黒髪の天使
新キャラクター!
翌朝フェリィと二人、工房内の一番大きな部屋でベッドよりも大きい作業台を挟み、向かい合う。
「さてフェリィさん、これから武器や防具を作っていくわけですが一つ問題が有ります。それは何でしょう? 」
「えーと、純粋に手が足りないという事かしら? 」
フェリィは頬に人差し指を当て小首を軽くかしげて言う、実にあざとい。
「正解! と、いってもこれから様々な研究も行う上に両親や平民を入れる訳には行かないのが現状ですね、はい」
平民は魔力的に論外であるし、肉親だと言っても研究は見せないものだという慣例が貴族にはある。
「そこで今回俺ことフォルティス=アンプルールが提案するのは、なんと! 開発を補助する魔術生物の構築です!」
「どうしたのその口調、あとそれって木偶の坊系の上位亜種よね? 確かあれ、制御するのに常に魔術を構築している必要があるから開発の助けにならないし、戦闘用の魔術よあれは」
そう、木偶の坊系の術式は基本的にその体を構築するために魔術を紡ぎ続けないものであり、基本的に戦闘時に壁として使う事が多い。
「……ごめん、微妙にテンション上がってた。――あと、正確言うと肉体はいらないから思念だけ作ろうと思ってるんだが、どうだ? 」
「そうね、それでも維持の問題が残ると思うのだけれど。魔術を構築し続けなくて良くはなっても、常に魔力を供給しなければならないわよ」
「あーそれなんだが、魔珠を使いたいんだが良いか? 」
本来、魔珠は平民が魔力を扱えるようにするための物だ。
「うーん、何級の物を使うのかにもよるけど良いんじゃないのかしら? 今私達アンプルール家の軍隊は魔珠不足に陥ってるわけでは無いのだし」
「いや、まあそうだが……実はフェリィのも必要なんだ。二個というより、二種類の魔珠が」
「もぅ、仕方ないわね。理由は説明してもらうけど、いいわ。どの魔珠が必要なの? 」
フェリィは先ほどまで頬に当てていた人差し指をこちらに向けて言う。
「……佐官級一つだ。まぁ、待てフェリィ。頬を膨らませなくても言いたいことは分かってる。――そこまでする価値があるのかという事だろ? 」
「そうよ、幾ら軍に魔珠が不足していないと言っても佐官級なら千人を指揮、強化出来る佐官を一人用意できるのよ、そこのとこ分かって言ってるの? 」
「もちろん。まぁ信じてくれ、フェリィに嘘言ったことないだろ? 」
「分かったわ。取り敢えず作ってみましょう? ダメだったら壊せばいいしね」
にィ……とフェリィは目を細めて言う。
「……作ったら自意識が芽生えるから賛成できかねるぞ、それは」
「ふふ。 じゃあ良いものを作らないとね」
「そうだな。で、作り方だが、素材に魔珠二つ、そして陽光玉に月陰玉。 詠唱は九絶 代償は高い場所にいること。 良し、これで大丈夫だ」
「詠唱は私も行うの? 」
「あぁ、頼む。魔珠を作業台の上に出して早速やろう。 あと、今回は俺がメインの詠唱だから普段と少し勝手が違うけど、それはこの紙に書いておいたから読んでおいてくれ」
そうして、作業台の上には魔珠二つに玉二つと詠唱文が書かれた紙が置かれる。
――――
――――
其は珠にして玉 由って絶を為すもの
其は絶を冠し 思業より生まれしもの
其は三絶の瞳 比類なき神眼たるもの
其は肉体を絶ち 精神を紡みせしもの
其は我が神域之を器とし 五絶と成り
其は絶園に佇み 天地を全てを見張れ
其は我ら双星 これ以て七絶より熾る
其は無を原初とし有より終末を為す天
其は九絶を贄とし絶域より廃絶を興せ
――――天威咫尺――――
四つの素材がこの神域を拠り所として、まばゆい光輝を放ちつつ融合される。
それらは空中へと昇りながらゆっくりと人の、神の形を取ってゆく。
光が消えるとそこには十歳の俺よりも少し高い百六十センチメートル程の少女が浮いている。
その碧く澄み切った瞳は氷のように冷たく、無感情だ。
すっ、とこちらへ送る流し目には魂まで凍り付きそうな光を宿している。
腰のあたりまで伸びている黒い髪は烏の塗れ羽の様に艶やかで、何にも束縛されないと主張するようにゆらゆらと浮いている。
しかし同時にその黒が彼女の侵しがたき神秘性を損なっているようにも感じる。
彼女はその超俗的で彫像のように無機質な白い顔に乗る小さな口から次々と空気を震わせた。
《システム名:見張る者:承諾》
《個体名:セラフィエル:登録》
《登録者:最大権限:pxo-1:登録》
《登録者: pxo-2 追加:承諾》
《神格設定:半神――失敗:堕天:承諾》
《権能:”思業””永遠””神眼””群体””絶”:登録》
《Muss es sein?――Es muss sein!》
「我々は――nicht. 我はセラフィエル。貴官の忠実なる僕であり、付き従う陰であり、全てを見通す目となろう」
「あぁ、成功したみたいだな。 セラフィエル――セラって呼んでいいか?」
「Jawohl(了解). 勿論だ、どのように呼んでくれても構わない。 所詮名など個体識別のラベルだ」
「フォル……ずいぶんとその、個性的な子だけど大丈夫なの? 」
「ん? 別に全然大丈夫じゃないか、優秀そうだし人形みたいで可愛いし」
「ふーん? ――〈迸る雷鳴よ、下れ〉」
俺がセラを褒め始めた瞬間、フェリィは指先に黄金の光を集め始める、それは瞬時に大きくなりバチバチと―――ってそれ雷魔術じゃん? しかも近すぎて避けらんねぇ! 対抗術式を紡がな――
「否定。マスターへの攻撃は認められません。〈v-4〉――完了」
セラが軽く手をかざすと、小規模ながら荒れ狂っていた雷は最初から夢だったかのように、突然消え去った。
「――っつ。なかなか優秀の様ね? でもフォルは私の物で貴女の魔力の供給源に私も居ることを忘れない様に」
「はい。勿論です、ミス・フェリィ」
フェリィはセラから目線を外す。かなり不機嫌そうで、風を受けなくなった船の帆のように気を落としている。
きっと俺の発言のせいなのだろう、いたたまれなくなり口を開く。
「……ごめん、フェリィ。そんなに反応すると思わなかったんだ」
「フォル……こちらこそ、ごめんなさいね。フォルが私以外を褒めたことに少し驚いちゃっただけなの、許してくれる? 」
「悪いのはどう見てもこっちだ、本当にごめん」
「えぇ、わかったわ。でも確認させて……私が、私だけが好きで、愛してるわよね、フォル?」
「もちろん。俺はフェリィだけが好きだし、フェリィだけを愛してる」
そう言うとフェリィはすっかり安心しきった笑みを浮かべる、目はキラキラと輝き上機嫌そうに肩を震わせ、今にも小躍りしそうだ。
それにつられて嬉しくなり、そのあとフェリィとセラも多少打ち解けて、すっかり和やかな時間が流れた。
だから、この時俺は気が付くことが出来なかった。
――セラがフェリィを見る視線の温度を凍えそうなものから、絶対零度へと変えていたことを。
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