4話 殺人鬼というバケモノの話
こだわりの話をしよう。
例えば靴を右足から履くとか、歯磨きをした後のうがいは必ず3回するとか、効率とかそういう問題ではなくて単なる個人的な趣味の範疇である。
ニーチェを追っている殺人鬼、カンスロにもそう言った他人には理解出来ないようなこだわりというものがある。それは女しか殺さない、それも自分好みの女しか殺さないという事だった。
誰もが選り好みをする権利を持つように、カンスロは自分の長く、そして綺麗な爪で殺すのは美女、自分の基準における美女のみであるべきだという確信した信念を持つ女であった。もっとも、その上に『天然以外も含む』という、良く分からないただし書きが加えられているのだが。
「ふふっ……良い子ね」
彼女はそう言う。
カンスロは名前からは分かりづらいが女であった、それもとびっきりの美少女であった。
肩口でばっさりと切られて揃えられている赤いショートヘアーも、黒く大人っぽいスーツの下からは健康的に焼けた少し褐色めの肌も、健康的に引き締まった足も、彼女の体育会系のさばさばとした姉御と呼ぶに相応しい雰囲気にあっていた。もっとも、彼女はスポーツを楽しむ体育会系ではなく、殺戮を楽しむ方であったが。
カンスロは自分の影へと手を伸ばす。
地面に映し出された大胆なボディラインを彷彿とされる黒い影に手を伸ばすと、まるで水面かのようにさざめき立って揺れ動く。そして水面から1人の少年が現れる。
水面から取り出したその少年は、ツンツンとした髪の少年。10代前半のその少年は鋭い目つきをしていたが、カンスロの顔を見ると同時にびくびくとした顔つきへと変わっていた。その少年の腕と足は両方とも切り落とされ、だるま状態になっていた。
「……ッ!」
「良いねぇ、良いねぇ。強気な少年がブルブルと震えながら涙目でこちらへと見る、その姿! とってもそそるわぁ! やっぱりそういう状態の少年こそ一番良いわねぇ!」
ぞくりとするような感覚が少年の背筋を駆け巡ると共に、カンスロはその首筋に噛みついていた。
――――かぷっ!
その瞬間、少年の身体に先程までとは違う感覚が背筋から這い上がって来ていた。
「あ、あぁ……」
背筋から通って来るその"なにか"は少年の身体を、血液を駆けまわり、そして手首と足首へと辿り着くと、それはどんどんっと彼の身体を暴れまわり、皮を伸ばしていた。皮が伸びるような感覚と共に、少年のなくなった手足の部分に新しい手足が生まれる。それは元通りと言う訳ではなく、前よりもさらに細く、華奢でガラスのように危ない脆さがあった。
新しい手足に使われるからなのか、それとも別の要因なのか?
彼の腰はくびれが見え始め、お尻はすっとスリムになっていた。
そして髪がばさーっと伸びると、顔も明らかに女性にしか見えない綺麗な顔立ちへと変わる。
少年が少女へと変わる。
それはニーチェに噛まれた事によって、男から女に変わった史郎の状況と良く似ていた。
「あ、あぁ……」
自らの変化に戸惑う少女、いや元少年と言うべきか。
自分の身体の変化に戸惑いつつも、どうにかこの異常事態を受け入れようとしていた。それどころか美少女とでも言うべきその自分の姿に、どこかうっとりしていたのだが……。
――――ざくっ。
と、そんな元少年の首が斬り落とされる。
斬り落とされ、少女となった首は地面へと転がっていた。斬り落とされた首をゆっくりと拾い上げたカンスロは嬉しそうな顔で見ていた。
「――――でも一番は、少女の顔よね」
こだわりの話をしよう。
例えば靴を右足から履くとか、歯磨きをした後のうがいは必ず3回するとか、効率とかそういう問題ではなくて単なる個人的な趣味の範疇である。
――――彼女、カンスロのこだわりは【女性を殺す】、または【男なら女にして殺す】というこだわりである。
まぁ、殺人鬼としてはかなり分かりやすいこだわりなのだが。
けれども他の人から見たら彼女、カンスロの行動はどう映るだろうか?
黒いスーツを着た褐色肌の体育会系美女が影の中から手足がないだるま状態の少年を取り出して、その少年の首筋に噛みつく。噛みつかれた少年が少女へと変わって、その後に首斬りをしていた。
――――どう考えても、異常犯である。
そんな他の人の1人である田中史郎は異常とも言えるような彼女の行動に驚き、見ていた建物の陰でぶるぶると震えていた。
「あれ、なに?」
「なにって、人を殺してたでしょ? 人を殺す鬼、殺人鬼ですよ」
いやいや!
「明らかにお前と似たような奴だろう!? 普通の少年を少女に変えるだなんて、お前と同じじゃないか! 俺をこんな形に変えたのだってお前の力だろう! なら、あいつとそう変わらないのじゃないのか?」
「そうですねぇ……。色々と差異はありますが、一番の違いは人を殺す者・殺してない者という違いですかね。それ以外の大きな部分……あなたが言うように、【男を女に変える】という部分は同じですね。
もっとも、少々気持ち面での行き違いがあって、今ではこうして命を狙われている訳ですが」
そうだ、そもそもあの殺人鬼はこの吸血鬼を求めてやって来たのだ。ぼくのところに来たのも、ニーチェが吸血鬼としてなったばかりのぼくに事情を説明すると知っていたかららしい。
吸血鬼と言うのは配下として別の吸血鬼を作った場合、親として子に自分が何者へと変わったかという説明の義務があるらしい。
「……まぁ、彼女はその義務を全うしてないみたいだね。吸血鬼にするのはただ自分の欲求を満たすため。人間で例えると物を買う場合は通貨をしっかり支払うという私と、邪魔するなら殺すくらいの覚悟を持っている盗人。だから相容れないというか、なんというか……」
うーむ説明し辛いなぁ、とそういうニーチェ。
「まぁ、こちら側から言える事としてはあんなのには関わり合いにならないのが一番だよ。相手は殺人鬼。その能力は人を殺すのに適しているが、探すのには適していない。見つからなければ……あっ」
ニーチェは少しばかり唖然とした顔で目の前を見ていた。
すると目の前になにが映ったかと思うと、そこには大勢の小学生達。小学生くらいの少年達が6人程度、全員がバスケでもして来たのか青いお揃いのバックを肩からかけてこちらへと歩いて来ていた。
「……まずいなぁ、彼ら死ぬよ?」
「――――へっ?」
どういう事かと聞く前に、ふっと風が吹く。風ではなく、それは向かっていた。
そしてそれは――――カンスロは噛みつく。
――――かぷっ!
噛みつくと共に1人の少年の姿が変わっていき、女と完全に見える時点でカンスロは首を斬っていた。
――――かぷっ!
1人の少年が男から女へと変わり、そしてその首が斬られた事に少年らしく戸惑っている中も、カンスロは次の犠牲者を作り出していた。
――――かぷっ!
3人目。
――――かぷっ!
4人目。
――――かぷっ!
5人目。
そして最後の6人目に手を出そうとした時、ぼくは駆けだしていた。
「理由なき暴力があるのなら、理由なき正義もあって良いじゃない。
理由がなく小学生を殺す者も居れば、理由がなく少年を助ける者も居て良いじゃない。だってそれが人間という、合理的でありながらも非合理的な理由の人間なのだから」