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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不思議な森の小さな家

異世界の王子と私の物語

作者: 大福 苺

祖母の家に遊びに来てなんとなく思いついたので、

ハッピーエンドな話を書いてみました。


誤字脱字あると思いますが、文章・表現などとくに気にせず、

軽く読んでいただけるとありがたいです。

◆◆◆◆



 2歳の時に母を事故で亡くした。

 都心で暮らしていたが父は海外出張が多かった為、私は郊外に住む父方の祖母の家へ預けられた。

 ちょっとおとぎ話に出てくるような洋風作りの小さな家に祖父と祖母が住んでいたが、私が生まれた年に祖父は病で亡くなったらしい。それ以来祖母は一人でここに住んでいた。


 家の周りには小さな森が広がっており、可愛い花を摘んだり小さな動物たちと遊んだり木漏れ日の中でお昼寝屋や読書をして過ごした。

 祖母は優しく美しい人だった。いつも穏やかな微笑みを顔に浮かべて私にいろんなお話を聞かせてくれた。

 目に見えないけど周りにはいつも妖精がいて私達を見守ってくれているとか、寝ている間に家の傷んだところを小人たちが修理してくれるとか、森のどこかに異世界の王国に繋がる入口があるだとか。


 祖母の言葉はいつも不思議と私に勇気や元気、夢を与えてくれた。



「うえ~ん」

「あらあら。そんなに泣いてどうしたの」

「おばあちゃん。もりでころんじゃったの~」

「どれみせてごらんなさい」

「うっ、ぐすっ。いたいよ~」

「まあ。派手に転んだのねえ。消毒するからここに座りなさい」

「しょうどくいたい?」

「大丈夫よ。痛いということは体が頑張って傷を直そうとしている証拠だもの」

「ふえ?」

「うふふ。妖精があなたの傷を治そうとしてくれているのよ」

「ようせいさんが!?」

「そうよ。妖精が頑張っているのだもの、あなたも痛いの我慢できるわね?」

「うん!ようせいさんといっしょ、がんばる!」

「いい子ね。絆創膏を貼って、ほらおしまいよ」

「わあ!ありがとうおばあちゃん」

「さあ。今度は転ばないように遊んでいらっしゃい」

「うん!」



 手当てしてもらった傷は、翌日には跡形もなく綺麗に治っていることがほとんどだった。

 妖精が守ってくれていると言っていたが、祖母自身も不思議な力を持っていたと思う。



◆◆◆◆



 月日が流れて私は10歳になった。

 学校から帰宅していつものように森で一人で遊んでいたら、苔の生えた太い倒木の下に人が一人通れるような穴が開いているのを見つけた。

 野生児と化していた私は穴を降りる気満々で、一度家に戻り支度をした。祖父の遺品の中に長い縄梯子があったのを思い出したのだ。


 リュックにお菓子とペットボトルのジュース、ハンカチとティッシュ、お昼ごはん用に祖母が作ってくれていたおにぎりを詰め込んで背負い、縄梯子を手に森へ急いだ。

 動物の巣かもしれないが、その時の私にはこの穴が祖母の言っていた異世界への入り口に思えたのだ。


 倒木に縄梯子をしっかり括り付け、私は穴を降りて行った。1分も経たないうちに真っ黒だった視界が真っ白になった。驚いた私はぎゅっと縄梯子にしがみつき目を閉じた。しばらくすると足が地につく感覚がして、後ろの方から人の声が聞こえた。


「そこにいるのは誰だ。なぜこの場所を知っている」


 恐る恐る目を開けると、辺りは緑に覆われていた。どうやら私は森の中に降り立っていたようだ。しがみついていた縄梯子を見上げると、隣に生えていた大木の枝のもっと上のほうから垂れていた。


 声がした後ろの方へ振り向くと、そこには私より少し年上くらいの銀髪碧眼の美しい少年が立っていた。冷たく射貫くような眼差しで私を見つめ、手は腰にさしている剣の柄を握っている。おとぎ話の本に出てくる王子様のようだと思った。やはりここは異世界なのだろう。


