第一話:ゴリラ、異世界の大地に立つ
勢いに任せて初投稿です。
そこは静かなジャングルだった。
生来のコミュ障を患いありとあらゆるメスゴリラからは振られ続け群れを持てず、たまに出会うオスゴリラからはそれをからかわれ殴られる日々。
他のゴリラに出会うことのない、静かなジャングルの一片を縄張りとして一匹のゴリラは生活していた。
その辺を歩いているアリを食い、木に登り木の実を取って食い、小便を出したいときに出し、クソはその辺に垂れ流す。
ゴリラとしての生来の本懐は遂げられないかもしれないが、実のところゴリラなりに現状に満足していた。
欲望や本能を満たすことのできない弱者でいずれ淘汰されうる宿命であるとゴリラなりに納得しておりそれは否定しようもないけれど、このゴリラはゴリラなりに生きていたのだ。
そう、ゴリラはゴリラなりに当分ゴリラとして生きられるのだろうと、楽観視していた。
しかし、いつの世も弱いゴリラの淘汰は突然訪れるものだった。
静かな森に奇妙な気配が近づいていた。
しかしこの弱きゴリラがそれに気づいたときには手遅れとしか言いようがなく、さらに悪いことにゴリラはその気配の風下にいたのだ。
孤独だったはずのゴリラが困惑とともに謎の気配に顔を向けた時、一人の毛のない生き物がなにやら珍妙な細い筒の先端をこちらに向けているのが見えた。
ゴリラは瞬間的に己の危機を悟り、その場の地面に落ちている石を拾って投げつけることを決意した。
しかし、思いっきり握りこむもそれはぐしゃりとつぶれてしまう。
おや、と思い手の中を見てみるとそれは、先ほど自分が垂れたクソだったし、再度顔をあげてみれば毛のない生き物が持っている筒の先端が轟音を立てて火を噴き上げゴリラの世界を暗転させていた。
そう、ゴリラが縄張りと主張している一帯は密猟者の出没地帯で、この付近にくるようなゴリラはゴリラのようなあぶれものしかいなかったのだ。
そして、まともな縄張りを得られなかったあぶれ者ゴリラはほぼ例外なく彼らのような密猟者にかられる運命にあった。
失敗ばかりの日々を送っていたゴリラは最初から最後のその瞬間まで等しく、淘汰されるべきどうしようもなく弱い存在でしかなかったのだ。
「目覚めるのです・・・そして、世界を救ってください」
なんか声が聞こえるのでやむなく目を開けるとそこは森ではなかった。
なんとなく死を理解していたゴリラは多少とはいいがたい困惑をし、反射的に漏らしたはずなのだがどうやらでかいほうも小さいほうも漏らしていないようだった。
「ここではまだ肉体を持っていないので漏れませんよ」
苦笑するような憐れむような声が聞こえる方、つまり顔を上げて正面を見据えると毛のない生き物のメスがそこに立っていた。
肉体と言われても本来ゴリラはその言葉の意味を知らない。
それは当然で、それはいわゆる毛のない生き物であるヒトが扱ういずれかの言語だからだ。
しかし、ゴリラは知らなかったはずのその言葉の意味を理解できていた。
それはゴリラにとって本日何度目かの困惑となったが、ゴリラにとって大変不可解なことに、自分が人間の密猟者に銃で撃たれ死んだこと、まだ肉体を持っていないこと、そして目の前にいるのが人間のメスではなく女神であるということが理解できた。
そしてそれは当然本来ゴリラが知りえない情報であり、ゴリラが持ちえない理解力だった。
