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夢幻記  作者: 色葉ひたち
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その1~現実~

 高校二年生になって一か月が過ぎた。

 高宮望たかみやのぞむは入る高校を間違えたと毎日思う。望のいる市立木戸第一高等学校は県下随一の進学校だ。周りにいるのは中学校時代に学年で一位二位だった生徒たちばかり。皆、予習復習は当たり前のようにし、習っていない英文もスラスラと訳す。放課後のスタディルームは当たり前のように満席だ。そんな優等生たちに日々囲まれて、自分はどんどん劣等感に苛まれていった。

 望も中学生の頃は成績優秀でテストの点数は常に学年で一位か二位だった。しかし、この学校に来て、いかに自分が凡庸であったかを思い知らされた。成績も普通、運動も普通、見た目も普通。そんな平凡な人間は、こんな学校ではなく、勉強に追い立てられない、もっと穏やかな学校に入れば良かったとつくづく後悔した。

 渡瀬靖人わたせはるとが先生に指名され、英文を訳し始めた。彼はクラスの中でも特に成績が良く、容姿も優れている。自分とはかけ離れた人間だ。神は二物を与えずっていうけど、与える人には与えてるんだよな、と望はそんなことを思いながら渡瀬の訳をぼんやりと聞いていた。

 その日の放課後は担任教師との面談があった。面談をするのは数学教師が控える数学教員室だ。担任は数学教師だから、面談のある時は他の数学教師に席をはずしてもらい、数学教員室を使う。

 望がノックをすると、部屋の中から「どうぞ」と返事があった。望はドアを開け、部屋の中に入った。

 部屋はそれほど広くなく、事務机が四つ向かい合わせに付けられている。それぞれの机の上には教科書や書類が置かれていた。担任の斉木さいき先生は、右手奥の席に座っていた。斉木先生の机の横に椅子が一つ置かれていた。前の席の椅子を移動したようだ。

「座って」と斉木先生はその椅子に望を促した。望は一礼してその椅子に座った。

 斉木先生はこの学校で一番若い先生だ。二十五歳ということだが年齢より若く見えるため、たまに生徒に間違われるというのを自虐ネタにしている。すっきりとした顔立ちの爽やかな先生だ。

「高宮は一年の時は川本先生が担任だったよな?」

「はい」

「一か月経って、新しいクラスには慣れたか?」

「はい。少し慣れました」

「勉強は? 順調か?」

「正直、あまりやる気が起きないです」

 望は正直に言った。すると、斉木先生は「そうか」と望の言葉をすんなりと受け入れた。それには逆に望の方が少し面食らった。こういう風に言うと、川本先生の場合は「どうして?」としつこく理由を訊いてきたからだ。

「他にやりたい事は?」

 斉木先生が尋ねて来たので望は考えたが、勉強をしたくないからと言って他にやりたい事がある訳でもなかった。

「特にないです」

「そうか。無理にとは言わないけど、何か打ち込めるようなことがあった方が楽しいぞ。高宮は部活もやってないんだよな?」

「はい」

「最初は始めるのにちょっとエネルギーが必要だけど、案外やってみたらはまれることもあるし、少しでも興味を持てそうなことがあったらとりあえずやってみたらどうだ? 何事も始めるのに遅すぎるということはない」

「はあ……」

 こういう面談は、先生が生徒に勉強するよう発破を掛けるために行うのではないだろうか。斉木先生の面談は何だか近所の仲のいいお兄さんと世間話でもしているような気持ちにさせられた。斉木先生は最後まで望に発破を掛けることなく、面談が終了した。望は「失礼します」と言って数学教員室を後にした。

 廊下に渡瀬が立っていた。渡瀬はアイドルグループにいてもおかしくないような顔立ちをしている。目は大きいがきりりとした印象で、きれいなのに男らしさを感じる顔立ちだ。

 渡瀬は望の次の順番だったようだ。望に軽く頭を下げると数学教員室に入って行った。

「あれ?」

 望は足元にカードが落ちているのに気付き、それを拾い上げた。カードはトランプぐらいの大きさ、厚さで、白地に太く黒い線で幾何学模様が描かれている。

「なんだ、これ?」

 望は数学教員室を振り返った。渡瀬が落としたのかもしれないが、面談に入ってしまったから訊くことができない。

《ま、いいか、明日訊いてから返せば》

 望はカードを制服のポケットにしまうと、数学教員室を後にした。

 学校から駅まで徒歩七、八分、そこからバスで二十分ほどの距離に望の自宅はある。

 望は食事や風呂を済ませると、明日の予習を少しだけして、ベッドに横になり眠りに就いた。

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