「答えろ。…口がきけぬのか?」

「あ、ごめんなさい。はじめまして。私は異世界の入り口からやってきた愛菜(まな)です」

「なに!異世界からだと!?」

「えっと、たぶん?」

「信じられない…異世界からの訪問者はイツキとシノだけのはず」

「あ、それ私のおじいちゃんとおばあちゃんの名前だ」

「なんだと!?」

「ねえ、あなたは誰?」

「私はバリエス王国第一王子、ウィリアムだ」

「あ、やっぱり王子様だったんだ」

「マナ。私と共に城に来てもらう」

「お城に?どうして?」

「異世界から来た者がいたら父上と母上に報告しないといけないからだ」

「ふうん?」

「さあ。おいで」


 冷たい表情から柔らかい表情に変化した王子が手を差し伸べてきた。

 私は縄梯子を大木に隠し、一瞬ためらった後王子の手を取り森を後にした。


 城に着くまでの間、馬車の中で王子と二人きりだった。年を聞いたら彼は12歳だと言った。

 じっと自分を見つめてくる美少年にどう対応していいのかわからず視線を彷徨わせながらもじもじしていると、さっと席を立ち私の隣に腰かけ直した王子が手を握ってきた。

 驚いて顔を上げると彼はほんのり頬を染めながら微笑んでいた。その綺麗な青い瞳の中にはビックリ顔の私が映っている。


「わあ、すごくきれいな青い目だね」

「え」

「キラキラしていて、宝箱に入っている石みたいで素敵だね」

「!」



 王子の青い瞳を見ていたら冒険物語の本に出てきた宝の石を思い出した。

 主人公の男は長い年月をかけて世界中を巡り、宝探しの旅をする。やっと見つけた宝箱の中には色とりどりの石や金貨がザクザク入っていて、男はその宝を故郷に持ち帰り貧しい暮らしをしていた民を救い、その後誰からも慕われる良い領主になった。男は宝箱の中にあった綺麗な青い石を一つだけもらい、指輪に加工して代々家宝にしたというお話だ。

 ボーっとそんなことを考えていたら、王子が突然頭を抱えて突っ伏した。


「どうしたの?頭痛いの?大丈夫?」


 私は心配しながら彼の背中をやさしく摩ってあげた。背中がビクリと動き上体を起こした王子の顔は真っ赤だった。熱でも出たのだろうか。

 頭を抱えていた王子の手が再び私の手を握りしめてきた。


「大丈夫。何処も悪くないから」

「そう。だったらいいけど。無理しないでね」

「うん。心配してくれてありがとう」


 とても嬉しそうな笑顔でそう言った彼はお城に着くまでずっと私の手を放さなかった。

 自分の掌が汗ばんでいるのを感じて恥ずかしくなりチラと王子の顔を見たがあいかわらずにこにこ顔だ。祖母や父親と手を繋いでも手汗を恥ずかしいと思ったことないのに。変なの。



◆◆◆◆



 お城に着いて真っ先に王子の父母である王様と王妃様の元へ連れていかれた。

 道中、王子が繋いだ私の手をぐいぐいと引っ張るのでやや小走り状態で彼について行く羽目になり、部屋に着いた頃には額に汗をかきハアハアと荒い呼吸になっていた。そんな私を見た王妃様がやさしく介抱してくれた。

