メイド
私と魔王が会ってから3日ほど経っていた。
あの件以来私はエルミラとは会っていない。エルミラは私には会おうとはしていないのだろう。
怒らせたのだから仕方ないと思いつつ、心の中ではまだ納得は出来ずにいた。
この3日間、私はエルミラとの会話をずっと頭の中で思い浮かべてる。王としての責務、私にはそれがどれほど重いものなのかわからないことなのだろう。私は自分の都合をエルミラに押し付けてしまった、そこは反省している。けど、それでも私は自分に嘘はつきたくなかった。
こんな考え事を、まだよく動かない身体で何度も頭の中で繰り返していた。
感覚は戻り不便さはあまりなくなっている、魔力はほとんど回復して戻っていると思う。しかし今度は激しい筋肉痛に苛まれていた。身体が動かせないので、ベッドの中で安静していたが、やることがなさすぎてこうした状態に陥っているわけである。
コンコン、ノックする音が聞こえ私は返事をした。
「失礼します、リリアル様本日もよろしくお願い致します」
丁寧な挨拶とお辞儀をして入ってきたのは、150cm程のヴィクトリアン型のメイド服を着た小さな可愛い女の子。
容姿は色白であまりに可憐、綺麗と思わせる薄い青髪ショートのカールがかかっており、お人形さんだとも疑ってしまいそうになる。
そして、その中に仕事が出来る女としてのクールさを漂わせており、それがとてもバランスの良さを醸し出している。
「はい、こちらこそ今日もよろしくお願いしますエミリさん」
リリアルも相手の仰々しさに合わせて礼をする。
彼女はエミリさん、今はエルミラの命令で私が動けない体の中面倒を見てくれているメイドさん。
私が魔力切れのため動けなくなってから1日が過ぎると穏健派の連絡係でやって来ていたエミリさん、そこでエルミラはエミリさんに私の看病をお願いしたらしい。
「リリアル様、今日は如何なさいましょう」
「そうね・・・今日はエミリさんのお話をしてもらっていいかしら」
嫌じゃなければだけど、と苦笑しながら付け加える。
「決して嫌という訳ではありませんが」
「ええ、お世話をしてくれているエミリさんのことを、少しでも知って置かなければエミリさんに失礼だもの」
「・・・そうですか、分かりました。と言ってもあまり面白くはないと思いますよ」
正直、何を聞いても表情が変わらない基本無表情のエミリさんなので、本当は嫌がっているかも、といつも心配になる。
「では、私がメイドをやっている理由でもお話いたししょうか」
彼女はユグノワールという魔の森、こちらの世界での最大の広さを誇る、魔の者達でも恐れられている森の中の、ある洞窟にいたという。
ユグノワール、そこは魔の世界では死の森と言われている。広大な黒い森、最凶たる魔物達が蠢き、日々魔物同士が捕食しあい血肉としている。そんな危険な最悪の場所に、エミリさんは幼い頃に居たという。
彼女は言う、私はおそらく捨て子であると。理由は見た目、人間の血が何割か入っているらしい、だから私は捨てられたのだとエミリは端的に言った。
「こちらの世界では見た目の恐ろしさも強さを象徴するものでもあります。なので生まれた当時はまだ魔力の線も細く、見た目も人間そっくりだったので捨てられて当然だともあとから知りました」
「(最初にエミリさんにあった時の違和感はこれだったのね)」
エミリさんとの初対面の時に感じていたどこかふわりとした優しげな雰囲気や安心感、それは今までの魔の者達とどこか違うと感じていた。
その違和感がようやく分かった。
「捨てられた当時はあまりに幼く、その洞窟を嗅ぎ分けてきたのかミノタウロスに襲われました。そこからの記憶はありませんが、次の記憶は全身に血を被った私と、ぼろぼろになっていたミノタウロスの死体が目の前に広がっていました。」
「な、なにがあったんですか・・・」
彼女は言う、魔力の暴走だと。
「原因は今でもわかっておりませんが、魔力が暴走するとたまに記憶がなくなり通常では発揮できない程の魔力が発揮されるみたいです。しかしまだ幼かった私には過ぎた魔力量だったのです。次の日、私は体内の魔力の過剰反応で大変な高熱を患い、洞窟の中で寝込んでいました。」
「そんな時です、ミノタウロスを倒した私は近くにあった巣の、多くのミノタウロス達から狙われてしまいました。寝込んでおり何も出来ない私はこれでおしまいだと心から思っておりました・・・,しかし、そんな時に一瞬にしてミノタウロスが串刺しになり、私は気が動転しました。」
「当時、魔の世界で旅をしていた魔王様が私を助けてくれたのです。安全な町まで衰弱していた私を連れ、治療を施してくれました。その後私は他の魔の者達を見たことも、聞いたこともなかったので、魔王様には大変無礼なことを沢山してしまい、今でも悔いています。しかし、それでも魔王様は私の面倒を数年間も見てくださりました。教養面、戦闘面、どちらも真摯に私に教えて下さりました。」
「そして私はそんな命の恩人たる魔王様を心から献身して差し上げたいと、必死に魔王様と近付く、そう思うと努力を惜しむことはありませんでした。結果その答えに至ったのがメイドです。相手を思いやり、相手に真心を持って誠心誠意献身する。そんなメイドの魂がとても気に入りました。」
エミリは無表情なのだが、口元が嬉しそうにしていたのをリリアルは見えた。
リリアルはメイドというのは職ではなく魂なのだと、この後エミリから早口でまくし立てあげられた。