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月花舞

 フェリィはいつの間にか手に持っていた金と赤の(しゃく)(じょう)を地面に軽く打ち付ける。

 しゃらん、と音が鳴り、少し体が引っ張られる感覚の後、俺とフェリィを包む雪白い景色は一変した。


 そこは色彩の花園だ。

 花々は月の光を浴びて宝石のように輝き、暖かい風が芳しい香りを鼻に運ぶ。 

 そして、その中心にはフェリィ、いやフェリシアが超然と佇んでいる。 

上を見上げれば青い、しかし血のような鮮やかさを持つ月が地面に光の橋を掛けている。


 俺はこの楽園を前にしてただ、呆然と立っていることしか出来なかった。


 フェリィはこちらを向き歓天喜地の感情をその絵画の様な顔に乗せ、こちらに声を掛ける。


「ふぅ。出来た、ギリギリだったけど出来たわ! ねぇ、私凄いでしょう?」


 こちらまで嬉しくなって来るほどの、溢れんばかりの笑みだ。ここに来られたことがよっぽど嬉しいのだろう。


「あ、あぁ、そうだな。つか、ここは何処だ? もしかして天国か?」


 本当にここは何処(どこ)だろうか、死んではいないはずだから天国ではないかもしれない。


「いーえ、違うわ。ここは【(あお)(つき)(その)】というのよ? そしてここはこの私の神域よ」


 フェリィはぴん、と人差し指を立てて得意げに言う。


「神域……?そういえば、フェリィは神様だったんだっけ?」


 神域——つまりその神固有の領域であり、現実世界である現世(うつしよ)とは異なる常世(とこよ)である。

 またほとんどの場合、禁足地(足を踏み入れてはならない場所)でもある。


「そうよ、前はとっても凄い神だったのよ!」


「今はなんとかここに来られる程度みたいだけどな?」


 ドヤ顔が微妙にむかついて、ついからかってしまう。

 これでは好きな子にちょっかいを掛ける小学生と同じだ、言って後悔する。 


「もー。それは言わない約束よ!」


フェリィは白い頬を赤く膨らませ言う、小動物みたいに。

しかし、その後フェリィは少し肩を落として言う。


「でも、一つ……正確には二つの問題があるわ」


「なんだ、問題って?」


「えーとね、実はあなたはこのままではここに長くいることは出来ないのよ。 簡単に言うと消滅するわ。」


 神域が多くの場合禁足地である理由が、これ以上ない形で分かってしまった気がする。 

 もしかしたら神隠しって "そういうこと" か、聞きたいが答えを更に知るのも怖い。

 

「っておいおいマジかよ。……どうすればいいんだ?」


「そ、それはうーんとその~」


 フェリィはなぜか顔を赤らめ言い淀む。


「早く言ってくれよ、このままだと俺消滅するんだろ。しかも消滅とか死ぬよりやばそうだけど?」


 ついつい必死になり、早口でまくし立てる。

 というか、”あなたこのままだと消滅します”と言われて落ち着いている方がおかしい。

 そしてフェリィは顔を更に赤らめながらキッ、と決心した目でこちらを見据えた。


「い、言ってあげるわ。――キスよ。キスするの、私と貴方で」


 フェリィは頭が残念に成ってしまったようである。 大変だ。 

 この状況で彼女だけが唯一俺を助ける方法を知っているのに肝心のフェリィがぽんこつだ。

 いや、逆にぽんこつフェリィなら消滅するというのも彼女の勘違いかもしれないな。なら安心だな、うん。


「ってなんで真顔なのよ! このままだと本当に消滅するわよ! ほ、ほら、さっさとこっち来なさい」


 なんだかうるさい。 

 しかし、あの美しいフェリィとキス出来るというなら、あちらに行くのも吝かでは無いな。 (超、嬉しいというのは秘密だ、ついでにキスが初めてだという事も) 