 母親のいない私はドキドキしながらも、いい匂いがする王妃様にすんすんと鼻を鳴らしてすり寄った。変な子と思われたかもしれないけど気にしない。


 その後イツキとシノはどうしているとか、どうやってこちらの世界に来たかとかいろんなことを聞かれ、こちらの世界と祖父母の関係を教えてくれた。



 40年前、この国に突然異世界から訪問者が現れた。

 それが私の祖父母だ。

 訪問者は夫婦だと言い、こちらの世界に来たのは偶然だったらしい。

 異世界の夫婦はこの国の人々に歓迎され、豊富な知識を持った異世界人はたちまち人気者になった。王と王妃にも気に入られ、何度か城に招かれることもあった。

 数年が経ち、そろそろ元の世界に帰らないといけないと夫婦は言い、また必ずこの国に来ると約束して去って行った。

 しかし、それ以来異世界から夫婦がやってくることはなかった。



 おじいちゃんが死んだことに少し衝撃を受けていたようだけど、二人ともとても優しい表情で私のことを見つめていた。

 一通り話が終わると「ゆっくりしていきなさい」と二人に見送られて部屋を出た。


 そのまま王子に連れられて庭園にやってきた私たちはそこでお茶にすることにした。

 礼儀正しい大人たちがテーブルの上にお茶と色とりどりのクッキーやケーキを並べていく。


 向かいに座った王子は終始笑みを浮かべながら私の顔を見つめていた。非常に食べづらいのだが、機嫌が良さそうなので敢えて何も言わなかった。

 しばらく王子といろんな話をした後、私は祖母が心配すといけないので帰ることにした。


 王子が寂しそうな顔をして、また来てくれるのか今度はいつ来るのかと聞いてきたので、明日また来るよと言ってその日は別れた。


 家に帰ると早速祖母に異世界へ行ったことを報告した。祖母は「まあ、そうなの。あなたもあちらへ行ったのね」と懐かしそうに目を細め、私の話を聞いていた。



◆◆◆◆



 翌日。学校から帰宅してすぐ異世界へと出かけたのだが、あちらについてみると10日も経過していたことがわかった。別れ際に明日も来ると言って来なかった私を心配して、王子は毎日この森に通っていたそうだ。私が現れたのを見て彼はくしゃりと笑いながら私を抱きしめた。

 同年代の男の子に抱きつかれるのは初めてでびっくりしたけど、時間の流れが違うとは知らなかった私は申し訳ない気持ちになり王子に心から誤った。


 その後、私達は王都を散策することになった。とても珍しい食べ物や道具を売るお店を見てはアレはなんだコレはなんだと教えてもらい、この国の名所巡りなどをした。

 一日はあっという間で、元の世界に帰る時間になると王子が名残惜しそうに握った私の手の甲を撫でながら言った。


「マナ。今度はいつ来る?」

「私の世界で明日、ウィリアムの世界で10日後にまた来るよ」

「ウィル」

「ん?」

「僕のことはウィルって呼んで」

「うん。わかったよ、ウィル」

「ねえ、マナ。僕は君の事が大好きだよ」

「え?あ、うん、ありがとう?」

「マナは僕の事好き?」

「うん、好きだよ」

「よかった…」

「どうしたの?ウィル」

「今とても幸せな気分だよ」

「そうなの?何かいいことあったの?」

「うん。マナが僕の事好きでいてくれたことが嬉しいんだ」

「っ!そ、そうなの?」

「ふふ。マナ照れてる?」

「だ、だって!ウィルが…って…言うから…」

「ん?」

「なんでもないっ」

「可愛いな、マナは。ね、抱きしめてもいい?」

「え!?」

「許可はいらないけどね」


 やさしく私を抱きしめるウィルは少し震えていた。だけどとても温かくて優しさが嬉しくて。私は恥ずかしさで顔が赤くなっている自信があったので、彼の胸に顔を押し付け誤魔化すと、ウィルが耳元で大好きだよと囁き耳にキスをした。

 私は家に着くまで心臓がドキドキしっぱなしだった。



◆◆◆◆



 翌日いつも通り異世界へ行き庭園でウィルと一緒に過ごしていると、4~5歳くらいの小さな男の子が走り寄ってきてウィルに飛びついた。ウィルは笑いながら男の子の頭を撫でている。


「ウィル、その子は?」

「ああ、弟のカイルだ」

「にいさま!にいさま!」

「ふふ。どうしたんだい、カイル。そんなにはしゃいで」

「だって!にいさまにあうの、ひさしぶりです!」

「そうか。今日は体調はいいのかい?」

「はい!おそとをさんぽしていいと、きょかいただきました」

「そうか。でも無理はするなよ」

「はい!にいさま、おたんじょうびのプレゼントでなにかほしいものありますか?」

「え?誕生日!?」

「……あの、にいさま、こちらのかたは?」

「マナだ。私の大切な人だよ」

「はじめまして。私はマナです。よろしくね?」

「ぼ、ぼくはカイルです」

「すごく可愛い!抱きしめてもいいですか?」

「「え」」


 私はカイルをそっと抱きしめる。ウィルとは違って幼児独特の柔らかさがあり抱き心地がいい。なんとなく甘いミルクのような匂いもする。カイルの頭に顔を埋め恍惚としていたら、笑顔の(と言っても目が笑っていない)ウィルに、いつまでやってるのと言って引っ剥がされた。


