし、こっちも終わった。フェリィもセラも存分にやってくれ。


「ありがとうございます、ミス・フェリシアにマスター。それでは少々お待ちください。」

〈千法百計――解除 分体変化――両極〉

〈仮初の肉体を我が衣へ――泥被りの人形〉

〈神眼・思業・永遠――準備〉


 空中に漂っていた分体は次々とセラのマントへと溶けるように収納されて行き、代わりに彼女の後ろの地面が盛り上がり、高さ五メートルほどは有ろうかという極太の二本の白と黒の腕が出現した。

 それと同時に彼女の軍服や白い肌、そして先ほど現れた双腕を光を反射しない黒い鎧が覆ってゆく、そのさらに上を虹色に光る蛇の紋様が這いまわる。


「全行程――完了。魔力申請及び出力制限開放――完了。 ミス・フェリシア準備完了です」


「そう。〈秘跡(サクラメント)――崩月(レ・ラトラトル)〉 こっちも終わったわ……さぁ、しましょう?」

 

 フェリィの姿が一度ゆらりと揺れる。

 

「ン、じゃあ二人とも頑張って、――――始め!」


 声がかかった瞬間、セラは弾けたようなスピードでフェリィへと向かう。

 手には流れる水の様な刺突剣を持っていて、またその後ろで浮かぶ巨腕も分厚い大剣を振りかぶる。


「喰らえ、嫉妬の女神」


 頭上からは大剣、胸には刺突剣が空気を巻き込みながら迫る。直撃すれば即死、かすっただけであっても重傷を負う事を確信させられる威力と共に。

しかしフェリィは余裕の表情を崩そうともしない。


〈八重垣造るその八重垣を〉


フェリィの短い詠唱が終わると半透明で丸い障壁が八枚、彼女の目の前に並ぶ。

セラはそれらに全力で武器を叩きつけ、金属同士をぶつけたような騒音が響く。


しかし、立ち塞がるは堅牢な盾。敗れた障壁は二枚だけであった。それを見たセラは叩いて駄目ならば、と手に持つ刺突剣を本来の用途で扱う。


〈只貫く(エペ)(ラピエル)


腕で引き絞ったセラの剣が濁流を纏いながら巨大化し、後ろの双腕がそれの柄頭に手を添え、押した。

先ほどの数倍ものスピードでフェリィへと剣が向かう。

 今までの余裕を崩し、彼女は剣を避けた。膨大な量の土柱が上がり、辺りに土が雨のように降る。


 それが止むとフェリィは怒りの表情を浮かべていた。


「魔導生物風情が余と我が伴侶の聖域を汚すか。神たる存在に矮小な奴隷の身分で逆らった蛮勇は褒めてやる。褒美に、滅してやろう」


グラグラと煮えたぎるような力の奔流は彼女の身の回りを流れ、荒れ狂う、紫だった目はいつの間にか深紅へと変化していた。白い部分すら見えないほどに。

ゆっくりと確認するような口調でフェリィは続ける。


――七言律 

石櫂 真鍮之城壁

岩壁 真空之牢獄

鉄鎖 真実之法典


真言以て戒め解け


――――狂瀾怒濤(きょうらんどとう)


……神が自身に施した封縛がその役目を終える。


 フェリィから溢れ出ていた雷撃のような怒りは鳴りを潜めた。

 だからと言って安全になったというわけでは無い。むしろ、逆だ。

地面すら押し潰す圧力が辺りを覆っているのだから。

 彼女が杖を一振りすると、暴力そのものと言える爆発がセラの足元から起こった。

 多少離れているここでさえ、魔術で防御しなければならないほどの爆風が吹き荒れ、黒い煙が立ち込める。


 煙が晴れ、徐々にセラの姿が浮き上がって行く。

 彼女が召還したはずの分体はボロボロに崩れ去り、その形を失っていた。

 そしてセラ自身も手に持っていた武器を失い、身を覆っていた鎧を完全に消失させられている。


「……分体及び武装の完全消失。凄まじい威力です。マスター、申し訳ありません、魔力を頂きます」


そう言うと彼女は俺から凄まじい勢いで魔力を持っていく。枯渇する(まで)は行かないが全力の魔術を何発も打った後の様な虚脱感を感じる。


俺が失った魔力の対価としてセラは分体こそ壊れたままだが、武装は元に戻る。

だがその間にフェリィは再び、杖を構える、

それを危険と感じたのか、セラは権能を使い、勝負を掛ける。


「っつ、永久機動・瞬間詠唱・神の(グレゴリ)――発動」


 セラの額に重なり合った三つの円が現れた。それらは淡く光り、思わず目が行ってしまう妖しさを宿している。

そして彼女はその権能の真髄を披露する。


〈産み落とされし旧き悪魔――神理眼(ラプラス)


 彼女は(ふたた)び、刺突剣を構え、奔る。

 先ほどの二の舞のようでいて、結果は異なった。

 フェリィの発動する魔術を次々と避け、彼女に肉薄する。

 障壁と剣戟がぶつかる音が段々と大きくなり、間隔が短くなる。

そして、最後には途切れることが無くなった。

 

 二人ともこのままでは埒が明かないと判断したのか一度大きく距離を取る。恐らく最大威力の攻撃で片を付けるつもりなのだろう。


「狂乱せし荒神よ、神の時代も何時しか終わる。我の一撃で天より堕ちろ」

《神ヲ蝕ム槍》


「ふふ、それを決められるのはフォルだけよ。遊びも終わり。楽しかったわ、セラ。貴女を優秀な道具と認めてあげるわ?

《神罰》――掉棒打星 汝よ、徒花と化せ」



 ――何も起こらない……様に見える、少なくとも視覚的には。

 しかし、それこそが可笑しいのだ。セラは全力の魔術を打つ直前であり、その剣は莫大な光を宿していたというのに、今はその片鱗すら無く、両膝を地面に付き、うつむいている。


「〈秘跡(サクラメント)――法月(レ・ラトラセル)〉 ふう、お疲れ様。結構やるわね、セラ。また今度しましょう?」


 彼女が最初に唱えた呪文が結ばれる。

 そうすると先ほどまでの惨劇が嘘のように消え去っていた。

 セラが打ち抜いた地面も、フェリィが爆発させた部分も等しく最初の状態に戻っていた。

 

 正確にはこれは元に戻ったのではない ”最初から何も起こっていなかった” のだ。

 フェリィは最初から幻を作り出す魔術を行使していて、セラはその中で偽物のフェリィと戦い続けていたのだ。

 

 フェリィとセラの力が隔絶しているように見えるが、そうではない。今回は場所、つまりここがフェリィの神域であったことが問題だ。

 神域でその所有者は世界の因果を書き換える事すら出来る。物を下から上へ落とし、水を百度で凍らせるといったように。

 

 しかし、今回の目的はセラの戦闘力を知る事であり、それは達成されたと言え、収穫も多かった。


 セラはうつむいていた顔を上げ、ぽつりと言った。


「……我は負けたのか。指の一本も触れられずに」



――――悔しげな声が朝の風に乗る


お読み頂き有難うございます。

感想や評価など、頂けたら幸いです。

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