王という意味
沈黙を破ろうとリリアルは明るく別の話題を出す。よく分からないが、この重苦しい雰囲気となったこの話題は避けた方がいいと思った。
「そ、そうだわ!あなたの名前を教えてくれる?ずっと魔王って呼ぶのも悪いわ」
「名前、そうであったな・・・確か我の名はエルミラだ」
「確かって、自分の名前でしよね?どうしてうろ覚えの?」
「しばらくはずっと自分の名前を出す機会がなかったからな、仕方あるまい」
「仕方がないって・・・」
リリアルは呆れながらもどこか魔王、ううん、エルミラらしいと、まだほとんど会話もしていない相手に不思議とそう思った。
「ところでもう食べぬのか、早く食べねば冷めてしまうぞ」
「そ、そうね、いだだきましょう」
リリアルは再びエルミラからの差し出された料理に食べ始めた。最初は恥ずかしかったあーんだが、今は落ち着いた気持ちで食べられていた。
そうして食べ終わる頃にはリリアルは1つの考えが思い浮かんでいた。
「ねぇ、エルミラ」
リリアルは真剣な瞳で我を見つめていた。その瞳にはどこか覚悟のようなものが感じられ、我は身構えてしまう。
「なんだ、リリアルよ」
「私、やりたいことが出来たわ」
「やりたいこと?」
「ええ、先程思い浮かんで、それを私は叶えたいと心から思ったわ。だからお願いがあるの」
リリアルは1度息と吐き、手を胸に当てる。
「私と一緒に・・・アガレスタ王国に来て欲しいの!」
リリアルは、部屋の室温が数度下がったかのような感覚を覚えたがそれは直ぐに消えた。その時の魔王の顔は判別しにくいものであったが確かに嫌悪を示していたと思う。
当然だと、リリアルは思っている。この提案をするという事はどういうことになるのか、それは考えた。
でも、私は間違ってると思うから口に出したのだ。
「・・・・・・それがどういう意味かを分かっていて我に言っておるのか」
「ええ、分かっていて私はエルミラに言ったわ」
「なら分かるであろう、魔王が人間達に干渉すればどうなるかを。どういう結末に至るのか」
「魔王が人間に干渉すれば少なからず、国を越えて大陸中が混乱するでしょう、でもそれは人間達が魔王という存在を勘違いしているからよ。私も実際にはあなたと会うまでは魔王という存在は勘違いしていたもの」
そう、私は魔王という存在はあらゆるものを破壊し、強奪し、無差別に殺す、と教えられてきた。大体の人間は私と同じように教わってきているはず。
でも私は魔王と会い、会話し、エルミラの心を少しばかりでも知った。そう知った魔王は、エルミラは、決して教えられてきたような存在ではないことを私は確信していた。この人はただ誰かの思いに純粋に叶えようとしているのだ。
少しばかり会話をした程度で相手の何がわかるのかと、咎められることもあるだろう。
「魔王は悪、魔の者達は悪、という決めつけから来るものよ。人種が違えばどこかですれ違いやすい、だからこうして私達は今も勘違いしてる。なら私はその勘違いを正したい・・・魔王とは、こんなにも誰かの思いに純粋なのだから」
エルミラは黙ってリリアルの言葉を聞いていた。
「リリアル、その気持ちは分かった。だがそれはお主の気持ちであろう。何個か言わせてもらうが、我が人間達の世界に行くとどうなるか。よくて戦争、悪くて一方的な虐殺などになることは分かっておるのか。それは自分達人間が危険な目に遭う、お主の身近なもの達が殺される未来もあることを分かっているいるのか?」
よくて戦争、悪くて一方的な虐殺は確かに間違ってはいない。実際に人間には魔の者達に対抗出来るものは少ない。さらに言えば、数も魔の者達のほうが圧倒的に多い。
「それは・・・」
リリアルは俯き口籠もる。
「我は言ったはずだ、王としての責務があると。王の責務とはまず民を守ることにある。戦争、虐殺とはいかなることをしても犠牲はつきものだ。我は1人の王として、戦乱を巻き起こす行動はできん」
王は個より全を優先しなければならないのだよ。
魔王は小さな声で口にした。
エルミラの言うことは正しいのはリリアルも分かっている。
でも、私は自分達が魔王のことを何も知らないのに勝手に誤解し、怯えている、そんな情景を私は1番よく知っているつもりだ。これでも勇者をやっていて各地を回ってきている。町や村、その場所で様々な逸話や童話などを聞いてきた。
しかしそれは、どれも魔王という存在が悪という共通点にある。今でも魔王は恐れられ、不吉な存在として世に伝えられている。
聞いていた時は私も魔王とはそういう存在などだと当たり前のように思っていた。
「話はこれで終わりだ。食べ終わった皿は持っていくぞ」
エルミラは重苦しい空気の中、食器を持って立ち上がり私に背を向けた。
「ま、待って!」
リリアルは引き止めた。
「わたしは、私はどうしても、あなたの!」
「なぜだ、何故そこまでして我に固執する。リリアル、貴様は勇者であろう、ならば勇者とは国を、人間を守るためにあるのではないのか?」
「我は確かに貴様を助け、現在ここに住まわせている。だがそれとこれとは別の話だ、リリアルは我を魔王として扱い、我はまたリリアルを勇者として扱う。それだけでいいではないか」
それでは不満か、と聞かれリリアルは無言でいた。それを肯定と受け止めたのか
「今一度自分の考えをよく考えるといい、それまではここに居てもいい」
エルミラは小さな声で言い残すと部屋から出ていった。
○ ○ ○
部屋出たエルミラは、食器を持ったままそのまま立ち尽くしていた。
「我はいったい何をしているのだ」