 ゆっくりとフェリィに近寄って手を取り、その白魚のような指と自分の指を絡める。


 フェリィの顔は既に熟れたトマトの様に真っ赤だ。恐らく俺も同じだろう。

 証拠というわけでは無いが、心臓が早鐘を打っている。

 濡れた視線が交わる。 段々と唇同士が近づいて行き、触れ合った。 

 柔らかい感触が伝わり、ふんわりと甘い花の香りがする。


 心地良い感触を唇越しに楽しんでいると、不意に上唇をチロリと舐められた。

 驚きで少し開いた唇からフェリィの舌が入り込む。 

 唇で口をこじ開けられるとその舌は俺の舌を探すように口内を這いまわり、歯を撫でそして舌先が触れ合う。


 その瞬間、唾液と共に今まで経験したことのないほどの快感が体を走った。

 潤みきったフェリィの瞳から涙が頬をゆっくりと伝い顎から雫となって落ちる。

 口内で触れ合いながら存在が凄まじい勢いで自分という存在が濃くなっていくが、それと同時にこの世界に溶けて同化してしまうかの様な圧倒的な法悦を覚えた。


 そうして五分は舌を絡めあっていただろうか、口内の感覚が薄れてくる。

 不意にフェリィの舌は俺の口から銀色の橋を残しながら去る。


「んん、ぷはぁ。これで大丈夫なはずよ。は、初めてだったんだから感謝しなさいよ?」


 未だ潤みきっている瞳をしたフェリィが指先で唇に軽く触れながら言う。


「――そう、だな。ありがとう。 でも何でキスなんだ?」


 自分の中で揺れる感情を上手に納められなくて、雑な返事になってしまう。


「体の一部を交換する必要があったのよ。その時に、私の神格の半分を分け与えたわ。 これであなたはここに居る"資格"があるわ。――でもね、まだ問題は一つしか解決していないのよ」


 ふと、少し呆然としていた俺の意識を完全にこの世界に戻す発言をフェリィがする。


「その問題ってのはなんだ? ここに居られることは確定しているのだろ?」


 当然の疑問をフェリィへ投げかけた。


「あなたに神格を私は今分け与えたわよね? でもよく考えてみて、ここに来られたのはギリギリなの、ついでに言うとここを維持するのも実はかつかつだったのよ」


 嫌な予感しかしない、しかしフェリィはそのまま話を続ける。


「限度いっぱいまで使って維持しているのに半分に分けたらどうなるか分かるわよね?」


 自明だ。彼女は指をつい、と上に向ける。

そちらを見ると空からやさしい光を届け、柔らかな影を形作っていた蒼月は満月からゆっくりと欠けてゆく。

 

 今すぐにこの桃源郷が崩れるわけではないだろうが確実に壊れてしまうのが何故か、確信できる。

 彼女に貰った神格とやらのおかげであろうか。

 もちろん、このままここに居るわけにもいかないだろう。


「で、俺達はこれからどうすればいいんだ? まさか見ているだけって訳でもないだろ?」


「そうね、結論から言うとこれを止めるのは今の私達には不可能よ。 そしてどちらにせよここにずっと居る訳には行かないわ。元の世界に行くためにここを経由しているに過ぎないもの。」


 そう言う彼女の周りにはいつか見た光の粒子を纏い始めた。

 それらは拳大のダイアモンドのような見た目の宝石へと実体化を遂げる。


「これは、【月華玉兎(げっかぎょくと)】私の()宝珠(ほうじゅ)、つまり魔力の源、魔術の核ね。ここにこの世界を収斂させ吸収し、収納するのよ」

 でも収まりきらないから、と彼女は続け更に言葉を紡ぐ。


「あなたも出して、魔宝珠。出せるはずよ、だって私の神格を分け与えたもの。 体の中からあふれ出る力の源泉を感じて。そしてそれを目の前に出すように意識して」


 体の内に意識を向ける。

 確かに何か熱いような冷たいような流れを感じる、その流れの源には太陽の様な熱量を感じた。

 そしてそれを目の前に——現出させる。


 それは、光を反射して地上へ届ける月とは対照的な太陽のような暖かな光を放つ黄金の宝珠だ 

 思わずじっと見ているとフェリィが声を掛けてくる。


「綺麗ね、私が月であなたが太陽。あなたの光で私は照らされ、夜に光が齎せられる。やっぱり私達が出会うのは運命だったのよ」


 そうして彼女は本当に嬉しそうに微笑む。


「そう言って貰えると俺も嬉しいよ、フェリィ。ところで、これはなんて言う名前だ?」

「ふふ、それは自ずと解るはずよ。 魔宝珠からの声に耳を澄まして」


 精神を集中する――ふと声が聞こえた気がした。


「……【幻日金烏(げんじつきんう)】 それがこの魔宝珠の名前みたいだ」


「いい名前ね、かっこいいわ。それじゃあ、この世界を私達の魔宝珠の中に収めるわよ」


 そう言って彼女は静かに扇を現出させ、舞い歌う。 それは魔術の詠唱で、雅な芸術だ。


叢雲(むらくも)()けて金烏輝き 光閃は玉兎を照らす 

燐光(りんこう)に常夜彩り 黎明に玉盤(ぎょくばん)転ず

比翼の連理は此処(ここ)に在りて ()ノ生 此ノ夜 虚ろに移ろう  

我歌えば現世(うつしよ)(よろこ)び 我舞えば常世揺らめく  

常世は此の世で我が世なれば 此ノ天 此ノ地 集い給え

――――『花天月地』――――


 ぱんっ、と舞の最後にフェリィが扇を閉じると月は消え、地面の花々は天に舞い、視界を極彩色のモザイクへと染め上げる。


お読み頂き有難うございます。

評価や感想など、頂けたら幸いです。


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