「弟を取られてやきもちやいちゃった?」

「は?」

「ごめんごめん」

「違うから!」

「もうそんなムキにならなくても。ごめんね」

「だから!マナが僕以外の男とくっついているのが嫌なんだよ!」

「え…?」

「あ…」

「「……」」


 真っ赤な顔をしたウィルがそっと私の体を引き寄せて自分の胸に抱き込む。回された腕の力強さに男の子を意識してしまいドキドキする。背後で「カイルさまは見てはいけません。ささ、向こうへ行きましょう」という従者らしき人の声が聞こえたが、どうしてか今はウィルと二人だけの世界に浸っていたいと思ってしまった。


「マナ」

「は、はいっ」

「僕以外の男に抱きつかないで」

「!」

「わかった?」

「は、はい!」

「ふふ。ありがとう」


 ウィルは私の頬にやさしくキスをして満足げに微笑んだ。


「そういえば。ウィルの誕生日いつなの」

「来月だよ。13歳になる」

「そうなんだ。なにか欲しいものある?と言っても私があげられる物なんて限られてるけど」

「マナ」

「なに?」

「マナが…欲しい」

「えっと?」

「…いや、わからないならいいんだ。そうだ、マナの手作りの物が食べたい」

「手作りか~。お菓子作るのなら好きだから、甘いものあげるね」

「うん。甘いもの欲しい。いずれもっとずっと甘いものを頂く予定だけど」

「ん?どういう意味?」

「ううん。何でもない。気にしないで」


 私を抱きしめる腕にさらに力が加わる。

 つと見上げるとウィルの瞳が爛々と輝いているのが見えた。


 私の世界よりウィルの世界のほうが時が経つのが早いから、こっちに来る度に彼が大人っぽくなっていくのを見て、どんどん年の差がひらいているのを感じる。

 私がウィルの世界に留まれば同じ早さで年をとれるけど…。自分より先に年老いていくウィルの事を考えたら少し怖くなってしまい、彼の背中に自分の腕を回してぎゅっと抱きしめ返したのであった。



◆◆◆◆



 そんな異世界への行き来が半月(自分の世界で)経過した頃。いつものように学校から帰宅して異界へ行ったら、ウィルが大変なことになっていた。ここ7日ほど病で臥せっていたのだ。私は心配になって城の自室で寝込んでいる彼の元へお見舞いに行った。

 出迎えてくれた王様と王妃様はとても喜んでくれたけど、その顔には疲労と悲しみの色が濃く滲んでいた。

 ウィリアムが待っているよ、そう言われて彼の寝室へと案内された。


「ウィル!大丈夫?」

「やあ…マナ…来てくれたんだね」

「ああ、起きちゃだめよ。そのまま寝ていて」

「10日ぶり…愛しい君に…会えたのに…そんな…もったいないこと…出来ない…よ」

「もう、バカっ」

「ふふ…バカって…ひどいなあ」

「笑い事じゃないでしょ。おとなしくしてて」

「怒ったり…困ったりした…君の顔も…可愛い」

「っ!」

「ね…もっとこっちに…来て…顔を良く…見せて」


 私はベッドの枕元に顔が近づけるよう床に膝立ちになりウィルの顔を覗き込んだ。

 ベッドに身を沈めている彼は少し見ないうちに痩せ細っていた。微笑んではいるが顔色が良くない。いつも通りの話し方だけど声に力が入らない様子だ。


「マナ…そんな顔…しないで」

「そんな顔?」


 自分でも気づかないうちに目に涙が溜まっていたようだ。ウィルが細くなってしまった指で私の目尻をそっとやさしく撫でる。


「マナ…笑って…」

「ウィルっ」

「僕の…マナ…愛しているよ」

「っ!ウィル!」

「お願い…キス…して」


 私はウィルの唇にキスをした。涙が伝い口の中に広がったけど、彼とのキスはとても甘く優しい味がした。


「ウィル。私も愛してるよ」

「ああ…あり…がとう…僕…とても…幸せ……」

「ウィル?」

「……」

「やだっ…ウィル!?」

「……」

「いやあああああ!!」



 死に至る流行り病で床に臥せること7日目、バリエス王国第一王子ウィリアム・バリエスは短い人生を終えた。享年13歳。

 病床にて死ぬ間際に最愛の者に看取られたからなのかどうかはわからないが、穏やかで幸せそうな死に顔だったとか。


◆◆◆◆



 あの後どうやって自分の家に帰ったのかよく覚えていない。

 家に着いた途端、ひどい熱にうなされて1週間ほど寝込んだらしい。しばらく食事も喉を通らず私はみるみるやつれて、見かねた祖母が何か薬のような液体を作って私に無理やり飲ませてなんとか元の体に戻すことができたとか。