「ええ、生来のゴリラのままでは色々と不便がありましたので先に能力を授けたのです。あなたにはありとあらゆる生き物の頂点に立てるであろう所謂チートと呼ばれる能力を適当にまとめて授けました。これから向かっていただく世界はあなたが今まで暮らしていた世界とは全く違う世界となります。そこは悪の神による影響で世界の危機を迎えているのです。ただしゴリラはいません」
ゴリラにとっては全然わからない話であったけれど、与えられたという名状しがたいバリューセットめいたチート能力群の中の一つにより乾いたスポンジのように言葉を吸収して全て理解することができた。
そして同じくゴリラにとって知る由もない話であったにも関わらず、なぜか知っていることになっていたラノベと呼ばれる書籍ジャンルのお話のいくつかと同じように『無双しながら世界を救え、ただし拒否権はない』と言われていることが理解できた。
生物上の頂点に立てる能力を授けられたからと言って神と言われる存在に抵抗できるのかという疑問はあったが、そのあたりこの女神は特に考えていないように思える。
もっとも、直接悪の神とやらが直接干渉してこないのであればそれが魔王であれなんであれ生物界の頂点程度の能力でなんとかなるのだろうという予測は、予測しようと考えてもいないのに何故か予測できた。
だいたい神という存在であれ神以上の能力、つまり神を殺せる能力を付与しようがないというのはなんとなくゴリラなりに理解できる。
神の言う全知全能はあくまで神以下の事象に対するものであり、彼らにとってはありえないことかもしれないけれど、もしもそれ以上が存在するのであればその全知や全能は届かないからだ。
ここまで来て違和感しか感じなかったゴリラは首をひねった。
ゴリラが扱わない言語を理解し、知らないことをまるで昔から知っているかのように理解していて、深く思考するをいうことをやったことがないのにできてしまい、やろうとも考えたことがないことができてしまうこのチート能力というものは、ゴリラとして生きるにはかなり不便なものらしい。
正直ゴリラ的には不都合しかないものを押し付けてきて『どうだやってやったぜ感謝して働け』みたいな顔をされても元来社畜根性が存在しないはずのゴリラ的には困るのだが、それを言っても何も始まらないのだろうということはチート・バリューセットにあるなにがしかで理解していたし上位存在たる女神が言うのであればそうすべきなのだろうと考えた。
そこにきてはたと思い立ち、思考の流れに気づいて愕然とした。
なんということだろうか、このよく訓練された社畜めいた悍ましい思考ができることに気づいた時点で、ゴリラがかつて出会ったことすらない日本人という種族の思考をベースにしているということを、バリューセットめいたチート能力のうちのなにがしかがゴリラに告げた。
いくら転生で日本人が送られまくっているからと言ってそれはないだろう、あまりにも手抜きで中途半端な措置としか言いようがない。
なぜならば、ゴリラはゴリラなのであって日本人ではないのだ。
日本人であるならば不承不承でも社畜的な傾向は受け入れられるだろうが、ゴリラ相手に社畜めいた思考を刷り込まれても困るのだ。
その上、まったくもって不本意なのはゴリラがいない世界にゴリラである自分が転生するということだった。
女神曰く、その世界では大昔にゴリラは絶滅していて知的生命体の記録にもゴリラの記述は残っていないとのことだった。
当然知らないはずだが何故だか知っていたチート・バリューセットのようなもののなかには異性にモテるという能力が付随しているはずだというのになんという理不尽だろうか、ゴリラはメスゴリラにモテたかったのだというのに!
