神の眼差し
会話回です!
夜になり、工房内の椅子でくつろいでいると後ろに立っていたセラが話しかけて来た。
「ところでマスター。 貴官はこれから個人用の武装を作成なさるのですよね」
「ん? そうだぞ、セラにも手伝ってもらおうと考えているんだがいいよな?」
後ろを向きつつ声を返す。
セラは相変わらずの無表情だが瞳に僅かな興味の色を乗せている。
「Ja. 我はその為に生み出されたものであり、存在意義とも言えます」
「それだけじゃないんだけどな~」
俺がひらひらと手を翻しながら答えると、彼女は少し不思議そうに小首をかしげる。
「? どういう事でしょうか」
「ま、それはその時が来たら話すよ」
「了解。 失礼ですがミス・フェリィシアはどちらに?」
「あぁ、フェリィなら少し疲れたとか言って先に寝たぞ」
「そう、ですか」
セラの眼が先ほどより開かれる。
「もしかして、フェリィに用でもあったか? あぁ、それとあいつはセラの事嫌いとかじゃないと思うからそこは安心していいと思うぞ」
「有難うございます。そして、ミス・フェリィシアに用はありません」
「ほーん。というかさっきまで見えなかったけど何かしてたか?」
「はい、実体のないこの身ですが、今朝作って頂いたばかりですので、細かな調整を行っておりました」
彼女は白亜の彫刻の様な顔をわずかに綻ばせ、手を胸に当てながら言う。
「調整か、不具合とかは無かった?」
「ええ、お陰様で。 このように完璧な身体を作成していただきありがとうございます」
「いいって、いいって、俺達の為でもあるし。ところで、セラはどんなことが出来るんだ?」
そう言うとセラは少し誇らしげに声を紡ぐ
「まず最初に魔力を扱えますので、魔術を編む時に手助けが出来ます」
「あぁ、確かにまずはそれだな。ついでに言うとセラの体の三割程度も魔力だしな」
「はい。その為、この身を魔術触媒として頂くことも可能です」
「へー、そんなこともできるのか。これならセラの補助が有れば魔術の威力も上がるな」
俺の概算なら二倍とまでは行かなくとも五割程度は上昇するだろう。
「存分にお使いください。他にも我だけでの魔術行使も可能です」
「あ、そうか一応魔珠二つ作成時に使用しているしな」
「――ええ、そうなのですが、その分は体の維持に多くを使用しております」
「あーそうか。じゃあ、魔術行使の時はどうするんだ?」
「申し訳ないのですが、貴官から魔力を頂く形となります」
「そんなことも出来るのか、出力はどの程度だ?」
「魔力を送る際のロスは一パーセント未満、最大出力は貴官のそれの半分程度だと推測されます」
言うなれば魔術行使の為の端末が一つ増えるようなものだ。
タンクから水を出す蛇口が一つ増えたとも言えるかもしれない。
「へぇ、本当に優秀だね。そういえば今更なんだけどさ、なぜ俺のことを貴官って呼ぶんだ? マスターは分かるけど」
「――私は軍事目的で創造されたと認識しております」
目で続けろ、と相槌代わりに言う。
「その為、我は軍人としての行動を是とし、貴官を上官として接しております」
そういうセラを見ると確かに青白い軍服の様なものを着ていて、頭にちょこん、と小さな軍帽が斜めに乗っている。
しかし表面には仄かに光るラインが体の表面をなぞるように直線的に幾筋も入っていて、服の素材も金属と生き物の皮膚の中間のような材質だ。
背中には腰程度まで外側が灰色で内側がワインレッドのマントがたなびき、腰のあたりには顔ほどの大きさがある透明で金の細い縁取りがされているパネルの様なものが浮いている。
……言いたいことは沢山あるが、初めに、アンプルール侯爵家どころかビザリア選侯国中探してもこんな軍服は無い。
可能性があるとすればカルドル工業王国だが、それでもここまで未来的な軍服は開発されていないだろう。
あの国の貴族はこのような金属的なデザインを偏執的に好むので、ゼロパーセントだと断じることが出来無いのが少々業腹だが。
また、セラが軍人と自己を定めるならば”我”という一人称は少々尊大に過ぎないだろうか?
パッと見でボケが大渋滞を起こしているが全てに突っ込んでいたら話がそれてしまう。
「……なるほどね、でもセラが軍用だってこと伝えたことあったっけ?」
「いいえ。お伝えが遅くなり申し訳ないのですが我は貴官の考えをある程度読むことが可能です」
「へー、情報の伝達が早くていいね。 ていうかセラが自分の名前をセラフィエルって分かってたのはそれが原因?」
「名前についてはそうですが……宜しいのですか?」
「考えを読めるってことか? それなら全然構わないぞ、別に隠す事も無いしな」
「――――あ、有難うございます」
軍服に走るラインに赤い光がギュンギュンと流れている。
先ほどまでは白から黒になったり青へと変化したりしていたが、もしかしたらあそこに感情が出るのだろうか?