 心の方も徐々に落ち着きを取り戻し、半年経った今はあの時ほどの悲しみはない。

 でも、心に空いた穴は埋まることはなかった。



◆◆◆◆



 また幾年かの月日が経ち私は13歳になった。

 今学校は夏休みに入っている。

 父の再婚を機に祖母の家を離れ、都心で父たちと一緒に暮らすことになった。

 引越し当日、祖母との別れを惜しんだあと私は一人森へ出かけた。ウィルが死んでから一度も異世界へは行っていない。例の入り口にある倒木に腰かけ、私は祖母の家で暮らしたこの13年に思いを馳せた。


 不思議なことだらけだった。その不思議な事もここでは当たり前な事になっていた。

 辛く悲しいこともあったけど、とても愛おしく充実した日々を過ごせた気がする。


「ウィルのことは一生忘れないよ。初めて好きになった人、ううん、愛した人だもん。いつかまた勇気がもてるようになったら異界に行くから。見守っていてね」


 遠くで車のクラクションの音がする。お父さんが迎えに来たのだろう。

 倒木から飛び降り祖母の家に向かって歩き出す。一度だけ後ろを振り返り異界の入り口を見つめる。


『頑張ってマナ。前を向いて歩いて行くんだよ』


 優しく聞き慣れた声でそう言われた気がした。

 強く頷いた後、私は二度と振り返ることなく家路についた。



◆◆◆◆



 都心のマンションで父と再婚相手の三人で暮らし始めて3週間。

 継母はとても優しい人で、本当の娘のように可愛がってくれる。父も今までずっと一緒にいられなかった分私にとても甘い。初めは継母とうまくやっていけるか心配したけど、今は本物の親子のように仲が良い。


 来週から新しい学校へ転入することになっているので、いろんな物を準備するため週末は三人で買い物に出かけた。

 今まで田舎の学校に通っていたので、都会の学校に馴染めるか不安だ。父も継母も「いじめられたら絶対言うんだよ。倍返しにするからね」と不穏な事を真面目な顔で言うから思わず苦笑いした。でも、不安が少し減ったので二人には感謝。



 初登校の日がやってきた。

 新しい学校は坂道を上った小高い丘の上に建っていた。緊張しながら職員室のドアをノックして中に入る。私が入る予定のクラスの担当は国語教師の沢渡先生だ。


「おお、川上マナか。迷わず来れたか?」

「はい、なんとか。今日から宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しく。そろそろHRが始まるから行こうか」

「はい」



 校内にチャイムが鳴り響き廊下に出ていた生徒たちが、教室に吸い込まれるように入っていく。

 沢渡先生と一緒に廊下を歩いていると、廊下側の開け放たれた窓から他のクラスの先生の話し声や生徒たちのざわざわとした声が聞こえてくる。


 担当クラスのドアの前に立つと沢渡先生は振り返って私の顔を見た。私が頷くのを確認し、ドアを開け中に入っていく。私はその後を追った。


「みんな静かに~。今日から新しい仲間が増えるぞ。まずは自己紹介だ」

「はじめまして。川上マナです。今日から宜しくお願いします」

「みんなよろしく頼むぞ~」

「「はーい」」

「川上の席は窓際の一番後ろだ」

「はい」


 クラスのみんなの好奇心な視線を浴びながら、私は席に着いた。

 その後先生が出席をとり始めたので私は名前と顔を一生懸命頭にたたき込んだ。



◆◆◆◆



 転入して3ヶ月が経ちだいぶ学校にも馴染んだ。クラスのみんなはいい人ばかりで、毎日が楽しい。仲の良いグループで休日に出かけたりするようにもなった。でも私の心には三年前から埋まらない穴が開いている。


