思いついたほらー短編①
思いついたので
それがなされたのは必然だった
将来への不安
現状への不満
社会に対する反抗
そして度重なる天災
人々の間で『負』の感情が増大し
幸福が『正』が減少し天秤が傾き始めたのだ
彼は普通だった
平凡に生き、平凡に働き、平凡な恋愛をし、平凡ゆえ別れ、本当に釣り合っていた
だからだろか
彼が寄り代に選ばれたのは
趣味の一つである山登り中だった
山林を登る中、ふとそれに気づいた
気づいてしまったのだ
他の登山者は気づかず
彼のみ気づいた
朽ちた
社だった
彼は道を外れふらりと草木の中に足を踏み出していた
他の登山者はもう彼を気にしない
なにせ……もう見えていないのだから
「こんなんあったんや、すごいなこれ」
彼はそう言いながら、苔むした石の鳥居を一礼してからくぐる
不思議と興奮していた
幼い頃の冒険心を思い出す
近づくと案外大きな社だという事が分かった
社殿に続く参道は石がはがれ草が生い茂っているが嘗ては立派な石畳があったのだろう
社務所であった場所は崩れ落ち、手水舎もひび割れて意味をなしていなかった
立派な所やったんやろうな
彼はのんきに辺りを散策し始めた
神社の来歴を見ようと思っても朽ちているため分からない
スマホを見ても近くに神社はないようだ
ため息ひとつ
まぁ何かの縁だと
彼は社殿に向かった
一歩、一歩歩くうちに彼は気づいた
後ろに何かいる
三歩、いや五歩ほど離れているが誰かいる
ほんまたち悪いわ
そう思いながら彼は足早に社殿に向かう
賽銭箱は形をなしておらず、ただ鈴とそれに繋がる紐のみが真新しかった
誰か管理してるんやな
そりゃこんな所に来るなんて怪しい奴か賽銭泥棒くらいか
彼は後ろの気配を神社の管理している人とあたりをつけ参拝する
まぁ修繕費用の足しにと一夏目を賽銭箱と思わしきモノに入れ
二礼二拍手
日頃の感謝をし
一礼
顔をあげるとそこは
どこか朽ちた建物の中だった
「へっ?」
頭が真っ白で動かない
現実を正しく認識できない
さっきは外で拝んでて
何で中に!?
彼は動こうとしたが動かなかった
手を合わせ一礼した体制のまま、何か大きく目に見えないモノが自分を握り締めている錯覚をした
そこで彼は思い出した
オカルト好きな掲示板で朽ちた社には近づくなと書かれていた事に
思い出しても後の祭り
まぁ無事に帰れんわな
彼はあきらめた
普通ゆえにあきらめた
自分より強い存在に抗うのは、強者だけ
自分より強い存在から逃げ惑うのは、弱者だけ
自分は強者でも弱者でもない、普通の人間やからとあきらめた
あとはなすがままだった
朽ちた祭壇にある大きな鏡の前
不思議な祝詞が自分の口から違う人の声が出るわ
不思議な舞を踊らされるわ
そして鏡を見る
いつもの変わらない自分
その隣にいる裸の美しい女
黒髪で、グラマラスで色気を感じる
だが目のところが空洞で何もない
まるで永劫の闇を溶かし込んだかのような
気づいた時には病室だった
だがただの病室ではない、窓が無く壁一面、天井床に至るまで総て御札で埋め尽くされていた
ノック音の後
その男は入ってきた
スーツ姿で40歳位の男、オールバックの髪に中肉中背、だが男は輝いていた
オーラというのだろうか男の輪郭と周りが日の光のように、優しく輝いていた
「起きたようだね? 体は大丈夫かい」
声を出そうと思ったが、出なかったので頷く
「無理に声を出さなくてもいいよ。
今の君は……力があるからね、ゆっくり慣れていけばいい」
ちから、なんの事だろうか
「そうだね。 少し長い話になる、こんな奇妙な部屋に入れられている理由も話そうか」
そう言って男は話してくれた
目に見えないチカラある存在の話
『正』と『負』のバランスの話
ある男が儀式を行って世の中を幸福にしようとして失敗し、『正』『負』のバランスが崩れてしまいヨモツカミを呼び出してしまった話
そして今の自分の現状を話してくれた
「呼び出されたヨモツカミは、現世で力を使うすべがなかった。
自分に合う寄り代を探し、運悪く君が見つかった。
儀式の場所か、男の方か、縁を辿られ君は呼ばれ、そして儀式は行われた」
見てみるといい
男に手渡された手鏡を見る
そこにはあの美しい女が映っていた。 自分が映る筈の鏡にあの女が……顔に手を触れる
鏡の女も顔に手を当てる
そして彼は現状を受け入れた。
目があるだけ、まだましかと諦めたともいう
空気を引っ掻く様な音共に手鏡が割れた
まるで鏡に拳を撃ち込んだかのような割れ方だった
男に割れた手鏡を渡す
男はなれた手つきで受け取った手鏡に御札を巻いて懐にしまった
「受け入れたのかね」
こちらをいぶかしむかのような表情で見る
それに頷き声を出す
「まぁ、仕方ないですわ。 こんな事になったんわ自分のミスですから
後はこの現状からどうやるかが重要やと思いますし」
そう言うと男は、そういう考え方は好きだよ。と言い、部屋を出て行った
「ヨモツカミ様、現世でなんかしたい事ありますか?」
なんとなく呟いたそれは部屋に反響し
空間が歪み
スマホが現れた
そこには地図と場所示すピンが打たれ
『……か●お・さ●○かのちょこそふと食べたい』
どうやら思っていたよりも深刻な事態じゃないかもしれない
どうだね
だめです。 想定していた事態の斜め上をぶっとんだ悪さです
彼は『善い人』だと思うが?
彼……いまは、彼女ですが周囲に『厄』をまいています
今すぐに発症するモノもあれば、時がたち忘れた頃にくるモノも
押さえきれませんよ
……一つ試したい、三日後……いや、明日までに用意してもらいたい
……わかりました。 なんとかしてみます
頼んだよ
……ヨモツカミか
部屋を映す監視カメラは砂嵐、音声のみが生きていて老若男女の嗤い声と泣声がこだまし
部屋を監視する小窓から覗くと、彼女のベッドを中心に御札は黒く変色し始め、ベッドの下から手や足、時には顔が飛び出しかさかさと部屋の中を這い回っている
そんな中、ベッドの上で安らかに眠る彼女の横に白髪の腐った何かが彼女をじっと見つめていた
続かない