魔王視点〜勇者の叫び
「うっ、はー、はー、はー」
勇者の早い息切れが聞こえる。勇者は最初に居た場所で俯けの状態で倒れている。最初使っていた刀は10分程度で折られていた。服は所々破けたり、焦げていたりしていて、そこから見える綺麗な肌は火傷を負っていたり、痣が出来ていて見る人によっては痛々しく見えるだろう。
一方魔王は全くの無傷だ。
魔王は戦闘中、一歩も動いていない。いや、動く必要がなかった。下半身を動かさず勇者の攻撃を無力化にしていたのだ。
闘いは一時間近くにも及んだ。
「面白かったぞ、勇者よ。中々楽しめたぞ。」
しかしもったいないな、これは・・・戦闘中勇者の魔力の無駄が多い。
魔力とは少量でも多くの効果を発揮してくれる。それがこの勇者は過度な魔力を技にのせており、力が上手く伝わらずにいる。
きちんと鍛えればもしや我を倒せる存在になるやもしれん。
それほどまでに魔王は勇者の事を評価していた。
実際問題人間がどこまで進化しているのか知らないが、この勇者と同じ位の魔力を有しているのは少数であろう。教える者が独学になり成長はしにくいだろう。
本当にもったいない・・・・・・
「私、は・・・負ける、わ、けには・・・いかない!」
勇者は傷を負っているが、猶も立ち上がろうとする。
「・・・・・・何故だ?何故そこまで傷付いておいて立ち上がるとする、どうしてだ。」
理解出来ん。敵わず、傷付いて、心が折れそうにも関わらず、どうして立ち上がる・・・・・・やはり人間は理解出来ん。
勇者は震える足で立ち上がりながら言う。
「私には、守らないといけない、人達が、いる。だから、私は立ち上がるのよ」
「守る・・・貴様は何も守りたいのだ。貴様だって力はある、ならばその力で守れば良いではないか」
そう言った魔王に勇者は凄く腹が立った。勇者はしっかりと立ち上がり、魔王を睨み付ける。
「なにも・・・何も知らない貴方がそんなこと言わないでよ!!」
「っ!?」
叫ぶ勇者を魔王は見た、勇者の辛そうな顔とその瞳から落ちる涙を・・・
「人間のこと、人間世界の事何も知らないのに、勝手な事言うのは止めてよ!」
それは勇者の心からの叫びだった。
魔王は生まれて初めて動揺した。そして自分が初めて動揺したことに、またも動揺した。
勇者は動揺した我を気にもしていないように話す。
「知ってる魔王?人間って弱いの。だから、とても狡賢くなるのよ・・・」
それがなにを意味するかは今の魔王には分からない。のちに魔王は、先程の発言をたいへん反省していた。
「私はあの子達を守らなきゃ、だから!」
勇者はゆっくりとした足取りで近付いてくる。一歩ずつ近付いてくる勇者に、魔王は内側から何かに縛られたなり動けない。しかし、目だけがくっきりと勇者を見ている。
「守らなきゃ、絶対に、私が・・・・・・だから」
ドサッ、という音がする。
勇者は後一歩、もう一歩で手が届くという所で力尽き倒れたのだ。本当にギリギリの意識だったのだろう。
魔王は戸惑いながらも勇者に近付き身体を一旦起こす。魔王は勇者の体に手を置き、体内のを調べてみると魔力切れに陥っていた。普通は魔力切れを起こした程度で倒れるはずがないのだが、魔力が多いのでおそらく今まで魔力切れを起こしたことがなかったのだろう。
しばらく休めば目を醒ますか。
ここまでやって、魔王は自分がなにをやっているのかに気付く。
「・・・我はいったい何をしているのだ」
勇者は本来敵であるはずだ。遊びだからといって敵であろう者を診るとは・・・
だが、魔王はこの勇者を見捨てるという選択肢は一切存在していなかった。
「ふふっ、これほどまでに心を動かされたのは初めてだぞ」
魔王は自嘲して、このあとの事を考える。
まずはゆっくりと眠れる場所に移してやらないとな。
魔王は勇者の首筋と膝の後ろに手を回し持ち上げる。所謂お姫様抱っこというやつだ。
なんだ、軽すぎやしないか?それに筋肉が薄い。よくこれで勇者などが出来るな。やはり魔力補助があるお陰だな。しかし基本は己の身体の強さにあるのだからもっと鍛えるべきだ。
・・・我はもう、この勇者は殺せぬな。我自身がそれを拒んでおる。この勇者が我のことをどう思うかは分からん。しかし、この者と一緒にいれば何やら楽しい予感がするのだ。
拒むか拒まぬか、どちらかは分からんが我はこの者のこれからの行動に注目しよう。