旅立ち
光が途絶え、ゆっくりと目を開けると、そこには湖の上に浮かぶ小さな神殿があった。
普段は、スターライト王国の民はもちろん、御子でさえも立ち入ることを禁じられている、とても神聖な場所。
儀式のある今日は、神殿へ光の道が伸びていた。
神殿の中には神官と、奥にあるひな壇状の祭壇にはルミナスがいた。
「ルミナス…女王」
ぎこちなくお辞儀をする。ルミナスは軽く頷き、私を抱きしめた。
「記憶を失ってしまうというのに…。トワはいつもそうだったわね。辛い時も、笑顔で乗り越えてきた。無理してるんじゃないの…?辛い時は、泣いたっていいのに…」
と言いながらルミナスが泣いていた。
私だって辛い時はたくさんある。
辛いって、苦しいって、怖いって言いたいよ。
お母様が亡くなった時もそうだった。
でも、お母様が女王だったとき、私に言った。
「私たち御子は、国民の希望の星であり続けなければなりません」
「みんなの…ほし…?」
「今はまだ難しくて分からないでしょう。でも、いずれ分かるようになります。
国民の前では、いかなることがあっても笑顔でいるのですよ…」
この言葉を信じて、私は辛くても笑顔でいつづけた。
無理してきたよ、2人の姉、ルミナスとベルの分。これから先だって、もっと辛いことがあると思う。それを考えれば、今泣いて座るわけにはいかない。
「今泣くわけにはいかない。みんなの前では、笑顔でいつづけるって、お母様に約束したから。記憶が無くなるのは怖い。でも、御子のつとめが終わったら記憶はもどってくるでしょ?そうしたら、また前みたいに遊べるでしょ?」
「ええ…、そうね」
すると、神殿の鐘が鳴った。
時間だ。
「トワ、これを」
いつのまにか、ルミナスがクリスタルの杖を持っていた。
私は杖を手にして、呪文を唱えた。
「月の光、迫り来る孤独を押しのけ、光を与えよ。扉よ、開け!」
祭壇に光の道が伸びてきて、1人の御子が降りてきた。ベルだ。
地に降りると、ベルはトワの元へ来た。
私が口を開く前に、ベルが言った。
「ねぇ、トワ。あなた、記憶を失うつもりないんでしょ?」