 冬休みに入り、私は一人で図書館に通っていた。勉強するのが目的で来ていたけど、今は本を読むのに夢中になっている。図書館には不思議な物語の本がたくさん置いてあった。

 奥の棚のほうで本の背表紙を見ながら歩いていると、背の高いすらりとした同年代っぽい男の子が一人、棚の前に立って本を読んでいた。

 私は邪魔しないようにそっとその場を離れようとしたのだが、棚の横に置かれた脚立に足をぶつけて音を立ててしまい、彼の注意をひいてしまっていた。

 慌てて頭を下げ、立ち去ろうとしたら腕を掴まれた。驚いて顔を上げると、そこには私を見つめる綺麗な青い瞳があった。瞳の中にはビックリ顔の私が映っている。


 あれ?なんだろうこの感覚。前にも同じような…


「マナ?」

「え…?」


 青い瞳の少年が私の名前を呼んだ。

 しかもその声に聞き覚えがある。

 気のせいだよね…。

 少年は困惑顔でさらに私に顔を近づけてきた


「愛しい僕のマナ」

「えっ!?」

「僕の事忘れたの?」

「ま、さか…ウィル…?」

「ああ、よかった!忘れられたのかと思ったよ」

「なっ!ど、どうして!?」

「ちょっと外に出ようか?」


 私はハッとして周りを見た。目に見える所に人はいなかったが、少し大きい声を出しすぎたかもしれない。前を歩き出した少年の後を追い、私は図書館から出た。

 しばらく敷地内を歩いてベンチを見つけると、少年は私に座るよう促した。


「マナ。会いたかったよ」

「本当に…ウィルなの?」

「そうだよ。驚いた?」

「だって…三年前に…」

「そうだね。異界のウィリアム王子は病死した」

「!」

「でもね。あの時僕は神様にお願いしたんだ」

「神様に?」

「うん。マナの世界で転生してもう一度マナを愛したいってね。」

「ウィル…」

「ふふ。そしたら本当にこちらの世界に転生してて驚いちゃったよ。しかもちゃんとマナとの思い出が記憶として残ってる」


 私の手を握り、じっと私の目を見つめてきた。

 黒髪碧眼の少年。その輝く青い瞳は異世界のウィリアム王子そのものだった。

 私は目頭が熱くなるのを感じながらくしゃりと笑った。


「僕の今の名前は相模璃音。これからはリオンって呼んでね」

「リオン…」

「マナに会えて嬉しい。マナの声が聴けて幸せ。マナの顔を見たら…キスしたくなった」

「!」

「ね、いい?」

「うん」


 私たちはお互いを求めあうように夢中でキスを交わした。


「もう一生離さないから。覚悟してね、マナ」


 そう言ってリオンは私を強く抱きしめ、更に深く濃いキスをしてきたのだった。



◆◆◆◆



 -その後の話-



「リオン早く!」

「待ってマナ。そんなに急いだらお腹の子がビックリしちゃうよ?」

「大丈夫よ。これくらいで驚くような子じゃないわ」

「まったく、君は…」

「早く早く!」

「わかったから。お願いだから僕の手を離さないで」



 転生後の璃音と出会って9年後の今年の春、私たちは結婚した。

 リオンは私の高校卒業と同時に結婚したがったが、私の父に猛反対され私が大学卒業してからなら許すと言われ待っていてくれた。継母とリオンの両親は大乗り気で私たちの事を応援し、心から祝福してくれた。

 結婚は待つけどそれ以外は待たないと私にだけ告げた彼は、有言実行した。

 そして今、私のお腹の中にはリオンとの子が宿っている。



 今日は郊外にある祖母の家に遊びに来ていた。

 祖母は最後に別れた時から全くといっていいほど、見た目が変わっていなかった。優しく美しい彼女は、相変わらず不思議な雰囲気を醸し出している。

 おとぎ話に出てくるようなこの小さな洋風の家も健在だ。


 子供が生まれたら、三人でこの地で暮らそうかとも話している。

 まあ、孫の顔がみれなくなると都心に住む両親たちは反対すかもしれないけど。


 そのうち異世界へも行く予定だ。ウィルが転生していたことを王様や王妃様が知ったら、喜ぶに違いない。ただ、あれから月日が流れ過ぎてしまってはいるが。


 森の中を散歩していた私たちは、木漏れ日が差し込んでいる場所にマットを敷いて持参したお弁当箱を広げた。



「マナ。こっち向いて」

「なに?リオン」


ちゅっ。


「!」

「ふふ。可愛いなあ。もっとしたくなっちゃう」

「もう!からかわないで」

「え~心外だなあ。僕はいつでも本気だよ」

「はいはい」

「マナ」

「はいはい。なんですか」

「愛してる」

「っ!」

「マナを愛してる」

「私も。リオンを愛してるわ」



 森の木漏れ日の中、小さな動物たちを観客にして、私たちはいつまでも愛を囁いていた。



END

お読みいただきありがとうございました。

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