赤はどんな感情だろう、サンプルが少なく不明だ。
「おう、てかずっと座ってるのもあれだし、椅子にでも座れば?」
「私は実体が無いので座れませんが」
「魔力で出来たものなら触れられるだろう〈其処へ――在れ〉っとやっぱ使い易いな、補助してる?」
「有難うございます。補助についてはほぼ自動で行っております」
魔力で出来た椅子にセラは座りながら言う。
魔力を介してしか、ものに触れることは出来ないのに、歩いた時の髪の揺れや些細な表情の変化、そして一つ一つの仕草などは普通の少女がそこにいるのではないかと誤解させられる。
……どうでもよいが腰のあたりを漂っていた透明なパネルは現在彼女の太ももに両手と共に置かれている。
「補助系の能力はそれくらいか?」
「あともう一つ。 我の権能”群体””神眼”を同時使用すれば非常に広範囲を監視することが出来ます」
――権能とは多少なりとも神格を持つ者が得るものであり、種類は千差万別だ。
勿論俺とフェリィも権能を持って居る。
「”群体”はどういう能力なんだ?」
「魔力のみで出来た分体を作成することが出来ます。また、分体は破壊されても魔力の消費しか影響は有りません」
「分体は幾つ位作れるんだ?」
「――千百。その数が最高です」
「分かった。じゃあ”神眼”はどういう能力だ?」
「二つの能力が有ります。一つ目は半径一キロほどを観測すること。二つ目は観測した結果からある程度の未来予測をすることです」
「一つ目も便利だが二つ目は凄いな! どの位の精度だ?」
「使用する魔力量にもよりますが精々五~十秒程度です。 そして未来予測の一日の使用限度は三十分です」
「ふむ、それだと近接戦闘用かな。で、二つの権能を合わせるってどうやるの?」
そう問いかけるとセラは――では。と言って背中のマントを手を使い軽く広げる。
「〈b〉――完了」
彼女が一瞬で唱え終わるとマントの内側から幾つもの白と黒で出来た握りこぶしほどの球体が出て来た。
それらはふよふよ、と浮きながら辺りを見回すようにくるくると回っていて、一つだけ他より少し大きいのが有る。
「この十一体が一隊分でこれが百隊で千百体。そしてこの少し大きいのが指揮端末で、これに“神眼”付与します」
彼女が手を大きな球へ手をかざすと一瞬光ったあと表面に、二つの円が重なった図形が有り、その部分が人の目の様に中心が円形に青く塗りつぶされている模様が現れた。
中心部は人の目の様だ。
「完了です。これでこの指揮端末は他の十機の補助で半径一キロメートルを観測することが可能となります」
「その情報は俺にも送れるのか?」
「はい。此方からご覧になれます」
セラはそういうと太ももの上に置いていた透明なプレートを手に取り指先で軽く叩ともう一枚同じものが出現した。
……なんだあれ、凄い便利そうだ。
などと考えていると、セラはプレートの一枚を親指と人差し指でつまみ手首のスナップを使いこちらへ投げてくる。
別にいいが俺を上官だと思って接しているなら普通は手渡さないだろうか、――魔力で干渉し目の前で止める。
「それでは映します。〈b-1〉」
「おぉ、映った! あれ、でもこの神域は半径一キロ無いけどそれより外は表示されてないぞ」
「それは――この空間が非常に強力な結界となっているからです。 魔力が濃い場所では観測が行い辛くなります」
「なるほど、通信も魔力でやってるしな」
このプレートを色々いじってみる。
拡大縮小に立体表示、更にはサーモグラフィの様に魔力の濃度を色で示すことも出来る。
これは有用だ、この観測するための端末も魔力で出来ている為魔力で干渉されない限りは破壊される事も無く索敵し放題だ。
「素晴らしいな! 軍用だけじゃなく平時も便利そうだ」
「お褒めいただっ光栄です。――ですが夜も更けて参りました、そろそろ御就寝になったほうが宜しいかと」
「ン、そうだな。少し眠くなってきたわ、お休みセラ。セラも寝るのか?」
「思念体ですので睡眠は必要ありませんのが休眠状態に入ることとします、それでは」
セラの体は粒子にほどけるようにして消えた。
「ふぁぁ。 俺も寝るか」
俺は休憩所へ行き、ベットに入り、直ぐに夢の世界へと旅立った。
――工房の天井の上に黒髪の少女が立っている。凍り付いたかのような無表情を浮かべている彼女は先ほどの事を思い出し、その顔をわずかに綻ばせて独り言を言う。
「ふふ、褒めて頂いた。我をもっと使って頂きたい、それこそが存在意義だ」
その眠たげな瞳を僅かに見開き、彼女は続ける。
「究めなければ、魔術を、権能を、戦闘技術を。
〈我は――我々は群体。一にして百、百にして千を加う黎明。
b-4 sw-0
魔術構築――開始
使用申請――許諾
魔力供給――完了
使用権限――取得
術式構築――完了
見張る者――確定
千方百計〉
――音もなく無数の球体が現れ、夜の帳が下りた空へと競うように高速で辺散らばってゆく――
セラ(あ、魔力無いんだった……「魔力供給―――
フェリィ「フォルが普通に寝た!?」