これではゴリラ・ファミリーは築けそうにないし、それはかなり悲しいことではあるけれど、ゴリラがいないのであれば仕方ないのだろうと納得するしかなかった。
そうしてゴリラは、生まれてから一度もやったことがないし知る由もないことではあったがチート能力によって何故か知っていることになっている肩をすくめて了解するというゼスチャーを行い、転生を受け入れたのだった。
「地球人を送り付けたことは今まで何度かありますがゴリラは初めてです。しかし、戦闘経験どころか人生経験もロクにない日本人の子供でさえいろんな世界を散々なんとかしてきたとラノベで書かれていますし実際にそういうケースもあったのでゴリラでも多分大丈夫でしょう。では、良き旅を!」
ゴリラは反射的に目を見開き声を上げ右手の甲を己の胸から相手に突き出すジェスチャーを行ったが、それがなんなのかは知らなかったはずだがどうやらツッコミと呼ばれるものらしかった。
なるほどこれがツッコミかと変に冷静になりながら、ゴリラは本日二度目の世界の暗転を経験するのであった。
次に目を開けると、そこは森の中のようだった。
鼻を鳴らし匂いを嗅いでみるだけで女神とやらが言っていたように自分が縄張りとしていたジャングルとは明らかに違うことは理解できた。
ゴリラはふと思い立ち、女神との対面時に使用していたチート能力の一つ、《ディープ・ソウト》を使用し、深い思考の海に沈むことにした。
この世界には危機が訪れているらしいけれど、どんな危機なのかは教えてもらっていない。
そして危機をもたらす悪の神がいることは聞いたが、悪の神などの姿かたちは教えてもらっていない。
そもそもここがどこなのか教えてもらえていない。
そして、《ディープ・ソウト》中にも使用できるどんなものでも知っていることにできる能力でもこの世界の常識やこの世界の情報がないことが理解できた。
さらに不可解なことに転生にもかかわらず、ゴリラの姿形は地球上でのゴリラとほとんど変わらないようだ。
転生とは生まれ変わりだ、どうせ生まれ変わりならばこの世界に即した姿になるべきだった。
しかしそれは女神が慣例として元の姿のまま転生させるという転生の意味を理解しているのかどうかすら不明なよくわからない能力でやっていることが原因なのかもしれない。
当然だが、転生である以上この肉体に母や父がいない転生などありえない。
ゴリラがゴリラとしての過去の記憶を保持していることは確実だしおそらくリインカーネーション型の転生方式なのだろう。
過去にゴリラが絶滅した世界でゴリラがゴリラとしての姿を持つ以上、いわゆる先祖返り的な感じになるのだろう。
そして、ゴリラの記憶を持ちこの場で覚醒したにしてもゴリラとして”物心がつく”以前の生活があったはずだが、どうやらそれは思い出せないようだった。
都合がいいのか悪いのかよくわからないが、《パーフェクト・ノウレッジ》でラノベに書かれている転生者の話で転生という事象がまともに考えられていたようには思えないし、女神にとってもそんなもんでいいんだろう程度の認識しかなかったのかもしれない。
なんたる理不尽だろうか、ゴリラは憤慨していた。
実際のところ彼女に与えられたチート《ディープ・ソウト》は無能能力というわけではない、日本人志向という大きな欠点はあるものの深く思考の海に沈んでいる間は思考量に比べ時間経過がほとんどないことが理解できていた。
しかし《パーフェクト・ノウレッジ》は全然パーフェクトじゃない、出来損ないだ。
少なくともあの女神は転生というものをまともに理解しているようには思えなかった、与えられたチートを鑑みるに女神は全知であり全能といえるかもしれないが、ゴリラに与えるというとてつもなく意味や意義を感じない行動を思い返せばあの女神は無能だ。
そう、このチートはどう考えても地球の人間的な知識しかないようでこの世界向きではないし当然ゴリラ向きの能力でもない。
仮にパーフェクトの文言を信用するにしても、地球の人間的な意味で全知であってもこの世界に対して無知であるならばそれを活かしようがないではないか。
そしてそれを活かすにしてもせめてこの世界の生物的な姿形をしていないのであれば余計に活かしづらい。
その上、何より悪辣なことに知識も思考も非常に日本人的であるということに余計に腹が立った。
これでは仕事の内容については前向きに考慮し全力を尽くして達成できるよう検討しますが何もできませんしやりませんと言っているようなものではないか。
