5話 ニーチェの独白
――――さて、皆様。こんにちは、ニーチェだよ。
今、私の目の前ではちょっとばかり厄介な事が起きているんだよね。
カンスロと田中史郎――――2人の吸血鬼による戦いである。2匹のバケモノ同士の争いであり、同時に2つの元人間による戦闘。
まったく持って、なんてくだらないのだろう。
この光景を幻想的だとか、狂想的だとか、素晴らしいという妄言をのたまうのだろう。
まずカンスロは刃を振るう。手首をリストカットして、生み出した血の刃で少年の首を斬ろうとする。きっと彼女にとってはいつも通り、殺人鬼の彼女としては普通のことである。
少年は5人のチームメイトを目の前で異常事態という形にて殺害され、次は自分の番かと短い生涯を後悔している中で、カンスロの刃が別の刃によって止められていた。
別の刃の持ち主たる田中史郎はカンスロと同じく、血の刃を作り出してそれを止めていた。
その後に行われたのはカンスロと史郎による激しい打ち合い。
……えっ? なんで史郎が激しい戦闘が出来るようになったのか? そんなの、吸血鬼になったからに決まったからじゃないですか。
記憶を失ったけれども身体が覚えている、そんな話は聞いた事がないかい? それと似たような物だと考えて欲しい。
人間が吸血鬼へと変わる、それは人間としての血全てが別の物へと入れ替わる事である。それは身体そのものが変わることであり、そのため吸血鬼としての血が自動的に戦っているのだ。
その激しい打ち合いが1分ほど続いていたかと思うと、カンスロは一歩退いて四つん這いになっていた。すると彼女の頭から大きな銀狼の耳と狼の銀色の尻尾、そして背中からは針のような銀色の毛皮が纏われていた。
そもそもカンスロとはなんなのかと言われれば、適当に「カンスロ!」という名前になったのではなくて、狼男――――ライ"カンスロ"ープからその名前が付けられているんだよね。だから、あんな風に狼男のような、半狼の状態こそ彼女の真骨頂なんだよ。
吸血鬼なのに狼男という今の状態がどうなのかと思うけど、彼女はそういう風にデザインしたから仕方がないよね。うん、仕方がない。
半分狼の姿を得たカンスロは物凄い勢いで飛びあがると、電柱へと張り付く。そして背中の針の皮を逆立てるとそのまま噛み千切るために向かって行き、それに対して史郎は血という液体をカンスロに向かって放り投げる。血を見て、カンスロは空中で回転してその血を回避する。
まぁ、吸血鬼にとって自分の血というのは武器みたいなものなのだから避けて正解だよね。相手の意思で自由に動く武器をぶっかけられて、それを良しとする者なんて居ないでしょう? そう言うこと、そう言うこと。
でも少々予想外だったのは史郎くんが小学生相手にあそこまで怒るという事かな? 小学生を自分から喰いたいなんて言う妄想は用意していなかったから、単なる正義漢か、目の前で子供が殺される事を良しとしないようなお人よしか。まぁ、これは少しばかり調整が居る作業になりそうだ。
そんな事を考えている内に戦いは終わっていたらしく、史郎くんがこちらへと向かって来る。いや、別に史郎くんがカンスロを倒したとかそんな事はないよ? ただ彼女が逃げ帰った、それだけのことさ。
殺人鬼にとって一番大切なのは"人を殺すこと"であって、"吸血鬼を殺すこと"じゃないからね? 妨害はそりゃあ確かにムカつくだろうけれども、その前にカンスロは5人……いや、影から出したのも含めれば6人も殺している。彼女の殺人欲求的には十分なくらい満たしているだろう。ならば、焦って史郎くんを殺すよりも逃げて別の獲物を狩る方が都合が良い。殺人鬼って言うのはそう言う生き物なのさ、ただ殺すことだけを行おうとする失敗作。だから私は殺人鬼が苦手、なんだけどね。
おやおや、どうしてそんなに困った眼でこちらを見ているのかな?
――――たかが、君が守ろうとした少年の身体を引きちぎった。それだけじゃないか?
☆
「なにを……してるんだ?」
死闘だった。お互いにお互いの命を奪い合う、相手であるカンスロは本気かどうかは分からないがこちらとしては本気で殺らないと殺られる状態だった。そんな気持ちでの戦いだった。だから悔いはない。
相手が逃げてくれたのは好都合で、ぼくはホッとして少年に声をかけようとしたんだ。
――――大丈夫だったかい?
――――怪我とかはしてないかい?
ぼくは高校生だ、大人ではないが小学生よりかは大人だ。だから小学生を守ろうとした、大人として未来あるこどもを守ろうとしたのだ。
そして子供に話しかけようとして、ぼくは見てしまった。
――――ニーチェが子供の臓半身と下半身を引きちぎる、その様を。
「な、なにをしているんだよぉ! ニーチェ!」
「いやいや、なにをそんなにびっくりしているんだい? 君は吸血鬼になったんだ、多少の常識は忘れて貰わないと困るよ」
ニーチェはそう言って、笑っていた。
――――かぷっ!
――――かぷっ!
と、少年の上半身と下半身――――それぞれに噛みついた彼女はそのうちの1つ、少年の上半身をこちらへと放り投げた。
「……ちょ、ちょちょっ!?」
びっくりしている間にぼくへと放り投げられた少年の上半身が変わって行く。
まずは髪がツインテールへと変わると、そのまま子供らしい小さな手足が出る。そして顔つきも女の子っぽく可愛くなると共に、ぽこんっと胸の辺りが小さな丘となっていた。
「少年の上半身が少女に!? これも吸血鬼の力!?」
「――――史郎くん、少し誤解があるから伝えておくよ。君の認識の、ね。
まず私は吸血鬼について話していたけど、自分が吸血鬼だとは一言も言っていない」
驚いているぼくに彼女はそんなとんでもない発言をした。
「えっ!? で、でも吸血鬼が首筋を噛むと吸血鬼に……」
「それはそうだよ、そんな風に増えるという伝承が数多く残されているところからも、吸血鬼には噛んだ相手を吸血鬼にする能力があると考えられる。でも私が噛んだ人間が吸血鬼になると思っているのなら、それは違う。私は、なんでも吸血鬼――――それも女吸血鬼に変えられる。
こんな風に、例え下半身であろうともね」
と、ニーチェがぼくへと見せるは元下半身。いや、そこには妙齢の女性が居た。牙こそ見えているが、それ以外は色気をムンムンと――――大きくたわわに実ったメロンのような胸やきゅっと出たお尻を見せるその彼女は、ぼくへと投げキッスをしていた。
「半身だろうと、男だろうと、幽霊だろうと、動物だろうと、狼男だろうと、噛んだ者を女吸血鬼へと変える。
それが私、ニーチェという存在なのだよ」