確かにゴリラ的にも面倒はごめんだし危険は避けたいが、日本人もことなかれ主義で危険を盛大に回避する生き物ではないか。
まだアメリカ人的な思考回路だったほうが自然かつ適切に世界の救済を行えるだろう。
たとえそれがアメリカ人的な思想による独善的な救済であったとしてもだ。
いずれにしてもとりあえずいつか再会するであろう女神に対して聳え立つクソの塊を握り締め一発殴るべきなのだろう。
生来の楽観派である日系と化したゴリラはそう結論づけて思考の海から戻るとなんだか甲高いサルの鳴き声のような音を聞いた。
「キャーーーーーーーー!」
耳障りな音だった、中途半端にしか役立たない《パーフェクト・ノウレッジ》によると、この音はホモ・サピエンスのメスが出す危機と救援を求める声として認識できる。
危険に近寄る趣味はないものの、きっと何とかなるだろうという生来の楽観思考と、女神に言われた危機を救えという言葉に社畜根性の意味を添え多少は持ち合わせている好奇心を掛け合わせることでゴリラは声の場所を目指す決意をした。
急いだほうがいいのだろう、バイピダル・ロコモーション・スタイル、つまり二足歩行でのダッシュもできるが、今回のゴリラはゴリラとして慣れているナックル・ウォーク・スタイルでの疾走をチョイスした。
拳を握り締め地面に突き立て、足腰に力を入れて力強く蹴りだすととんでもない速度で森を駆け抜け始めた。
体の移動速度に考えが追い付かず何度か木に頭や体をぶつける過程で《ディープ・シソウト》との併用を思いついた。
移動経路上にある障害物を避けるのは、慣れている場所であれば訓練により体がそう動くものだがそうでなければ見て考える必要がある。
単純な思考ではあるけれど速度があまりにも早すぎるため経路や回避の判断が追い付かないのだ。
故にゴリラは、一瞬で大量の思考をもたらすことができる《ディープ・ソウト》を利用することで高速移動能力の端っこに手をかけることを可能にした。
木々の隙間を華麗に(他人が見ているのであればそう見えるだろう)通り抜け、ゴリラが声の元付近に飛び出すと、そこには腰が砕けて座り込んで震えている推定ホモ・サピエンスのメスが1匹と、その目の前に立つ体長1.5mくらいあるカエルが1匹いた。
救助対象である推定ホモ・サピエンスのメスに激突してはうっかり殺してしまう可能性もあったため、飛び出しがてらブレーキをかけていたけれどそれは失敗だったとゴリラは悟った。
継続運用していた《ディープ・ソウト》により、周囲がまるでスローモーションであるように動いている世界で、1.5mのカエルがゆっくりと口を開き舌を突き出そうとしているのが視認できていた。
再加速しカエルを殴りつけるにしてもたどり着くまでにカエルの舌があのメスに直撃することが予見でき、それゆえ正着手とは言えないだろう。
思考の海の中でゴリラが思いつくあらゆるシチュエーションをシミュレートし瞬間的に妥当と思われる行動を判断したゴリラは、臀部に手をまわしながら力を籠め、クソを手の上にひねり出した。
地球上の最後の瞬間に失敗した行動を取り戻す・・・これがゴリラの判断だ。
クソ投げのイップスを患ってしまっては不都合だった。
手に取ったクソは投擲するのに理想的な硬さで、それがチート・バリューセットの中の一つであるかどうかはわからない。
ともかくゴリラはそれをゴリラらしく腕の力のみで投げることにしたが、リリースに至る過程でどうやらその投擲方法には、何があるかわからないビックリ・チート・バリューセットのうちの一つ、《パーフェクト・スローイング》の能力が干渉していることに気づいた。
腕力だけで投げるつもりが、足から腰、背中・肩・腕・肘・手首がゴリラの意思をは関係なく理想的に回転し、リリースの直前まで適度な硬さのクソの一辺に適度な強さで指がかかっていることが理解てきた。
そしていったんリリースされたクソは、まるで上空から見た時の台風のような形の高速回転をし、目標へ向かって糸を引くようにまっすぐ進んだようであった。
それを技と捉えてあえて名称を名付けるとするならば、ジャイロ・ウンコとでも呼ぶべきだろうか。
空気による抵抗を最小限にする回転運動をするそのクソは、リリースから着弾までその初速をほとんど失うことなく、カエルの頭にぶつかり炸裂音とともにその頭部を粉砕した。




